「そこまでだ。二人とも大人しくしてもらおうか」
突然かけられた声に驚いたのか、フェイトちゃんがあたしから離れてしまう。
まずい!?
これはフェイトちゃんが逃げ出しちゃうパターンだ!
いきなり現れた声の主――黒い服の少年からは、ほんの僅かだけど魔力を感じる。やっぱり探せばこの世界にも魔力を持つ者はけっこう居そうだね。
あたしはフェイトちゃんと少年を見比べる。
片や、アリシア似のエロ可愛い女の子。
片や、黒ずくめの偉そうなクソガキ。
「きっとここが、運命の選択肢なの!」
あたしの脳内に三つの選択肢が現れた。
一番、フェイトちゃんの味方をして一緒に少年をボコボコにする。
二番、少年の味方をしてフェイトちゃんを――うん、これは却下だね!
三番、あたしが少年をボコボコにして、フェイトちゃんに格好良いところを見せつける。
「もちろん、三番だよね!!」
“マホトーン”(魔法封印)
“クモノ”(行動束縛)
少年の足元に蜘蛛の巣に似た魔法陣が浮かび上がる。
「なんだこれは!? 新型のバインドか!?」
少年は身動きが取れない事を察すると、何やら呪文を唱え始める。だけど既に魔法は封印済みだ。
あたしはドヤ顔で言い放つ!
「お前は、『バカなっ、魔法が使えないだと!?』と言う」
「何故だ!? 魔法が起動しないだとっ!?……外れているぞ、お前」
「……」
「えっと、正解率は80%ぐらいあるよ!」
「フ、フハハハハッ!! 四捨五入すれば100%だね!!」
「うん! そうだよ!」
一瞬、言葉を無くしたあたしを、フェイトちゃんがナイスフォローしてくれた。
あたしのフェイトちゃんへの好感度が大アップした!
同時に冷たいツッコミの少年は万死に値する!
女の子がスベったらフォローするのが、男の子の心意気ってものなのに!!
「あんたはあたしを怒らせた!」
フェイトちゃんに感謝の笑顔を向けた後、あたしは少年を指差しながら宣告する。
「あんたはもう、泣いたって許してやらない!!」
「あの、泣いたら許してあげよう?」
「うん、そうだね!」
フェイトちゃんの言葉にあっさりと前言撤回する。
「お前たち、僕は時空管理局の執務官、クロノ・ハラオウンだ。僕への抵抗は罪に問われるぞ!」
少年は何やら厨二病臭い事を言い出したが、あたしの第六感が告げている――イタチとは違って、こいつの厨二病は筋金入りだと。
イタチの厨二病は、所詮は口先だけのものだ。
何かきっかけがあれば発病するが、普段はイタチらしく食っちゃ寝のペット生活を謳歌している。
それに対して、こいつは生活の全てを厨二病の設定に当て嵌めていると見た。
服装からしてそうだ。
全身黒ずくめで、執務官とか名乗った通り、軍服チックで服にトゲまで付いている。
このレベルの服を手に入れるのは大変だろう。
あれ、そう言えば、フェイトちゃんの服も黒ずくめだよね?
あたしは二人を見比べる。よく似ている気がする。
「なんだ? なぜ僕とその女を見比べている?」
「あの、どうしたの?」
ゴクリと喉を鳴らして、あたしは問いかける。
「あんた達、もしかして兄妹だったりしない?」
「するか!!」
「この人、お兄ちゃんじゃないよ?」
「……もう一度、お兄ちゃんと呼んでくれないか?」
黒ずくめの変態が、頬を赤く染めてフェイトちゃんにリクエストをする。
「危ないっ、フェイトちゃん! “バシルーラ”」
「うわぁああああっ!?」
「えっ、魔法で飛ばしたの!?」
よし、変態は滅んだ。
「それでフェイトちゃんは、どこに住んでいるの?」
「あの、さっきの人の事はいいの?」
「いいのいいの、あたしは変態はキライなの。厨二病は可愛げがあるけど、変態は女の子の敵だよ! 変態死すべし!」
「そうなんだ。変態さんはダメなんだね」
「変態に“さん”は付けないの!」
「は、はい!」
まったく、アリシア似だけあってこの子にも教育が必要そうだね。
見た目(エロい悪女)と違って、純粋そうだから誰かに騙されそうだよ。
そっか! だから母親にいいように使われて危険なジュエルシード集めをやらされているんだね!
「うん、分かったよ。今日からフェイトちゃんもウチの子になりなよ」
「ええっ!? 急にそんな事を言われても、母さんがいるし、それにアルフもいるから無理だよ」
「あれ、アルフって誰なの?」
「私の使い魔だよ」
使い魔…たしかリニスが自分は使い魔だって妄想してたよね。
「使い魔って、猫だったりする?」
「ううん、アルフは猫じゃなくて犬だよ」
「うん、そっか。わんこなんだね。いいよ、わんこも一緒に暮らそう」
「あの、だからね。気持ちは嬉しいけど、私には母さんがいるから一緒には暮らせないよ」
「じゃあ、あたしがフェイトちゃんのお母さんとお話してあげるよ」
「母さんとお話をするの?」
「うん、フェイトのお母さんがフェイトに優しくなるなら、フェイトはお母さんと暮らせばいい。でも、フェイトのお母さんがフェイトに厳しいままなら、あたしがフェイトを引き取るわ」
「うええっ!? そ、そそそんな事を話するのっ!? だ、駄目だよ。そんな話したら母さんが怒って貴女に酷いことしちゃうよ! 貴女も凄い魔導師みたいだけど、母さんは大魔導師なの…よ……」
あたしは抑えていた魔力を解放する。
別に魔力を高めた訳じゃない。ただ、抑えていた魔力の気配を見せただけだ。
「えへへー、あたしは大魔導師って奴じゃないけど、大魔王とはかつて呼ばれていたよ。たぶん、フェイトちゃんのお母さんにだって、引けは取らないと思うよ」
「うそ……母さん以上の魔力を感じる」
フェイトちゃんが目を見開いて驚いていた。
それにしても管理局ね…さっきはあのクソガキの妄想かと思ったけど、どうやら違うみたいね。
あたしは空に目を向けるが、そこには何もなかった。
だけど、異空間に潜む巨大な質量を持つ存在をあたしの超感覚が捉えていた。
「ふん、どうやら宇宙人が管理局とやらの正体みたいね」
アリシアを実験体にした宇宙人共め。
大人しく宇宙の彼方に消えるなら見逃してやろうと思ったけど、どうやら消されたいらしい。
どうやらこの大魔王の力を舐めているのだろう。
あたしは右手を空に向ける。
“イオナズン”
フェイトが不思議そうにこちらを見ている。
異空間に向けて放ったから、フェイトには分からなかったみたいだ。
監視している“目”を感じたあたしは、そちらに意識を向けるとオマケとばかりに呪文を唱えた。
“メダパニーマ”(集団混乱)
これで時間稼ぎは出来るだろう。
「宇宙人殲滅の前に、フェイトちゃんの家庭問題が優先だよね!」
フェイトちゃんのお母さんを説得できれば一番いいけど、大事なのはフェイトちゃんのより良い家庭環境を確保することだ。
「お母さんの事は、あたしに任せてね!」
「で、でも、私は貴女の名前も知らないのに、どうして私に良くしてくれるの?」
しまった!?
フェイトちゃんに自己紹介がまだだったよ!
あたしは満面の笑みを浮かべて元気いっぱいに挨拶する。
「あたしは“高町なのは”だよ! 職業は元大魔王! これからよろしくねっ、フェイトちゃん!!」
謎の少年(変態)は何処かに飛んでいったよ!