艦これ その海の向こうに明日を探して   作:忍恭弥

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姉と妹

 食事を終えると、私たちは岸壁へ移動する。先に来ていた由良ともそこで合流した。昨日の戦闘で中破した由良も、今はすっかり元通りのようだ。

 しばらく待っていると、鎮守府の近海にある水道を抜け、岬を回ってきた第一艦隊が姿を見せた。

「…結構酷い有様ね」

 由良が眉を寄せて呟く。パッと見えるだけでも、無事な艦はなさそうだ。雷と電はお互いを支えるようにしているし、白雪と潮、綾波もそれぞれボロボロになっている。天龍は一人気丈な表情で艦隊の最後を進んでるけど、艤装も服も被弾でボロボロになっていた。

「あらあらー。天龍ちゃんも酷くやられたみたいねー」

 声の方を見上げると、龍田もやってきていた。天龍型の二番艦。天龍の妹。いつも威勢のいい天龍とは違っておっとりしているように見えるけど…。天龍が、その龍田の姿を見つけると、他の五隻を追い越してもの凄い勢いで岸壁に向かってきた。被弾の箇所などお構いなしだ。スロープを一気に上がると、まろぶように龍田に飛びついた。

「龍田ぁ!」

「はいはい、私はここにいるわよー天龍ちゃん」

 泣きじゃくる天龍をあやすように、龍田は天龍の背をぽんぽんと叩いている。感動の再会ってところなのかな。ゆっくりと戻ってきた特型の五隻がぽかんとした顔で二人の様子を見ていた。まあ、普段の天龍の様子から見たらそうなるかな。実を言うと、私も少し面食らってる。時雨と目が合うと、時雨も苦笑いを返してきた。他の五隻の様子もそれぞれ、白雪と綾波、潮が中破、雷が小破、電が大破と言ったところかな。結構難敵と当たったんだな。

「電ちゃんと白雪ちゃん、綾波ちゃん、潮ちゃんはすぐに医務室へ! 雷ちゃんは、提督さんに報告へ」

 由良はそう指示すると、私たちの方を振り向いた。

「響ちゃんたちは、電ちゃんたちを医務室へ送ってあげて」

 そう言い残すと、由良は雷のところへ駆けていく。私たち駆逐艦四隻は、頷きあって電たちのところへ駆けていった。

「頼んだわよ、響」

「電、大丈夫か?」

 雷から電の肩を預かると、電はぐったりした様子で小さく頷く。破壊された艤装と服は見るのに忍びない。私もこの間はこんな感じだったんだろうな。由良と一緒に駆けていく雷を見送ったあと、私は電に肩を貸しながら、時雨たちと一緒に医務室へ向かった。

「橘丸さん、氷川丸さん、朝日丸さん、お願いします!」

 医務室へ入るなり、時雨がそう声を上げる。さすがに中破以上だから、全員怪我をしている。特に電は今にも倒れそうだ。

「電ちゃんはこっちへ。潮ちゃんと白雪ちゃん、綾波ちゃんはこっちへ来て」

 氷川丸がそう指示する。病院船として活躍した彼女たちもこんな形で鎮守府にいるのか。私は少し感銘を受けた後、電を氷川丸が指示したベッドに運び込む。電は既に艤装を解除していたから、ベッドに寝かせるとすぐに気を失ってしまった。

 ベッドのある場所を出ようとすると、隣のベッドに朧が寝かされているのが見えた。艤装はもう解除されていて、ボロボロの電と比べたら本当にただ眠っているだけに見える。

「朧はまだ目を覚まさないのか?」

 潮の治療をしている氷川丸に小声でそう聞いた。

「朧ちゃんが…見つかったの?」

 その声を聞き止めて、潮が顔を上げた。その大きな瞳の奥が揺れてる。

「昨日保護されたんだけど、まだ目を覚まさないのよ」

 潮は氷川丸のその声を聞くと、椅子を蹴るように立ち上がって、朧のベッドをのぞき込んだ。そうして、朧の肩を掴む。

「朧ちゃん! 潮だよ! 第七駆逐隊で一緒だった、妹の潮だよ!」

 今にも泣かんばかりの勢いで、潮は朧の肩を揺らす。白雪も、綾波も、時雨も、みんな驚いて潮の方を見つめていた。

「朧ちゃん、目を覚ましてよ! 朧ちゃん!」

 いつの間にか、潮の瞳からは涙が零れだしている。必死に、朧に呼びかけながら潮はしゃくりあげていた。ぐらぐらと揺れる朧の頭を見ていて、白雪が慌てたように潮を引き剥がしにかかった。

「潮ちゃん、だめよ!」

「朧ちゃん、朧ちゃん!」

「ダメです、潮さん!」

 朝潮まで、潮を止めにかかっている。半狂乱のようになりながら、潮は朧から引き剥がされ、怪我をしている白雪に代わって、無表情な若葉が潮を羽交い締めしていた。ぺたんと椅子に腰を下ろした白雪は、悲痛な瞳を潮に向けているし、時雨はなすすべもなく立ち尽くしている。綾波は視線を逸らして俯き、朝潮だけが一生懸命に潮に話しかけていた。その間にも、橘丸と朝日丸は白雪と綾波のチェックをさっさと済ませ、潮が落ち着くのを待っている。やがて、潮は若葉に羽交い締めにされたままがっくりと項垂れて肩を震わせはじめた。

「潮ちゃん。朧ちゃんは眠っているだけよ。ちゃんとその時が来たら目を覚ますわ」

 項垂れる潮をしゃがんで見上げながら、氷川丸が優しく声をかける。

「…それは、いつですか…」

 しゃくり声の間から、潮がそう聞く。その声に、氷川丸はまた微笑む。

「いつかはわからないわ。でもね、潮ちゃん。あなたも鎮守府に来た時、かなり長い間眠ったままだったのよ。だから大丈夫。心配しないで治療しましょ」

 まるで幼児に聞かせるように優しく言い、その氷川丸の言葉に潮は頷いた。若葉はようやくその戒めを解き、朝潮が気を利かせて持ってきた椅子に、潮はぺたんと腰を下ろした。

「時雨ちゃん、響ちゃん、若葉ちゃん、朝潮ちゃん。もう大丈夫よ、ありがとう。白雪ちゃんと綾波ちゃんは、一度部屋に戻って一休みしたらドックへ行きなさいね」

 氷川丸が潮の治療をしながら優しくそう言う。私たちは顔を見合わせて頷くと、それぞれ「失礼します」と言い合って医務室を出ていった。

「朧、早く目が覚めるといいね」

 ぽそっと呟くように言った時雨の声だけが、静かな廊下に小さく響いた。

 

 部屋に戻ると、雷は報告が終わったのか疲れた背をベッドの枠に預けて、放心したように天井を見上げていた。

「お疲れ、雷」

 私が、戻ってきたことにも気づいていないようだったので私の方から声をかけてみる。

「ああ、響。お疲れさま」

 はっと意識が戻ったように私を振り向いてから、雷は笑顔を向けてくる。あんなことのあとだから、その笑顔に少し癒されるな。

「かなり酷い様子だったけど、何があったんだい?」

 雷の横に腰を下ろしながら、そう聞く。雷は疲れているようだけど表情は明るい。

「威力偵察の任務だったんだけど、この海域を押さえてる敵の根拠地を発見したのよ。偵察任務だから、敵の状況を確認しようとしたんだけど、相手と鉢合わせしちゃって、もうしっちゃかめっちゃかよ」

 そう言って、雷は大きく溜息をつく。ああ、予想外の会敵で大混乱だったのか。それは仕方ないのかな。

「敵の戦力は?」

「重巡二の軽巡一、あと駆逐艦が三以上。ヘタすると二艦隊くらいはいるかもね」

 重巡とは捨て置けないな。こちらは最大戦力が軽巡三だ。それも、龍田はまだ練度が低い。重巡の相手となると、少々厳しいな。

「司令官はそれでも近海の制海権は奪回したいみたいだから、電が修理終わり次第艦隊を編成し直して敵根拠地へ突入する計画みたいね」

 そう言って、雷はもう一度大きく溜息をつく。相当疲れてるみたいだな。こういう時は、甘い物がいいんだっけ。

「雷、間宮さんのところにでも行こう。甘い物を食べれば、少しは気も晴れる」

 そう言うと、雷はパッと顔を上げてニッと笑う。

「そうね、それがいいわ。電がいないのは残念だけど」

 まるでさっきまでの疲れようが嘘のように、雷はさっと腰を上げた。

 やれやれ。


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