アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜 作:Menschsein
モモンとアルシェは、なんの特徴もないただの敷石の前に立っていた。外見上はただの敷石だが、そこには転移の罠が仕掛けられている。
「俺から踏むぞ。後に続いてくれ。だが、もし、このトラップを踏んでも何も起きなかったら、即刻それを使ってこの遺跡から脱出しろ」とモモンはアルシェに言った。アルシェは、
まさか、この転移の罠を移動手段として逆利用することになるとはなぁ、とモモンは心の中で呟く。
千五百人のプレイヤーが押し寄せてきた時などは、相手も数の暴力で押してきた。それそれで対策が出来る。
もしかしたら、ナザリック地下大墳墓をパーティー単位で、気長に攻略するプレイヤーがいたら、状況は変わっていたかも知れないとモモンは思った。
パーティーが何度も全滅する覚悟で、マッピングをしながら進んでいく。全滅しても、またレベルを上げてからまた再挑戦をし、諦めないパーティー。
そんなパーティーが一番やっかいだったかも知れないと思う。アインズ・ウール・ゴウン側としても、一度設置した
『あのパーティー、なかなか諦めないね』などと会話を
そして、そのパーティーが、最終的に玉座の間まで辿り着く。そしてそれを、アインズ・ウール・ゴウンのメンバー全員で相手をする。
そんなことになれば、攻める側はもちろん、守る側も楽しかったかも知れない。
ウルベルトさんなど、プレイヤーを玉座の間で迎え討つことを楽しみにしていたのかも知れない。
だが、ユグドラシル時代、そんなプレイヤーはいなかった。
千五百人のプレイヤーが押し寄せてきて全滅。その際の、ヴィクティムのスキルを使った殲滅の映像がネットに流れてしまい、他のプレイヤー達から攻略不可能というような認識を持たれてしまった。
ユグドラシルのギルドの中でもワールド・アイテムの保有数はずば抜けていた。遺跡攻略のメリットは大きいはずだが、苦労してアインズ・ウール・ゴウンのホームを攻略するくらいなら、別のワールド・アイテムを探して入手した方がまだ良いと、他のプレイヤー達から思われていたのかも知れない。
攻略しようとするパーティーは現れなかった。最終日までずっと……。
モンスターが出現しないという不可解な点はあるが、もしかしたら自分と、そしてアルシェが、アインズ・ウール・ゴウンのギルド拠点になって以降、初めて、ダンジョンとして攻略しようとしているのではないかとさえ思う。
この迷路に大量に設置された罠。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーで知恵を出し合って、一つ一つ設置していった罠だ。
この第六階層まで転移するトラップを踏まなかったら遭遇するのは、ゴーレムの置物の罠だ。
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『ぬーぼーさん、これは、魔法耐性に特化したゴーレムですか?』
『えぇ。まぁ、見せトラップというような、囮役のゴーレムですが』
『囮? 魔法特化のパーティーにとっては強敵ですよね……? 少し勿体ないような気がしますが……』
『そういう使い方も出来ますが、今回のは別です。これを、見晴らしの良い通路に設置するつもりなんですよ』
『ん? どういうことですか?』
『いやぁ、これは、“ぷにっと萌え”さんのアイデアなのですが、明らかに魔法耐性を備えた、もう物理で殴るしかないっていうゴーレムが、通路の先にあったら、モモンガさんはどうしますか?』
『私は物理はダメなので、他の仲間に任せる……でしょうか?』
『それも選択肢ですね。あと、装備を変えたりしませんか? そのゴーレム対策の装備に』
『あぁ。それもしますね。このゴーレム、魔法耐性に隙があったり?』
『えぇ。闇属性魔法への耐性を意図的に下げてます』
『へぇ〜。それも探知可能なら、闇属性装備に変えますね。あの場所なら、アンデッドばかりなので、聖属性の方に装備や魔法を傾けているはずですから……』
『見晴らしの良い通路の先に置かれたゴーレム。当然、侵入してきたプレイヤー達は、その対策を考えて進むでしょう。そして、ゴーレムに接近した瞬間、ゴーストや
『うわぁ……。そこで、物理が効かないモンスターを出しますか……。魔法職としても、闇属性に装備変えてしまっていたら、嫌ですね……。ゴーストや
『そういうことです。だから、プレイヤーが対策用に装備を変えたくなるような囮のゴーレムを作っているんですよ』
『今度、侵入者が現れたら、是非、その惨状を一緒に拝見したいですね! ぬーぼーさん。楽しみにしています!』
『なんなら、試運転するとき、モモンガさんがプレイヤー役されても良いですよ?』
『それは遠慮します……』
ぬーぼーさん、一生懸命作っていたなぁ。一度くらい、あの罠に引っ掛かってワタワタする人がいてもいいのかなぁ……。ギルド武器壊したら、動かなくなっちゃうし……。
ゴーレムを抜けた先は、たっちさんが作った設置した罠があるゾーンかぁ……。あの、罠がここにありますって、誰が見ても明らかに分かってしまう罠……。あの正々堂々とし過ぎた罠を見た時は笑ったなぁ……。いかにも“たっちさん”らしいって……。ウルベルトさんはそれを見て、罠にかける気があるのかぁ! って怒っていたけど……。
意外と、そこまで侵入したプレイヤーは疑心暗鬼状態だから、逆に正々堂々としている方が、逆に引っ掛かっていきそうだぁって、みんな笑っていたなぁ……。
個人的にも、『危険地帯。徐行せよ』とか『この先行き止まり。危険立入禁止』とか、『左折禁止』とかダンジョンに書かれていたら、まぁ……それをやってみたくなるしなぁ……。
だけど、ギルド武器壊したら、全部、動かなくなっちゃうんだよなぁ……。
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「どうしたの? この先の通路に、何かあるの?」と、通路の先を眺めていたモモンにアルシェは声をかける。
「いや、何でもない……。少し考え事をしていただけだ」
モモンとアルシェがくぐり抜けてきた罠。それも、すべて、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが一つ一つ設置していった罠だ。
「大丈夫?」
「あぁ。では、先に行くぞ……」
敷石を踏んだ瞬間、モモンの身体が発光し、そしてその姿が消える。アルシェも、同じように敷石を踏む。眩しい光……。
そしてアルシェが目を開けたそこは、帝都の闘技場を思わせるような建物。その闘技場の真ん中に立っていた。モモンの姿も確認したのもつかの間だ。
観客席を埋め尽くす程の魔物……。アルシェが見たことも無いような魔物がほとんどだ。それに、向かい会うように闘技場に立っている人物……いや、異形の者たち……。
うぅ……。何……あの、日傘を差している女……。凄い魔力量……。あっちの
化け物だ。勝てない。逃げるべき……。幸いなことに、ここは地下では無く、地上のようだ。空には星が見えている。
アルシェは、逃げようとモモンに声をかけようとした瞬間、ハッと異形の者たちの異様さに気付く。
兄弟姉妹なのか、抱き合ってウォンウォンと泣き始めた
日傘を落とし、そしてハンカチで涙を拭く女の子。
両手をワナワナと震わせながら、空を見上げている悪魔。その頬からは涙が地面へと落ち続けている。
闘技場の観客席からも、啜り泣く音が聞こえてくる……。
どうしてみんな泣いているの? アルシェはその異様な光景に息を飲んだ……。