アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein

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遭遇 6

<モモンガ>

 

 モモンガは、破壊されてしまった墓石を踏まないように意識しながら、死の騎士(デス・ナイト)へと疾走する。そして、全身の力と体重を乗せた上段からの一撃を死の騎士(デス・ナイト)へと振り下す。

 モモンガの心の中では、一刀両断の気持ちであった。しかし、敵もさる者。騎士である。モモンガの攻撃を冷静に大盾で難なく受け止め、剣撃を逸らす。剣の威力が流されてしまったことにより、逆に体のバランスを崩されたのは、モモンガの方だった。

 バスタードソードの勢いは止まらず、そのままバスタードソードは地面へと突き刺さる。モモンガの体は前のめりとなっている。そして、その隙を逃すほど、死の騎士(デス・ナイト)は甘くは無い。フランベルジュが正確無比、無慈悲に、モモンガの兜と甲冑の隙間。首元という急所を容赦なく突き刺した。

 モモンガも防ぐ手立てがなく、直撃をくらい、地面へと転がるように倒れる。

 

(いま、何をされた? 突きか?)

 

 モモンガは、盾で自分の斬撃が逸らされたのは理解できたが、次に何をされたのか、全く見えなかった。自らの死角となっているところからの突然の斬撃。

 

 死の騎士(デス・ナイト)も一回の攻撃で終わらせるほど、暢気な騎士ではなかった。転がってまだ起き上がれず空を見つめているモモンガを足で押さえつけ、そして何度もフランベルジュでその体を突き刺し始める。

 

 ガチャン、ガチャンというフランベルジュとモモンガの鎧がぶつかって生じる金属音が墓地に響く。

 

(くっ、このまま押さえつけておくつもりか! させるかっ!)

 

 モモンガは、右足で死の騎士(デス・ナイト)の胸を思いっきり蹴って、相手を吹き飛ばす。今度は、死の騎士(デス・ナイト)が宙を舞い、地面を転がる番であった。

 

 モモンガは、素早く起き上り、剣を構える。

 

確かに、“上位物理無効化Ⅲ”のスキルで、死の騎士(デス・ナイト)の攻撃では、死ぬどころかダメージを一切負わないだろうけどさ……。俺は、一応、お前の創造主なんだけど……。足で踏みつけるのは流石になしじゃないかなぁ、とモモンガは死の騎士(デス・ナイト)と対峙しながら心の中で愚痴る。だが、当初の目論見とは少し違い、冒険者の依頼としては討伐できなかったし、イジメに利用されたという経緯はあるが、そもそも、死の騎士(デス・ナイト)を作ったのは、アルシェとの連携の訓練という目的の為だった。逆に、手加減をされても訓練として意味をなさない。

それに、モモンガは戦士ではない。剣に関しては素人だ。“騎士”と“素人”の剣での戦い。この技量の差は、先ほどの斬り合いでモモンガは痛いほど思い知った。

 危なかった、とモモンガは自らの警戒心の薄さを痛感する。攻撃レベルが二十五程度の死の騎士(デス・ナイト)であったから、無傷であった。単なる幸運に過ぎない。これが例えば、冒険者の中で最高峰と言われるアダマンタイトと突然敵対することになってしまい、戦っていたとしたら……。そして同じことをされていたら……。魔法職が鎧を着て、ワールド・チャンピオンのたっちさんと戦うようなものであろう。結果は火を見るより明らかだ。

 

モモンガは気持ちを引き締め、考える。さて、どうしたものか。やみくもに剣を振り回しても、あの大盾で防がれ、反撃されて終わりか……。モモンガは、次に繰り出す一手について逡巡する。そして、ちらりと一瞬だけアルシェの方を見た。

 チームの連携の訓練であるのだが、アルシェが動いている様子はない。だが、それもそうであろうとモモンガは思う。最初の死の騎士(デス・ナイト)との一合。前衛であるモモンガがあの調子であれば、連携も何もあったものではない。死の騎士(デス・ナイト)が前衛であるモモンガを吹き飛ばし、後衛のアルシェに向かって行ったならば、それでチームの陣形は崩壊していたであろう。

 

ふっ。まずは俺が前衛として信頼できるかを確認するということか。アルシェめ。なかなか粋なことをするな。まぁ、互いに命を預け合うとは、そういうことだからな。

まずは俺が死の騎士(デス・ナイト)を抑える!

 

 モモンガは、死の騎士(デス・ナイト)との間合いをゆっくりと重心をなるべく腰に置いたまますり足に近い足取りで移動する。

 死の騎士(デス・ナイト)は、モモンガに対して左肩を向けるように横身になった。そして大盾を構える。日本流の剣道で言えば、脇構えに近い。

 ちっ、とモモンガは舌打ちをする。大きな盾に死の騎士(デス・ナイト)の体が隠れ、どんな攻撃をしてくるか分からない。隙のない構えであろうように思えた。

 剣術の経験のない俺が、相手の攻撃を待っていても、それに対処できるとは限らないな……。それならばっ!

 

 モモンガは、構えた大盾に向かって勢いよく自分の左肩をぶつけた。力と力のぶつかり合い。その勝敗は、勢いよく、そして迷いなくぶつかっていった分、モモンガに天秤が傾いた。死の騎士(デス・ナイト)の上半身が後方に反れる。

 モモンガは、先ほどのお返しとばかりに、死の騎士(デス・ナイト)の心臓部分に向けてバスタードソードを突き刺す。死の騎士(デス・ナイト)も、体勢は崩れながらも、フランベルジュを横振りし、手首のスナップを利かせてモモンガの右腰の部分に衝撃を与える。

 心臓は外れてしまったが、ダメージは与えられたな、とモモンガが思った瞬間、死の騎士(デス・ナイト)が自らの体を回転させた。

 モモンガの視界は、死の騎士(デス・ナイト)の漆黒のマント一色となる。

 

 これは不味い、とモモンガが思った瞬間に、脇腹に衝撃を感じた。そして、モモンガの体は横に吹き飛ばされ、後方の墓石に背中からぶつかる。

 

 なるほどな……。マントにもあんな使い方があるとはな。体を回転させて、マントで相手の視界を隠しつつ、回し蹴りか。だが、今度はちゃんと何をしたのか把握させてもらったぞ、とモモンガは心の中で笑う。

ユグドラシルで魔法職であった自分が感じたことのない高揚感と緊迫感。これが、戦士職かぁ。近接戦闘の醍醐味ってやつか。

 

 一撃で終わりなどではない。相手がそれで倒れなかった時の次の一手も考えておく。単発を狙うのではなく、連撃を狙う。

また、攻撃が防がれた場合、相手がどのような反撃をしてくるかを予測し、対処できるようにしておく。

自らが今後知っておくべき課題が浮き彫りになってくる。俺はまだまだ、高みへと登れる。

 楽しいじゃないか。さぁ、もっとやろう、死の騎士(デス・ナイト)! 

 

 

<アルシェ>

 

 ど、どうしてあんな化け物へと向かっていけるの……。私には、絶対無理――無理無理無理。あの化け物に近づく。それを考えただけで目には涙が溜まる。

 

 モモンが墓地の中へと進みだしていく。冒険者のチームとして、自分がこの場所で傍観をしているなどということは許されるはずがない。自分も行こうと、詠唱をしようとする。だが、その瞬間、モモンがあの化け物に吹き飛ばされた。素人の目でも分かる首の急所を狙った一撃。

 そして、死の騎士(デス・ナイト)は無慈悲にも、モモンを片足で押さえつけて、強大な剣で何度も突き刺している。

 

「あの冒険者死んだぞ……」そんな不穏な囁きが聞こえた。

 

 アルシェの口は自然と閉じてしまった。そして、一歩、後ずさりした。一歩だけで踏みとどまり、逃げ出さなかった自分が不思議だ。

 

 アルシェも、モモンは死んだと思った。しかし、次の瞬間、モモンは立ち上がる。周りからも驚きの声が上がった。

 しかし、モモンの分が悪いのは明らかだ。自分も駆け付けねばならない。

 

 だが怖くて、死にたくなくて、足が動かない。杖を両手で握りしめているが、その両手が震えている。

 

そんなとき、モモンが自分を一瞬見た気がした。いや、確かに目があった。モモンは自分が来るのを待っているのだろうか。信じてくれているのであろうか。

 

『信用とは実績によって積み上げられるものだ。信用できるできないは今のことではない。これからのことだ。俺を失望させるなよ。魔法には自信があるのだろ? アルシェ』

 

 冒険者チームを組んだ初日、モモンが言った言葉をアルシェは思い出す。信用できるか出来ないか。一緒に死線を越えることができる仲間なのか、そうでないのか。それが証明されるのが、まさしく()のようにアルシェは感じる。

 

「お前、無理するな」と、ヘッケランと呼ばれた男が、自分の震えている肩に手を置いた。そして、「正直、子供のお前が行っても、足手まといってもんだ。見たところ、あいつはかなりタフそうだ」

 優しい言葉だった。アルシェの心がぐっと揺れる。あんな化け物の近くになんて行きたくない。死ににいくようなものだ。

 

「だけど、お前が冒険者であり続けたいのなら、あの男の仲間であり続けたいのなら、行くべきだろうな。これは、魔物に勝てる、勝てないの問題じゃない」

 

「ちょっと。子供をそんなこと言って、死地に送り出さなくても……」と森妖精族の女がヘッケランを咎めるように口をはさむ。

 

「イミーナ。それは違う。もし、ここで踏み出せないのなら、別の道を探したほうがいいってことさ。まだ子供なんだし、魔法も使えるならいくらでも収入を得る方法なんてある。強い魔物と遭遇し、自分の命欲しさに仲間を置いて逃げる奴は、子供だろうと大人だろうと、逃げるやつは逃げる。だが、逃げない奴は逃げない。そういう意味で、冒険者としてやっていけるかどうかの良い試金石だ。冒険者やワーカーだけが生きてく方法じゃない。ちょっとした親切心さ」

 

 ヘッケランと呼ばれた男の言葉がアルシェの心に刺さった。先輩を気取って、何を勝手なことを言っているのだという怒りも湧き起こる。

 ジエットのように塩や調味料を魔法で生み出す仕事をすることだってできるだろう。自分の魔力でなら、ジエットよりも多くの収入を得ることは容易だろう。

魔法学院に戻って、卒業して、帝国魔法省で勤めるという選択肢があるのかも知れない。帝都でも高給取りの部類に入れるかもしれない。

だけど、それでは無理なのだ。それでは足りないのだ。卒業をするまでの時間があるとも思えないし、塩や調味料を一日中生産しても十分な金額のお金を得ることは出来ない。

 自分に残されている選択肢は限りなく少ない。空中に張られた細い縄を渡っていかなければならない。愛する妹、クーデリカとウレイリカのために。

 

アルシェは、一度目を閉じ、愛するクーデリカとウレイリカの笑顔を思い出した。笑っている二人の顔。

 そして、目を開けたアルシェは、「飛行(フライ)」と唱えた。


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