アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜 作:Menschsein
遺跡調査 1 【閲覧注意:鬱展開】
<帝都アーウィンタール、冒険者組合前>
「命まで助けていただき、さらに帝都まで送っていただき、ありがとうございました。モモン殿、またいつかお会いできたら嬉しいです。レイナース女史も、アルシェ女史も、ありがとうございました」と、ニグンはモモンに続いて、レイナース、そしてアルシェと固い握手を交わす。
「こちらこそ、旅をしながら異国の話が聞けて大変有意義でした。それに、また一緒にやりましょう」と、釣り竿で糸と針を投げるかのような仕草を右手でする。
「えぇ。喜んで」とニグンも満面の笑みである。
「それはそうと……。ニグン殿は、カルサナス都市国家連合に向かうとのことでしたが、これからどうされるおつもりですか? 国家連合へは、山を越えねばなりません。街道が整備されているとは言え、お一人では危険ですよ」と帝国騎士として帝都地理に詳しいレイナースが言う。
「えぇ。それでしたら、冒険者の護衛を雇おうと思っています。帝都の神殿も廻って、明後日には連合国家へと出発します。お気遣いありがとうございます」
「ねぇ、それだったら、私達が護衛を引き受けるというのはどうかな? 昇格試験は、組合に報告して終わりだし。どうモモン?」とアルシェが提案する。
「俺もそれを考えていた。如何ですか、ニグン殿。私達を護衛で雇ってはいただけませんか?」
「願ってもないことです。依頼料はお礼を兼ねて弾ませてもらいますよ」
「いえ。そんな心遣いは無用です。むしろ、国家連合への道すがら、ニグン殿が釣りを教えるというのはどうでしょう。良い川はあるのかな?」とモモンはレイナースに向かって言う。
「ありますわ。行程を上手に組めば、夕食はいつも美味しい魚が食べられる旅になりそうですね。もちろん、釣れたらの話ですが」とレイナースが言うと、全員が笑った。
「これはお互いに重圧がかかりますな。では、アルシェ。俺達はまずは昇格試験の報告を終わらそう」
「私とニグン殿も、組合で待機しておりましょう。王国の冒険者と法国の神官との戦いを止めたと言うのは、捉え方によっては国家間の争いに介入したなど、悪意を持って解釈すれば、いくらでも“モモンと愉快な仲間達”を貶めることはできますから……。モモン殿、話がややこしくなったら、私達を呼んで下さいね」とレイナースは言う。
「そうですね。モモン殿、アルシェ女史。必要があれば、私は、あなた達が冒険者として決して間違った行為をしていないと、私は証言しましょう」
「心強いです。お二人ともありがとうございます」
・
<冒険者組合長室>
冒険者組合に呼ばれたモモンとアルシェの報告を聞き、バハルス帝国アーウィンタール冒険者組合長、ディス・ツバイザックは腕を組みながら難しい顔で天井を長い間見つめ、思案をしていた。
「討伐部位を拝見させていただいて、カッツェ平野での巡回任務。文句なく合格です。ミスリルへの昇格はまったく問題ありません。ですが……私が頭を悩ませているのは、リ・エスティーゼ王国のアダマンタイト冒険者“蒼の薔薇”とスレイン法国の神官達の争いを止めたということです。これを冒険者組合として、追加の功績として認めるか、非常に微妙な判断が必要となってきます」
また、モモンが机においた仮面。“蒼の薔薇”のメンバーの一人は仮面で顔を隠しているという情報とも一致している。だが、国が違うとは言え、同じ冒険者と戦ったということを功績として認めては、将来の火種になる。“モモンと愉快な仲間達”の功績を認めるということは、逆に言えば“蒼の薔薇”の行動を非難するということだ。また、“蒼の薔薇”のこれまでの功績から判断するに、むやみに法国の神官を襲うとは考えられない。カッツェ平野にあったという亜人の死体。それが争いの原因であるだろう。
そして、結果として助けることになったという法国の神官。受付の話では、冒険者組合を訪れているという。もしや、この神官……とディス・ツバイザックは最悪の可能性を考える。バハルス帝国アーウィンタール冒険者組合長という情報網を以てしても噂でしか聞くことのないスレイン法国の暗部。その得体の知れない組織のメンバーの可能性もある……。
これは、偶然居合わせたから争いを止めた、で済むような話ではない。それが、ディス・ツバイザックの、冒険者組合長としての判断であった。
「通常、依頼中に不測の魔物が現れ、討伐をしたのなら追加の報酬を支払うのが道理でしょう。ですが、今回の件、どこまでいっても、人と人の争いでしかないように思われます。冒険者組合としては、“モモンと愉快な仲間達”は、カッツェ平野での昇格試験を無事に終わらせて帰ってきた、と判断したいのですが、いかがでしょう?」
「“蒼の薔薇”と法国の件は、冒険者組合とは無関係。そういう判断ということですか?」とモモンは言う。
「えぇ。直接的に言ってしまえばそうです。もちろん、その件に関して、咎めるつもりもありません。そういった争いがあり、“モモンと愉快な仲間達”は最善を尽くした、ということは私の心に留めておきます。ですが、それを表に出すつもりはないということです。その代わりと言ってはなんですが、すぐにオリハルコンへの昇格試験を受ける資格を与えます」
「分かりました。私はそれで異論はありません。アルシェはどうだ?」
「私もそれでいい。オリハルコンへの昇格試験を早く受けられるだけでも、嬉しい……です」とアルシェも答える。
「それでは、どうぞ、このミスリルのプレートをお受け取りください。“モモンと愉快な仲間達”のお二人、昇格おめでとうございます」とディス・ツバイザックは言った。
・
「
組合でたむろしている冒険者の視線が一斉に新たに誕生したミスリル冒険者チームへと集まる。
「無事に昇格できたようですね。モモン殿、アルシェさん、おめでとうございます」と、丸テーブルの横に置かれた木椅子に腰掛けていたレイナースが、声をかける。
「レイナースさんのお陰です」とアルシェも笑顔で、レイナースによく見えるように服の中にしまっていたプレートを取り出した。新しいプレートが嬉しかった。モモンと同じミスリルのプレートである。アルシェは、普段は
「さて、名指しの依頼を受付でしようと思うのですが、いつ出発にしたようがよろしいですか?」
「俺はいつでも結構です」
「私も」
「私は、明後日以降なら……。今日は、家族の顔が見たい」と、アルシェは家で自分の帰りを待ちわびているであろう妹達のことを思う。
ニグンの護衛依頼の出発は、明後日の早朝ということになった。
・
<フルト家屋敷>
アルシェは久しぶりに屋敷の敷居を跨ぐ。一週間以上家を空けるというのは、人生で初めてのことであった。
屋敷の扉を開けて暫くすると、クーデリカとウレイリカが二階から駆け下り、そしてアルシェの胸に飛び込んできた。
「お姉様。お帰りなさいませ」
「二人とも、良い子にしていた?」とアルシェは杖を床に置き、そしてしゃがんで二人の可愛い妹を両手で抱きしめる。
「私は良い子にしてたよ。ウレイリカは、お姉様がいなくて、夜泣いてたけど」とクーデリカが言う。
「私は良い子だったもん。クーデリカは、お姉様がいなくて寂しいって、ご飯を残してたんだよ」とウレイリカが言う。
お互い寂しかったことについて告げ口をしあう。だけど、そんな妹がアルシェにとっては堪らなく愛おしかった。
「ごめんね。二人とも。今日は一緒に夕ご飯を食べようね。それに、二人が寝るまで、子守歌を歌ってあげる――」
「アルシェ、帰ったのか」と、二階から父の声がエントランス全体に響く。上機嫌そうな声。アルシェには不吉な予感しかしない。そして、階段を千鳥足で、そして時折手すりを掴みながら降りてくる父。右手には酒瓶を持っている。
酔っているの? とアルシェは思う。
「首尾はどうだ?」
父の問いに、妹達の前でまさか死にかけたとは言うことはできない。
「無事に、昇格試験は合格できました」と、アルシェは自身のプレートを見せる。
「ご苦労だった。さっそくだが、明日から、遺跡の調査だ。お前が留守にしている間、私が依頼を引き受けておいてやったぞ。この依頼を成功させて、我がフルト家の名声を確固たるものにしろ。分かったな? 詳細については、ジャイムスより聞け。フルト家の名に恥じぬ働きをしろよ」
フルト当主は、話は以上だ、と言わんばかりにそのまま階段を上がっていく。
「お、お父様?」とアルシェは状況を飲み込めない。遺跡の調査? 依頼? 話がまったく分からない。
「帝国領の西部に新たな遺跡が出現し、その調査指揮をフルト様が執っております。アルシェお嬢様が帝都にお帰りになり次第、偵察隊が出発する手筈となっております」と、執事であるジャイムスが説明をする。
「そ、そんな。お父様、お待ちください。私は、明後日から別の依頼があります。遺跡の調査など無理です」と、アルシェは階段を登っていく父を追いかける。
「なんだと?」と、父親もその歩みを止めて、アルシェを振り返る。父と娘、視線が交錯する。
アルシェは一度、深く呼吸をする。そして、「その遺跡の調査は受けられません。すでに、別の依頼を受けています」
「別の依頼? そんなの取り消せば良かろう」
「なっ……。それに、私は冒険者チームのメンバーです。チームの同意が無い限り、依頼を勝手に引き受けることなどできません!」とアルシェは父に詰め寄る。
「モモンとかいう冒険者だろ? 素性も知れない下賤の者らしいではないか。それならば、屋敷に連れてこい。誇り高き帝国貴族の依頼を無下にするのがどれほど非礼か、私が直々に訓戒してやろうぞ? 今や、あの生意気な金髪の小僧も、困難なことがあれば私を頼ってくる始末。私に逆らっては、帝国で生きていけぬと思い知らせてくれる」
「お父様。何を訳の分からないことを……。酔っておられますね。こんな陽の高いうちから、お酒を飲むなど……」とアルシェは、父の酒瓶を取り上げようと父親に掴み掛かる。
「えぃ! 離せ!」
酒瓶を取り上げようとした瞬間、フルト当主の右足が容赦なく、アルシェの右肩を強く押した。
え? 上半身が後ろに反れ、アルシェの足まで空中へと浮く……。
そして、ゆっくりとアルシェの体は重力に従って落ちていった……。
「ふ、
アルシェは、咄嗟に魔法を唱え、そしてシャンデリアの真下まで体を浮かび上がらせる。そして、父親をアルシェは睨み付ける。
「な、アルシェ! 父を高い所から見下すとは、なんたる無礼だ! 早く降りてこい!」
「嫌です! お父様。お父様がなんと言おうが、遺跡調査の依頼は受けることはできません。せめて……。せめて、引き受けた依頼が終わってからにしてください! その後なら……」
「何を寝ぼけたことを! 本来なら、すでに調査隊は出発しているはずだったのだ! お前の帰りを待っていたから出発が遅れているのだ! 昇格試験? そんなものに手間取りおって! 他の者に遺跡を先に調査されたらどう責任を取るつもりだ! 娘に花を持たせてやろうという父の気持ちも分からないのか、この愚か者! もうよい! お前には失望したぞ! 遺跡調査の依頼の手付け金と、キャンセルの違約金。あわせて金貨百五十枚。耳を揃えて払え! そしてさっさと消えろ! お前の顔など二度と見たくないわ!」
そう乱暴に言い放って、父は書斎へと消えていく……。
「ジャ、ジャイムス……。父が言ったことは……」
「昨日、美術品を多数お買い上げになられていたので……。恐らく、お嬢様の遺跡調査の頭金を既に使ってしまわれたのではと……」
「そ、そんな……」
「アルシェお姉様……。お父様と喧嘩しちゃヤダよう……。すぐに仲直りできるよね? 私も、ウレイリカと喧嘩しても、すぐに仲直りするようにする……」
「わ、わたしも、悪いことしたら直ぐに謝るようにする……。アルシェお姉様も、すぐにお父様と仲直りしてくれるよね……」
妹達が、不安そうにアルシェの服の裾を掴み、目に涙を浮かべながら不安そうに自分を見ていた。
「ごめんね……。恐い思いをさせちゃったね。喧嘩は良くないよね。ちゃんとお父様と仲直りするから、安心して。だから泣かないの」と、アルシェは、精一杯の笑顔で、妹二人の頭を優しく撫でる。そして、妹二人をぎゅっと胸に抱きしめた。堪えきれなくなった涙が落ちるところを、妹達に見せるわけにはいかない。妹二人を強く抱きしめながら、新調されたばかりの赤い絨毯に、アルシェの涙の粒が、落ちるのであった。