file.5
死徒など、はじめは嫌悪感しか抱かなかった。
だが、あの方は違った。我が母は、あの方だけは違ったのだ。
当時の私は魔術協会に所属していない魔術師であり、同時に死徒狩りや協会に手配された魔術師を狩る事を生業とした魔術師。―――と言うよりはフリーの魔術使い、と言った方がニュアンスとしては正しかった。
魔術師と魔術使いには大きな違いがある、
魔術を用いて根源を探求する者、これを魔術師と呼び。魔術師とは違う目的のために魔術を用いてそれを達成させる者を魔術師とは呼ばない、魔術使いと呼ばれる者だ。
事実、私は自らを魔術師と呼んだ事は無かった。比喩として用いる事はあれど、己を魔術師と呼ぶ事は決してない。そも、私は根源などに興味がなかった――――。
PM 21:30
駅前、この時間帯ここは人の通りが多くなる。近くに飲食店や居酒屋が多くあるからだろうか、人々が沢山行き交うここで、彼は注目の的となっていた。
「すごい金髪、ねぇあの人外人さんかなぁ?」
「おお、すっげーな、でも何で夏なのにコートなんか着てんだ?」
「ちょっとすごいイケメンなんだけどー。私タイプ!」
など、容姿格好ともに特異な彼が注目されるのは当たり前だろう。というか、周囲からの視線がキツイなぁ。
「あの子彼女かなぁ」
「えぇ〜、違うでしょ〜保護者じゃない?」
様々な憶測が飛び交っては私の耳に筒抜けとなって入ってくる、ハッキリと聞こえる分余計にタチが悪い。もっと小声で話してくれれば多少はマシなのだが・・・。
「ねぇねぇ」
ブラハムが、不思議そうな表情で私の肩をつんつんと指で叩いた。
「イケメンって何??」
ほぉ、なかなか面白い質問をするじゃない。
だが、この顔は本気でわかってない時の顔だ。
「場違いだから帰れって意味よ」
「えぇ!?ちょっとみんな酷くない!?」
「人間なんてそんなもんよ」
ブラハムは少しガッカリした表情で目の前の地図のパネルのある場所に指をさした。
「今日は、ここ。」
「お城・・・?」
指で示した場所は駅の裏に位置してある城、ここから5分の割と近い所であった。と言うか、ここからでも目で見える距離だ。
「なんでお城なの?」
するとブラハムは振り向いて城を指さし。
「カオは多分わからないと思うけど。城周辺、あの城を中心に結界の起点が張られている。恐らく、誰かが何らかの魔術式を起動させようとしているんだね。この土地の霊脈はそんじょそこらのソレとは桁が違うからね、それにあの城に満ちている
「ま、マナ・・・?」
一瞬、ブラハムが如何にも驚いたような顔をしたが、すぐに元に戻った。
「あっ、そうか。カオは一般人だからね、わからないのも当然か。魔術を起動させるために必要な要素があってね。それが魔力と呼ばれる物でね。魔力って言うのにも二種類あって、それがマナとオド」
「マナとオド」
ブラハムは続けた。
「マナって言うのは、自然界に満ちている地球そのものが生み出した大魔力、大源とも呼ばれてるね。
対してオドって言うのは、生命が生み出すものであり、つまりは人間の体の中に流れる小魔力、こっちは小源と呼ばれる」
「なるほど」
と、相槌を打った瞬間。ブラハムの顔を見ると、目を大きく見開き、その表情は少し怖かった。
「まずいね、起動する前に消そうと思ってはいたんだけど、どうやら結界が起動したみたいだ」
私にはわからなかった、なんら変化があったようにも思えない。一体何が起こったんだろう。
「ブラハム、結界って一体どんな感じなの?」
「うーん、ここからじゃ全然わからないんだよね。城まで行こう」
□□
使い魔、と言う部類に位置する存在がある。
使い魔の定義とは、魔術師の雑事や用事を代わりに行う存在であることである。
使い魔には三種類あり、
一つ目が「協力関係」や「主従関係」、主人である魔術師が作り上げた訳ではなく、既に存在していた者と契約や何らかの方法で、上記の関係を結ぶことだ。
二つ目は「分身」、これは使い魔の一般的な概念であり、魔術師の紋章でもある。魔術師本人の分身と言った物を作り上げ、自らは工房から出ず雑事をソレに代行させるのである。使用目的が単一ならそれ専用の「道具」を作れば良いのだが、分身としての役割を持つ使い魔は用途が単一に限らない。先ほど述べた通り、魔術師の紋章に他ならない彼らは文字通り魔術師の分身でなければならないのだ。しかし、全くの同一であってはならない。それは状況次第で主人の思考を忠実に再現しながらも、思考の方向性が異なる存在として成立させなければならない故である。魔術的観点から研究の意見を別の視点から知るためであり、独立した意思を持たなければ意味が無いのである。
三つ目は上記でも述べているが「道具」としての使い魔。汎用性に欠け用途は単一、基本は一芸特化の使い魔。だが中には用途様々な物も少なからずはあり、それは生物器物種類様々である。これの一般的な物は人形師の「人形」、または「ゴーレム」とも呼ばれる。存在を魔力で一から生成する物もある
この鳥も然り―――
空を翔る巨大な黒い鳥、この使い魔はこの土地の霊脈を管理する家の魔術師が送り込んだ物である。
異常を察知した魔術師が送り込み、城周辺の空を徘徊している。夜である故か、全長1m半ほどあるその巨体は何故か人々の目に触れず城周辺をひたすらに徘徊する。
そして、城内の庭園へと降下した。瞬間―――鳥は真っ二つになっていた。否、比喩などではない、紛れもなく刹那の内に鳥は二部に分かたれていた。
「―――ふ、カラスとは、下賎な生物よ。」
黒く歪な剣を握る1人の男の真横に落下した巨鳥は、胴体が鋭利な刃物の様なもので真っ二つにされていた。しかし、そのような鋭利な刃物をあの高度で屠ることなど皆無であった。
文字通り、男は「一歩も動かずに空中を飛んでいた巨大なカラスを一刀で真っ二つにした」のだ。
満月を仰ぐ月下に、男は復讐の眼を燃やす。
□□
城門手前まで辿りついた、ここまで来ても全くわからない。私には何も無いように思えるが、実際は違うようだ。
「僕が先に入るから大丈夫なようなら来て」
そう言い、ブラハムが城門の中に侵入した。
そしてあたりを見渡し、何も無いようなので入ってくるよう私に促した。
そして城門の中へと侵入した。
「何も違和感ないけど」
「そうでも無いよ」
ブラハムは無言で空を指さす。
「満月・・・!?」
「そう、でもアレは虚映に過ぎないだろうね。 問題はコレ、月光だよ。
虚映に過ぎないならこの月の光まで再現するのは不可能、それは満月ごと再現させる空想具現化の域だ。目的は知らないがこれを敷いた奴は、満月の条件を再現することが必要だったということだろうね。」
空想・・・?何のことかはわからなかったけど、とりあえず今日の月は満月ではなかった事だけは確かだ。
この条件を満たす事でここの吸血鬼は何かしらの事をしようとしている事は私にもわかった。問題は...何をするつもりなのか・・・。
「―――左様、そして私の挑発に首尾よく引っかかった愚か者が貴様よ」
物陰から男の声がし、振り向くとありえない男が立っていた。
「勝又・・・先、生・・・・・」
「2日ぶりだな、南」
私のクラスの担任である
ブラハムが私の前に立ち塞がった。
「カオ、気を付けて。彼は死徒だ」
「先生が死徒・・・!?」
そんな突拍子もない話、普段なら到底信じれないのだが。それなら何故こんな時間に、こんな場所に居るのか。その事実だけでブラハムの話を信じるのに問題はなかった。
「私の名はルー=ウェステル・シャッテン・ヴラゴ。死徒二十七祖が十二位、ルー=シェシカ・アルナウィンドウの跡を継ぐ者である」
その名前を聞きブラハムの表情が変わった。
「ルー=シェシカだと!?
「如何にも、我が母の御名に違いない」
その名前には心当たりがあった。
「ルー・・・。ねぇブラハム、昨日の女の人にもルーって名前が付いてた!」
私の一言を聞き、今度は先生の表情が変わった。
「ミネルバを葬ったのは貴様らか、南...」
その静かな目には確かに殺意が込められており、威圧で脚が震えて立つことさへ困難になった。
「カオ、下がって!早く!コイツの言うことが正しいとしたら並の死徒では無い!祖に匹敵する大死徒だ!!」
祖?そんなのわからない、ただ、目の前には確かな死があることだけは理解出来た。ブラハムの言う通り、物陰に避難する事にした。
「さて、神隠しの子か。無名とは言えルーの後釜なら相当な実力のはずだ、それと、君が名乗った以上僕も名乗りを上げよう。―――ブラハム・レコッツ、貴様と同じく死徒だ!」
瞬間、ブラハムは土を蹴った。同時に、服の袖から昨晩も用いていた長い針の様な刃物を取り出し、それでで先生に斬りかかる。
先生は驚愕の表情を浮かべ、ブラハムの攻撃を防いでみせた。
「ブラハム・レコッツ・・・!知っているぞ、その名、何代か前の『ヒラソール埋葬騎士団』副官の名だ・・・!貴様、一体何者・・・!?」
「だから―――ただの死徒だよ!!」
斬りかかる体勢のまま土を蹴り足を浮かばせ、次に先生の腹を思いっきり両足で蹴り空高く跳んだ。
「―――はっ!」
空中で針を追加。片手に3本ずつ、指と指の間に挟んで、両手で計6本のソレを全くの同時に先生に投げつけてみせた。いや、投げるだけに収まらず、ソレは着弾した瞬間に爆発したのだ。
相当な爆発で、土煙が周囲を舞った。
「この程度じゃやられないよね」
平然と、爆発で起こった土煙の中から先生は出てきた。ほとんど無傷、先ほどの爆発を直撃して無傷など、正気の沙汰では無かった。
「当たり前だ、あの程度で死ぬような死徒が、ルーの名を冠する事は有り得ぬ」
「アルナウィンドウの子死徒か、確かに、12人共強力な死徒だ。その中のトップがお前か、コレは一筋縄じゃ行かないみたいだね」
「左様だ、私の実力は祖に通ずる。コレは母の称賛であり、私の自負でもある」
「そうかな?君程度の死徒、僕はこれまでに何百と屠って来たよ」
「―――その口ぶり、やはり貴様は教会の」
気が付けば、先生の右手に黒くて変な形の剣が握られていた。
「ならば、この剣、見覚えがあろう。」
「―――!?」
ブラハムの顔は驚きの一色に染まっていた。
「影斬りの概念武装―――」
「左様、この剣の名は『
「まさか・・・そのための月光・・・・・!!?だとしたら―――」
先生は静かに微笑む、そしてブラハムは何かを感じ取り即座に後退する。
「逃がすわけが無かろう!!!下郎!!」
瞬時に、先生が追い打ちをかける形で襲い掛かる。歪な黒い長刀で、ブラハムを一太刀、二太刀、さらに一太刀。三つの軌道が順番に空を穿つ、それら全てに対応してみせるブラハムはそれでも後退する姿勢を変えない。先生の居合は凄まじい物ではあるが、達人のソレと比べると見劣りしがちなのも確実。それを容易く捌くブラハムが、弱気な姿勢を見せる意味がまだ、この時は理解出来ていなかった。
「くっ、これは少しヤバイな・・・!」
袖先から針を取り出し、足元に投げつけた。
「―――!、?」
砂煙を巻き上げ、辺り一帯の視界を奪った。
ブラハムが一目散に場から離脱を試みる、が。
「見え見えの手だな、ブラハム・レコッツ」
「―――なっ」
先生が先回りを済ませていた。それに対応するよう、ブラハムも即座に地面に針を突き立て、速度を落とそうと試みたが、先生はそれにも対応しようと、全力でブラハムに向かって前進する。
多少無謀な体勢ながらも、ブラハムは勢いを殺しつま先で地面を蹴り上げ、後方に飛び上がる。
「―――遅いな」
ブラハムが後ろに飛び退こうとした瞬間にはすべてが遅かった。
勝又先生が地面を斬る、同時に飛び退くブラハムの左腕がズルリと地面に落ちたのであった。そう、ブラハムの腕は有り得ない距離からあの剣に切り落とされたのだ。刃のリーチや位置から考えて不可能なはず、そもそも先生が斬ったのはブラハムではなく地面、何が起こっているのかわからなくなった。
「―――ぐっ・・・」
後ろを振り向くブラハムが目にした物とは、満月のソレであった。
ブラハムが切断部を押さえる、痛みで顔が歪んでいる。
「状況が理解出来ないようだな、南」
それは事実、今のは節理に合わない現象だった。そんなものを理解出来るはずも無い。
「この剣の別名は影斬りの剣、それは文字通り影を斬るのだ」
それはおかしい、影を斬ったところで実際の肉体が切り裂かれる事など有り得ない。
「影を斬ったからって肉体が斬られる事なんて有り得ないわ!」
「南、この剣はな、実体像の陰陽の内、陰を司る剣なのだ。
影、とは実体の移し身だ。実体ありしの影、影ありしの実体。光の直進性によって生み出される影は幾らかの歪みがあるとは言え、我々が形を得ている肉体面での身体が陽の実体だと考えると、言わせてみるなら影とは陰の実体に他ならない。
アザーサイドはその陰の実体像に干渉する事が許される概念武装。先程も述べたように、『影ありしの肉体、肉体ありしの影であるなら、陰の実体である影を斬り裂けば、陽の実体である肉体が斬り裂かれるのは必然』と言う概念が付与された剣なのだ」
影を斬ると実態である肉体も斬られる・・・?
「この月光は、その剣の特性を活かすために仕上げた物だったと言うわけか・・・!」
「左様だ、この月の光を再現するには骨を折ったぞ」
―――・・・・・。
「その腕では貴様の得意な投擲も出来まい、貴様の主もこの剣の恐ろしさを知り唖然としているぞ。
違う、声が聴こえる。頭の中に―――なんだろう、わからない、――が、声が聴こえる。
頭痛と共に頭に響く声はとても聞きなれた声で、その声はどこか、私に安心感を与えてくれた。
―――|este compromiso está ligado por siempre a mi continuar《降り・・・る雨・・・華畑・・・染め・・・よ、》
「ハハ・・・」
ブラハムは傷口を押さえながら、笑みをこぼした。そんな状況では無かった、傷口から流れる血の量は常軌を逸しており、とても、笑えるような状態では無かった。
「何故、笑う―――」
「いいや、お前には負けないよ。僕は、
言ったじゃないか、君程度の死徒はこれまでにいくらでも屠ってきたと」
―――
「何を言うかと思いきや、その体で何が出来ると?」
「何が出来るかは僕次第だ、お前の知るところでは無いだろう?」
―――
「減らず口を、今主ともども、止めを刺してやろう」
「さぁ、夜が開けるよ―――」
「「la muerte de Andalucía―――」」
太陽の花、此処に光を穿つ―――。
瞬間、すべてが光に包まれた―――。