異変
南西航路の船団護衛をこなして鎮守府に戻ってきたのは、もう夕方だった。船団の油槽船や輸送船は、次々と物資の荷揚げを行っている。その中には、俺たちが使うための物資もかなり含まれていた。
「響、荷揚げまだでしょ。早くすませなさいよ」
「わかってる。すぐに行く」
岸壁では、俺たちと第二艦隊を形成している特Ⅲ型駆逐艦で構成された第六駆逐隊の面々が、船団護衛で得た資材を集積地に運んでいる。雷と電の姿は見えないが、暁は響を急かしながらきびきびと資材を運んでいた。
「天龍ちゃん、もう運び終わったの?」
相棒の龍田が俺にそう聞いてくる。同じ天龍型軽巡洋艦娘の二番艦だ。
「当たり前だろ? 俺は天龍様だぜ」
「終わったなら駆逐隊のみんなを手伝ってあげればいいのに」
胸を張る俺に、龍田はそう言って微笑う。
「あいつらのためだよ。力仕事も仕事の内だ」
そう言う俺に、また龍田はおっとりと微笑う。あんなことを言っていたが、龍田にも手伝う気は全くない。小さな身体に大きな荷物を抱えて、暁と響は岸壁と倉庫を往復している。その内、姿が見えなかった電と雷が戻ってきた。
「報告終わりましたのです!」
「運び終わったら戻っていいってー」
気苦労の多い優等生タイプの暁とは違う方向で気弱な真面目っこである末っ子の電と、少々お姉さんぶりたい三女の雷は、そう俺たちと暁たちに告げた。
「電は旗艦だから仕方ないけど、雷は何で手伝わないのよ!」
荷物を運びながら、暁がそう声を上げる。まあ、もっともなご意見だな。
「あはは。私が行かないと、司令官が寂しがるでしょ?」
そう言う雷に、暁が白けた顔を返す。響はちらと雷の方を見た。
「雷、取りあえず手伝って。早く終わらせて、ご飯にする」
「あ、うん。やるわよ、電!」
「なのです!」
淡々とした響の声に、雷と電はそう返して岸壁に駆け出していく。「全くもう…」という暁の声だけがその場に残されていた。
やがて、日もとっぷりと暮れる頃、ようやく資材は運び終えた。まあ、ここんとこ南西航路の船団護衛の繰り返しのようなもんだからな。俺たちの第二艦隊と、同じ軽巡洋艦娘の那珂と球磨が第七駆逐隊を率いる第三艦隊は、第一艦隊を動かすのに必要な資材を集めるのに奔走してる感じになってるからな。
「天龍さん、終わったのです!」
「お疲れさん」
俺はそう駆け寄ってきた電に笑顔を向ける。横の龍田も何考えてるかはともかくとして笑顔だ。
「んじゃ、帰って飯食うか」
「そだ、さっき司令官に報告に行ったときなんだけど、なんか指揮所すごくざわついてたわよ」
踵を返した俺と龍田に、雷がそう言う。
「ざわついてた?」
「どういうこと?」
足を止めた俺と龍田がそう聞き返す。
「何があったのかはわからないのです。でも、司令官さんも少し慌ててるご様子でした」
少し心配そうな電の表情を見てから、俺は龍田と顔を見合わせる。同じ日に他の船団護衛任務に出た第三艦隊も、もう戻っているはずだ。第一艦隊は戦闘中心の激務をこなしてるだろうから、その動向は船団護衛組の俺たちにはわからない。
「…俺たちみたいな戦闘では三軍以下の面子に関係のある話か?」
「どうだろうねえ? 護衛に出てる間に起きたことなら、あまり関係ないと思うけど」
俺と龍田はそう言い合って首を捻る。なんにしても、不安げな表情の電は何とかしてやらないとな。
「那珂たちにも何があったのか聞いてみるか。あいつらの方が先に戻ってるはずだから、何か知ってるだろ。おまえたちも、気になったら七駆の面子に聞いてみろ」
俺はそう言って、いつもの強気な笑顔を作る。一瞬してから、電が得心したように頷いた。
「明日からもまた護衛任務だろうから、ゆっくり休めよ」
俺は電たちにそう声をかけてから、寮に足を向けた。
寮に戻ると、電と雷の言うとおり、雰囲気は少し殺気だったようなところがある。執務官や工廠のスタッフが、慌てた顔で俺たちとすれ違っていく。
「本当に何かあったみたいだな」
横を歩く龍田にそう声をかける。龍田は、少しだけ表情を動かした。
「あまりいいことじゃないみたいねぇ。第一艦隊に何かあったのかしら?」
龍田の言葉に、俺は少し考えた。そのまま部屋に戻るよりも、休憩室に行った方がいいのかも知れない。
「龍田、休憩室に寄ってから戻る。先に戻っててくれ」
俺の声に、龍田はおっとりと頷く。
「先に食堂に行って待ってるわぁ。何かわかったら聞かせてね」
その声と笑顔を確認して、俺は休憩室に足を向けた。
休憩室では、先に船団護衛から帰ってきた第三艦隊の面々の内、旗艦をつとめている那珂とそれを補佐する球磨の二隻が疲れた身体を休めていた。俺は遠慮なくその前の椅子に腰を下ろす。
「よお、那珂、球磨、お疲れ」
「天龍じゃん。お疲れ」
「お疲れだクマー」
俺の声に気づいた二隻は顔を上げた。それなりに疲れた顔に見えるのは、個性派の第七駆逐隊の面倒を見ているからだろうか。
「どしたの、天龍。あなたがこんなとこに来るなんて珍しいじゃない」
那珂が訝しんでそう聞く。まあそうだな。確かに珍しいっちゃあ珍しい。普段ならすぐに食堂へ行って部屋へ戻るからな。
「まあ、ちょっとな」
そう言って、球磨の方へ視線をやる。球磨ははてといった感じで首を傾げるだけだ。球磨も俺のことは珍しいみたいだな。
「単刀直入に聞くが、この鎮守府に何かあったのか?」
俺がそう言うと、那珂と球磨は顔を見合わせた。
「何か…って、第一艦隊のこと?」
怪訝な顔をして、那珂がそう応える。隣の球磨はきょとんとしたままだ。
「第一艦隊に、何かあったのか?」
「何かも何も、第一艦隊、ボロボロになって戻ってきたのよ。おかげで入渠行列すごいことになってるわよ。ここのドック狭いし」
怪訝な顔で那珂がそう言う。俺たちの艦隊の中では第一艦隊はエリート中のエリートというか、主力、だ。それがボロボロとはいったいどういうことだろうか。
「誰が行ってたんだ? 旗艦は?」
俺がそう聞く。編成された構成メンバーで、何かわかるかも知れない。
「旗艦は霧島さんだったみたいよ。後は知らないわ。ドックには近寄ってないし」
そう言う那珂にある程度の見切りをつけ、球磨の方を向く。球磨は何も知らないとばかりに小さく首を振った。
「なに? 天龍は何が聞きたかったの?」
腕を組んで考え込んだ俺に、那珂がそう聞いてくる。まあ、そりゃそうか。
「俺たちに関係のある話か知りたかっただけだよ」
「ないないない。護衛任務にしか就けない那珂ちゃんたちに関係あるはずないもの」
那珂はそう言って俺を笑い飛ばす。まあ、そうなんだろうけどな。
「念のためにだな」
「戦いたいわけ?」
唇を尖らせるように那珂が言う。その瞳は俺を非難しているようだ。
「まあな」
「相手によると思うけどねえ。なにせ、霧島さんだって大破させるような相手よ。わたしたちじゃ敵いっこないって」
「回避しまくって、必殺の魚雷をだな」
「必中距離に近づくまでに砲撃で戦闘不能にさせられるのがオチよ」
那珂はそう言って大きく息をつく。
「私たちは確かに戦闘艦だけどさ、船団護衛だって立派な任務よ」
「わかってるよ」
俺はそう言うと、話を切り上げるために席を立つ。これ以上那珂からも球磨からも話を聞けそうにないしな。
「ちょっと天龍!」
出口へ向かう俺の背中から那珂の声が追い越す。俺は振り返った。
「俺は死ぬまで戦うだけだ。前世でもそうやって生きてきた」
俺がそう言い放つと、那珂は二の句を告げずに唇を絞る。那珂だって船団護衛や輸送ばかりの日々に満足してないのは知ってるからな。俺は背中で手を振ると、休憩室を出て行った。