鬼子   作:なんばノア

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「それじゃあ自己紹介から始めましょうか。さっき名乗ったから皆わかると思うけど、私は蒼崎橙子。今日から皆さんの担任として、この学校でお世話になります。選択科目で美術を選んでいる子は、私が授業することになるからよろしくね」

淡々としたペースで自己紹介と挨拶を済ます新しい担任、蒼崎橙子。手際の速さや教師としての手腕は高いほうなのだろう。クラス内の反応も、彼女が美人であることからもうなにもかもがどうでもよくなっていて、特に男子はうるさい。

それにしても不思議だ。女の私であっても、彼女の美貌とその魅力の前に、気を抜けばつい(とりこ)になってしまいそうで、何故かは説明できないけど、とても不思議な人間だった。

「それじゃあ、今度は皆のことを知りたいから、ひとりひとり自己紹介をして貰おうかしら?」

そうして、クラスひとりひとりの自己紹介がはじまった。

 

 

「なーんか不思議なヒトだよねー。蒼崎先生って」

昼休み。私はいつものように、美香子ちゃん達と屋上で昼食を食べている。

「なーんかあの人を見てると違和感?じゃないけど、すこし変な雰囲気を纏ってるような気がするよ~」

「うん。なんかあの人少し特別な雰囲気をまとってる」

何故かはわからない。根拠もない。ただ、私の本能的な直観がそう言っているだけ。

「悪ぃ悪ぃ遅れちまって。新学期早々売店が混んでてよ。買うのに手間取っちまった」

ギィと開かれた屋上の扉から、売店で購入したであろうドーナッツ、メロンパン、焼きそばパン、カレーパン。うん。なんとも言えない、正直実に微妙な組み合わせだ。

「そんで、なんの話してたんだ?」

「先輩はあの先生に何も感じません?」

「あの先生って誰のことだ?」

「今日赴任してきた蒼崎先生のことですよー」

先輩は本気でわからない顔をしている。まぁ、今日赴任してきたばかりだし、覚えてないっていうのも無理はないと思う。大方今日の始業式も寝ていたのだろう。

「で、その新しい先生がどうかしたのか?」

「はい。なんか不思議なオーラを纏ってるよね~って話してたんですけど、先輩は何も感じませんでした?」

「いや、私始業式寝てたから」

「えぇ…」

おかしい。と、そう簡単に決めつけるのは良くない。けど、どこか違和感があるのも確か。だけどその原因がわからない以上、そんな風に考えるのは逆に失礼だ。

 

 

結局理由がわからないまま放課後にまで至ってしまった。

「かーおちゃん!かえろ!」

「あ、ごめん。私今週週番だったみたいだから、遅くなるんだ。一緒に帰れないかも」

「えぇー。悲しいなぁ」

週番だから仕方ないが、せっかく誘ってもらたのに断るのが申し訳ないのも事実。

「ごめんね。来週は大丈夫だから」

「うん!じゃあ来週は一緒に帰ろう!」

そう言い、手を振りながら教室を後にした。さて、私も早く仕事を済ませて帰ろう。

黒板消しを手に取り、黒板の掃除に取り掛かる矢先、思わぬ来客者が訪れたのである。

「ここでしたか」

「フウヤさん…」

現れたのは制服姿のフウヤミズカゼさんであった。

「どうしたんですか、いったい?」

「用件だけ伝えます」

この一言に、今日の疑問のすべてが詰っていた。

「今日赴任してきた女性。あの名前が偽りでないのなら、あまり近づかない方がいい」

「え、それって蒼崎先生の事ですか?でも、いったいなんで―――」

「彼女、蒼崎橙子は魔術師だ。それも長い時計塔の歴史上において、天才とまで謳われた、最高位の人形師。―――忠告は以上です。アレには、近づかないことを推奨します」

 

 

―――とは言われたものの、あの人私の担任なんだよねぇ。近づくなっていう方が難しいもの。

でも、蒼崎先生がどこか怪しいのも事実。それに彼女、フウヤさんが嘘を言うとも思えない。となれば、ここは様子を見ながらなるべく関わらないように振る舞うのが無難だろう。必要以上のコンタクトは避けて、会話も最低限の事だけにしなくちゃ。

今日の分の日誌を書き終え、教室の戸締りを確認する。よし、帰ってブラハムに相談を―――

「あら、南さん。これから帰り?」

運がないというかなんというか。噂をすればなんとやら、新担任蒼崎橙子のお出ましだ。

「あ――は、はい。そうですけど、何か用ですか?」

新しい担任、蒼崎橙子は絶世の美人だ。スタイルの良い女性らしい身体つき。綺麗な肌と全てを見透かすような瞳の美しさ。そして、それらをよりいっそう際立たせる紅の髪。私が男なら間違いなく卒倒していただろう。女である私が見惚れる程の美貌だ。間違いない。

「呼び止めちゃってごめんなさいね?どうしても、貴女に聞いておきたいことがあって」

アレには、近づかないことを推奨します(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)

フウヤさんの忠告が頭をよぎる。―――聞いておきたいこと。それは他愛のない事かもしれない。本来そんなことの詳細(なかみ)は知る由も、想像することさえ出来るはずもない。だが、今の私は違った。

「聞きたいこと…ですか。それ、今じゃないとダメですかね。一応用事があって急ぐので」

あくまで冷静に。そして自然な笑顔で。―――一刻も早く、ここから立ち去りたい。私の本能がそう叫んでいるのだ。無論用事などはない。ここから逃げたいがための嘘だ。だって彼女の雰囲気は、テオさんやフウヤさん、それに勝又先生のソレと似て非なるもののように感じられるから。

「そうね。あくまでこれは私の個人的な疑念と好奇心。あと、貴女の“正体”と、お友達の

吸血鬼。それについても、色々聞きたいわ」

ニッコリと笑う。私にはその笑顔がとても恐ろしく見え、同時に理解した。彼女はやはり、そちら側(、、、、)の人間なのだと。

「あなた、なに―――?」

「私の名前は蒼崎橙子。俗に、魔術師と呼ばれる類の人間だ」


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