艦これ その海の向こうに明日を探して   作:忍恭弥

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前章から半年以上が経過しています。

艦隊も随分と大所帯になりました。



思いは北の海に融けて【由良と風間大佐】(AL作戦編)
第三艦隊旗艦 由良


 海軍大佐の風間祐平は、深海棲艦からの攻撃に耐性のある希少種の男性佐官だ。日々鎮守府司令・木村晶中将の補佐官として地味だが欠かすことのできない仕事を地道にこなしている。ある時は輸送艦隊の司令官、ある時は陸戦隊の指揮官、土木測量大隊の隊長や兵装の開発責任者をやっている時もある。今日も、軍令部へ行っている木村の留守を預かり、遠征部隊の指揮を代行しているところだった。

「大佐さーん」

 司令室を出た風間が振り返ると、由良と旗下の第七駆逐隊が司令室へ向かってくるところだった。先頭にいる由良が束ねた長い髪を揺らしながら大きく手を振っている。

「対潜哨戒任務終了しました」

 由良は笑顔でそう敬礼しながら報告する。司令室を出たばかりの風間は苦笑いだ。それでも、遠征帰りの彼女たちを待たせる気は起きないらしい。

「司令室で聞くよ。七駆のみんなはここでいいよ。ご苦労様」

「ご苦労様です!」

 主に朧と漣から元気な声が返ってくる。潮は照れた様に声が小さく、曙はそっぽを向いていた。

「失礼します」

 明るい声が廊下に響いた後、いたずらっぽい笑みを残し、風間を廊下に置き去りにして、由良は司令室へ消える。漣の興味ありげな視線に苦笑いを返しておいて、風間も司令室に戻った。

「大佐さんは本当に気を遣いすぎなのね」

 司令の席に着かず、脇の作業机の椅子に腰を下ろした風間を見て、由良は鼻を鳴らすように呆れてそう言う。

「ここは木村中将の席だからね。僕はここの司令官じゃない。ここで十分だよ」

 そう言う風間に、由良は形のいい唇を曲げる。

「大佐さんには野心とかないの? パーッと戦果を上げて昇進栄転、とか」

 煮え切らない態度に終始する風間に、机越しで顔をぐっと近づけ、由良はそう言った。風間は、苦笑いを浮かべて由良の肩を軽く押し戻す。

「近いよ」

「だって」

 拗ねたような表情を見せ、由良の唇はまた曲がる。風間はまた苦笑いを見せた。

「地道にやってれば、その内日の目を見ることもある。今はできることをしてるだけだよ」

 風間はそう言って、書類の束を揃え直す。そうすると、すっと緩やかな表情が消えた。察した由良も、部下として風間の前に直立になる。

「じゃあ、任務の報告を聞こうか、由良」

「はいっ!」

 そう敬礼する由良の頬にさっと赤みが差す。いつもは穏やかでやもすれば気弱にすら見える風間は、こういった切り替えのできる男なのだ。護衛や哨戒を主任務とする由良たちのような鎮守府の脇を固める艦娘にとって、今となっては主力の相手に忙しい木村以上に、風間は近しい人物となっていた。

 

 廊下に取り残されることとなった第七駆逐隊のメンバーは、哨戒任務帰りの少し疲れた体を談話室へ向けていた。

「由良ってば絶対風間っちに気があるよねー」

 漣が悪い顔でそう笑う。朧は軽く同意の頷きを見せた。潮はあわあわと慌てたように俯き、曙は興味なさそうに窓の外へ視線を送る。

「あんな煮え切らない男のどこがいいのかしら」

 曙の唇はそうつぶやく。

「優しいからじゃないの? でも、ただ優しいだけじゃないみたいだし」

 ニッと笑いながら、漣は曙の顔をのぞき込む。

「曙も結構好きだもんね風間っち」

「だ、誰があんなクソ大佐」

 そう言って、曙はまたぷいっと顔をそらす。にやにやしている漣の奥で、朧と潮は苦笑いだ。

「ま、そういうことにしときましょ」

「何がそういうことよ!」

 背を向けた漣の声が終わらないうちに、曙の声が狭い廊下に響いた。

「相変わらずおめーらは賑やかだな」

 声の方を振り返ると、電と天龍を先頭にした第二艦隊だ。

「船団護衛の任務終わったのね」

 曙が話題を変えたいのか、電にそう聞く。電はこっくりと頷いた。

「司令官さんは戻られてるのです?」

「ご主人様はまだ松本よ。今日の報告相手は風間大佐」

 電の問いに漣はそう答えた。電の視線がつつつーと天龍に注がれる。

「由良が報告中か?」

「そうよ。あたしたちも今戻ってきたところなんだから」

「では、わたしが由良さんの後で報告しておくのです。天龍さんも龍田さんも、六駆のみんなもご苦労様なのでした」

 天龍と曙のやりとりの後、電がそう言ってぺこっと頭を下げる。第六駆逐隊の雷、響、暁はお互い顔を見合わせて頷いた。

「じゃあ、あたしたちは談話室で待ってるわ。電も報告終わったら来なさいよ」

「はいなのです」

「俺たちも部屋に戻るな。じゃあな、六駆と七駆」

「それじゃあねえ~」

 暁と電のやりとりの後、天龍と龍田もそう言って電たちに背を向けた。

「あたしたちも行くわ。じゃあね、曙、漣、朧、潮」

 暁がそう言ったのを合図に、暁、響、雷の三隻はそのまま廊下の奥に消えていく。後には、第七駆逐隊と、第二艦隊旗艦を務める電だけが残された。

「あたしたちも行きましょ。電は由良が出てくるまでここで待ってんの?」

「ここで待ってるのです。いつ由良さんが出てくるかわからないので」

「大佐とよろしくやってるかもしれないから、出てくんの遅いかもよ」

 意味ありげな笑みを浮かべてそう言うと、漣は電の横を通り過ぎる。苦笑の朧と顔を真っ赤にした潮がそれに続いた。

「んなわけないでしょ」

 大きくため息をついた後、曙は電の肩を軽く叩いて横を通り過ぎていった。

「…よろしくってなんなのです?」

 通り過ぎていった第七駆逐隊の、メンバーを振り返りながら、電は首をかしげていた。

 それから待つこと十数分で、由良は司令室から出てきた。

「あら、電ちゃん」

「ご苦労様なのです」

 司令室の扉を開けた由良に、ぴっと電は敬礼を返す。

「帰港時間がかぶっちゃったのね。待った?」

 ドアを閉めながら言う由良に、電は小さく首を振る。

「まだ十分ほどなのです」

「そう。ならよかった。提督さんはまだ戻ってないから、風間大佐さんが報告を聞いてくれるわ」

 由良はふわっと柔らかい笑顔を電に向ける。電もその笑顔に頷いた。

「了解なのです。…あの」

 少し言いよどむ電に、由良はきょとんとした表情を返す。電は少し迷っているようにも見えたからだ。

「なに?」

「さっき漣ちゃんが、由良さんは大佐さんとよろしくやってるかもしれないから遅くなるかもって言ってのですが…それってどういうことなのです?」

 全く邪心のない電の視線にさらされ、由良の頬は真っ赤になる。「えっと…その…」と思わずどもってもしまった。やましいことは何もないが、それなりに親しいのは確かだと自覚するだけに。慕っているのも事実なだけに。

「た、たいしたことじゃないのよ。そんな事実ないし、ただ、普通に報告してただけだし…」

 言いながら、言い訳がましいなと自分でも思ってしまう。電がよく理解してないだけに余計に言いづらい。ちらりと電の顔を見ても、その大きな瞳は不思議そうに由良を見上げているだけだ。

「と、とにかく、電ちゃんは報告してらっしゃい。大佐さんも待ってるだろうから」

「はいなのです。由良さんもご苦労様なのです」

 電は由良の言葉に何のためらいも疑問も挟まず、再びぴっと敬礼を向けると、司令室のドアをノックしていた。その姿を見て、由良はほっと息をつく。同時に、漣は一度とっちめておかないととも思った。

 

 夕張の爆笑顔が目の前にある。その正面には、顔を赤くして拗ねたような由良の顔。

「ちょっと笑いすぎよ、夕張」

「ごめんごめん。ホント災難だったわね、由良も」

 由良の抗議で、夕張はようやく笑い終えたものの、まだ瞳の端に小さな涙を浮かべていた。談話室で落ち合うと、由良と夕張は決まって談笑をする仲だ。由良にはネームシップの長良を筆頭に、五十鈴、名取、鬼怒、阿武隈という姉妹がいるものの、夕張は姉妹もおらず、艦だった頃、同工廠において同時期に建造された幼なじみの由良を話し相手にしている。

「漣も悪い娘じゃないんだけどねえ。ちょっとおふざけが過ぎるときはあるかな。ま、由良はからかいやすそうだし」

 そう言って、夕張はニッと笑う。その夕張の表情に、由良の長い束ねた髪が揺れる。

「からかいやすいって」

「だってそうでしょ。わかりやすいというか、裏表がないというか、すぐに表情に出るもんね」

 そう言われて、由良の唇がまた曲がる。その表情を見て、また夕張がニッと笑った。

「ま、由良が風間大佐と仲いいのはホントだもんね。金剛さんも悪い気してないみたいだし、競争相手は他にもいるかもよ?」

「そんなんじゃないってば」

 由良はそう言っていたが、その頬は少し赤い。夕張は少しいじめすぎたかなと思うと、その矛を収めた。

「それにしても、提督、また軍令部に呼び出されてんだね。最近多いわね」

 そう言って退屈そうにぎっと椅子の背もたれに体重を預けた。夕張にとって、木村は工廠に入り浸る自分の良き理解者なのだ。修理に忙しい明石が留守にすることも多くなった工廠は、摂津と矢風と夕張の三隻で日々の仕事をこなしているようなものになっている

「軍令部に行くとき、いつも浮かない顔してるもんね、提督さん」

「なんかまた大っきな作戦があるのかなあ」

 そう言いながら、二人は談話室の窓から見える空を見上げた。試験飛行中だと思われる零式水偵が、鈍い音を立てながら空に浮かんでいる。それを見て、夕張は腰を上げた。

「千歳と千代田がもうすぐ来るから、工廠に戻るわ。ま、周りに冷やかされない程度にしときなさいよ」

 ニッと笑いながら、夕張はそう言うと席を離れる。由良は、その背中にモノ言いたそうな視線を送ったあと、テーブルの上のコーヒーに視線を落とした。

「大佐さんと由良、そんなじゃないし…」

 小さな独り言を聞いた者は、誰もいないようだった。

 


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