鬼子   作:なんばノア

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眼鏡を外した彼女はまるで別人であった。先ほどまでは感じれた柔和な雰囲気など皆無。今、眼前の蒼崎橙子が放つそれはまさにプレッシャーのような、どこか(とげ)を帯びた威圧的な視線だ。

「魔術師…。最高の人形師…」

「うん?よく知ってるな、南。私はてっきり、君はこの世界の住人では無いものとばかり思っていたのだがな」

無論、知りえるはずのない情報だ。先ほどフウヤさんに告げられた言葉を思い出しただけ。

「だがまぁ、だとしたらこちらとしても都合がいい。無駄な時間を取らずに済みそうだ」

彼女が右腕を顔と同等の高さにまで上げると、その指をパチンと鳴らせてみせた。―――すると、隣の教室から二つの人影が姿を現す。人影の動きはとても滑らかで、その動作一つ一つ、全ての動きに無駄がない。まるで、その状況下において最善の動作をプログラミングされた、まるで、機械人形(オートマタ)(おぞ)ましくも美しい。人体における“無駄”の全てを奪い取った完全な構造。視認しただけでそれは明白であった。

本来、人体には無駄な機能など、一つたりとてありはしないはずなのだ。それは人間という生命体に、人体の様々な機能より齎される(、、、、、、、、、、、、、、)無限の可能性があるからだ。それらを駆使することで人類はあらゆる場面での活躍を実現できたのだから、人体には無駄な機能などありはしないはずなのだ。

だが、彼らは使い魔。人並みにバランスのとれたパラメーター(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)は反って逆効果。単一性能に優れた部品(パーツ)としての使い魔は、与えられた能力値を与えられた役割に則した能力のパラメーターに割り振らねばならないのだ。

だから彼らには無駄がない。単一の性能にのみ優れておれば良い。故に無駄の一切を消去した、ただ敵を捕獲する性能(、、、、、、、、)にのみ特化した彼らは、無駄という概念を帯びるはずもなかったのだ。

「君が応じないと言うのなら、こちらも強行手段に出るのみさね」

 

 

これが、現在に至るまで一連の流れだ。私は新しい担任である蒼崎橙子と放課後に接触、あろうことか襲われている次第だ。誰であっても、この混沌(カオス)な状況を理解できると思う。

「結界か。一度成立した魔術は発動者が解除する他、殺す以外に阻止する手立てはない。どうする?」

確かに事態は深刻。将棋やチェスでいう“詰み(チェック)”の一歩手前といったところだろう。だが私には、この事態を切り抜ける事が叶い得る打開策を一つだけ知っていた。

「あれを使えばいいんじゃないかな。ほら、ブラハムの固有結界を消したっていう」

固有結界とは魔術だ。それを消したというテオさんの聖書なら、この既に起動した結界すら消し去ることも可能だろう。

「あぁぁ~…アレねぇ…。どうせ使えないから置いて来ちまった」

え―――。

「ていうかアレって膨大な魔力を必要とするからね、自然的に魔力(マナ)を収集するなら、一回分溜まるまで30日は必要なんだ。―――その、すまない」

いや、テオさんが謝る必要は全くない。あくまで思いつく限りの一つの手段、それが不可能であっただけなのだから。―――しかし困った。であれば、いよいよ完全にチェックメイトではないか。戦闘になれば、確実に殺し合いに発展する。そうなれば死者が出るのは道理で、そうなってほしくはない。

「逃げましょう」

「どこに?」

「わからない。けど、殺し合いはしたくないから。捕まらないように、彼女から逃げ回りましょう」

了解と呟き、彼私を地面に降ろした。そして屋上を確認すると、そこには既に蒼崎橙子の姿がなかった。

 

 

魔術協会。とは、神秘の秘匿、またその漏洩を阻止するため、魔術師たちにより設立された自衛・管理団体。魔術師たちの手により、魔術の発展と研究を生業とし、敵対勢力を撃退し得るだけの武力構成を兼ねた機関。少し物騒な物言いだが有り体に言えば、魔術師たちの軍隊とその連合だ。

だが、彼らの使命として第一に来るものとはそんなモノではないのだ。彼らの第一使命は魔術の発展並びに衰退の阻止。そして、神秘を秘匿し管理することだ。

そんな魔術師達の中にも優劣が存在するのは道理で、彼らには実力に見合った称号が贈られる。下から『末子(フレーム)』、『長子(カウント)』、『開位(コーズ)』、『祭位(フェス)』、『典位(プライド)』、『色位(ブランド)』がある。魔術協会の総本山。時計塔の君主(ロード)ですら(、、、)、この称号を獲得しただけで終えている。事実上の最高位、最優の称号は色位であるが、その上に、伝説と呼ばれる称号が一つ存在する。

冠位(グランド)』。時計塔の歴史において、その称号を得た魔術師は数える程。彼らは皆天才。神秘に最も近い存在とも言えるだろう。蒼崎橙子はこの称号を得ている数少ない天才の一人だ。事実、彼女は第三魔法を魔術レベルにまで落としかけた(、、、、、、、、、、、、、、)。彼女を形容する名詞として、以下の物が挙げられている。“冠位人形師”、“■んだ赤色”

、“オウンメイカー”と―――。

「まぁ実際、あの女事態の実力は大した事はない。魔術師としての信念は“己より己の作った作品が最強であれば問題ない”といったものらしい。であれば、アイツの作品の底はさっきので知れた。あの程度なら目を瞑っていても処理できる」

「うん。きっとブラハムでも簡単に相手できるでしょうから、テオさんに限っては問題ないわね」

実際。純粋な戦闘力やそれは、ブラハムよりテオさんの方が圧倒的に上だ。あんな人形なんかメじゃない。人形を倒したら、後は先生を気絶でもさせて拘束―――。

「ねぇ」

今しがた気づいた。

「なんだ?」

「結界を敷いた本人を気絶させることで、結界って解けないの?」

テオさんは数秒の沈黙の後、清々しい顔つきでこちらを向く。

「うん。解けるね(多分)」

「さっき殺すしかないって・・・」

「うん。忘れてた(迫真)」

結界とは魔術。魔術とは現象。それを再現する術者をどうにかしない以上、一度起動した術式は無効化できない。この時、魔術師本人を直接叩く事が、術式を無効化するための手段として用いられる。魔術師といえど、気絶した状態では魔術回路を正常に機能させることなど出来るはずもなく、魔術の維持など不可能である。そのため、魔術師はその妨害行為を防ぐために、使い魔や人形を防衛手段として用いる事が多い。術式自体をブービートラップとして用する者も存在するが、独立した回路と機能を持った前者の防衛手段の方が、結果的に効率がいい。故に蒼崎橙子の場合は完璧と言える。なにせ彼女には、まだ切り札(、、、)が隠されているのだから。

 

逃走から、打倒し結界の解除に作戦を変更した彼らは、橙子本人の居場所を探っていた。

「多分屋上に向かって校舎を歩いていれば自ずと出会えるはず。向こうもコチラを追ってきてるんだから、そういう事だろ」

「だよね、私もそう思う」

「よし、それじゃあ作戦はこうだ。発見次第、死なない程度に叩いて結界の解除」

「ちょっと待って。テオさん女の人に暴行を働くこと出来ないんじゃなかった?」

「そりゃそうだが、カオさん・・・いや、カオちゃん!の為なら何でもしますから」

そこ、言い直す必要あっただろうか。―――まぁ、いい。殺しにならないなら私は何も云うまい。

 

テオさんが立ち止まる。

「―――居るな」

「でしょうね」

音が聞こえる。ギシギシ、ギシギシ、オートマタの微弱な動作音。それらは、彼女が近づいている確かな証明である。その機械音と共に、彼女の足音が廊下に響き渡る。この角の先に、彼女が居る。

「よし、音の重複数からして数は4体。全部黒鍵で射抜くから、カオちゃんは後ろに下がってて」

無論そのつもりだ。私に出来ることなんて、多分ないでしょう。

「さぁ、行こうか」

その呟きと共にテオさんが廊下に飛び出し、同時に、4本の黒鍵が空を(なび)く。

穿たれた剣は4体の機械人形を射抜き、隔てなく廊下の壁に突き刺さった。身動きが取れなくなった人形は、やがて正気が抜けたかのようにガタンと意識を失った。

あとは―――。

「本命を殴る―――ッ」

 

 

 

―――瞬間、時間が停止した。

比喩である。紛れもなく、比喩に過ぎない時間停止。しかしそれは誠に、我々の意識を支配した。時が止まる表現のソレは、我々の意識で云うところの意識停止を指さす。だが、それすらも適当とは思えない。これは上記の二つのような意識停止ではない。これはまさしく、“恐怖”による思考停止。蒼崎橙子が開けた(はこ)は、この世の全てを飲み込む異形。有り体に、恐怖の具現と言える代物だ。

 

『あ、死んだな。アイツ』

私の中の“私”が、そんな事を口にした。

 

死んではいけない。死んではいけない。この事象は認められない。

如何な死を許容しない身体であれど、この世界から消失すればそれは死とも言える。彼が死んでしまっては、前提としてこの状況を打開出来なくなってしまう。そして、彼が死ぬのは度し難く許容できない。

 

『嫌なら消せ。無かったことにしろ』

うん、そうだね。もう、それしか無い。

 

紡ぐ、(キセキ)、は、現象。

―――その開口、は、許容、しない。

 

音と云う音の一切を消し去り、場を反響するは喇叭の音色のみぞ。これ即ち、現象の鬼子、その顕現なりや。

 

―――時が停止。いや、逆行する。

今度のそれは比喩でも何でもない。紛いなりにも、これは時間軸の逆行。確定事象を塗りつぶし、之の因果を打ち砕く。

『―――(それ)は、開かない(、、、、)

 

 

「なに」

蒼崎橙子は、今この場において成された現象を理解出来ていない。当然だろう。先程の現象のソレは魔法級の奇跡。事象の編纂なぞ、頭で理解できる現象では無いのだから。

「有り得ん」

「だろうな、俺も初見はそんな顔をしてたよ。にしても危なかった」

テオルバスが橙子を押し倒す。黒鍵を突きつけ、文字通りのチェックメイトを示した。

「さぁ、どうする?」

「―――・・・フッ」

橙子はその問に笑を零した。彼女は自身の力量と、相手の力量を秤にかける事が可能だ。故に、彼女は悟った。勝ち目などない。この笑は敗北を受け入れた自分への、情けなさから生まれた物である。

「よかろう、私の敗北だ。これ以上、人形のストックを無駄にはできん」

「合理的な判断だ。お前じゃ、彼女にはどうあっても勝てねぇ」

「そのようだな」

その瞳は心理を映していた。もう既に、彼女には抗う意思など持ち得ていない。テオさんもそれを悟ってか、組み敷いていた彼女を解放する。

「ふむ、なるほど。であれば、彼女のソレはなんだ。てんで見当がつかない。事象の編纂なぞ、第二魔法に匹敵する事象選定行為。南香桜に混じった神秘は、それ程の高位存在だとでも云うのか?」

「あぁその通り。私的だが、個人的な見解は済ませている」

「それは?」

「お前が彼女を諦めると誓うのなら、教えてやってもいい」

「―――なるほど。賢いな、テオルバス。私という魔術師の思考をよく理解している。良いだろう、誓う。聞かせてくれ」

意識が朦朧とする中、代行者の口から、その単語が紡ぎ出される。

「恐らく、我らが神の御使い(、、、、、、、、)

 


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