今日こそ……聞いてみる。
◇
誰もが寝静まった夜。真琴とジャンヌは一緒の布団に。イリヤは早々に布団に入った。遠坂も自室に戻っている。
そんな夜の縁側に座る一人の男。その風貌からアサシンだと一目でわかった。アサシンはこちらには気付いているはず。しかし声はかけてこない。こちらから話しかけないと無言の沈黙のままだ。
「……」
「……なあアサシン」
「何かな衛宮士郎」
予想外にもアサシンはすんなり応答してくれる。イリヤからの命令でしか動いてくれなさそうな冷酷な男。それでも俺は気になっていた。
彼の『真名』に。
「単刀直入に聞く。あんたの真名についてだ」
「なんのことかと思えば……意外と好戦的なんだね」
「違う。これは俺の興味本位だ。あんたにはどこか他人のような気がしない。どこかで会ったこととか」
「ないよ。少なくとも僕の覚えている限り」
アサシンは頑なに真名を明かしてはくれない。それも当然だ。聖杯戦争中に真名を明かすということは致命的な事態を招く。
「悪いが話はここまでだ」
「ちょ、待ってくれ」
「待ちなさいアサシン」
立ち去るアサシンを止めたのは、寝間着に着替えたセイバーだった。
「シロウに真名を明かしても構わないのでは?いえ、寧ろ明かすべきです。シロウにとっても、貴方にとっても、それは無駄なことではないはずです」
「サーヴァントはマスターに似るのかな。それなら君から伝えればいい」
「私より貴方の言葉で伝えるべきだ。それでなければ意味がない」
「………やれやれ、このままだと処断されかれないね」
アサシンが諦めたように再び縁側に座る。そして赤いフードに手をかけてそれをのける。
「!!………やっぱり、爺さんだったのか」
「あまり驚かないのですねシロウ」
「確信があったわけじゃない。それでもあの教会で戦った時から気になってた。藤ねえも薄々気になってたみたいだから」
アサシン、いや衛宮切嗣。十年前に俺を助けてくれた命の恩人。そして俺が正義の味方を目指すきっかけになった男。あの約束をした夜に静かに息を引き取った。
「それでも俺を知らないなんて…どうしてなんだ」
「それは仕方ありません。彼は『別世界の衛宮切嗣』なのです」
「別世界の爺さん?」
「結局君が話しているじゃないかセイバー」
「貴方が喋らないからです」
セイバーとアサシンは随分と仲が良さそうだ。でも不思議とこの光景は珍しいと思わない。どこかで見たことがある。
「僕は、恐らく君の知っている衛宮切嗣とは別人だろう。彼とは歩んだ歴史が違う」
そこからアサシンは語った……己がいかに反英雄になったのかを。
◇
事の始まり、というよりは『夢の始まり』と言ったほうがいい。まだ幼かった頃のアサシンはとある島で父親と共に暮らしていたらしい。
そこで知り合った一人の少女、名をシャーレイ。
アサシンとシャーレイはとある夜にお互いの夢を語ったらしい。
『ケリィはさ、どんな大人になりたいの?』
『僕はね、正義の味方になりたいんだ!』
迷う事なく、アサシンはそう答えたらしい。
それからアサシンは一人島を出た。正義の味方になるために。世界中の紛争地域を渡り歩いた。その中で一人の女性に出会った。
彼女の名はナタリア。フリーの魔術師だったという。
『君にはどうやら素質がある。どうだ、その素質を使ってみないか?』
『それを使えば…より多くの人を助けられるのか』
『さあ?助けるも殺すも君次第だ』
アサシンはナタリアの提案に乗った。そして起原弾を手に入れた。自らの肋骨を砕いて作った特製の弾丸。のちに『魔術師殺し』と呼ばれるアサシンの切り札だ。
それからアサシンはそれを使って大勢の人を救った。しかしそのために流す血も多かった。
それからアサシンはナタリアの元を離れ、フリーの魔術師となった。その中でとある事件に出会った。
そう、第四次聖杯戦争だ。
あらゆる願いを叶える『聖杯』。それに魅せられる者は少なくなかった。勿論アサシンもその一人だった。
そこでアサシンはサーヴァントを召喚した。
『問おう。貴方が私のマスターか』
クラスはランサー。真名はアーサー王。かの円卓の騎士王だ。手にしている宝具は聖剣ではなく聖槍。どちらにしても強力な宝具だ。
しかし彼らの関係は複雑なものだった。
まず召喚した直後にバーサーカーの襲撃を受け分断されてしまった。
しかも一度や二度ではなかったらしい。合流の度に分断をされてしまったらしい。
それにブチ切れしたランサーが冬木市を半壊させたと同時にサーヴァントを五騎も倒したらしい。
しかしそのランサーもとあるサーヴァントに倒された。黄金のアーチャーに。
よって第四次聖杯戦争てランサーとマスターが会話をすることがなかったらしい。
そして第四次聖杯戦争は聖杯の暴走で冬木市を壊滅させて終結した。
そこで俺は勿論のこと誰も助けられなかったらしい。聖杯戦争での仕事仲間の傭兵も全員死んでしまった。生き残ったのはアサシンただ一人だったという。
それから十年後、第五次聖杯戦争が勃発した。アサシンは再び聖杯戦争に参加したという。その時は軍神の剣を持つセイバーを召喚した。真名は最後まで分からなかったらしい。
そのサーヴァントは強力で次々と他のサーヴァントを撃破していった。
しかし聖杯が現れることはなかった。
それから数日後、世界中に聖杯戦争の戦火が広まっていることを知ることになる。
『マスターは世界中にいる。世界を救うためには、全てのサーヴァントを殺すしかないのか』
それからアサシンはセイバーと共に世界を巡りサーヴァントを倒していった。道中セイバーを撃破されてしまうが、それでも世界を救うためにサーヴァントを倒していった。
そして最後の一人を倒した後、アサシンは反英雄になった。英雄を殺して回った反英雄として。正義の味方を目指した男の行き着く先はアンチヒーローという正反対のものになってしまった。
『こんな人生に、意味はなかった……』
◇
「これが僕が反英雄になった経歴だ」
俺もセイバーも言葉が出なかった。それこそまさに夢物語のような展開だ。正義の味方を目指したアサシンは夢に敗れたのだ。
どこかアーチャーを彷彿させるその人生。エミヤの人間はそうなる運命なのだろうか。
「この世界の僕は君を助けて、そして夢を託せたみたいだね。悪いことは言わない、その夢を追いかけるのはやめるんだ」
「……アサシン、その夢を追いかけるか否かはシロウが決めることです。貴方が指図することではない」
「いいや、これは指図してでも止めるべきなんだ。聞けばあの紅いアーチャーも同じことをしたそうじゃないか。彼も僕と同じような道を辿った人間だろう。だからこそこんな連鎖は止めさせなくてはいけないんだ」
アサシンの声は静かながら迫力があった。どうやっても俺を正義の味方から遠ざけたいらしい。
「どうしてもやめないと言うのなら、手荒だが実力行使もやむを得ない」
「……それでも、俺は正義の味方を目指すよ」
「…一応理由を聞こうか」
「それは俺が諦めが悪いのもあるし、人を助けたいのもある。それに爺さんとの約束なんだ」
「分からないのか?君にとってそれは呪いと同じなんだぞ。今ならまだ間に合うんだ」
「そんなことを言われても俺は諦めない。それにアサシンやアーチャーが後悔したからって俺も後悔するとは限らない。
俺は絶対に後悔しない。たとえその道で多くを失うことがあっても、この道は決して間違いなんかじゃないんだって」
「シロウ……」
「……」
「実力で止めるならそれでも構わない。俺も覚悟はできている」
緊張が走る。まさに一触即発だ。ここでアサシンが宝具を発動したらたとえセイバーでも対応できずに俺は死ぬ。
「……はあ、そうか。そうだよな。僕も君みたいなバカだったから正義の味方を目指したんだ」
「バカって……爺さんが俺と約束したんじゃないか」
「僕ではないけどね。分かったよ、好きにすればいい。でもこれだけは伝えておく。そこまで言ったのだから絶対に後悔するな。それと僕の真名はイリヤには伝えないでくれ」
「どうしてだ?イリヤはアサシンの真名を知らないのか?」
「それについてはまた今度ね。セイバー、君にも頼んでおくよ」
「わかりましたアサシン」
アサシンはそれだけ伝えるとそのまま姿を消した。
「……シロウ、私は今複雑な気分です。前に聞かされていましたが再び聞かされると、この世界の切嗣とあのアサシンはやはり違うのだなと」
「どう言う意味だ?」
「この世界の切嗣は私と一言も言葉を交えることなく聖杯戦争を戦い抜いた。そんな切嗣は貴方に夢を継がせた。
しかしあのアサシンは私とも会話しようとし、他のサーヴァントととも仲良くしています。しかし貴方の夢、切嗣の夢を否定し、やめさせようとしている。
同一人物でも世界や歩む道が違う結果、夢を否定するか否か異なっている」
確かにそうだ。俺の知っている切嗣とあのアサシンは同じ雰囲気だがどこか違う。根本的なものが違うのだ。でも、
「でもやっぱり切嗣なんだなって、思う」
「そうですね。どこかでシロウに甘いのですよ。切嗣もアサシンも」
シリアス?うん、こんな話は難しいな。なかなか難しい!
次回は真琴の誕生日のお話です!