夜間航行も順調に終わり、翌日の昼過ぎ、無事に輸送艦を母港に送り届けることができた。鎮守府にも夕方前に戻った。
「二人共、ご苦労だったね。次の任務までゆっくり休んでくれ」
司令官は優しい笑みを浮かべて、作戦完了の報告をしに行った私たちを労ってくれた。私たちは、敬礼をして部屋を退出しようとする。
「あ、そうだ。時雨」
「なんだい、提督?」
呼び止められた時雨に釣られて、私も振り向いてしまう。扉にかけていた手は、自然と離れた。
「今朝、白露型四番艦の夕立が建造されたんだ。まだ工廠で調整中だけど会ってくるといいよ」
司令官にそう言われた後、時雨は一瞬きょとんとした顔をしていたけど、言葉の意味はすぐに飲み込めたのだろう。ぱっと顔が綻ぶのが、私にもわかった。相当嬉しかったんだろうな、時雨も。
「ありがとう、提督! すぐに行ってくるよ」
時雨はそう言うと、敬礼するのももどかしく扉を開けて出て行ってしまった。私は、見事に置いてけぼりだ。
「響も。暁は六駆の部屋にいると思うよ」
「ありがとう、司令官」
私も司令官に敬礼を返してから、司令室を出た。
陽が落ち始めて薄暗い廊下を歩きながら、私は暁のことを考えた。
第六駆逐隊に一番最後に配備された暁。第六駆逐隊で一緒にいられた時間は、本当に短い。それでも、私がキスカで被弾して暁に曳航されて大湊に戻るまで、私と暁は第六駆逐隊の第一小隊の構成艦としてずっと一緒だった。起工こそ一番の一番艦だけど、竣工は電の次の三番目。それでも第六駆逐隊の司令艦をつとめてることが多かったから、結局背伸びをすることが多くなったんだな。頼りがいって言うのは事実上竣工順で長女の雷の方があって、暁はそれも不満だったみたいだけど。
そんなことを考えていると、私たちにあてがわれている部屋の前に着いた。
…さて、実際にちゃんと会うのは本当に久しぶりだ。大湊で別れて以来…ってことになる。ちゃんと、お礼を言いたかったんだ。あの時は叶わなかったけど。
「まったく! 雷には一人前のレディとしての自覚が足りないわ!」
「何言ってんのよ。暁こそ、電みたいにもっと司令官に頼ってもらえるように頑張んなさいよ!」
「はわわわ! なんか矛先がこっちに向いてきたのです!?」
…なんか、色々と考えてるのが馬鹿馬鹿しくなってくる声が聞こえてきたな。それが、私たち第六駆逐隊だっけ。これが、「日常」って奴か。意識しなくても、頬が緩むな。
暁、帰ってきてくれてありがとう。
私はドアノブに手をかけて、部屋のドアを開けた。その私に気づいたのは電だけだ。
「あっ、響! おかえりなのです」
その電の声で、暁と雷も私を振り向く。
「何をやってるんだい、二人共」
「ちょっと聞いてよ、響! 雷ったら今晩夜戦の訓練をしようなんて言うのよ! レディには睡眠が大事だって言うのに!」
「まずは練度でしょう? いくら女子力を上げても、司令官に頼ってもらえないと意味ないって言ってるのよ」
「はわわ! 喧嘩はダメなのです!」
私が問いかけると、暁と雷はそう私に言ってくる。電は相変わらずオロオロしてるだけだ。秘書艦の時の頼りがいはどこに行ったんだろうなと思わず遠い目をしたくなる。
「…どちらかというと、雷の言うことの方が正しく聞こえるな。私も練度が大事だと認識されられたばかりだ」
「でっしょ!」
私の言葉に、雷が得意がる。みるみる内に暁の頬が膨れてきた。
「でも、睡眠も大事なのは確かだ。暁は来たばかりだし、私は夜間航行明けで正直眠い。今晩は寝かせてもらえないか」
「ほらね! 響はわかってるわね!」
今度は暁が両手を腰に当てて背を反らす。その態度はあまりレディとは言えないな。雷は、そんな暁の態度を見ても、少し肩をすくめただけだ。
「今日のところは任務明けの響に免じてやめておくわ。でも、明日は任務がなければ訓練よ! 第六駆逐隊としての練度を上げて、もーっと司令官に頼って貰うんだから!」
「じゃあ、天龍さんにお願いしてくるのです」
雷の言葉に、少し困ったような顔をして電が部屋を出て行こうとする。それを私は止めた。
「電、それは夕飯の後にしないか。私はお腹が減っているし、もうすぐ夕飯の時間だ。それに」
そう言って、私は暁の方を見る。
「せっかく四人揃ったんだ。夕飯は全員で食べたい」
「そうね、それがいいわ!」
「響の言う通りね。それこそ、姉妹思いのレディだわ!」
さっきまで言い争っていたのが嘘のように、雷と暁は意気投合して笑いあう。電の方を見ると、苦笑いを浮かべていた。やれやれ。
「じゃあ、食堂に行くわよ! 第六駆逐隊、抜錨!」
暁がそう言って手を上げる。
それを見て、雷と電が笑う。
私は、三人の後について部屋を出た。
「夕立、行くよ」
「時雨ちゃーん、待つっぽいー」
時雨一人だった第二十七駆逐隊の部屋はいったん空室になって、時雨は夕立と同じ第二駆逐隊の部屋に移動になったのか。その二人が、二駆の部屋から出てきて、同じように食堂へ向かってる。時雨も妹の夕立が来て嬉しそうだな。これからも、こうやって少しずつ艦娘の数も増えていくんだろう。私たち第六駆逐隊もようやく全員揃ったんだ。これから、いつ失われるかも知れない時間を、大切に過ごしていこう。
先を歩く、三人の背中に語りかける、心の奥の声。
暁、雷、電。
もう私を、ひとりぼっちにしないでくれよ。
後悔はしないと決めたんだ。
だから、今日のこの気持ちと一緒に、私は歩いて行く。
第一章 リインカネーション-再会- 完