アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein

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邂逅 3

 モモンガは、手を差し出し握手を求めようと思ったが、止めた。いくら何でも、篭手を装着したまま握手を求めるのは失礼である。

 

「よろしくな。アルシェ。お互い生き残っていこう。新米冒険者の死亡率は高いらしいからな。まずはお互い生き残ることだな」とモモンガは言う。講習で、新米冒険者の一年以内の死亡確率は五十パーセントにのぼるという説明があった。

 

「申し訳無いけど、馴れ合うつもりはない。冒険者になったばかりだけど、私は冒険者を辞める。私はワーカーになる。次会うときは、商売敵ね」

 

 ワーカー? 商売敵とはなんのことだ? 冒険者の他にワーカーというのもあるのか? 冒険者の対立組織があるような口ぶりだな。やはり、知らないことが多すぎるな。

 

「そうか……。それは残念だ。もし良かったらパーティーを組もうかと思っていたのだがな。私はそれなりに腕が立つつもりなのだがな」

 

「私も魔法の腕には自信がある。私は第三位階まで使える」とアルシェはモモンガを見つめる。

 

 モモンガはアルシェの言葉を聞いて、第三位階って微妙過ぎるだろ……と兜の中で呆れる。こいつは、ただの世間を知らない餓鬼なんじゃないか? ユグドラシルで、第三位階が使えるって、どや顔するプレイヤーがいたら、ただのネタだぞ……。

 

「自分の能力を過信しないことだな。一人前を気取りたいのなら、第十位階を使えるようになってからだ。第三位階魔法が全く効かない相手などもこの世界には沢山いるぞ?」

 上位魔法無効化Ⅲのスキルを持っている俺とかな。

 

「第十位階を使えるようになってから? ふっ。あなたが魔法に関して無知だということが分かった」とアルシェは答える。

 

 鼻で笑いやがった。ワールドディザスターに攻撃魔法では及ばないものの、俺も魔法職としてそこそこの部類に入るのだがな。少なくとも、第三位階の魔法職に負けたりはしないぞ。って、餓鬼の言うことにいちいち腹を立ててもしょうが無いな。

 それよりも問題は、知らないことが多すぎるということだ。ワーカーという職業、それに、第十位階魔法と言って笑われる。この短い会話で認識の齟齬があり過ぎるな。

 この世界の常識を持っている人間を側に置いておくのはやはり必要だ。

 

「俺と君は違うよ。少なくとも、金の為に無茶をやるようなことはしない」

 

「くっ……」

 アルシェは苦虫をかみ潰したような表情となり、それをモモンガは見逃さなかった。

 どうやら、金に困っているというのは確かだな。しかも、高額の金が必要。そして、かなり緊急を要するのであろう。

 それならば、考えられる可能性はそんなに多くはない。

 

「誰かが病気なのか?」とモモンガは尋ねる。病気の治療費というのはおそらくどこの世界に行っても高額であろう。

 

 しかし、アルシェは首を横に振るだけだ。

 

「借金……か?」

 

 アルシェは何も言わず、少しだけ首を縦に降ろした。

 

「幾らあるのだ?」

 

 しばらくの沈黙ののち、観念したかのようにアルシェは呟いた。

 

「金貨二百枚……」

 

 金貨二百枚……。多いのか少ないのか分からんな。NPCの復活のためにでも金貨が五億くらいかかるからな。(ゴッズ)級の装備を作るにはもっとかかるし。物価が分からないというのも問題だな。

 まったく学ばなければならないことが多すぎるな、とモモンガは心の中でため息を吐きながら、金貨が百枚入った皮袋を二つ取り出し、それをアルシェに差し出す。

 

「これは?」

 

「中を見てみろ。きっちり金貨二百枚あるはずだ」

 

 アルシェは半信半疑だったのであろう。恐る恐る一つの革袋の口の紐を開けて中を覗き込む。そして金貨を一枚取り出し、部屋の永続光(コンティニュアル・ライト)が掛けてあるランプの前に持っていく。

 だが、驚いた様子も一瞬であり、落胆した様子となった。

 

「これ、金貨? 帝国金貨でも、王国金貨とも違うけれど……見たこともない文字と刻印……」

 

 え? 金貨もユグドラシルのとは違うのか……。最悪だ。この金貨が使えなかったとしたら……。実質的に俺は一文無しだな。

 

「その金貨で問題あるか?」とモモンガは尋ねる。心の中で、問題無いようにと祈りながら。

 

「これが本物の金貨なら、純度とかによると思うけれど、両替商が換金はしてくれると思う。だけど、この金貨を私に?」

 

「やるというわけではない。無期限で貸し出すということだな。もちろん、条件を付けさせてもらうがな」とモモンガは言う。

 

「悪いけど、信用できない。こんな美味しい話なんてありえない」とアルシェは金貨を元の袋に戻し、袋をモモンガへと返す。

 

「条件を聞く前に断るのか?」

 

「だって、私もあなたも今日冒険者に成りたての新米。そんなあなたが、ポンと金貨二百枚を見ず知らずの私に渡してくるなんておかしい。そんなお金があるなら、そもそも冒険者になるというのも変。新米冒険者の半分が一年以内に死ぬ。それは、魔物に殺されて、っていうだけではないってことでしょ? たとえば、目先のお金に目がくらんだ新米をカモにする冒険者がいたりもするってこと」とアルシェは、うさん臭そうな目でモモンガを見つめる。

 

 せ、正論だな。たしかに、思いっきり怪しいよな。失態だ。俺が相手の立場でも警戒はするな。交渉を焦り過ぎたな。だが、頭の回転も速い。それに、冷静さも持ち合わせている。借金は自分で作ったものでない可能性が高いな。悪くない。合格点だ。では、こちらももう一枚カードを切らせてもらおう。

 

 モモンガは、兜を脱いだ。念のため、兜を脱がざるを得ない場合に備えておいてよかったと思う。

 

「黒髪?」とアルシェは驚いた表情だ。

 

 やはり、とモモンガは思う。どうも村人や帝都の人間は全員、髪の色が金髪だった。黒髪というのは珍しいのであろう。

 

「実は私は遠い国から来た旅人なのだ。そして、この帝国に来たばかりで、このあたりの常識に疎い。正直、分からないことだらけだ。風習や慣習などは地域によって違うからな。だから、この帝国の常識を知っている人間を必要としているのだ。だから、冒険者にもなった。そして、私の欠けた常識を補ってくれる存在を探しているというわけだ」

 

 怪しまれたり疑われたら、自らの弱みや欠点を見せる。相手に信用されるための交渉術の一つだ。人間は相手と自分の共通点を見つけると、親近感が湧く。また、相手の弱い点や欠点を知ると、精神的優位に立ち、安心感が芽生えて態度が軟化するものだ。モモンガの営業テクニックの一つだ。

 

「どうして帝国に来たの? それなりの目的があるのでしょ?」

 

 どうやらアルシェは話を聞く気にはなってくれたようだ。それにモモンガは安堵する。席を立たれてしまったら、勧誘は失敗に終わっていたところだ。

 

「実はな、使った者の願いをなんでも叶えてくれるという指輪が存在する。俺はそれを手に入れるために、多くの時間と労力を費やした……」

 流れ星の指輪(シューティングスター)を手に入れるために、主につぎ込んだのは、給料とボーナスだがな。

 

「そんな指輪が……信じられない」

 

「だが、存在するのは事実だ」とモモンガは断言する。

 実際に自分が持っているし、自信を持ってその指輪が存在すると断言できる。交渉で最後に必要なのは、自社の製品が一番ですと断言できる自信だ。

 

「それで、その金貨を貸してくれるという条件は?」

 

 乗ってきた。モモンガは交渉の成立を確信した。

 

「まずは、私とパーティーを組んでもらうということだ。チームのリーダーは俺。依頼の報酬は折半。自分の報酬から私への返済をしてくれ。さっきも言ったが、その金貨二百枚は、ある時払いの催促なしだ。受ける依頼も、お前が反対するものは受けないということにしよう。二つ目が、そのお前の借金の返済の場に私も立ち会わせてもらうということだ」

 

「一つ目の条件は了承した。報酬が折半というのは魅力。だけど……二つ目の条件の意図は?」

 

「簡単な話だ。いみじくも君が言っただろう? 新米冒険者の半分が一年以内に死ぬ。それは、魔物に殺されてということだけではない。借金を返すために冒険者になる。それは、よくある話のように思える。だが裏を返せば、新米冒険者をカモにするための口実の可能性もある。借金を返すために冒険者になったと言えば、動機はそれで十分だからな。だから、君が実際に借金をしていたという事実を確認することによって、君が、借金で首が回らなくなった冒険者を装っているのか、本当に金で困った冒険者なのか、それを確認したいのだ」

 

「お互いに信用してなかったということね」

 

「それは違う。信用とは実績によって積み上げられるものだ。信用できるできないは今のことではない。これからのことだ。俺を失望させるなよ。魔法には自信があるのだろ? アルシェ」

 

「分かったわ。パーティーに入るわ。あなたこそ、私を失望させないでね。それなりに腕が立つのでしょ? モモン」


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