鬼子   作:なんばノア

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epilogue 1

epilogue

 

 

 

深夜の中心街、

大型ショッピングモールの目の前に望む芸術文化ホール。

福山市、「ばらのまち」と言うセカンドネームをモチーフに名前づけられたそこは、愛称として「リーデンローズ( reed & rose )」と呼ばれる。

 

延床面積16315.14m²、プロセニアム形式舞台、3層のバルコニーがある大ホール。

音楽、オペラ、ミュージックにバレエと、様々な用途に用いられるここの、向かいとの小さな連絡橋。その下に、このような華やかな舞台とは凡そ無縁であろう者が蠢いていた。

 

時刻は早朝4時。もう数刻すれば日も上がるであろうこの事態に、黒い影(それ)は死に物狂いで蠢いていた。

 

『あってはならぬ・・・!私は・・・まだ死ぬわけには・・・・・・いかない!!』

 

数時間前、確かにその黒い影のような流動物は死にかけた。

しかし逃げ延びたのも事実。ただし、その代償がコレ。

最早人とは呼べぬ薄気味悪いスライム状の黒い物体・・・男は、先程までその物体を『斬る』側に居た存在であった。

だが、男はコレに成ることを選んだ。生き延びる為に、野望を果たす為に。

嗚呼しかし、それも悲しきかな。

男はどこまでも運が悪い。その野望は、永久に叶わないであろう。―――悪魔は、すぐ側に居るのだから。

 

 

 

■ □

 

 

 

概念武装、影斬りの魔剣。「他界(アザーサイド)

その特性は、陰の肉体、つまり影を断ち切る事を可能とする剣である。

だが、この魔剣には奥の手と呼ばれる裏技が存在した。

それは、己を影と同一とする事。

アザーサイドの特性は「影を斬る事」であるが、正しい表現をすると、「影しか斬る事が出来ない」なのである。

アザーサイドは影しか斬る事が出来ない、この表現はとても正しい。しかし、剣としての性能はソレと異なる。真実、ソレは肉体を斬る事も可能だ。

では、どういう事か。説明をさせてもらおう

 

概念武装アザーサイド、その正体とは死徒。

死徒二十七祖、最古参の男。影を奪う心象世界を操っていた死徒である。

男の力は絶大であった、アザーサイドの特性と同じく影を奪うとは肉体の主導権を奪うに他ならない。

影を奪われた者は皆、男の操り人形。吸血とこの手段を用いて勢力を着実に拡大し、当時、現在死徒の王たる彼の白翼公とも、その座を争い合う間柄でもあった。

男の実力はそれ程までに他を凌駕する程の物となっていた。

 

いやしかし、男は敗北した。敗北してしまった、さすがの男も「魔法」と呼ばれる神秘には勝てなかった。

だが、男は滅びを選ぼうとはしなかった。

男は滅ぶ寸前に、己が固有結界をある剣に付与し、形としてこの世に残した。

 

それが、魔剣アザーサイド。かつて、祖の一員であった死徒が残した心象概念武装。

 

「影しか斬る事が出来ない」と言う特性は「影しか操れない」と言う、男の能力が剣に付与された事による物である。

そして、影しか斬れない剣が肉体を斬り裂くと言う矛盾。これは、男が心象を付与した剣に秘密がある。

その剣とは「形有る物を例外なく屠る」、と言う概念を付与された、これまた同じく概念礼装。

つまり、男が作り上げた剣は重複概念礼装。

影を斬る事しか出来ぬが、形が有るなら斬り裂くことが出来る。という、矛盾を体現したのである。

先程の戦闘で死を悟ったヴラゴ、しかし死ぬわけにもいかない彼は、やはり生を選んだ。

その為には、あの絶体絶命の状況を打開するか回避するしか無かった。無論、打開など不可能。影斬りの剣以外には何も持たぬヴラゴが、あの状況を覆すことは限りなく不可能であった。

ならば逃げるしかあるまい、その判断がすぐに取れた事が幸いして、今この状態に至る。

 

それなら、何故ヴラゴの身体が影になっているのか、と言う疑問だが。

難しく考えることは無い、アザーサイドの特性は「影しか斬れない」である。

だが、最初に仕組まれた概念「形有る物なら斬る事が出来る」で肉体も容易く斬る事が出来る。―――だが、斬った瞬間、次に施された概念「影しか斬れない」が働く。コレにより、矛盾が生まれる。

アザーサイドが物体を斬る、しかし、アザーサイドは影しか斬る事が出来ない、そして、その矛盾は逆説を以て可能とされる。

アザーサイドが影しか斬る事が出来ないなら、斬った物は影になるのだ―――と。

 

 

 

■ □

 

 

 

『影を・・・早く影を、コントロールせねば・・・!』

タイムリミットは朝、日が登れば死徒であるヴラゴは活動が出来なくなる。その前に影をコントロール、流体を克服し実体を得なければ全てが無駄になる。

『こんな所で・・・こんな所で、死ぬわけには・・・滅びるわけにはいかぬのだ・・・・・・!』

そう、男には使命があった。果たすべき野望があった。

それは、亡き母の弔い。母の消えたこの地を、死の都に変える事。

『私は・・・私は、死ねぬのだ・・・・・・・・・っ!』

必死に、懸命に、躍起になり生きたがっている。それ程までに、男の決意は硬いものであった。

ソレを聞き入れるかの如く、男は報われた。

「―――!?」

散らばった影は収束し、個体として有ろうと、黒い身を重ね合う。そして、それはやがて、一つの肉塊。1人の、人としての形を取り戻したのだ。

「―――やった、やってやったぞ!」

ヴラゴは歓喜のあまり、柄にもなく大声をあげ嬉嬉として喜んだ。そうだ、こうなってしまえば悲願を叶える事は必然。ヴラゴは代償として、それだけの力を手に入れたのだから―――。

嗚呼しかし、本当に運がない。

 

「ルー=ウェステル・シャッテン・ヴラゴ」

 

悪魔は目の前にまで、迫っていた。

カソック姿の男女一組。その2人は、紛れもなくヴラゴにとって悪魔に他ならなかった。

「代行者―――いや、埋葬機関(まいそうきかん)か・・・」

「あぁ、いかにも。てっきりブラハムの野郎に始末されたかと思ったが・・・・・アイツ、相変わらず詰めが甘い」

男はほくそ笑みヴラゴの方へと静かに歩み寄る。ヴラゴから見れば、その存在は正に死神。吸血鬼、死徒の世界において、彼らの存在を知らぬものはおるまい。

 

異端、魔なる存在の殲滅を生業とした一大宗教における武装機関。「聖堂教会(せいどうきょうかい)

それにおける最高位異端審問機関。それが、「埋葬機関」眼前の男女の正体だ。

代行者の中でも選りすぐりのトップエリートが所属する、教会における最凶武闘派集団。

七人の代行者と一名の予備から構成された少数精鋭の部隊。

その実力は正に「天災」。メンバーの1人1人が祖と対峙しても応戦が可能なほど。人の身において、魔を駆逐する力を持った者達である。

「私を、殺しに来たのか?」

「当たり前だろ。お前みたいな底辺吸血鬼が、後後厄介な存在になると言ったケースもあるんだ。ここで潔く死ぬか殺されるかさっさと選べ」

ヴラゴはこの絶体絶命の状況において、未だ自身の生存を確信できていた。故に、殺されるなどとは塵ほどにも思っていない。

しかし、ソレは男にも同じ事。ヴラゴ同様、この代行者にも切り札と言う物は存在するのだから。

「残念だがテオルバス。私はここから生還する術を持っている、故に」

男は再びほくそ笑み、自らの服の中へ忍ばせた物を探る。

「故に、貴様らでは私を殺せない」

 

瞬間、世界が黒に包まれた―――。

 

アザーサイドの切り札、影と同一になる。と言うコレだが、この切り札は正に異常だ。

「影と同一になる」だが、これは「己を(固有結界)と化し、影そのものになった祖の男」

それと、同一になるに他ならなかった。

重複概念武装アザーサイド、これには初代アザーサイドの、有形として固有結界、無形として意識が残されていた。

事実、初代アザーサイドは剣の中、己が心象の中で生き続けている。

無意識的な無形の生物として、意識だけのソレは、確かに生きている。

アザーサイドと同一になる、つまり融合されるという事だが。当然、無理がある。

これはあくまで相性の問題。アザーサイドとの性質が己が性質と相性が良ければ、慣れるまでの時間は数日と。逆に、相性が最悪ならば、慣れるまでに千年はかかろう。

ヴラゴの場合は非常に相性が良すぎた。

初代アザーサイドと同一になるとは、影の実権を握り。影を支配することを許されたという事。その固有結界すらいとも容易く具現する事が出来る。

 

「固有結界『他界(アザーサイド)』!!」

 

辺り一面暗闇の世界の中心、そこで高らかに雄叫びをあげるヴラゴを他所に、男は服の内側から一つの聖典を取り出した。

 

Aufhebung des Verbots.(之を解禁とす)

Es ist name.(祖の真名は)

Lue.(アルナウィンドウ)

 

かくも悲し。その瞬間ルー=ウェステル・シャッテン・ヴラゴの死は確定した。

 

 

 

 

 


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