鬼子   作:なんばノア

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file6. la muerte de Andalucía

 

 

瞬間、光に包まれた。

それは眩しくも暖かく、私を包み込んだ―――。

恐ろしくはあったが、その瞬間だけはとても落ち着いていられた気がする。

 

 

 

title la muerte de Andalucía

 

 

 

 

目を開くと眼前には有る筈も無い、少しばかり容認し難い光景が広がっていた。

 

どこであろうか、この光景をおよそ体現し得るのは少なくとも私の国では恐らく無理だ、先程まで城の庭園だったそこは―――

 

「――ひ、まわり畑・・・・・・」

 

そう、視界全てにその広がりを強調させる向日葵の群、

そこに点々と乱立する風車、流れる小川、その光景はまるで童話やお伽噺に出てくるソレのようであった。

 

見覚えがあった、とても見覚えがあった。それは印象深く頭に残っていた筈なのだが、何故か思い出せなかった。――そして、

 

「雨―――、」

 

ポツポツと、赤い雨が私を濡らす。色と匂いですぐにわかった、コレは血だ。

空から血が降るなんて、趣味が悪い。

陽が照りつけているのに雨が降るなんて、まるで狐の嫁入りのそれを彷彿とさせた。

 

ガサっ―――!

 

いきなり物音がしたもので驚いたが、それはあちらも同じ。

「な、なんだ・・・これは―――!?」

先生も私と同様、この理解し難い状況にただただ戸惑っているのだ。

「こ、コレは・・・!?世界を塗りつぶす心象の具現・・・固有結界だと!?」

先生はこの現象の正体を固有結界と呼んだ。ソレは私に全く知る由もないことで、わかるはずもない事であったが。

 

「そうだ、コレが僕の心象にして切り札」

「!?―――」

先程まで姿が見えなかったブラハムが、突如先生の背後にスッと現れた。

いや、驚く所はそこではない。

「貴様、何故―――左腕が・・・!?」

吃驚この上ないとはこのこと。

先程、先生に切り落とされた筈の左腕が、まるで何事も無かったかのように、見事に繋がっているのだ。

「馬鹿な!?この短時間で切断した腕の接合など・・・!いくら死徒とは言え、早するぎにも程がある!」

「―――」

ブラハムは答えない、ただ静かに目の前の敵をその眼光で睨みつける。

が、何故か彼の瞳の色が以前と異なるものになっていた。

 

「青い・・・」

 

以前までの彼の目は真紅を映していた―――が、今彼の目に映されているのは「蒼」。

透き通るように鮮やか、しかしどこか静けさを思わせるような、深い蒼。

「さぁ、始めようか」

そう呟き、クスッと微笑む。

ブラハムの挑発じみた態度に苦笑いを浮かべ、空を見上げた。

「ククク・・・減らず口を。固有結界とは言え、私の優勢は揺るがぬぞ。偽りとは言えこの日光がある限り、我が剣が貴様の影を捉えるのは時間の問題よ」

「そうだね、でもそれは、君の目に僕の影が映れば(、、、、、、、、、、、)・・・の話だろう?」

瞬間、しつこいとばかりに再び、理解し難い現象を目の当たりにする。

「な―――」

それはどうやら私だけではないようで、先生の顔色を伺うにソレは私と全く同じ心境であろうと確信できた。

「き・・・消えた・・・・・・・だと・・・・・・・・・・っ!?」

その呟きは的確で、実によく的を得ていた。

無論、ブラハムは消えた訳ではない(、、、、、、、、)、我々の視界(、、)から突如姿を消しただけである。

そんな事は先生も充分理解出来ている筈だ。―――なにせ、私であっても彼がちゃんとこの場所に居る事が(、、、、、、、、、、、、、)感じ取れているからだ。

「何故だ!何故なのだ!?何故眼前(そこ)に居るというのに姿を捉えられない・・・!」

 

同感、ブラハムは確かに其処にいる。

しかし何故(どうして)か、彼の姿を視認する事は疎か(おろか)、其処に居るはずなのに彼が其処に居ないものだと脳が勝手に解釈してしまう。

 

それは、例えるならまるでトリックアート。

タネも仕掛けも最初から了知っている(わかっている)、しかし、いざ対象の拝観を試みる。

―――するとどうだろう?思わず、何故か、例えそれがコンマを数える刹那の間にあったとしても、我々の脳はつい(、、)騙されてしまっている。

まさしくそれは芸術の結晶と言えよう。人の視覚をこうも自在に操り、脳に偽りの情報を送り込む技術。

私は直感的にそれと同一な技術であろうと悟った。

案の定それはその通りで、それを可能とする能力。

そして、彼の眼にその秘密が存在したのだ。

「別に。君に教えてやる筋合いは無いけど、特別に教えてあげるよ。

これはね、僕の魔眼。視覚支配(アイ・ジャック)を可能とする幻覚の魔眼(ノウブルカラー)の亜種。まぁ、名前なんて別に付けてないし、好きに呼べば?」

「ならば・・・その左腕はどう説明を付ける!?

たかだか数秒、数十秒の間を以ていかにその傷を修復したと言うのだ・・・!?」

「やっぱり君、馬鹿じゃないのか?」

その一言で、先生の疑問を一蹴してしまったのだ。いや、これは流石に酷い。彼の味方であるはずの私でさえそう感じるのだ、そうとうなショックを受けているだろう。

「左腕も同じトリックだとは思わないのかい?

既出の僕の能力から考えて、それが最も理にかなった方法だと考えるけどね、僕なら。」

ソレには私も気づけなかった―――と言うことは私も彼の言う馬鹿ではないか。

思わず口から「ム、」と一言。意識した訳では無いが、つい一言だけ零れた。

「まぁ、実際には違う能力なんだけどね?」

と、手のひらを返すかの如く先程自分で述べた意見を用意に覆してみせたのだ。

いや、私が言うのもなんだけど、コイツ性格悪いわね。

おちょくっているのか、天然なのか、どちらにせよ、これには先生も憤怒の気色を浮かべる他あるまい。

案の定、それは正しかったようだ。

 

「おのれ・・・貴様、どこまで私を侮辱するつもりだ・・・・・・・・!」

ドスの効いた声色でそう吐き捨てる。

そして、己が手に握る得物を構える

「姿が見えずとも関係ない。なにせ、貴様に私を打倒しうる算段など存在しないのだからな」

「そうだね。君ほどの吸血鬼だ、近づけばどれだけ姿を消そうとも気配で察知されるだろうし。ここから君を攻撃したとして、投擲により僕の位置がバレてしまう」

「左様だ。そして、この膠着状態が続いてしまえば、いずれこの固有結界も消え失せる。そうなってしまえば今度こそ本当に私の勝利よ」

「そうだね。でもそうはならないから、

もう丁度いいくらいに魔力は満ちてきたし。」

得意げに言い放ったブラハムは姿を(あらわ)にして空を見つめる。血の雨で濡れた顔を拭い、どこか哀れみを帯びた眼差しで空を見つめた。

「魔力・・・・・・だと?」

「うん。この血だよ、この降り頻る血液の雨こそ魔力そのものに他ならない」

まるでソレを確認するかのように、身体を濡らしている血を拭い鋭い眼差しで睨みつける。

「たしかに、これは魔力。

なるほど・・・宝石や鉱物などに魔力を宿す魔術があると聞く。これはソレを血液に用いたものか・・・。

しかし不可能だ、血液は宝石の特性とは異なる。たしかに血液には短時間ながら一時的に魔力を込められる場合もあるが、それを永続的に保存する事は不可能に近い筈だ」

「『血液操作』という魔術特性を持った男が居てね。その男は霊長類全ての血液を自在に操る権利を持っていた。無論、血液に魔力を宿すことも容易かっただろう。聖堂教会における司祭の1人であった、名前を『ゼフェル・フェリオ・エル・エルカブラ』と言う。」

 

その名前を聞いた瞬間男の表情が一変した。

それは驚愕と言う言葉を表情として体現したら完璧に近い顔だった。顔からは大量の汗、唇はプルプルと震え、何かに怯えているようにも見えた。

「貴様・・・!たしかにそれは9位の姫の側近・・・『血操者』の名前・・・・・・いや、しかし何故ソレを、貴様が同じく可能としているのだ・・・!?」

「なんだ、知ってたんだ。

その表情から察するに、奴とやり合った事もあるようだね。なら、『血海(けっかい)』を再現した方が手っ取り早かったかな?」

「再現・・・だと?貴様ソレはどういう―――」

 

最後まで喋ることなく、ソレは起きた。

 

 

 

 

 

 

 

地震、では無いだろう。地鳴りの感覚はあるが、実際には揺れていない。

そして、先程まで地を濡らしていた血の雨が、独りでに空へと昇っていくのだ。

有り得ないが、その光景はまさに神秘。その1粒1粒が、それぞれ異なった赤い軌道を描く。

その奇跡に当てられ、思わず空いた口が塞がらない先生を他所に、ブラハムはこの戦いにおける勝利を確信していた。

 

()は全なる意志との疎通。

(そして)()存在しない(ありえない)有の具現。』

 

ブラハムがソレを読み始めてからの変化は明らかだった。

先程まで場を満たしていた違和感(ナニカ)が、急に消失し始めたのがわかる。おそらく、魔力と呼ばれる類のものなのだろう、一般人である私が感じ取れたほどの量のソレが、急に無くなり始めたのだ。

 

()は一にして全、全にして一。―――故に、』

 

ようやく正気を取り戻した先生が、ブラハムの行おうとするソレに気づくが、その時には全てが遅かった。いや、最初から止めることなど不可能。

 

『―――故に、一を以て有を全とす(、、、、、、、、、)。』

 

その瞬間、向日葵畑から血の雨は一切消失した。魔力と呼ばれるそれが、この世界から消え去った。

その現象を悟った先生が更に驚愕の顔色を浮かばせる。

「結界内の魔力が消えた・・・・・・。」

魔力が消えた。ソレが意味するのは、この場所での魔術行使が不可能だという事。

そして、それを矛盾として現実に為す異端がここには居た。

「馬鹿な!?魔力の消失は魔術の消失を意味する。それは固有結界であるこの世界も例外では無いはずだ!!世界からの修正、魔力(マナ)なしで世界を維持できる筈が無い!どういうことなのだ!?」

「魔力なら有るじゃないか、ホラ。」

それを証明するかのように掌で炎を生み出す、ちょっとした魔術を披露してみせた。

「君が感知出来ないのも無理は無いよ。出来るわけないし、

そもそも、真っ当な魔力(、、、、、、)でもないわけだし。」

「馬鹿な、魔力でない魔力など、そんなもの魔術世界において魔力とは認めない。無論、そんなもので魔術の発動などは皆無」

魔力でない魔力、そんなものは魔力とは呼べない。それはそうだ

例えるなら、鉛筆を消しゴムと偽り、いくら擦っても字が消えない。―――これと一緒だろう。

本質が異なる物を、幾らソレとして偽ってもその本質が変わる事はない。ならば、ブラハムが言っている事はおかしい、有り得ない事だ。

―――しかし、私はこの数日で、有り得ない事などこの世には無いのだと学んだ。

ソレを私に教えたのは他の誰でもないブラハムだ。彼と出会ってからこの数日、驚きの連続なのだ。

「魔力でない魔力、その表現はとても適切だ。実際そうだし。

この魔力は魔力と呼ぶのも烏滸がましい、偽りの魔力と呼んでもいい、そんなモノだ」

「偽りの魔力だと?笑わせるな、魔術の起動を可能とするのは大源(マナ)小源(オド)のみ。この世界におけるマナは消失した、にも拘らず心象風景を具現し続けるのは矛盾だ。貴様の魔力貯蔵量はそれほどのモノなのか・・・!?」

「君、魔術属性における『()』『()』を知っているかい?」

「―――!?まさか・・・」

 

そう――、そのまさか。

 

「結界内のマナ、大源の消失を以て、『存在しない(ありえない)筈の魔力』を具現したのさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

『虚』―――それは「有り得るが物質界に存在しないモノ」。

 

『無』―――それは「有り得ないが物質として成立するモノ」。

 

これらは魔術属性と呼ばれる、魔術師における魔術特性を定める要素。

そして、第五仮説要素然り。

有り得ないが、有り得る。

有り得るが、有り得ない。

そういった矛盾を是として成立しうる存在こそ、まさしく、偽りの魔力の正体なのである。

いや、正確には全然違った物質や要素ではあるが、その在り方としては似ていると言わざるを得ないだろう。

 

 

 

 

 

「矛盾を抱えた存在故に、その矛盾を是とする反矛盾的な在り方―――。それが、魔術的架空要素、偽りの魔力の本質に他ならない。」

スッ――と、ブラハムが左腕を威風とし、高らかに空へと伸ばしてみせた。

その様子を見た先生も空を見上げる。

そこで、恐ろしい光景を目にするとは予想していなかっただろう。

「な―――」

自身の遥か上空を望むは巨大な魔方陣(マジックサーキット)

全長は百メートルにも及ぶであろうソレは、あろう事か未だ広がりつつあり、同時に数を増やしては、起動までの時を刻一刻と数える始末。

「有り得ない、有り得ない・・・これは、有り得ない!!

有り得ないぞ!このような大魔術の同時行使、瞬間魔力出力の5000や10000でも不可能なレベルだ!神代の魔術師ですらここまでの超必は不可能だっただろう・・・!一体、何がどうなっているのだ!?」

「さっきも言っただろう、この架空魔力はあらゆる矛盾を是とする、と。

簡単な話、僕の魔術的能力を一時的に超向上させてるんだよ。」

魔術的能力の向上、それが意味する事象は現在空に浮かぶソレを見れば決定的であった。

しかし、如何せんその事実とは裏腹に、矛盾を肯定出来ない男にはこの事象そのものを、未だ受け入れる事が出来ずにいた。

「それが不可能だと言っているのだ!魔力の出力は魔術師の実力に比例する、突飛に強化出来るようなものではない!」

「これだから堅物は困るなぁ。この架空要素はその性質上、事実何でも出来る(、、、、、、)。まぁ、なんでもは言い過ぎだね。せいぜい等価交換の無視程度だよ。」

等価交換で成り立つ魔術世界において、ソレを無視するなど言語道断。それをせいぜいと軽く吐き捨てるブラハム、それだけで彼が最早別格だということが伺える。

 

「―――。」

 

認めたくはないが、認めざるを得ない。そんな表情だ。

当然だろう。如何に容認しがたい事象でも、それが事実である以上、我々はそれを容認しなければならない。

「―――ならば、それが事実だとして、貴様、今の瞬間魔力出力は最大で幾らだ。」

「通常の二乗。普段が800弱くらいだから、ざっと650000ってとこだろうね。」

質問への回答とともにブラハムは左腕を振り下げた。そしてソレは先生の破滅を意味する。

空を仰ぐ魔方陣の数々。当然その全てが起動。

先生は怒号をあげながら滅びを待つだけだった。―――筈なのだが、

 

グシャっ、

 

と、鈍い音が響く。

血の一切が消え去った花畑に再び血が流れる。

それは先生の手による先生の血液であった。

そして、あろう事か先生は自らの首を手に持った得物で切り落としたのだ。

「しまった―――」

ブラハムが気づいた頃にはもう遅く、先生の身体は黒く変色していく。

それだけではない、肉体が流動性を増し、まるでスライムの如く黒い物体とかし地面の中へと溶け込んで行く。

「くそっ・・・!まさかその手を使うとはね、予想外だったよ・・・・・・。」

魔方陣の起動から実に一秒、先生は奥の手という危険な最終手段を選び、見事逃げ仰す事が出来た。

場には、手応えのない派手な爆発音と、その衝撃が(はし)るだけであった。

 

 

―――それから数日後、先生の死を知ったのはまた別の形で、また別の人物の口からであった。

 

 

 

 


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