緋弾のアリア〜蕾姫と水君〜   作:乃亞

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第46話

武偵高では夏休み中に一回、ランク定期外考査というものが存在する。

他の時期にも何回かあるのだが、簡単に言えば自分のランクを少しでもあげよう、と希望した生徒が筆記考査とナイフ術と射撃技術の実技試験、実戦考査で自分の実力を示しランクをあげようとするといったところか。

 

そんなモノが開催される会場に俺は今来ている。というのも、見学に来た訳でも試験監督代理できた訳でもない。正真正銘、受験生として来たのだ。

ランクSだから普通なら関係ないのでは?という疑問ももっともで、案の定俺が受験生と知った他の受験生や暇つぶしに来ていた生徒はすごく驚いている。確かにこれ、普通の奴は受けないからな。受けるのは転入生か落ちこぼれくらいってのは聞いたことがある話だ。

そんな俺の肩をポンポンと叩く人がいた。厚み的に男だな。

 

「おい、明智か?」

「ん、その声は……マサト!久しぶりだな!」

 

俺の肩を叩いた男、もといマサトは俺の姿を見つけるとニカッと笑顔になった。あーこれ、俺と同じ理由でコレを受けに来たパターンだな。

 

「おいマサト、お前コレ受けに来たのか?」

「まぁな。お前も目的は同じだろ?」

「だな。せーので言ってみるか?」

「いいぜ、多分同じだろ?」

 

そこで俺たちは一呼吸おく。

 

「「せーの、掛け持ち科目の試験」」

 

普通のトーンで言ったが俺たち以外はかなり驚いてるな、反応的に。

対照的に俺たちはやっぱりって雰囲気が漂ってる。

 

「やっぱりな、ちなみにマサトはどれ受けに来たんだ?」

「俺は狙撃科(スナイプ)車輌科(ロジ)だよ、お前は?」

「俺は狙撃科と強襲科(アサルト)だよ。前から受けろって言われてたから良い機会だと思ってね」

 

ちなみに俺の場合、アドシアード優勝という実績のおかげで射撃技術の検査は免除。筆記とナイフ術、実戦だけというお手軽具合。

 

「俺も大概だけどマサトはホントに努力するなぁ、尊敬するよ」

「そういう明智もな。一年で掛け持ち志望なんて俺とお前しかいないらしいぞ」

 

そう言いマサトは手をグーにして出してくる。なるほど、合わせろってか。

俺もマサトに応じグーを突き返す。パンっ、という音がして俺とマサトは互いの健闘を誓い合った。

 

 

 

筆記試験の会場にマサトとともに入ると席は自由席との張り紙があった。いつも思うがそんなにガバガバで大丈夫なのか武偵高。

俺は苦笑を浮かべつつ、席に着くとすぐに試験監督の蘭豹先生が入ってきた。確かにあの雑な走り書きは蘭豹先生らしいよな。

 

「オウお前ら、ウチの大切な休日使って試験監督やってんねんぞ。変なことしたら殺すで!問題はこれや、もらったら開始や!」

 

……雑だなぁ。

俺は回ってきた問題用紙を手に取り、筆記を始める。というか全部簡単なお話なのですぐ終わる。

(……弾道理論とか射撃照準とか、そんな基本のところから聞いてくるのね。体に染み付いてるものでしょうに)

10分足らずで書ききったので寝ますか。

 

 

 

筆記試験が終わり、成績表が張り出されたが俺は当然の満点。マサトもだけどな。

というかBランクくらいのやつが対象のテストっぽいな、コレ。それより下のやつには経験がないようなケースの問題が何個か散見されたし。逆にAランクのやつが受けたらかなり簡単に感じられるような問題だ。キンジでも、いや知識だけはあるからキンジは逆に答えられるか、あいつもSだからな。ヒステリアモードによるブースト込みだが。

 

現に普通なら平均点になりそうな所に得点の空白部分が存在してる。これじゃ育つものも育たねえそ…。逆に言えば自分で考えて学べって言うことの代表的なケースなんだろうが。

 

次は射撃の検査か。暇だしマサトのやつ見てよっと。

 

 

マサトのいるレーンに行くとやはり強襲科のSランクということもあってか人、人、人。観衆がめちゃくちゃいるな。アドシアードの時に俺も経験したけどこういうの慣れないよなぁ。

そんなたくさんの観衆に見られてるマサトは眉ひとつ動かさず、正確な射撃を披露している。その型は基本に忠実。教科書より教科書してるお手本のような射撃で、当然的のポイント高い所にビシビシ当ててる。

 

「おぉ〜!あっちも見に来たのかな?かなかな?」

「理子か、俺も受験してるんだけどな。アドシアードの実績って奴で射撃試験は免除だ」

「サラッとえげつないこと言ってるのわかってるのかなあっち…」

 

この独特な俺の呼び方をするのは理子しかいない。案の定小さい体をくねくねさせて俺の前に来た理子はしっぶい顔をしてる。そんな顔されてもな…。

理子にはイ・ウー関連で色々聞きたいことがあるんだがシャーロックとの協定上下手なことができない。口約束とはいえ、一応は守るべきだろう。

 

「にしてもマサトはホントに基本に忠実を体現してるよな、俺とは大違いだ」

「んん〜?確かにあっちの射撃ってパッと見派手派手してるけど、根幹のところはすごい基本に忠実な気がするけどなぁ〜」

「派手派手してるってなんだ派手派手してるって。俺みたいなのはちゃらんぽらんしてるくらいがちょうどいいんだよ」

「くふふ、あっちってホントにぶれないよねぇ。それで両利きでバシバシ当ててるんだから驚きだよ」

「まぁな、でもさ」

 

ここで俺は一旦トーンを低くする。普段それを使ってない時点であんまり知られたくないんだろうからな。

 

「お前も両利きで左手でも銃打てるだろ?」

「!!……流石だね、あっち。どこで気づいたの?」

「そんなん普段のお前の射撃見てりゃわかる。両利きの癖、出てるぞ。気づいてるのは俺とか教師陣くらいだろうけどな」

 

右で銃を撃つ時の重心が右利きの奴とはほんの少しズレてて、両利きっぽかったってのが理由だけどな。そこまで言わなくてもわかるだろう。

 

「えぇ…流石に鋭すぎない?結構似せてるつもりだったんだけどなぁ」

「別にいいんじゃない?将来のことを考えるなら武器は隠せるだけ隠すべきだろ」

「バレてる時点でそれはなんのヘルプにもなってないよ、あっち…」

「あはは…」

 

その後も理子と一緒にマサトを見守ってたが案の定満点。非の打ち所がないって奴だったな。いやホント。

 

 

ナイフ術の試験は俺もとりあえず基本に忠実って奴を体現して満点。試験は午後の専攻科目のみとなった。

俺はまず受ける狙撃科の試験に備え、愛銃の蒼く塗られたG43を点検していた。

昨日レキにも確認を取ったが念のためにもう一度、って奴だ。まぁ、せいぜい500mが有効射程とされるSVD(ドラグノフ)で4倍以上の2051mとかいう馬鹿げた絶対半径(キリングレンジ)を誇るあいつの目で確かめてもらったんだから大丈夫だろうけどな。

……よし、見たところオールオッケー。万全だ。あとは結果がどう出るかな?

 

 

「次、明智零司は射撃レーンに入って射撃を開始しろ」

 

相変わらず感情の起伏の薄い南郷先生の指示に従い俺はレーンに入り、G43を構える。

1発目は500m先。風……向かい風1.0mくらいか。俺は慎重に、かつ迅速に的の中心へと水のレーンを想起する。これならブレない、当たる…!

 

()えた!」

 

ダンっ!発射された弾は俺の想定した水のレーン上を真っ直ぐに、上下のブレもなく飛んでいき、中央を射抜いた。よし、この調子ならいい感じなところまで行けそうだな。

 

俺の水のレーンを想起して撃つ狙撃は1発目の命中がその日の状況によってほんの少しだけ落ちることがある。2発目からはその日の感触をもとにほぼ完璧に絶対半径内を射抜けるんだがな。ここは要練習部分だということを自覚している。

狙撃はそのまま順調に距離を200mずつ伸ばし、現在7射目の1700m。ここまでならAランクの中にも撃てる奴はそうそういない。だがこんなものじゃない。こんなところでは終われない。

 

風向き、変更なし。そのまま的の中心に水のレーンを想起し、撃つ。

撃たれた弾はこれまで同様、正確に水のレーンを通り真ん中を射抜いた。

 

「ふう」

 

一息吐き、距離設定を今度は100m更新する。1800m。絶対半径のギリギリのラインだが、まだ当てられる。

 

風向き、先ほどと変わって射撃方向に向かって右1.2m。その誤差を修正し、撃つ!

 

 

 

「明智零司、記録1895m。Sランク相当だ、おめでとう」

「ありがとうございます、でも…」

「レキには届いていない、か?」

「そうですね、自分はまだまだです…」

 

狙撃科でもSランクをほぼ内定させた俺は南郷先生と話しつつ、少し反省をする。1900mの挑戦時、最後のところでわずかにブレてしまった。そのことを若干悔しそうに言うと、南郷先生は普段あまり見せない笑みを浮かべていた。なんですか、その反応?

 

「だが、あいつにはお前みたいな近距離戦闘はほぼできない。それにお前ほどの推理力を持ってるわけでもない。結局はどこを自分の良いところとして磨くか、だ。お前はまだ伸びるだろう」

「そう言っていただけると幸いです。ところで、なんですが…」

「なんだ、歯切れが悪いな。言ってみろ」

「Sランクって人数制限あるじゃないですか、俺がこれでSランク認定を受けたらどうなるんですか?」

「その点はお前がもともとSランクだから人数制限には引っかからない。一石も同じだ、当たり前といえば当たり前だけどな」

「なるほど、んじゃ遠慮なく強襲科のSランクも取りに行きますか。ありがとうございました南郷先生」

「あぁ」

 

南郷先生、レキは近接ほぼできないんじゃなくて銃剣を用いた槍術以外できないんですよ。という声を内に留め俺は強襲科の試験会場に急いだ。

 

「おーぅ来たかぁ水君(オーロワ)クン。ギリギリだったなぁ、次だぞぉ」

「すいません綴先生」

「まぁお前の場合南郷のところ行ってからここ来たワケだし別に良いんじゃないかぁ?今回は『建造中のビル内での戦闘、徒手のみ』という状況(シチュエーション)だぁ、くれぐれも忘れるなよぉ」

 

強襲科の会場に急いで来ると試験監督で不機嫌だったらしい綴先生の小言をもらいつつ同時に想定された戦闘場所での戦い方を考える。

 

場所はボクシングのリングではあるが、今回の状況はビル内での戦闘。リングの外に相手を投げ飛ばすことはすなわちビルの外に犯人を投げることと同義であり、日本の武偵法9条『武偵はいかなる場合も犯人の殺害を禁ずる』に抵触してしまい、武偵廃業で済めば良い方。普通なら武偵三倍刑によって死刑まであり得る。つまり、リングの中で素早く相手を制圧する必要がある。

 

そこまで考え、相手を見てみると相手はこちらを憎々しげに見ていた。というかやっこさん、いつかの四対四戦(カルテット)でフルボッコにした弱市(よわし)とかいうBランクの奴だった。

 

「久しぶりだな、弱市。元気にしてたか?」

「元気にしてたか、だとぉ!?てめぇ調子乗るのも良い加減にしろよ!」

「ええ…」

 

どうやら完全に敵視されてる。いくらなんでもそれはひどくない?特別に本気を出してやろう。相手もこれで俺に勝てばSランクほぼ間違いなしだろうし恨みっこなしってことで。

 

「んじゃ明智、弱市の両者はリング上へ」

 

軽くノビをして少し跳ねる。うん、体は鈍ってない。俺は万全だ。そう思い相手を見やると相手も戦る気十分みたいだな、こちらをギロッ!と見てる。睨んでるつもりなんだろうけど悲しいかな、その目は()()の10分の1も怖くない。鍛え方は悪くないんだけどな。あと俺見過ぎ。

 

「んじゃ明智零司対弱市曽一(そういち)の模擬戦、はじめぇ」

 

なんとも気の抜ける開始の合図と同時に弱市が俺に踏み込んで来る。遅くない。けどキンジほどじゃねえな。

 

対する俺は危機迫る感じで右の人差し指を上にあげた。そして声をあげる。

 

「あっ!」

「……!!」

 

弱市は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてそれはすなわち、俺への注意が散漫になることを意味する。

 

俺はそのままあげた右手を裏拳気味に放り、弱市の顎をヒットする。そしてそのまま左足をこれまた顔に振り抜き完全にダウンさせる。そしてそのまま弱市の左腕を左側頭部に当てた状態で、俺の左手で反対側の首を通した状態で掴む。そして右腕を弱市の固められた腕の内側を通してそのまま締め上げる。

 

袖車絞。その袖を使わないバージョン。弱市は抜けられないと判断したのか、右手でギブアップをした。

 

「はい、そこまでぇ」

 

綴先生の終了の合図とともに袖車絞を解き、さっさとリングを降りる。やっぱりヒステリアモードのキンジって強いんだな。あそこからでも返された時あったもんな。

 

リングを降りるとやっぱりというか、理子がいた。こいつ以外と戦闘狂なのだろうか?

 

「うわぁ、あっち圧勝だぁ…」

「見てたのか、理子」

「うっうー!りこりんはいつでもあっちを見てるのです!」

「そういうのはキンジだけにしとけよ」

「キーくんこういうのノリ悪いから、理子キライ。というかあっち、1つ聞いていい?」

「ん?なんだ?」

「最初の。なんであれが決まったの?」

 

あぁ、あれか。タイマンだと意外と有効なやつが多い。ま、普通の犯罪者はっていう条件付きだが。

 

「あれな。簡単な視線誘導(ミスディレクション)の1つだよ。まず相手が俺を見てたろ?そりゃもう見過ぎってくらいに。あれはタイマンだとよくあるんだけど視野狭窄の1つが起こってて俺以外が目に入ってないって状態なんだ」

「ふむふむ、それで?」

「それでだな、言うなら相手の視覚の情報は俺の一挙手一投足にのみ注がれてるわけだから、強制的に少しだけ相手の意識を他に向けさせるんだ。その時に指ってのは方向を示す情報として一番分かりやすいものだから一瞬だけ上を向かせることができる。あとは見た通りの結果。もし失敗しても敵の動きはあそこからの動きなら見切れるからあのレベルならカウンターして終わり」

「失敗した時までちゃんと考えてるんだ、さっすがぁ!」

「いや普通だから…お前は情報収集する時に1つの方法しか取らないのか?」

「そんなことはないけどさぁ〜。でもでも、多対一の時は使えないよねそれ」

「当たり前だろ、でも今回は一対一だ。そのルールに則ってリングの外放らなきゃ基本的にはなんでもありだ。強襲科の技術かと言われると微妙だけどな」

 

そう、どちらかというとこれって諜報科(レザド)の技術なんだよな。

 

「おぉい明智ィ、終わりだぁ。さっさと着替えてこい。あとSランクな」

「はい、わかりまし……ええ!?」

 

なんというか、ノリが軽い。軽すぎるだろコレ。何度でも問いかける、ホントに大丈夫なのか武偵高。

 

「えぇってなんだ、嫌なのか?」

「い、いえそんなことは!」

「んじゃSランクだぁ、おめでとー」

 

なんというか……かなり実感のあった狙撃科と比べて、うっすい感想しか出てこねぇ。嬉しいとすら言えねえ。いや嬉しいけどこんなんでSランクになってしまうのか感がすごい。

 

「というか、レキ見に来なかったな…」

 

……寂しいとかそんなんじゃねぇから!ねぇから!

 

 

 

改めて試験結果が張り出された。俺は強襲科と狙撃科、Sランクということになった。マサトもどうやら狙撃科と車両科のSランクを取れたらしい。よかったよかった。

ちなみに弱市君はCランクに降格、ざまぁみろ。

 

「思ったより遅くなっちまったな…」

 

早くもなんと19時、いつもなら晩ご飯を作り始めてる時間である。このままだとウチの居候ことレキさんが(無表情ながら)怒ってしまうので帰り道を急ぐ。

 

当然もう夜なので寮の電気はついてる。俺は割とこの光が好きだ。家庭って感じがなんとなくするからな。

 

「……?」

 

見ていると何部屋か電気がついてない部屋がある。それだけならまだいい。

問題は()()()()()()()()()()()()()()()()()()。レキは普段昼寝をしない。だから寝ているという線はナシ。何か依頼に出かけているという可能性も考えてみたが、昨日はそんな話はしていない。緊急の依頼だとしてもメールで一言言うように頼んでいるのでありえない。

 

そして何か嫌な予感がする。漫然とした直感だが、直感を侮ってはいけない。

俺は急いで自室の扉を開けて靴の確認をしてみる。……ない。いつもならある女性用の革靴がない。

焦りを覚えた俺はすぐさまリビングに入り、何か情報がないか見回してみる。

異変はすぐ見つかった。リビングの机の上に意味深な感じでレキの部屋のものと思われるカードキーが置いてあった。書き置きの一つもなしに。

 

……レキに何か大変なことが起こった。間違いないだろう。


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