緋弾のアリア〜蕾姫と水君〜   作:乃亞

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第37話

〜〜Sideカナ〜〜

 

私は今原子力潜水艦ボストーク号ーー犯罪組織イ・ウーの本拠地ーーに来ている。

 

なんで来たのかって?……そうね、教授(プロフェシオン)と話をしたいから、かな。

 

私は教授がいる部屋にノックをしようとする、が…。

 

「扉は開いているよ。いらっしゃい、カナ君」

「……相変わらずね、教授は」

「何、簡単な推理さ。僕の見立てだと、そろそろ君は僕のところに確認がてら話をしに来るはずだったからね」

 

…相変わらず教授はなんでもわかっているような物言いをするのね。いえ、実際になんでもわかっているのでしょうね。

 

条理予知(コグニス)。教授がイ・ウーを率いることができる要因の一つ。本命はまた違うところ、つまり色金にあるのだけれど、それを使う頭があってこその教授といったところかしらね。

 

「失礼するわ。確認したいことっていうのは教授もわかっているでしょう?」

「そうだね。僕の命が来年のこの時期までしか保たない、ってことが本当なのかを確認しに来た。違うかい?」

「……そうね。それだけに私は不思議なの。貴方は色金の力で延命している。その効果があと一年とは到底思えなくて」

「ふむ…確かにカナ君の主張は根拠が薄いとはいえ、言いたいことは分かる。色金は超常現象を引き起こす未知の物質。だけどその色金にも限界はある。僕の場合それが1年後、という話なだけだよ」

 

……言いたいことは分かる。だけどどういう思考回路でそこに至るのかがわからない。

 

「……私にはまだ遠いのかしらね。教授はなんでもお見通しなのかしら」

「ふむ…なんでも、ではないかな。かつてジェームズ・モリアーティという男がいた。彼には一度負けたし、勝った時もかなりの苦戦を強いられたね。それは何故だかわかるかい?カナ君」

 

そう教授に聞かれ、私はその理由を考える。というか考えるまでもないわね。

ジェームズ・モリアーティ。元々教授と呼ばれていたのは彼で、シャーロック・ホームズと対等に渡り合った狡猾さを持つ男。

 

「それはモリアーティが教授と同じくらい賢しかったからでは?」

「正解だよ。僕と同じくらい賢く、ずる賢かった。つまり僕の条理予知と同じような推理を彼もできたから、僕の条理予知がうまくいかなかった。いやはや、彼には参ったよ。何せ事件の中心にいるとわかっていても痕跡を残さない。それどころか僕以外は彼を疑いもしなかった」

 

教授はそこでパイプを咥え直す。まるで自分の高校時代のイタズラを思い出すかのような瞳を湛えながら。

 

「それで僕が最後にたどり着いたのが、ライヘンバッハだったね。あとはカナ君もわかるだろう?あの時は死ぬことを覚悟していたんだがね」

 

そこまで言い切り、教授は笑う。近所の悪ガキのように、笑う。

確かに、モリアーティほどの頭の回転の速さがあればこの男の想定の外へ出られるだろう。…しかし、だ。

 

「しかし、彼ほどの頭の回転の速さを持つ者はそうそう現れないのでは?」

 

私の言うことも尤もな話だと思う。あれほどの頭の回転の速さはHSSでもそう再現できないでしょう?

それを聞いた教授は、それでもしかし微笑む。まるで私が思い違いをしていて、それを言おうか言わまいか。そんな微笑みだ。

 

「そうだね…これも何かの縁だ。カナ君には特別に教えてあげよう。何せここイ・ウーは学び合うことのできるところだからね。モリアーティと同じくらい、いやモリアーティなんかよりも、もしかすると僕をも上回るほど頭の回転の早い逸材は現れているよ。しかも君も知っている人だ。さて、その人は誰だと思う?」

 

そんな、馬鹿な。教授よりも頭が良い。それはつまり教授以上の条理予知を再現できる可能性を秘めているということ。そんな人を私は……。1人だけ可能性は、あるかもしれないわね。しかし…そんなことがあり得るのかしら?

 

「まさか…明智家の嫡男…?」

「ほぉ、正解だよカナ君。そのまさかだ。明智家の嫡男、つまり明智零司君にはその可能性がある。本人はまだ未自覚だろうがね。カナ君は本能寺の変、その真相を聞いたことはあるかな?」

 

本能寺の変の真相?それはまだ解明されていないのでは…?

表情に出ていたのだろう、教授は話を続ける。

 

「明智光秀公、零司君や千花君のご先祖だが、彼は実は『仮想の未来視』の超能力を持っていたようだ。ある日彼は仕える織田信長公がこのまま天下統一を成したら世の中はどうなるのかを『視た』らしい。それで視たのは飢饉にあえぐ余り、年貢すらも納められない農民。荒廃しきった日本。折角争いの無い平和な世界を作ったと思ったのにこれではなんのために戦ってきたのかわからない。そう焦りを覚えた光秀公は世の中がなるべく永く、平和に続く未来を『視る』為に能力を使い続けた。彼が精神的に追い詰められながらもたどり着いた、一番可能性が高かった未来は徳川家が天下を取ること。その為には自分が信長公を討ち取り、木下藤吉郎つまり豊臣秀吉に討ち取られることだった。彼は超能力の使いすぎで廃人寸前になりながらも信長公を本能寺で討ち取り、山崎の戦いで秀吉公に討たれた。これが本能寺の変の真相だよ」

 

次々と提示される史実に私は驚きを隠せない。でもそれと零司君に何のつながりが……!まさか!

 

「先祖帰り…ですか?」

「素晴らしい答えだ。その通り、半年前の僕の推理では零司君は先祖帰りで『未来視』の超能力を持っているはずだ。自頭もさることながら、その超能力を合わせ持つことで彼は僕をも超える可能性を秘めているんだよ。だからこそ『緋色の研究』に関わらせることはできない。彼が関与した瞬間、どうなるのか。それは僕にも推理できない。もしかしたら良い方向に行くのかもしれないし、最悪の場合世界が崩壊を迎えるかもしれない。流石に世界の崩壊の危険性をはらんでまで『緋色の研究』を進めようとは思わないよ」

 

そこまで評価される明智零司のことを私は思い出してみる。確かに鋭いナイフのような洞察力、直感。そしてそれを論理的に説明できる頭の良さ。その両方を確かに彼は持ち合わせているが教授が危惧するほどのものだとは思えなかった。

 

曖昧な表情を見て取ったのか、困ったように教授は続ける。

 

「実はだね…数ヶ月前ほどからもう彼のことを推理しようとしても僕では正確な未来を出せないんだ。誘導を丁寧につけないと僕の思う通りには進んでくれないようだ。平和な島国で育ったとは思えない成長曲線に僕も驚いている。僕の推理では狙撃の絶対半径(キリングレンジ)が1800mになるのは今年の8月だった。しかし理子君の報告では彼はもうすでにそこを越えているらしい。いやはや、全く驚いたよ」

 

教授はそこで言葉を区切る。話しすぎたと思っているようね、この感じは。

 

「正解だ。少々僕は喋りすぎたようだね、カナ君もこのことは誰にも明かさないように。たとえ千花君でもね」

「え、ええ。楽しい時間だったわ」

 

そう言い、私は教授の部屋を離れる。彼なら、キンジを任せられる。そう判断したのは間違いではなかったようね。

 

 

 

 

〜〜Side零司〜〜

 

最悪だ。午前の授業中ずっとクラスメイトがこちらをチラチラ見てくれたおかげで軽〜くストレスが溜まっていた俺はキンジ、不知火、武藤といったいつものメンツで食堂に集まっていた。レキ?ついてこようとしてきて言うこと聞かないからここにいるぞ。

 

武藤がニヤニヤスマイル全開でこちら、つーか俺とレキをみる。うぜぇ。

 

「いやー明智にも春が来たな!羨ましいぜまったく!」

「もう一回言ってみろ、次言ったら五臓六腑をバラバラにしてから血抜きしてお前の親に送りつけるぞ」

「やけにリアルだな!?」

 

そう言い軽口を叩いた武藤を睨みつける。まーまーといういつもの優男スマイルを浮かべた不知火が仲裁に入ってくれる。お前は変わらんでいてくれてよかったよ。

 

「それにしても、ちょっと意外だったな。明智君、そういうの奥手そうだったのに」

「お前が乗るとは思わんかったぞ不知火」

「あはは、ごめんごめん」

 

訂正。不知火君も武偵高生らしい反応をありがとさん。むしゃくしゃするから今日は強襲科(アサルト)の自由履修を取るか。キンジ?キンジはレキから一番遠い席でもそもそとざるそば定食食ってる。俺とレキのことは全く興味ないだろうな、あいつは。その対応が涙が出るほど嬉しいけど絶対に黙っとく。

 

今の俺とレキの関係を一言で表すなら、狙撃拘禁の被害者と加害者だろうな。やめてもらうよう情に訴えかけたいんだが、対象に感情がないときた。

 

となればレキに感情を生まれさせる感情があるんだろうが、今の所皆目見当がつかん。というかあいつ、なんとなく感情がないというより知らないだけな感じがするんだよなぁ。根拠というかなんというか、あいつには常識がない。なさすぎると言ってもいい程だ。

 

それを日常の中で感情を生まれさせない為という理由をつけてみればどうだろうか?我ながら強引だが一応筋は通ってる気がする。

 

ただし問題が一つ。今から日常を普通に送るだけではレキに感情が生まれるのがいつになるか分からないことだ。できれば短期解決が望ましいこの状況にとってそれはよろしくないんだよな。

 

……あーっもうイライラする、なんで俺がこんなことを考えなきゃならないんだ。息抜き強襲科でひと暴れしよう、そうしよう。

心の中でなく俺に誰も気づかず、昼休みはいつも通り過ぎていくのであった。


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