ボロボロになって帰ってきた第一艦隊。旗艦は霧島。霧島は金剛型巡洋戦艦の末娘だ。戦艦とは思えない高速性が売り。俺たち天龍型と同じように古いが、数度の近代化改修で他の追随を許さないほどの能力を得た。その霧島が旗艦でありながら大破させられる相手なんて。相手はどんな強力な水上打撃部隊なんだ?
「天龍さーん!」
思案しながら歩いていると、青葉の声が飛んできた。俺は思わず顔を上げる。小さなメモ用紙と鉛筆を片手に、青葉は俺に駆け寄ってきた。
「天龍さん、お疲れ様です。今回の護衛任務で何か変わったことは?」
「ただの船団護衛だよ。特に変わったこともない」
何か面白い話はないかと、いつも目をキラッキラさせてくる青葉に苦笑を返しながら、俺はそう応える。そうだ、青葉はこうやって他の艦に話を聞くのが好きだから、何か知ってるかも知れないな。一応、第一艦隊のレギュラー重巡洋艦だしな。
「青葉、第一艦隊に何があったのか知ってるか?」
俺がそう聞くと、青葉は一瞬きょとんとする。
「逆取材なんて、天龍さんにしては珍しいですね」
「鎮守府の空気がいつもと違うからな。少しでも情報は欲しい」
「そういうことなら」
そう言って、青葉はにっこりと笑う。
「どこまでご存じですか?」
「第一艦隊がボロボロになって帰ってきたところまでだ。相手がどんな水上打撃部隊だったかを知りたくてな。それにしても、青葉も一緒に参加してたんじゃないのか?」
全く無傷に見える青葉を見ながら、俺はその疑問を口にした。普段なら、第一艦隊に組み込まれて戦線を駆け回っているはずなのに。
「青葉はその前の戦闘で中破して、ドックで寝てたんです。だから、今回の戦闘には参加してないんですよー。でも、取材はバッチリです!」
そう言いながら、青葉はメモをめくる。その目が戦場にいるとき以上に輝いてるのは、重巡洋艦娘としてどうかと思わなくもないけどな。
「えーっと、戦闘に参加したのは霧島さんを旗艦に、扶桑さん、山城さん、赤城さん、蒼龍、それに最上ですね」
「金剛と比叡は不参加か…」
金剛型四姉妹の内、榛名がまだいないこの艦隊において、金剛と比叡は経験も積んでエース級の実力を持ってる。その二艦が不参加とは意外だった。
「お二人は疲労で休養だったようですね」
そう言いながら、青葉はまたメモをめくる。
「敵の艦隊の構成は、重巡二、軽巡一、潜水三だったようです」
「潜水艦?」
俺は声を上げた。この世界で、潜水艦を見たことはまだなかったからだ。潜水艦は、俺たちにとって、宿敵のようなものでもある。
「ええ、最上の艦載機しか攻撃手段がなくて相当苦戦したみたいです。潜水艦の魚雷攻撃で山城さんと扶桑さんが中破、蒼龍も潜水艦から魚雷を食らって大破、さらに赤城さんが軽巡から砲撃を食らって中破、続いて山城さんも砲撃を回避できずに大破してます。赤城さんがその後軽巡重巡の砲撃を立て続けに食らって大破。そのあとの砲撃で最上が大破、霧島さんが中破。更に霧島さんは魚雷の集中砲火を浴びて大破したみたいです。相手の被害は、重巡一隻が霧島さんの砲撃で撃沈されたものの、後は無傷です」
一気に喋って、青葉は息をつく。
「完敗じゃねえか…」
俺は思わず息を飲んだ。戦艦と空母を中心にした機動部隊だと思ったのだが、予想を全く外してくれた。やはり、この世界でも潜水艦は恐ろしいものらしいな。
「そうですね。司令は潜水艦に有効な装備を急遽開発しているみたいですけど、その前に第二次攻撃隊を編成するみたいです」
「そうなると、次は軽空母に軽巡洋艦、駆逐艦の組み合わせか…」
俺はそう顎に手をやる。こうなると潜水艦への攻撃手段を持たない戦艦は辛いだろうからな。
「恐らくそうなると思います」
「ありがとな、青葉」
俺はそう言って青葉に笑みを向ける。そうすると、青葉もニッと笑い返してきた。
「持ちつ持たれつです。また何か情報あったらお願いしますねー」
そう言うと、青葉はメモを持ったまま、あっという間に駆け出していく。本当にじっとしてられない奴だなあ、としばし感心しつつ呆れた。
青葉を見送った後、食堂に移動すると龍田はいつもの席でお茶を飲んでいた。目の前に飯の盆がないから、飯はまだ食ってないらしい。護衛任務で遅くなった俺たちの他に、食堂には誰もいない。
「あら、天龍ちゃん。何かわかった?」
相変わらずのおっとりした笑顔で俺にそう聞いてくる。
「少しはな。飯まだ食ってないのか?」
「天龍ちゃんがいないとつまんないもの」
椅子を引いて腰をかけようとする俺に、龍田はそう微笑む。
「じゃあ、食いながら説明するか」
言いながら、降ろそうとしていた腰を再び上げて、盆を取りに移動する。龍田も、おっとりとついてきた。お櫃からご飯を茶碗によそい、椀に味噌汁を流し込む。作り置きになっていた鯖塩と小鉢を盆に載せると、また元の席に戻った。食前の挨拶をしてから、箸を動かし始める。
「それで、どうだったの?」
動かし始めた箸を一度止めて、龍田はそう聞いてきた。
「第一艦隊がほぼ壊滅だってよ。原因は潜水艦だ」
「潜水艦…」
ゆら…と龍田の雰囲気が変わる。一瞬どす黒いオーラが龍田の背後から上がった気さえする。
「そう…潜水艦なんだ…」
穏やかな笑みの奥に、もの凄い殺気を漂わせてる。ああ、龍田は前世で船団護衛の途中で潜水艦に沈められてるから、潜水艦が憎いんだな…。俺も潜水艦に沈められたのは一緒だけどな。冬だってのにマダン沖の海は温かかったよな。
「霧島が旗艦を努めて、随伴艦は扶桑、山城、赤城、蒼龍、最上だ。全艦大破させられて帰ってきた」
「そんなに強力な潜水艦部隊なの?」
さすがに驚いたようで、龍田から殺気のオーラが消える。
「重巡二、軽巡一、潜水三だってよ。不運も手伝ってる感じだったけど、相手は重巡に撃沈一以外はさしたる被害もないらしいからな」
「潜水艦相手の装備って、わたしたちも標準の爆雷くらいしか持ってないものね」
少し難しい顔をしながら、龍田は小さく息をつく。
「わたしたちでできることってないのかしら?」
「どうだろうな。司令が対潜水艦用の新しい兵器を急いで開発させてるらしいから、それに期待するしかないな」
龍田には悪いが相手の潜水艦の状態もわからないし、爆雷だけじゃどうしようもないのが現実だもんな。潜行された潜水艦は、通常装備じゃ見つけられないからな。忍び寄られて魚雷を食らったら、第一艦隊と同じ目に遭うのは一目瞭然だ。
「司令次第ねぇ」
龍田が少し遠い目をする。手も足も出ず、いきなり背後から辻斬りにでもあったような死に方はお互い様だもんな。だからこそ、今度は何とかしたいと思うんだけども。
「明日には、何か変わってるかしら」
「そう願うしかないだろうな」
瞳を伏せる龍田にそう言って、俺は仕上げのお茶を飲み干した。