アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein

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昇格試験
昇格試験 1 【閲覧注意:鬱展開】


<飲み処:バッカスの酒蔵>

 

 帝都アーウィンタールを震撼させた“死の騎士(デス・ナイト)事件”は、新星の如く現れた新人冒険者チーム“モモンと愉快な仲間達”によって解決した。“釣りはいらないモモン”と“美少女”アルシェ。この二人の見事な連携により、帝都はまた平穏な日常へと戻る。

 

 帝国兵士、冒険者、ワーカーなど様々な面々が、祝勝会や慰労会などをそれぞれで催している。

 机に乗るのは、エールと干し肉などの酒のつまみ。

 話題に上るのは、死の騎士(デス・ナイト)を倒した冒険者チームの話題。

 

「あの年齢で、飛行(フライ)雷撃(ライトニング)を使いこなす。凄かったぜ。颯爽と現れて、次々とトドメを刺していくんだものな……。俺の感性も雷撃を食らったぜ。“美少女”アルシェかぁ……。次は、スカート穿いて空を飛んで欲しいものだ……」

 

「おいおい。そんなこと言っているのが“美少女”の耳に入ったら、まじ黒焦げにされるんじゃないか? それに、もう一人の“釣りはいらない”モモンも、相当な実力者だ」

 

「あぁ。まず称賛すべきは、あのタフさだ。あれだけ死の騎士(デス・ナイト)にやられても立ち上がることができる体力。武王でさえ立っていられたのは数分だっただろ……。あの全身甲冑(フル・プレート)には、回復や防御系の魔法が付与されているのは間違いないな」

 

「それに、あの大きさの剣を二つ振り回すことができる腕力と持久力も並じゃないな。剣の技量は……まぁ、(カッパー)であることを考えればあんなもんだ。“武技”を使っている様子もなかったし」

 

「おいおい。ちょっと待ってくれ。あの“釣りいら”は、(カッパー)なのか? 偶然居合わせてた他国のアダマンタイトかと思っていたぜ……。もしくは、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ」

 

「ガゼフ・ストロノーフが、帝都に居るはずがないだろ。だが、モモンとガゼフ、どちらが強いのだ?」

 

「そりゃぁ……。王国の五宝物を装備しているのなら、剣の技量でガゼフ・ストロノーフに軍配があがるだろうな。彼は、フル装備状態だと、疲れ知らずで常時回復するらしいぜ。彼が装備をしていない状態で、疲労させて徐々にダメージを与えるくらいしか倒す方法はないだろ……」

 

「それなら、“釣りいら”と“美少女”がチームで対峙した場合は、どうだ?」

 

(カッパー)チームとガゼフ・ストロノーフのどちらが強いか。面白い会話をしているな、ミスリルチームの諸君」

 

「そういう、オリハルコンチームのお前等も、さっき同じような会話をしてただろうが?」

 

「聞いていたのか。まぁいい。それで、面白い情報が届いた。どうやら、あの二人、冒険者組合長に呼ばれたらしいぞ。二階の階段を登っていくところを、仲間が目撃している」

 

「まぁ、あの強さの二人を放っておくはずがないだろうな。昇ってくるな」

 

「あぁ。というか、いきなりアダマンタイトとかに昇格したりしてな……。実力的には、“銀糸鳥”と“漣八連”より強いってのは証明済みだからな」

 

「強さだけが冒険者のプレートではないがな」

 

「なんだ、負け惜しみか? ミスリル」

 

「とにかく今日は、全員命を拾った日だ。飲もうや! エールお替わり……っておい、あの給仕の娘、四騎士のレイナースじゃないか?」と、忙しそうに食事を運んでいるエプロン姿の給仕を冒険者の一人が見つめる。

 

「おい。あれは、看板娘のレイナだ。気付かない振りしておけ。殺されっぞ……。せっかく拾った命なのだろ?」とその冒険者に小声で誰かが注意をするのであった。

 

 ・

 

<冒険者組合長室>

 

 冒険者組合に呼ばれたモモンとアルシェを待っていたのは、バハルス帝国アーウィンタール冒険者組合長、ディス・ツバイザックであった。二人の活躍を労い、そして組合長室へと二人を誘った。

 通りに面した大きな窓。そして執務机が置かれており、そしてその手前には、四人掛けのソファーと椅子が置かれている。

 促されるままソファーに座ったモモンガとアルシェに、組合長が話を切り出す。

 

「お疲れのところ、引き留めてしまって申し訳ない。今回、お二人に昇格試験を受けて欲しいと思いましてね。お二人の実力のほどは、今回の死の騎士(デス・ナイト)の討伐で十分に分かりました。昇格試験を受けるご意志はありますか?」と組合長は、にこやかに尋ねる。

 にこやかではあるが、眼力は強い。モモンガとアルシェを物差しで測っているような瞳であった。

 組合長も元冒険者なのであろうとモモンガは思った。年齢は四十過ぎではあるだろうが、広い肩幅。そして屈強そうな腕の筋力は衰えていないように見える。

 

「昇格試験ですか? 試験の内容によってではありますが、試験を受ける意思はもちろんあります。ただ、依頼の達成数がまだ足りていないように思えるのですが、そのあたりは冒険者組合の規則上問題はないのですか?」とモモンガは、片方の膝の上に置いた兜を甲冑でコツンと叩きながら答えた。

 

「あと、五回依頼を達成したら昇格試験だった」と、アルシェは答える。アルシェは、二人掛けのソファーで少し窮屈そうに肩を縮めて座っている。モモンが甲冑を着たまま座っているので、座るスペースが必然的に限られるのだ。

 

「そこは、組合長権限でそのあたりに抜かりはありません。昇格試験を受けていただけるということですので、試験内容をお伝えします。それは、カッツェ平野での巡回任務です。期間は一週間。カッツェ平野でアンデッドを発見した場合は適時討伐をしてください」

 

 それを聞いたアルシェからはため息を吐く。

 

「ん? アルシェ? どうした?」

 

「一週間は難しい。日帰りで出来る依頼じゃないと……。門限までに家に帰れる依頼でなければ困る。それに、外泊するなんて親が許可するわけない。妹達も心配だし。足を引っ張ってごめん」とアルシェは、膝の上に置いていた手をきつく握りしめながら呟くように答える。

 

「……ということだそうです。あと、私の記憶では、(カッパ―)冒険者の次は(アイアン)であったはずですが、数日に跨る巡回任務は(シルバー)以上が受けられる依頼内容であったはずです。私の印象としては、その試験内容は(アイアン)への昇格試験としては少し違和感がある。昇格試験に詳しいわけではないが、期間が一週間の巡回任務は、(ゴールド)いや……白金(プラチナ)向けの試験のように思えますね。それに、私としても、チームの合意がなければ、試験を受けるわけにもいかない。試験内容の変更などは可能なのでしょうか?」とモモンガは冒険者組合長に尋ねる。

 相手の譲歩を引き出すには、やんわりと相手の条件の不備を咎が立たない指摘をすることも重要だ。

 

「か、可能ですが……。それに……あぁ。最初にご説明しておくべきでした。今回受けていただくのは、ミスリルへの昇格試験です。お二人の強さは既に死の騎士(デス・ナイト)を討伐できる段階で折り紙つきの実力ですからね。本来であれば、アダマンタイトへの昇格試験を受けてもらっても良いと個人的には思っているのですが、(カッパ―)からいきなりアダマンタイトというような昇格は前例が無くてね……。そういった意味では、御不満かも知れませんが」と冒険者組合長は内心では驚きながらも答えた。

 

「アダマンタイトなどと、我々を買いかぶりすぎですよ。ディス・ツバイザック組合長殿。まだまだ、駆け出しの身ですので、何卒ご指導ご鞭撻をよろしくお願いします。また、我儘を言うようで申し訳ないですが、試験内容の変更、何卒よろしく申し上げます」とモモンガが組合長に向けて頭を下げる。それに合わせて、アルシェもモモンガに続いて慌てて頭を下げた。

 

「いやいや。頭を下げられるほどのことではありません。実力のある冒険者チームの登場は組合としても大歓迎ですから。どうか頭をあげてください」とディス・ツバイザックは答え、そして「あぁ。そういえば、皇帝から、今回の死の騎士(デス・ナイト)の討伐の功労者を労う会を催したいという連絡がありました。国家と癒着することを嫌う冒険者組合に、お二人を招待する前に断りを入れて筋を通してきたというところでしょうか。帝国兵がいるから、冒険者など帝国には不要という態度を取ってきたというのに、少し節操の無さを感じます。まぁ、慰労はただの名目でしょう」と組合長は困り顔で言った。

 

「慰労会という名目の冒険者の引き抜き、ということを心配されているなら、ご心配は不要ですよ。私にも、今回思うところがありましたからね。今回墓地で陣頭指揮を執っていたのが、皇帝であったようですが、私は彼の下に付こうとは思いませんので」とモモンガは答える。

 

「それはよかった」と組合長が言う。そして、モモンガは組合長の表情が柔らかくなったのを見逃さない。

 昇格試験における譲歩。普通であれば、(カッパー)(アイアン)(シルバー)(ゴールド)というように、順々に昇格していくことが普通だ。異例の待遇を取ろうとするディス・ツバイザック組合長は警戒に値するようにモモンガは思われた。そして、昇格試験の内容を変えろ、という無茶な要求にも前向きな姿勢で対応する組合長。『昇格試験を受けないのであれば、(カッパー)のままですね』が組織としてあたり前の対応だ。鈴木悟の世界で言えば、『小卒だから、出世したければ中卒とか高卒の学歴証明書を出してください』が会社の対応である。話した限り、組合長の対応は、怪しいというか裏があるとしか思えない対応だった。だが、その理由は、皇帝による冒険者の引き抜き。組合長はそれを警戒していたのであろうとモモンガは納得する。

 そして決定的であったのが、今回のイジメである。指揮を執っていたのはこの国の皇帝であったと後からモモンガは知った。そして、心底呆れてしまった。現実世界においても、二千年近く前のローマ帝国において、今回のような“パンとイジメ”というような政策が行われ、闘技場などで剣闘士が戦ったという歴史があるのは知っている。だが、それは、過去の話であって、やはり西暦二千百三十八年という時代を生きていた鈴木悟にとっては不快感しかない。

 それに墓地を取り囲んでいた兵士、冒険者、ワーカーの顔も青ざめていた。誰もあの状況を楽しんでいるような様子はなかった。誰もが暗い絶望的な顔をしていた。モモンガが想像するに、明日は我が身、というようなことを心配していたのであろう。暴君という言葉が似合う皇帝。それに、鮮血帝と呼ばれているということも耳にした。愚帝に天誅を下す、というような正義感をモモンガは持ち合わせてはいないが、そんな狂った皇帝の下で働くなんてまっぴらごめんである。

 

「アルシェはどうする?」と、モモンガが尋ねる。

 

「美味しいものが食べられるなら、行ってみたいかも」とアルシェは答え、そしてグゥゥゥゥという音が組合長の執務室に響く。アルシェは、採取の依頼から帰ってきて、アゼルシアン・ティーを一杯飲んだだけである。アルシェは空腹であった。

 

「……ということなので、招待があれば、受けることにします」とモモンガは何事も無かったかのように答え、組合長も何事も無かったように、「分かりました」と答えた。

 

 ・

 

 ディス・ツバイザックは、二階の窓から、モモンとアルシェが冒険者組合の建物から出て行くのを見つめていた。

 そして、「門限がある冒険者って……。それに、モモン。本気で(アイアン)プレートへの昇格試験を受けるつもりだったのか? 死の騎士(デス・ナイト)を易々と倒す実力も規格外だが、それ以外の意味でも、規格外の冒険者だな……。ふっ。俺も年を取ったということか」と、彼の独り言が執務室に響いたのであった。

 

<フルト家屋敷>

 

「ただいま戻りました」と、アルシェは屋敷の玄関の扉を開けると、そこにはエントランスで待ち構えている両親の姿があった。

 

「アルシェ、怪我はない?」と心配そうに見つめる母親。

 

 そして、「アルシェ。でかしたぞ! 帝国四騎士でも倒せないという化け物を見事倒したらしいな! さすが、誇り高き帝国貴族の娘だ! 私の娘だ! あの愚かな金髪の小僧め、思い知ったか! 何が『無能な貴族など要らぬ』だ。フルト家を見下しおって! 今頃、あの愚かな皇帝は、自らの目が節穴であったことを思い知っておるであろうな。それに見ろ、この手紙。お前への慰労会への招待状であろう」と、父親が手紙をアルシェへと差し出す。

 金を溶かして、そして皇帝自らの指輪によって手紙が封をされていた形跡がある。既に開封されていた。そして、手紙の宛先は、『アルシェ・イーブ・リイル・フルト』。自分宛であった。

 

「私宛の手紙を勝手に開封?」と怪訝な目つきでアルシェは父親を見つめる。

 

「我が家を冷遇した皇帝からの詫び状だと思ってな。今回は、アルシェ、お前だけの招待だが、参加した折には、あの小僧に伝えておけ。直々に我が屋敷を訪ね、今までの非礼を詫びるなら、また帝国を支える貴族として、再び手腕を振るってやらんでもないぞ、とな。若く愚かな皇帝の過ちなぞ、水に流してやるのが貴族の務めだからな」と意気揚々と語る父親の姿。アルシェの頭は真っ白になった。

 

「あなた。そんなことより、招待は明日なのよ。ドレスの新調をしないといけないわ。ねぇ、アルシェ。早く部屋に行きましょう。帝都で一番の仕立屋を待たせてあるわ。それに、宝石商も。フルト家として、恥ずかしくない格好をしなければならないわ」と母親が唖然として立ちすくんでいるアルシェの手を引っ張る。

 

「そう気を急くな。アルシェ。お前は生まれながらの異能(タレント)を持っていたな。それで、クーデリカとウレイリカは魔法の才能はあるのか? 才能があるのであれば、明日には冒険者登録させる」

 

「それは絶対に駄目! クーデリカとウレイリカは、まだ子供……。冒険者なんて無理……。お金なら私が稼ぐから!」と父親にアルシェはしがみつく。

 

「離せ、アルシェ! あの二人が子供、子供言うが、それを言うならお前だってまだ子供であろうが! それに、フルト家の当主の私の決定に意を挟むのか? 愚か者! いつからお前はそんなに偉くなった! 少しばかり貴族らしいことを出来たと思えば、図に乗りおって! お前が魔法を使えるのだって、私が魔法学校にお前を通わせたからだということを忘れたか! 父親の寛大さがいつまでも続くと思うなよ、アルシェ!」と、父親はアルシェを突き飛ばす。

 

「図になんか乗ってない! 死の騎士(デス・ナイト)を倒せたのだって、私の実力じゃない。それは私が一番分かっている。お父様……。本当に眼を覚まして……」と、地面に突き飛ばされたアルシェは、父親を睨む。

 エントランスに敷かれていた赤絨毯。昨日までは汚れが目立っていた赤茶けた絨毯であったはずなのに、それがいつのまにか真新しい血のような色の絨毯に変わっていた。そして、その新調されたばかりの赤絨毯に、数滴、アルシェの涙が垂れた。

 


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