やはり投稿ペースは上げられなかった…。申し訳ございません。
それでは68話、よろしくお願いします。
次の日。
朝食を取るついでにつけたテレビの朝のニュース番組で、アンベリール号の事件が取り上げられていた。どうやらシャーロックの言っていた通り『浦賀沖海難事故』として世間では報道されているらしく、ごくごく一部のコメンテーター以外は金一さんのことを『事件を未然に防げなかった無能な武偵』という烙印を押してバッシングしているようだ。
「……正義の味方って概念は今時流行らないんだろうなぁ」
そうひとりごちてしまうのも許してほしい。正義の味方とは市民の平和を守るための壁であり、平和が保たれている間には彼らは認識すらしない。壁が壊れて実害が自らに降りかかりそうになった時にやっと認識し、そして壊れて実害を及ぼしかねない壁の破片や今も残っている壁を貶す。そういった構造だ。なにしろ今の社会は平和を前提として構成されているわけだし。まったくもって嫌な世の中になったものだ。
とりあえず朝食をさっさと済ませ、キンジの所に行くとするか。
〜〜〜〜〜
とりあえずメールで「少し話そう。お前の部屋で」と伝えたら「わかった」と帰ってくるあたり、どうやらメディアには携帯電話の番号は割れていないらしい。割れていたらひっきりなしの電話に嫌気がさして電源を落としているはずだ。
実は位置でいうと真下にあるキンジの部屋にちょっとした強襲の要領でベランダから入る。ちょうど朝御飯の片付けでもしてたのかキッチンにいるキンジになるべくいつもと同じように挨拶する。
「よっ、久しぶり」
「……お前はそういうことやらないと思ってたけどな」
「玄関なんかから入れるわけないだろ。絶対張られてるから遺族という体で理不尽な取材とバッシングにあうぞ。もちろん、それがいいというなら今すぐ戻ってやり直すけどな」
「そうかよ」
すごく久しぶりに会った気がするキンジは思ったよりもずっと落ち着いていた。レキほどではないにせよ、昼行灯と呼ばれるくらいには感情の起伏が大きくないキンジだが、これは意外な反応だな。少し部屋の観察をするか。
……あぁ、そういうことか。
「コンセントを抜かれたテレビ。やけに紙ゴミが多いゴミ箱。おまけにお前にしては雑なカーペット配置とその上に散乱する沢山の週刊誌。極め付けは洗い終わって間もない皿とコップがそれぞれ1つだけ。泣きに泣いてそのまま疲れて寝たな?んで今は出涸らしの状態」
「やっぱり鋭いな零司は。正解だよ」
「まぁな、伊達に相棒やってたわけじゃない。……それで?気分はどうだ?」
もちろんいい訳がない。ただでさえ尊敬してた兄がなくなったって事実だけでもとてつもない喪失感があるはずなのに、あろうことかその兄を何も知らない奴が理不尽に叩いてるんだから。
それでもあえて聞いたのには理由がある。1つはキンジが安心して感情を吐露できる環境を作るため。もう1つはキンジの考えを俺が知るため。
キッチンからリビングに戻ってテーブルについたキンジにならい、俺も対面の席に座る。
「……俺は。兄さんは絶対に負けないし死なない、それこそ正義の味方の象徴みたいな人だと思ってたんだ」
「……」
「いつだって弱者の味方で見返りなんか求めない、それで最後には全て解決して戻ってくる、そんなスーパーマンみたいな人だと思ってた」
「……そうか」
「だけど実際には違ったんだ、少なくとも世間の人にとっては。世間の人にとっては兄さんは『事前に事故を予測できなかった無能』とか『客を逃している間に1人で死んだ武偵』とかとにかくその程度の存在にしか見られてなかった。それまでどれだけ兄さんが事件を解決してても、最後に死んだ時にはバッシングされる。要は都合のいい叩き台だったんだよ!」
段々と語気が強くなるキンジ。それだけ金一さんのことを尊敬…いやこれは崇拝みたいなものなのだろうか。いずれにせよ大きな存在だったのだろう。
「何回事件を解決しても、何十人助けても、何百人救っても最後には叩かれるなんてそんなのおかしいじゃねえか!正義の味方…武偵になんてなってもこんな損な役回りを押し付けられるなんてッ!」
「……かもな。でも少し落ち着け、声が漏れてメディアのマイクに入るかもしれないだろ?そしたら奴らの思う壺だ」
「…そうだな、悪い」
いつからか立ち上がって激情をぶつけてきていたキンジを座らせる。今のキンジの思いは十分すぎるほど伝わった。
少しの静寂の後、キンジはぽつりと語り始めた。
「なぁ零司。俺さ…武偵高やめようかと思ってるんだ。今年度中は銃検とかの関係で無理だけど、来年の夏休み明けからは普通の一般高に転校しようかと思ってる」
「……本気か?」
「本気だよ。元相棒のお前には先に言っておきたかったんだ」
「…それはやっぱり金一さんのようになりたくはないからか?それとも死ぬことが怖いからか?」
「一番は兄さんを見てて思った。こんなに人を救った兄さんですら最後にはこんなに叩かれるんだから、正義の味方なんかになりたくないって」
…武偵をやめると来たか。それは俺のプランに支障が出るかもしれないからなんとかしなければ。
「…ふうん、そうか。時にキンジよ、武偵憲章7条って覚えてるか?」
「悲観論で備え、楽観論で行動せよ」
「正解。ではもう1つ。今のお前はまだ武偵だな?」
「…そうだが」
俺の意図が掴めず困惑顔のキンジを真っ直ぐに見て俺は続ける。プランのことももちろんそうだが、それ以上に俺はこいつのことを親友だと思ってるし糸だけは垂らしてやる。登るかどうかはキンジ次第だけど。
「今のお前は悲観論で備え、悲観論で行動している。まぁ仕方ないっちゃ仕方ないけどな」
「何が言いたいんだ?」
「要は後ろしか見てないんだよ。ある意味金一さんに縛られてるといっても過言じゃない」
「だって兄さんは死「そもそも」」
まだ意図が見えずにイライラし始めたキンジを制して俺は続ける。そうだな、ギリッギリまで攻めてみるか。キンジがHSSになった時に俺が一枚噛んでることがバレないラインを。
「金一さんは
「…えっ?」
「俺も依頼から帰ってきたばっかりで詳しい情報は持ってないし、むしろお前の方が情報持ってるだろうから聞くが、キンジは金一さんの遺体を確認したのか?」
「いや、でも…」
「そこで返答に詰まるということは確認はできてないな?だったらなんで金一さんが死んだって言い切れるんだ?」
「…そんなの決まってるだろ!兄さんが乗ってたアンベリール号は爆発して浦賀沖に沈没したんだ!助かってるわけがない!」
「そこから命からがら抜けて泳いでどこかにたどり着いた可能性はなぜ考えない?別にありえないことではないだろう?なにしろお前と同じ、いやお前以上にHSSを使いこなしてるんだろ。いいか、『悲観論で備え、楽観論で行動せよ』っていうのは何も最悪の想定だけすれば良いってわけじゃない。結論に至るまでの過程を運のいいものから運が悪いものまで全て考えて、その上で最悪の想定に対応できるように、また少しでも良い未来になるために行動しろってことだ。それに武偵の始祖、シャーロック・ホームズも『不可能なことがらを消去していくと、いかにあり得そうになくても、残ったものこそが真実である、と仮定するところから推理は出発する』と言っていただろう。俺は金一さんがその船から出るということが不可能なこととは思えないけどな」
……
「まぁ、最後に自分の身をどう振るか決めるのはお前自身だ。お前が決めたことならどんな道でも応援はするよ、元相棒」
「……なぁ、零司」
「おう」
「……零司はなんで武偵なんかやってるんだ?こんな命の危険と隣り合わせで、それでいて誰からも賞賛されないような損な仕事を」
……なんで武偵なんかやってるんだ、か。そうだなぁ、難しい質問だ。どう答えたものか。
「キンジには話したよな。俺の先祖の話」
「明智小次郎と明智光秀のことだよな」
「そう。自分でいうのも嫌味な気がするが、2人とも日本では有名な歴史上の人物だろ?1人は天下人を屠ったことで、もう1人は類い稀な推理力で難事件をたくさん解決したことで。そんな先祖の子孫だからか、俺もそれなりに力は持ってたし、その力を人を助けるために使うのは当たり前だと思ってたんだよな」
これは実は半分本当で半分ウソなんだけどな。所謂オモテ向きの理由って奴だ。
「そんな俺の転機になったのはやっぱり妹の失踪かな」
「千歌、だっけ」
「よく覚えてるな、そうだよ。千歌のことを守れなかったのは当時の俺の鼻っぱしを折るには十分な出来事だったよ。そこからは千歌を助けるために全てを費やしてきた」
「ていうことは、今のお前は」
「って思うだろ?でも今はそれだけじゃないんだよ」
「え?」
「この高校に来てからだな、2つ目の転機は。俺のことを好きだと言ってくれた奴がいたんだよ」
「…あぁ、レキか」
「そう。あいつは俺のことを真っ直ぐに見てくれたんだよ。そんな可愛い奴がいたら守りたくなるもんだろ?」
まぁ異性が苦手なコイツに言っても半分も理解しないだろうがな。いつか分かる日が来るだろ、この朴念仁にも。
「……そんなもんなのか、俺にはよくわからん」
やっぱり。
「そういうもんなんだよ。つまりは守りたかった奴と守りたい奴のため、っていうのが俺が武偵やってる理由になるんだろうな」
「やっぱり零司は色々考えてるんだな」
「そりゃキンジよりはいろんなことを経験してるからな。……恥ずかしいから他の人には口外禁止な」
「お前を敵に回したら何されるかわからないからな。しないよ」
「まぁ、さっきも言ったがお前は俺じゃないからな。お前はお前の進みたい道に進めばいいんだよ。自由に選択ができる程度にはこの国は穏やかだからな」
…まぁ、その選択ができるかどうかは別として、な。
〜〜〜〜〜
じとーーー。
「………」
「…………あのー、レキさん?」
……。
…………。
………………。
じとーーー。
「………」
「……えぇーっと、聞こえてます?」
「………」
なんだこれ、空気が痛いんですけど。重いとか悪いとか色々空気を表す言葉はあると思うんだけどこんなに痛いって言葉が似合う空気は金輪際ないと思うんですけど。
とりあえずどういう状況なのか簡単に説明するとキンジの部屋からベランダ経由で自室に戻ってきたら、レキが俺の部屋で正座してた。…いやいつの間に!?
「零司さん」
「はいッ!!なんでしょう!!」
「何か言うことは?」
「はいっ!明智零司、昨日から帰ってきていました!連絡が遅れて大変申し訳ございま…ッ!?」
言葉が途切れた理由は単純。レキが俺の胸の中に飛び込んできてぽこぽこぱんちを繰り出してきたから。可愛い彼女にこんなことをやられたら仕方ない。甘んじて受け入れさせてもらおう。
しばらくやったら気が済んだのか、レキはその鳶色の目で俺を見上げてくる。
「心配、したんですよ?」
「…ごめん」
「本当に死ぬんじゃないかって、送り出したのは間違いだったんじゃないかって、不安だったんですよ?」
「そう…だよな」
「もう一回、聞きますね。零司さん、何か言うことは?」
「……ただいま、レキ」
「はい、おかえりなさい零司さん」
……多分。俺は一生この一見無表情の、そのくせころころ表情の変わる世界で一番可愛くて正確無比に心を狙ってくる狙撃手に射抜かれ続けるんだろうな。なんか今のではっきりわかった気がする。俺は
この後、キンジの転科や大小細々とした事件を経て俺たちは東京武偵高校での学校生活1年目を終えたのであった。
よもやキンジにしてはかなり平穏な学校生活が、あのピンクいのによって粉微塵に壊されるとはキンジ自身は思ってなかっただろうな。だって面識がある俺でさえあそこまでとは思わなかったからな。
今回で1年生編は終わりです!目安としては50話くらいでまとめる予定だったのに…ドウシテコウナッタ
誤字等はそっと報告していただけると助かります。というか助かってます。
次回からは2年生になる…はず。
つまりは…ももまんの権化、顕現