朝になり、俺たちはいつもの集積用岸壁ではなく、第一艦隊が主に使っている出撃用の岸壁に集合して準備を進めていた。会うなり、響は誰にも気づかれないように俺にぺこりと頭を下げてくる。俺も軽く頷いただけで、後はいつも通りだ。響の能面のような硬い顔に、少し表情が戻ってた気がした。
支給された装備品を再度調整し、自分たちのコンディションも確認する。〇六五五、提督がやってきた。
「頼んだぞ、電、雷、暁、響、天龍、龍田」
一人ずつ、俺たちの名前を呼んでいく。銘々、その声に応えた。
「抜錨! 第二艦隊、出撃なのです!」
暁に軽く肘で小突かれた電が、二分遅れで少しうわずった声を上げた。
問題の海域までは、ピクニックのような行程だ。通い慣れた船団護衛の道とは違うといっても、海の上であることに変わりはない。
「…第一艦隊が会敵したのはこの辺りなのです」
海図を見ながら、電がそう呟く。そろそろ警戒しておかないとダメか。
「戦闘配備しておくか。武装は初弾装填しておけよ」
俺は第六駆逐隊にそう声をかける。銘々が、自身のかけ声や頷きで俺に返してきた。
「ソナーに反応。付近に潜水艦がいる模様」
響の抑揚のない声がそう告げる。俺たちは一斉に周囲に目を配った。
「敵艦見ゆ! 重巡一、軽巡二!」
「ソナーの反応は三隻よ!」
続けざまに雷と暁が声を上げた。
「来やがったな!」
俺はそう声を上げて龍田を見る。龍田は笑みさえ浮かべておっとりと頷く。
「雷跡! 左舷から三本なのです!」
電の声が、戦闘の始まりを告げた。
「取舵六十度だ。全員回避しろよ!」
電の代わりに、俺が一斉転蛇の指示を出す。回避行動が功を奏して、魚雷は誰も掠めずに海中を疾走していった。この回避で、事実上の丁字有利の状況に持っていけた。敵の艦艇は前の砲門しか使えない。こっちは全砲門を使えるから、この上ない状況だ。
「死にたい艦はどこかしらぁ」
龍田から、どす黒いオーラが一瞬上がったように見える。その声に釣られたように、俺も武装を構えた。
「さあ、行くか」
「なのです!」
電の声が響いて、俺たちは敵艦隊に突撃していった。
敵の魚雷を全て回避した俺たちは攻撃を始める。
「俺と龍田が先に行く! 電と雷は響と暁を掩護しろ!」
「了解なのです!」
俺の声に電が応える。俺は龍田をちらっと見て主砲を射撃位置に固定する。
「いっけーッ!」
いつもより格段に重い衝撃が艤装から響く。目標は敵重巡。龍田も砲撃を開始した。命中したが、ダメージはそんなにいってない感じだ。
「固えな」
「この砲は、いつものより射撃速度が遅いわねえ…」
龍田とすれ違いざまにそう言葉を交わす。撃ち込んできた砲撃をかわしながらの第二撃も当たったがまだまだ時間はかかりそうだった。その間に、敵重巡も反撃してくる。爆雷投射準備に入っていた響が辛うじてその砲撃をかわす。
「おめえらの相手はこっちだってんだよ!」
言いながら、俺はどんどん肉薄する。それでも、敵軽巡重巡は六駆のチビどもを狙っていた。ちらっと見ると、電と雷が響と暁を庇うような位置を航行し、響と暁は爆雷を投射し終えたようだ。水中から水柱が上がる。戦果確認は後回しだな。俺と龍田が重巡に苦戦している間に、敵の軽巡は六駆への砲撃を続けていた。集中砲火を喰らった雷が吹き飛ばされる。
「雷!」
気づいた電が雷に駆け寄っていく。
「持ち場に戻りなさい! 戦闘中よ!」
損傷箇所を庇いながら、雷はそう声を上げた。はっとしたように、電が雷の直前で立ち止まる。
「雷、電、雷跡!」
暁の悲壮な声が響いた。生き残った潜水艦からの魚雷は、違わずに二隻の方を狙っている。このままだと、どちらかに命中して大破は免れない。何も言わず、響が電と雷の前に立ちはだかる。
「ちょっ、響!」
暁が声を上げるのを意に介さず、響は怯える電の前で両手を広げた。
「天龍ちゃん」
龍田が少しも慌てた風もなく、俺に左手を挙げる。ああ、そうか、その手があったな。俺と龍田は、急反転をかけ機銃を構えて魚雷を撃ちまくる。疾走してきた魚雷は、響の目の前で炸裂した。
「天龍さん、龍田さん…」
半ば涙目になりながら、電が俺たちの方を見る。響も、ホッと息をついた。俺と龍田は三隻に笑いかけてその前に躍り出る。
「暁、響、残りの潜水艦は頼むぜ」
「了解」
響の落ち着いた声が返ってくる。暁も頷いたようだった。
敵の重巡の攻撃が俺の身体を掠める。致命傷にはならない。龍田にも、軽巡の砲撃が掠った。
「次は私たちの番ね」
龍田の声に、俺も頷く。ぎゅっと、武装を握った。すぐ後ろで、響が投下した爆雷が轟音を上げる。どうやら潜水艦は片付いたようだ。
「さあ、行くぜ」
俺と龍田は駆け出す。これが魚雷の必中距離だ。
「天龍様の攻撃だ!」
俺と龍田は、敵の重巡と軽巡に、魚雷を叩き込んだ。轟音を上げて、敵の重巡は爆沈していく。残る敵の軽巡には、涙目の電が魚雷を叩き込んだ。「なのです!」といつものかけ声が響く。その間にも、俺と龍田はそれぞれの得物を抜いて残った軽巡ヘの肉薄を止めない。敵軽巡の驚いた顔が目の前にあった。
「よくもチビたちをやってくれたな」
俺は得物を敵軽巡の喉元に突きつけながらそう言う。後ろには、長刀を構えた龍田がいつでもどうぞという表情で立ったいた。
「海の底へ帰りやがれ!」
俺は得物を突き立て払うと、龍田は長刀を振り下ろした。敵の軽巡は崩れ落ちる。俺たちはそのまますれ違って敵軽巡を離れる。敵の軽巡は大爆発を起こして海の底へ消えた。
「ようやく片付いたな」
「みんな、大丈夫?」
一息つく俺を無視するように、龍田が暁たちに声をかける。
「雷が中破」
「私は大丈夫なんだから!」
響の声に、電が声を上げる。よく見たら、それなりに酷い状況だ。軽巡の主砲食らったんだから、当然といえば当然か。
「あと、天龍さんと龍田さんが…」
おずおずと電がいう。まあ、俺のは完全にかすり傷だし、龍田のも知れてるといやあ知れてる。ドック行きにはなるだろうけど、これくらいならあっという間だ。
「あ」
響の声に、俺たちは振り向く。そこには、一隻の艦娘が倒れていた。響が、そっと抱き起こす。それを集まってきた電たちがのぞき込んだ。やがて、その艦娘は目を覚ます。
「大丈夫なのですか?」
心配そうな顔で、電が声をかける。少しぼうっとしていた艦娘のその顔は、やがてしっかりとしてきた。
「…ありがとう。私は駆逐艦島風。スピードなら誰にも負けない…」
そう言って、島風はへへっと笑う。
「なにー、また私たちが追いつけない子が来たのぉ?」
笑いながら、龍田が言う。全速力じゃ俺たち第六駆逐隊にも追いつけないもんな。笑うしかねえわ。
「立てる?」
響がそう言うと、島風は頷いて立ち上がる。そうして第六駆逐隊のメンバーに笑いかけた。
「さて、じゃあ帰るか」
「なのです!」
俺の声に、電が嬉しそうに応えた。
行きと同じようにピクニックな行程は変わらない。雷は損傷箇所を庇って電に肩を預けるようにしてはいるが、島風が増えた駆逐隊は明るく談笑しながら進んでいる。俺たちは、周囲の警戒を続けながら、最後尾を進んでいた。
「ちょっと物足りなかったわねー」
龍田が第六駆逐隊と島風を見ながら微笑う。
「相変わらずおぞましい発想するな、おまえは」
もっと第六駆逐隊に阿鼻叫喚地獄を見せるつもりだったのかよ。
「あら、私たち戦争やってるのよ? 天龍ちゃんてば、本当にお人好しなんだから」
そう言って、俺の方を見て改めて微笑う。俺はなんとなく呆れて笑う。
「いいんじゃねえの、酷い目見なくてよ。酷い目見るのは俺たちの仕事だろ? 前の世界じゃ駆逐艦は使い捨て、せっかく転生したんだし、怖いのはなしでいいじゃねえか」
「お人好し。でも天龍ちゃんらしいわね」
龍田はまた笑う。
蜂の巣にされて沈んだ暁。不意打ちを食らって船体を折られ沈んだ電。誰にも知られることなく沈んだ雷。電を助けられなかった響。もうそんなのはいいじゃねえか。島風を加え明るく笑う第六駆逐隊を見ながら、そんなこと思う。
「お人好し」
龍田がもう一度言う。俺は苦笑を返した。
「だからこそ、私の立ち位置もあるんだけど」
そう言って微笑う龍田の髪を、海風が揺らした。
鎮守府はもうすぐだ。