「ふーんふっふふーん」
俺は今鼻歌交じりに風呂場の掃除をしている。毎日使うところだから掃除は欠かさずやらなきゃな。まだレキにもやり方教えてないから任せるわけにもいかないし。
前の部屋の時はシャワーで済ませていたらしいレキだが、俺の部屋に来てからは浴槽に毎日浸かっているようで割と長く風呂に入っている。まぁ、あいつ曰く毎日15分とは言ってたが、女子の風呂の長さを測るのは野暮ってもんだし気にしてないけどな。
「よし、こんなもんかな?」
洗剤をシャワーで流して一息つく。風呂場でもリビングでも掃除直後ってのはいいもんだよな、ゴミ1つない生活空間。掃除をやりきったって感覚と一緒にすごく満足感を得られる。それでそのあとにコーヒーを飲む。うむ、愉悦だな。
俺は濡れた手足を拭きつつ、リビングに戻る。
「風呂場の掃除終わったよ〜ってあれ?」
なにしてんの?てかレキさんなに読んでるの?心なしか怒ってるような…
「零司さん」
「なに?」
「零司さんってこのような本の女性が趣味なのですか?」
ばさっ、ばさばさっ。レキが見せたのは……なんか四つん這いになって左手を猫みたいにしてる女性のあられもない姿。
……。
………。
…………!!!しまった、隠れ家のエロ本か!隠すの忘れてた!すごーく誤解されるよこの流れ!!いや俺が悪いっちゃ悪いんだけどな
「ち、違うんだレキ!話をーー
「それで、好きなんですか?零司さん?」
うわ…レキさんマジギレの絶対零度の冷え冷えトーンだよ…これめっちゃ怖いよ?普段表情薄い奴はキレるとめちゃくちゃ怖いってのは本当なんだな…
「とりあえず、話を聞いてくれないか?判定はその後ってことでさ、頼むよ…」
俺は(なぜか)土下座しつつ、レキのご機嫌取りを始めることにした。
「………いいでしょう、聞きますよ」
沈黙すること数十秒、俺が折れるほんの少し前にレキが折れてくれた。首の皮一枚つながったぜ。どうしてだろうな、俺なんも悪いことしてないはずなんだけど……
レキに事情を話し始めて10分、誤解や取り違えのないようにしっかりと説明するとレキも納得してくれたようだ。
「……わかりました。その零司さんの探偵科棟の自室にその本があって、零司さん自体は興味がないから武藤さんに渡すために一時的に持って帰った。それでいいですね?」
「はい、マジでそうなんです。悪いことは多分してないはずなんです…」
「……はい、私が少し早とちりしてしまったようですね。すみません零司さん」
ふぅ…とりあえず平和的解決に持ち込めた。問答無用で撃ってくる奴もいる武偵高、こうして対話のテーブルに乗ってくれるだけでもありがたいって奴だ。
などと思っているとレキは人差し指をピン、と上に向けてこう続けた。
「ですので、1つテストをさせていただきます」
「て、テスト?」
「はい」
藪から棒な発言に目を白黒させるのはしょうがないと思うんだ。どっかのピンクいの程じゃないけどこいつも大概聞かん坊よな。
レキはテストと言ってから少しもじもじすると意を決したのか制服姿で四つん這いになった。……四つん這いになった!!!??はぃい!!??
そのままレキさん、わずかに頬を赤く染めて左手を猫のようにあげた。
「ニヤアン」
……さっきのあられもない女性の真似なのだろうが、すごい棒読みとレキがこんなことをするなんて、という衝撃とさらには衝撃的な可愛さに俺は思わず立ち尽くしてしまう。いや、反応に困るでしょ、これは!!!?啞然、っていうのとも少し違う気がする。心を奪われた?……そういうことか……惚れた弱みって奴だな。
「そ、そのだなレキ。すごくかわいいのはわかったからやめてくれ。色々困る…」
「は、はい」
俺はレキから目を背けて言ってやる。多分顔もすごく赤くなってると思う。かといってレキも流石に恥ずかしかったのだろうか、少し返答に詰まったな。
「な?俺無実ってことでいいよな?」
「そうですね、零司さんを信じることにします」
「よかった…信じてくれてありがとな」
「いえ、私は零司さんのものですから」
……ん?今、いつもとモノのイントネーションちょっと違った気が。まぁ気のせいかな。
ともあれ、だ。これ以上これを晒す理由にならないししっかり片付けよう。
次の日俺は男子寮の前で武藤を待っていた。そろそろ待ち合わせ時間の11時なんだがな…
「明智ー!!わりぃ、遅くなった!」
「うるせー、バイクから早く降りろ」
ってこれ前武藤が改造したって自慢げに言ってた奴じゃん、確か200キロだかなんか出るって怪物バイクって触れ込みだったな。
「ほいほいっと。で、例のブツは?」
「なぜ例のブツだけ声を低くするんだ…。ま、それは置いといてこれだ。中身は自室に戻ってからのお楽しみってことで。俺が渡したってことは口外しないように」
早速開こうとしたアホの武藤を手で制しつつ俺は条件を滔々と並べていく。
「こんな量のお宝もらっちまっていいのか……?」
「声を震わせながら言うんじゃないよ……全く。とりあえず俺には無用の長物って奴だ、未練も後悔もねえよ。俺から見たらメモ帳にすらならねえゴミだ。レキにも見せられないしな」
あ、やべ。余計なこと言ったせいで昨日のことがフラッシュバックしたわ…頬赤いかも。
武藤はそんな俺の顔を見てすごくいやーな笑みを浮かべてやがる。なんだよ?
「その様子ならレキに対しての気持ちははっきりしたみたいだな!よかったよかった!」
「うっせぇ!早く帰れこのアホ!さもなくばバイクを部品だった欠片も残さず爆発させるぞコラ」
「はいはい、武藤剛気はクールに去りますよっと」
そういうと武藤はバイクにまたがりさっさと出発してしまった。……てか速えなマジで。道交法の欠片もねぇ。そんなんで大丈夫なのか
ふぅ、とりあえず爆弾は持ってってくれたし俺も部屋に戻りますか。やりたいゲームも少しあるし。
俺はこれまでにないほどスッキリした気持ちで寮の部屋に戻るのであった。