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AM 2:35
「おいおい、こりゃどうなってんだ・・・?」
「一体誰が・・・」
カソック姿の男女2人が佇むある公園の広場、そこには異様な光景が広がっていた。
地面の局所局所は盛大に抉り取られており、その所々にはボロボロの人間の衣服と見られる物が転々と散らばっている。更には―――
「魔術の痕跡」
無論、見た目通りこの2名は魔術師などでは無い。神秘を守り管理する彼らにとって、神秘を探求する魔術師とは対極に位置する存在に他ならないのだ。―――だが、そんな彼らが魔術の痕跡にいとも容易く気づいたのには理由が存在する。――――彼らはたしかに魔術師では無い。が、異端を狩る側の人間にしてその中でも異端な存在、それが彼らである。
「我々以外の審問員がこの街に配属された報告はありませんが―――、これは」
「教会の人間じゃあねぇな。ただし、協会の人間でもねぇ、奴らは研究の成果を他人に明かさない。つまり魔術を公で行使したりはしない」
そう、魔術師とは一つの到達点、「この世界全ての始まりにし全ての終わり、全ての存在の因果の収束地、故にこの世全ての記憶を貯蔵する」大いなる渦『根源』を追い求める存在に他ならない。
言わせてみれば彼らは化学者と何ら変わらぬ人種、人為的な神秘の再現である魔術を用いる事が根源への最短方法である故に魔術師は魔術を研究する。
そこで何故、魔術師は他人に成果を明かさないのか、これにも理由が在る。
根源からは、幾つも流れ出る大小様々な川が存在する、
根源から流れ出す事象の川は、根源に近ければ「太い流れ」であり、遠くへと流れていけば、途中いくつもの支流に分かれて「細い流れ」となるのだ。
事象を細分化する理由には、時の流れと人々の意識が関係し、人々に知られれば知られる程、それは細くまた複雑になる。またはこれを一般常識とも呼ぶ、
そして、未だ大勢の人の手によって汲み上げられることなく、「太い流れ」を保っているものが、一般に知られていない「神秘」である。
そのため、研究の成果を他人が知れば、それは自身が作り上げてきた太い流れの道を、自ら細分化することに他ならないのだ。
故に、根源の到達を悲願とする魔術師は決して研究成果を公で行使はしない。
「だとしたら、この魔術の痕跡と―――」
「この惨状は、一体誰の仕業だろうか・・・だろ?」
「―――死徒、か」
ある、一大宗教における異端殲滅のエキスパートである彼らにとって、現状の光景は決定的だった。それはコレが彼らには見慣れた光景だったからだ。
「もしかしたら・・・この街に奴が居るかもな」
「彼・・・ですか・・・・・」
「あぁ・・・探したぜ。今度こそ殺してやるさ、ブラハム・レコッツ・・・」
□□
7月22日
目が覚めた。
珍しい、とても珍しい事だ。
朝に弱い私が、目覚まし時計のアラーム無しで朝起きれる事はとても珍しい事なのだ。
「え・・・うそ、朝ってこんなに早かったっけ...て言うか、昨日何時に寝たんだっけ」
そう思い、昨日の出来事を思い出す――――までもなく覚えていた、そして恐る恐る時計の針を見る、
「午前10時45分・・・」
察した、タイマーセットをミスした日からアラーム時刻は7時30分にセットしたままになっていた。と言うことは、アラームは鳴った、鳴ったが気付かないほど寝ていて、今自然に目が覚めた...という事になる。
「はぁ〜、」
ベッドの上でおそらくこの日最大のものになろう大きなため息を吐き出した。
「私、夏休み中が終わるまでに生活習慣戻せるのかなぁ」
これからずっとこの調子だと学校が危うくなってくる。呑気な事は考えてられない、その為にも吸血鬼を早く退治しないと。
「まぁ、私はそんな退治なんて出来ないけど・・・見守るだけだからね」
じゃあ、なんでブラハムは私を一緒に連れていくのかな。
「それは知らない、私には異能があるとか言ってたけど、それはどうかと思うよ。だって今までそんな事は1度も無かったもの」
ガチャリ―――と、ドアが開いた。
「カオ、起きてたの?あんまり遅いから今から起こしに行こうと思ってたんだけど――――ぷっ・・・!」
そんな事を言い私を見るなり、笑いを堪えるように顔を隠して身体を震わす。
「―――何よ」
如何にも不機嫌そうな声と表情で睨みつけた。
「いやいや、ごめん。君の頭がね・・・ククッ」
頭?そう言われて頭に手を伸ばしたところ、盛大な寝癖が尾を引いていたのだ。ソレを見るなり、ブラハムは余計に笑う。いや、笑ってはいない、必死に笑いを堪えてはいるが、もはや相手にその様を悟られているので堪えている行為そのものが余計に不快に思えてくる。
キッとした顔でブラハムを睨みつけた。すると奴もそれに気づいたようで、
「ごめんごめん調子に乗りすぎました。でもこんな時間まで寝てるんだから、心配になって見に来るよ?普通」
そんな事をポカンとした顔で吐くもんだから思わず頭に来て
「だぁれのせいでこんなに遅くまで寝てるのかしらねぇ?」
なんて事を殺意混じりの声で、ブラハムに浴びせてみせた。
「ん?誰のせいなの?」
「アンタのせいよ!!」
朝から恐らくこの日一番になろう大きな声を出して怒鳴った。
「えぇ!?僕のせい!?」
「当たり前でしょう、あんなに夜遅くまで街を歩くのなんて・・・その、初めてなんだから」
まったくコイツは、天然なのかバカなのかどっちなのよホントに。
「まぁいいや、そんなことより」
そんなことと片付けるか、やはりバカなのねコイツ。
「朝ごはんどうする?」
そう聞かれるとお腹は空いていたけど、時間帯的に朝ごはんはどうかと思い、再び時計の針を眺めた。
「朝ごはんはいいわ。昼ごはんと兼用にして頂戴」
ブラハムは「わかった」と言い、ドアから出ようとしたが、ふと何かを思い出したかのように立ち止まる。
「そう言えばカオ、さっき誰と喋ってたの?」
え―――?
「え?」
「うん、誰かと話してたように聞こえたけど・・・もしかして独り言?」
そんなことを言われて急に恥ずかしくなった。
「う、うるさいわね!悪い!??」
さっきよりも大きな声で怒鳴りつけた。
「うわぁ!ごめん!!」
ブラハムは足早にドアを閉めて一階に降りていった。
「えぇ・・・誰かと喋ったー?そんなつもりは無かったんだけどなぁ」
そう、単に思ったことを考えては呟いていただけなのになぁ。
「学校でもこんなことしてるのかなぁ・・・私、恥ずかしい」
□□
朝食を食べ終え、皿を片付ける。―――それにしてもこの下僕は、偉そうにソファにふんぞり返ってニュースなんて見てる。朝食は作るくせに皿洗いはしないなんて、一体どういう了見よ。
「ねぇ、ブラハム」
「んー?なにカオ?」
「あなた、皿洗いはしてくれないの?」
なんて、聞いてみた。図々しく且つ大胆に、ニッコリとした含みのある笑顔を向けて彼に聞いてみた。
すると―――
「あぁぁー・・・ごめん。皿洗いは嫌かなぁ・・・」
と、情けない声で呟くもので、やはり疑問に思った。
「なんでよ?」
「うん、これも死徒の特性でね。流水、つまり流れる水は苦手なんだ。
水とは洗礼、この国では禊と呼ばれてるね、罪や邪悪を洗い流すと言われるソレは悪や魔の存在たる僕達死徒には効果的であり、同時に僕達は流水を渡る事は出来ないんだよ」
「そうなんだ、ニンニクと言い日光と言い、吸血鬼って色々と弱点が多いのね」
「まぁ、この程度の流れ、僕ほどの実力を持つと少し辛い程度で済むんだけどね」
なんて自慢げに、へへんと鼻を高く鳴らして堂々とするものだから、少し腹が立った。
そして、この男は今自分で墓穴を掘ったことに気づいてはいないようだ。
「へえ〜?少し辛い程度なの?なら皿洗いはしなさい」
「―――えぇ!?」
そう大声を上げて驚いた。
「当たり前でしょ?世の中そんなに甘くないのよ」
「やっぱり、カオってば鬼畜なんだからー」
何か忌々しい一言が耳を掠めたが聞こえてはいない。聞こえてはいない、ので、別に全然これっぽっち、欠片ほども怒ってはいない。
そうわかりやすくアピールするため多分、自分でも見たら驚きそうな程の殺意と笑顔をミックスした、スペシャルスマイルを彼に向けて投げつけた。
「あ・・・」
彼の頬には大粒の汗が走り、顔が引きつっている様からして、おそらく私の言いたい事は理解してもらえたのだろう。
「そ、そうだよねぇ・・・僕は君の下僕、なんだから・・・ね。」
テンションが一気に最下部まで沈んだらしく、先程までふんぞり返っていたが今は真逆、背筋を丸くして自分の足元だけをただ眺めている。
「あー!」
そして、何かを閃いたかの如く子供のように顔を明るくしてコチラを向く。
「それじゃあせめて交代制にしようよ!毎日だなんて身体が持たない(かもしれない)!!!」
「うっ、」
交代制・・・その発想はなかった、今不覚にも「それなら―――」と思ってしまった自分がいる事に少しやるせない気持ちを抱いた。―――が、
「まぁ、いいわ。今日は私がやるから、貴方は明日ね」
「わかった、ところでカオ。今晩は21頃から出発しよう、昨晩の事もあるし、ある程度ペース配分を考えてゆっくり探索しようか」
「ええ、それでいいわよ。21時ね」
□□
城付近の今は使われなくなった空きビル、その中で男は憤慨していた。それは、未熟故に滅ぼされた2人の弟妹へと、そして2人を滅ぼした何者かに。
「気が狂いそうだ」
帰りが無いという事はつまり、二人の身に何かがあったと言うこと。そして、これも一族として制約を結んだ故か、我々はそれぞれの身に何かが起きれば察知できるようになっているのだ。そして、この感覚はこれまでに10回ほど味わったものと全く同じ。これで実に12回目だ、
「怒り、怒り、ただひたすらの怒り。腸が煮えくり返そうだ。ここまで憤慨したのは我が母の死を知った時以来だ」
男は手首にかけた腕時計を眺め、日が落ちる時間まであと幾分かを確かめる。時計の針は十二時過ぎを指していた、実に日が落ちるまでのこり6時間と少しと言う程だ。待ちきれない気持ちでいっぱいだろう、男は貧乏揺すりが激しく、イラついているのがよくわかった。
「やはり、最後に残ったのは私か。他の者は皆、未熟さが招いた結果。ならば、力あるこの私が家族の弔いを果たさねばな」
事実、男にはそれだけの力があった。
生前、男は魔術師と呼ばれる人間であった。
この男を死徒へと変えたのが、この男の親であり、今は無き祖の12席目、神隠しと呼ばれた大吸血鬼であり、その子死徒がこの男、それがルー=ウェステル・シャッテン・ヴラゴである。
ヴラゴは長男であり、同時に祖に匹敵するだけの実力と才能があった。
母がヴラゴに与えた概念武装、『影を断つ剣』。本来コレを使いこなすには二十七祖レベルの魔力と実力が伴われるのだが、母はヴラゴに与えた。これはヴラゴが既に祖に匹敵するだけの実力があると認知していたためであり、事実、現在彼はこの魔剣を完璧と言っても過言ではないほど使いこなせている。
「―――私が貴様らの影を喰らってやろう」