艦これ その海の向こうに明日を探して   作:忍恭弥

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出撃命令

 夜が明けても、鎮守府のざわつきは収まっていない。第一艦隊壊滅の報は艦娘の間にも広まったようで、一線級にいない艦娘には動揺も広がっている。

 俺は、なんとなく岸壁に腰を下ろしながら、槌音を響かせる工廠を眺めていた。時間は意外なくらいのんべんだらりんと過ぎていく。昼を過ぎようというのに、今日は提督から今日行くはずの護衛任務の仕事が降りてこない。那珂と球磨の第三艦隊には、朝の内に指示があって出かけていったというのに。

「天龍さーん!」

 電の甲高い声が背中から聞こえてきた。俺は立ち上がりながら振り返る。

「探したのです」

「どうかしたのか?」

 息を切らせて肩を上下させる電に、俺はそう声をかけた。電は小さく息を整えると、顔を上げる。

「司令官さんがお呼びなのです!」

「やっといつものお使いか」

 俺はそう言って苦笑いを作るが、その声に電は頭を振る。

「違うのです! 第二艦隊、出撃なのです!」

 その悲壮な声に、俺たちに白羽の矢が立ったのだと初めて理解した。

 電に連れられて司令室へ行くと、そこにはもう龍田や暁をはじめとした第二艦隊の面々は揃っている。龍田はいつも通りだが、暁と雷の表情は硬い。

「司令官さん、お待たせしたのです」

「遅くなった」

 電と俺がそう言いながら並ぶと、提督は疲れて見える顔を上げた。

「第一艦隊が壊滅した話は聞いたな?」

「聞いた…のです」

 旗艦をつとめる電がそう返すが、声は語尾に行くにしたがって小さくなっていってる。

「敵の戦力は重巡二、軽巡一、潜水三だ。重巡は昨日霧島が一隻沈めたから、別の艦が来るかも知れない」

 提督はそう言って、一度言葉を切った。暁たち第六駆逐隊のメンバーが息を飲むのがわかる。

「そこでだ。君たち第二艦隊に、この敵と当たってもらいたい。ここを突破したら比叡たちに入れ替えた第一艦隊があとを受け持つ」

 第六駆逐隊に一瞬の強い緊張が流れる。そりゃあそうだよな。軽巡二、駆逐四の俺たち第二艦隊には、普通に見て荷が重い。ましてや、俺たちの中に潜水艦を得意としてるのはいない。

「なんで、いつもの第二艦隊の編成のままなんだ? 五十鈴や由良みたいに潜水艦が俺たちよりも得意な奴もいただろうに」

 そう言う俺に、暁たちの視線が集まるのがわかる。潜水艦が相手だとわかってるなら、得意な奴を第六駆逐隊の随伴艦にしてやった方が、第六駆逐隊も生き残る確率が上がるだろうに。

「確かに、五十鈴や由良の方が天龍、龍田よりも潜水艦相手は得意だ。それでも、電たちとの息は天龍と龍田の方が合ってる。君たちはほとんどメンバーを変えずに一緒に仕事をしてくれてる。私はそれに賭けたい」

 提督はそう言って、机に置いてあったバインダーを手に取る。

「戦場へ赴いてもらうに当たって、急遽開発に成功した三式爆雷投射機と三式水中探信儀が二セットある」

 提督は顔を上げて、第六駆逐隊のメンバーに顔を向ける。

「暁と響に預ける。上手く使って、潜水艦を沈めてくれ」

「はいっ」

「了解」

 うわずった暁の声と、押し殺した響の声が司令室に響く。暁の表情には緊張が見て取れるけど、響は相変わらずだ。淡々としていて、それでいて何を考えているかは読めない。

「頼む。霧島たちの無念を晴らしてやってくれ。出撃は明朝〇七〇〇」

「わかりました、なのです!」

 提督の重い声に、電のいつもより上ずった甲高い声が被さる。

 ああ、実戦は久しぶりだな。

 そう思った。

 

 その日は準備に追われるのかと思っていたが、電たち第六駆逐隊は支給してもらった対潜兵器を使いこなそうと、近海へ出て訓練に励んでいる。逆に、俺と龍田は手持ち無沙汰な感じで、沖で上がる爆雷の水飛沫を眺めていた。俺たちの相手は、潜水艦よりも随伴の巡洋艦だろうからな。だったら、いつもの通りやればいい。

「天龍ー、龍田ー」

 岸壁に座って沖を眺めていた俺と龍田が顔を上げると、そこには金剛型戦艦娘の金剛と比叡が立っていた。金剛の英国かぶれの妙なイントネーションはこの鎮守府でも有名だからな。顔見なくてもわかるよ。

「どうしたんですかぁ?」

 おっとりと立ち上がった龍田がそう聞く。いつも陽気な金剛が、珍しく神妙な顔をしていたからだ。

「明日の作戦、よろしくお願いするのデース。天龍たちが潜水艦部隊を撃破してくれたら、あとはワタシたちがなんとでもするのデース!」

「出撃できない霧島の分も頑張りたいんだ。本当に頼む」

 金剛の後を受けて、比叡がそう頭を下げる。龍田はまだ立ち上がっていない俺に表情のない顔を向けてくる。俺はゆっくりと立ち上がる。

「頑張んのはどっちかっつうと六駆なんだけどな」

 俺はそう言いながら、沖で再び上がった水飛沫に目を向ける。暁たちは頑張ってるみたいだしな。

「それでも、天龍と龍田のサポートがあってこそだ。随伴の巡洋艦がバカにできない」

 憂いの表情を浮かべながら、比叡は真剣な瞳を向けてくる。

「霧島が言ってマシタ。戦艦は潜水艦に手も足もデナイって。霧島の艦隊には潜水艦を攻撃できるのは最上しかいなかったのデス。赤城と蒼龍は…」

「わかってるよ」

 身振り手振りを交えながら話す金剛の言葉を遮る。戦艦はあくまで強大な砲撃力を以て、アウトレンジで水上に浮かぶ艦艇を破壊するためのものだからな。俺たち水雷戦隊とは、求められてるものが違う。俺たちは、高速を生かして敵の砲撃をかいくぐり、必中距離まで近づいて必殺の魚雷を叩き込むことだ。それと、小型爆弾を搭載した艦載機と同じように、潜水艦への水上からの攻撃。でも、正直こっちはあまり得意じゃない。

「俺たちが第六駆逐隊を守る。潜水艦を沈めるのはあいつらの仕事だ」

 俺がそう言うと、比叡はあからさまにホッとした顔になる。金剛の顔にも笑みが広がった。

「さすが軽巡洋艦一の古株デスネー!」

 金剛の台詞に、比叡の顔があっと言う表情に変わる。金剛の天然は今に始まったことじゃないしな。それに、金剛型だって戦艦の中じゃ一番の古株だ。

「古株はお互い様だ」

 俺は苦笑を浮かべながら言う。まだまだ同じ艦種の若い奴らには負けねえよ。

「それに、天龍ちゃんは第六駆逐隊のみんなが大好きだから、ちゃんとやってくれるよ」

 龍田がそう付け加える。俺は苦笑いを続けるしかない。なんだかんだで慕ってくれてるからな、あいつら。応えないわけにはいかないよ。

「頼んだのデース」

「ありがとう、天龍、龍田」

 笑顔の金剛に、笑顔を浮かべながらも軽く頭を下げる比叡。礼は無事に全部終わってからにしてくれよ。水雷戦隊に重巡二隻の艦隊の相手は荷が重いぜ?

 その言葉を最後に、金剛と比叡は宿舎へ戻っていく。俺はその後ろ姿をしばし見送ってから、また沖へ顔を向ける。爆雷が起爆する水柱がまた上がった。


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