緋弾のアリア〜蕾姫と水君〜   作:乃亞

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第49話

〜〜Side Off〜〜

レキはウルズ族の姫であった。ウルス族はかつてその弓や矢で中国全土を席巻した元民族の王、チンギス=ハンの末裔の一族で、その戦闘技術を色濃く受け継いだ人々であった。チンギス=ハンはその昔、九郎判官として平家に恐れられた源義経の中国訛りで、ゲンジスゲンから転じたのはこの際置いておこう。

 

そしてウルス族を語る上で外せない要素はもう1つ。璃璃色金(リリイロカネ)。彼女ら一族はこの色金に敬服し、代々護っていた。その璃璃色金と心を通わせ、ウルス族と璃璃色金を繋ぐ巫女としての役割を持っていたのがレキであり、『蕾姫(レキ)』という純血姫の役割であった。

 

巫女としてレキに璃璃色金が『風』として命じたことは1つ。--感情を封じること。

その影響で今の感情を表に出さないレキというものは形作られた。

 

 

だが、高校に入ると同時にレキには1つの転機が訪れる。

明智零司という存在だ。彼と一緒にいる時間がレキは嫌いではなかった。アドシアードの空き時間に人形焼を一緒に食べたり、横浜ランドマークのクイーンズイーストで初めて私服というものを買ったり、とにかくレキにはそれまで経験のなかったことを一緒にした。そのうちにレキは無意識に感情を芽生えさせていったのだ。

 

(できることなら、零司さんと一緒にいたい)

 

そういった本当ならば芽生えるはずのない感情を。

 

 

そんなレキの起こるはずのない感情を知ってか知らずか、『風』は強い者の物になれという指令を出した。

強い者といってレキが最初に思いついたのは3人。遠山キンジ、一石マサト、そして明智零司。

自覚はしていないが先ほどの感情があるレキは当然零司に求婚し、半ば強引にそれを認めさせ、同棲生活が始まった。

 

その中でやっとレキは零司の知らぬところである1つの結論にたどり着いた。

 

(多分、私は零司さんのことが好きなのでしょう)

 

零司さんといると楽しい。何が理由かわからないが慌てる零司さんを見ると面白い。そんな気持ちが芽生えたことにレキは喜び半分、戸惑い半分であった。

 

 

異変が起こったのは零司がレキにエロ本を持って帰ったことを咎められた日。風呂の掃除をしてくると言い、リビングを出た後レキが1人で残っているとレキの電話に着信が入った。

番号は非通知。とりあえずレキが電話に出ると零司の声がしたのだ。

 

『レキ、バックの中に洗剤入ってるから持ってきてくれないか?俺今水で濡れてるから持ってきてくれると助かる』

「はい」

 

それだけで電話は切れた。レキは何の疑問も抱かず零司のカバンを漁るとエロ本が飛び出してきて、そこに掃除を終えて戻ってきた零司が出くわした、というわけだったのだ。

 

その時は誤解で済んだが、レキは何かがおかしいと思っていた。

 

 

その数日後、ランク定期外考査で零司が部屋を空けている時にレキにこれまた非通知でメールが来た。

 

 

『拝啓レキ殿

 

この度は貴女を連れていくことに決定いたしましたことをご報告いたします。今日20時に空き地島と呼ばれている浮島に来てください。先ほど貴女の暮らしている部屋の前に白百合を置かせていただきましたのでご確認していただけると幸いです。

周囲に助けを求めてはいけません。助けを求めたその瞬間、貴女の想い人やそのご学友の命がなくなることと認識していただいて結構です。

賢明なご判断を強く望みます。

 

ローズリリィ』

 

 

怪人ローズリリィの噂を予てから知っていたレキは1人で悩んだ。もちろん零司が追っている犯罪者であることも含めて、だ。

 

 

ウルス族の純血姫の巫女としての立場。武偵高の生徒としての立場。様々なことを秤にかけ、想定し、思い悩んだ。

その中で決定的となったのはただ1つ。

 

(私を1人の人として大切にしてくれた零司さんを傷付けるわけにはいかない)

 

そう考え、レキは1人でローズリリィの要求に応じることを選んだ。いざ出ようと思った時、ふとキッチンを見た。零司とともに料理に取り組んだ、思い出となるキッチンを。

 

その時、こうも思ったのだ。

 

(もし…。もし、零司さんが私のことを思って追いかけてくれるのであったら、それは嬉しいかもしれません)

 

そう思ったレキはリビングのテーブルの上に以前使っていた部屋のカードキーを起き、その部屋にローズリリィから送られてきた白百合を置いてから空き地島に行ったのだ。

 

 

 

空き地島に着くとその人はすぐに見つかった。

 

「やぁ、貴女がウルスの姫ね。要求に応じてくれて嬉しいよ」

「そうですか。それで、要求は守っていただけるのですね?」

「ええ。私は犯罪者かもしれないけれど、無粋者ではないのでね」

 

そう言い、ローズリリィはこちらに手を伸ばした。

 

「歓迎しよう。ようこそ、イ・ウーへ。と、言いたいところだけど」

「??」

 

区切りを入れたローズリリィにレキは小首を傾げる。ローズリリィはレキの方ではなく、上空を見やっていた。すると、

 

タァン、ビシッ!

 

ローズリリィの左足を銃弾が掠めた。しかし防弾だったらしく、そこまでダメージはないようだ。レキが弾を見ると、それは7.92mm×57弾。レキの記憶が確かなら、それはある人の使っている狙撃銃の使用弾だったはずだ。昨日整備のチェックも頼まれたのだ、忘れもしない。

 

「やっぱりきたか。明智家の嫡男」

 

その言葉に気を取られ、思わずローズリリィの見ている方向を見る。

そこには、どういう原理なのか空から零司が降ってきていた。

 

「久しぶりだなクソ野郎ォ!!」

 

そういいながら零司は空き地島に降り立った。

--レキをローズリリィの魔の手から救うように。ローズリリィとレキの間に。

 

 

 

 

 

〜〜Side零司〜〜

『仮想の未来視』を使い終え、再び意識が戻った時に俺は強い眩暈と吐き気を覚えた。どうやら光秀公が言っていたことは本当らしい。

 

「とりあえず時間が足りない。このまま道路を使っていては間に合わねえな」

 

意識を無理やりしっかりさせるために武偵手帳を弄り、中から小型の注射器を2本取り出し1本目をそのまま心臓にさした。

1本目は『Razzo(ラッツォ)』。気付け薬と鎮痛剤の組み合わせたような復活薬。いつかキンジにそう教えたっけ。ともかく俺はそれをさして抜く。そのまま2本目を心臓に打ち込む。

 

2本目は『暴走薬(ランワイルダー)』。超能力(ステルス)を使える人のみが使用できる代物だ。というか普通のやつには打ってもただの毒薬だしな。効果はrun wildの和訳通り、超能力を一時的に飛躍させること。これを使うことにより一時的に自身のG(グレード)を遥かに超える超能力を使えるって話だ。

相手はローズリリィだ、大盤振る舞いといこうじゃないか。

 

イギリスの有名な探偵の助手兼医者の子孫と偶々知り合いでこれを譲ってもらった時にはびっくりしたなぁ。

副作用は効果が切れた後に疲労という形で出るらしい。

『コレを使った後は病院で最低10日は安静にしなきゃいけない代物だ。アケチがこんなものを使う機会なんてそうそうないだろうけどご利用は計画的に、だね』なんて言われたっけ。

 

残ったゴミを後で取りに戻るという意味を込めて、レキの部屋の机の上に置く。そしてそのまま女子寮の()()に急ぐ。

 

「……あそこか」

 

屋上に辿り着き、うっすらと見える空き地島を見るとよく映える薄緑の髪が見えた。

そしてそのまま俺は屋上から跳ぶ。もちろん飛び降り自殺をするわけじゃない。超能力を使って水の足場を一時的に作り、空き地島まで一気に走りきるというわけだ。

 

そして空き地島まで残り500mくらいかという距離で勢いはそのままに、俺は背中のG43をレキの薄緑の髪の隣にいる奴の方に向けて《スコープを見ずに》放った。スコープを見ていないため狙いは不正確だが、左足を掠めたらしい。威嚇としては十分か。

 

「久しぶりだなクソ野郎ォ!!」

 

そしてそのまま俺はレキとヤツの間に降り立つ。レキを守る。それを姿勢で表すかのように。


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