鬼子   作:なんばノア

25 / 31
第一部/1

 

事の始まりは、新学期初の登校日にまで遡る。

 

 

9月1日。今日は新学期の初日。学校が再び開始されることを告げる、我々学生にとって呪わしい日付である。

 

午前8時。

学校に到着した私が最初に出会ったのは茅野美香子ちゃん。

「おっはよー!」

「うん。おはよう」

教室にはもう既に数人が来ていて、新学期だからか皆浮かれてる雰囲気だ。美香子ちゃんもその1人だ。

「ねー先輩のとこ行かない?教室はなんか暇だよ」

あ、そうだ。先輩も学校には普段から早く来てるし、今日もいる筈だろう。夏休みの事もあるし、やっぱり会っておいた方がいいよね。

「そうね。行こっか」

麗華先輩の教室3Eは、3年生の階1番奥に存在する。

「3年の教室だー・・・なんか怖いねー・・・」

それは私にも言えることだ。上級生のクラスという物は、なんとも言い難い威圧感を放つものだ。

「失礼しまーす。あのー、柴月先輩居ますかー?」

ノックもせずにドアを開いた美香子ちゃん。その問に答えるように教室の奥から声が上がった。

「柴月さんなら屋上に居ると思うけどー?」

「あ、そうだったんですか。ありがとうございますっ!」

屋上・・・?なんで?麗華先輩らしいと言えばらしいけど、一体何を思って屋上なんかに行ったんだろう?

「なんで屋上なんだろ」

「さぁー?先輩馬鹿だから何考えてるかわかんないや」

おやー。麗華先輩、美香子ちゃんにまで馬鹿呼ばわりされるとは・・・。こりゃあもう、救いようがないですねー。

 

そんなこんなで階段を登り屋上を目指す我ら2人。

3年生の階は3階で、4階造りの校舎であるため屋上までの道のりはとても短かった。

屋上に辿り着きドアを開いた。

 

するとそこにはなんとも言い難い、いや度し難い、なんでこんな所に居るんだ。

「死ねぇ!!」

「死にませんが」

思いっ切り、殺す気で拳を振るう麗華先輩。そしてそれを軽く遇っては全ての拳を難なく躱す女、代行者フウヤ・ミズカゼだ。

「あれ?フウヤさん、だよね?なんで学校に居るんですかー?」

美香子ちゃんの言う通り。なんで彼女が学校の屋上に居るのか。そして、なんでウチの制服を着ているのか(、、、、、、、、、、、、)

いや、長身ではあるが顔立ちも年齢も若く。制服を着ている姿だけで言えば私たちと何ら変わりない、女子高校生にしか見えないのだ。

「何故、ですか。それはこちらが問いただしたい質問ですね」

いや、どういう事だ。フウヤさんが問いただしたい?何故?―――いや、なんとなく察した。

突き出された麗華先輩の拳を躱し、背後から手刀を繰り出す。電池が切れた人形のように崩れ落ちる麗華先輩を他所に、ポケットに仕舞っていた黒鍵の柄の部分を、屋上に設置された給水所の方へ放り投げた。

程なくしてそれは鈍い音と共に、一つの呻き声を生んだ。

「痛っ」

「起きてください。先輩」

「なんだよ人が気持ち良く寝て・・・って、うぇぇぇぇえ!!!」

金髪で童顔の男性。彼もまた、彼女と同じく代行者と呼ばれる類の人間だ。彼は給水タンクが設置してある高所からスッと飛び降り、私の目の前まで秒を数えずに飛んできた。

「おはようございます!気持ちのいい朝ですね、カオさん!」

「いや、えっと。おはようございますテオさん」

テオルバス・レムドール。聖堂教会が誇る最高戦力の一つ。厄災を招く滅魔機関、埋葬機関の序列4位だ。一度私たちは刃を交えた仲ではあるのだが、彼は私達に敵対しない事を約束してくれたので、今は良い関係を保っている。

「うーん。ていうか、なんでテオさん達が学校に来てるんですか?」

ナイス美香子ちゃん。私もそれが何故あってか聞いておきたい。だって皆目見当もつかないのだもの。

あぁ、何故私の友人たる茅野美香子と、代行者たる彼等2人が知った仲であるのかを説明すると、夏休みの間に一つ二つそれらしいイベントがあったのだ。一つはやり直したブラハムの誕生会。せっかくだから多く人を呼ぼうと、私が麗華先輩を誘った事によるものだ。夜になると何処から情報を掴んできたのかテオさんとフウヤさんが現れ、麗華先輩は人が多い方が良いとの理由で誘った事から、彼女もまた私の知人を誘ってきてしまったのだ。そして最終的に集まった人間は私、ブラハム、テオさん、フウヤさん、麗華先輩、美香子ちゃん、宇陀姉さん、キョウさんの計8人だ。うん、このメンバーから計算して導き出される答えは、間違いなく混沌(カオス)だろう。大凡それは殆どが的中して、ブラハムが私の男だの何だの根も葉もない話が生まれてしまった。結局、フウヤさんの暗示で、麗華先輩以外へのブラハムの設定はこうだ。

「祖父は昔から女癖が酷く、アメリカ(あっち)で作った女に産ませた子供の子供。だから、私の遠い従兄弟のような存在なのだ」と、言う風に無理やりそれらしい理由で納得づけたのであった。無論、麗華先輩に暗示など効かず、彼女には正直に全てを話した。

―――まぁ、長話はこの辺で。この話はまた後日話すとして、本題に戻ろう。

 

「ん?だって、|俺達兄妹は元々ここの学校に入学するつもりだったんだから《、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、》。来日してから(、、、、、、)、日本の学校に興味があってね。それが理由」

テオさん達の設定は、親の仕事の転勤で、来日する事になった留学生兄妹。うん、私も人の事を言えた質では無いが、これも無理があるよね。

「あっ、そうだったんだー。それなら納得!」

と、言う風に素直に信じ込ませる事が出来ちゃうんだから、魔術(あんじ)ってのはたいそう便利なのだろう。

 

キーンコーン、カーンコーン、

そうこうしてる間に、校舎中に予鈴が鳴り響いた。

「あっ、もうこんな時間。香桜ちゃん帰ろ!」

「あ、うん。私、麗華先輩を起こしてから行くよ」

視線の先には、気絶して寝転がった状態のままの麗華先輩。流石にこのままではマズイので、先輩を起こしてから教室に向かう事にした。

「そう?それじゃあ私は先に行くから、香桜ちゃんも遅れないようにね!」

無論だ。新学期早々の遅刻など、洒落にならない。

さて、麗華先輩を起こさなければ。

「先輩ー。起きてください、遅刻しちゃいますよ」

「安心しなさい。ただの気絶ですので、起こそうと思えばいつでも出来ます」

それなら話は早い、早く起こしてください。と、言い放ちかけたその時。

「よし、まぁ部外者も消えた所で本題に入ろう。俺達がこの学校の生徒に偽装してる理由なんだけど、」

美香子ちゃんが屋上から姿を消した所でを確認してか、テオさんがそっち系(、、、、)の話を振って来た。まぁ、これが本当の理由なのだろうから、私が真に知りたがっているのはこの話だ。

「カオさんさ、ブラハムをここには連れてきたこと無いだろ?」

勿論だ。彼と知り合ったのは一学期最後の夜。そして今日は二学期最初の日。これの間となる期間は夏休み、なんら学校に来る理由もない生徒は、ここには来ない。故にブラハムを連れてきたことなど皆無であった。

「ええ。彼をここに連れてきたことなんて無いわ。それが?」

「それが招いた結果が俺達の偽装行為。てか、結局アイツは死徒だから、カオさんの安全を確保するためには俺達が出向く他無かったかな?」

・・・?どう言う事だ?ブラハムが死徒だから、テオさん達が出向く事になった・・・。すみません、さっぱりわからないです。

「落ち着いて聞いて欲しいんだけど、この学校には結界(、、)が張られている」

「―――え、」

ちょっと待って。結界ってあれ、福山城の時みたいなやつ?アレの効果や用途は私にはわからなかったけど、多分ブラハムはアレのことを結果って呼んでいた。

「つまり、ここにも死徒が居るって事?」

「いや、結界は結界でも、誰が張ったのかまではわからない。アレは死徒にでも魔術師にでも設置が可能だし、寧ろ魔術師にとっては初歩の初歩だ。“人避け”の結界が成立しない魔術師なんて、儀式もクソも無いだろ?ほら、連中は神秘の秘匿を第一にしてるから、そのに他人が居てはならないんだ」

人避け・・・。名前的にもなんとなくはわかる。魔術師が一般人に見られたくない事がある時に、それを設置したりして隠蔽するんだろう。

「―――話を戻そう。俺が言いたい事はシンプル。ここに、俺達の認知の外にいる魔術師か死徒、または神秘を形として担っている存在が居ると言う事になる」

「待って、それならブラハムが死徒って言う話は―――」

あ、馬鹿だ私。いつかブラハムが話してたのを忘れてた。

「死徒は日光を浴びる事は出来ないんだ。だから、日中の活動は不可能。今日みたいな晴天の日に、外を出歩いてこんな場所に来るのは自殺行為だ。最も、それなりに力のある死徒であれば多少なりには克服出来る。が、結界が齎す何かが判明できない以上、日光で弱体化するあんなヤツを、カオさんの護衛には出来ないだろ?」

―――なるほど。だから結局は、全部私のせいなのだ。何か、申し訳ないような、情けないような。いや、とにかく彼らは私のためにこんな事までしてくれてるのだ。純粋なまでのお節介、そこには義理も人情も存在しないだろう。

「ありがとう。テオさんって、見た目に寄らず優しいのね」

「いえいえいえいえ!自分はカオさんのためなら火の中水の中何処にでも馳せ参じる所存です!!なんなら―――」

と、テオさんのお喋りを遮るように、一つの咳払いが谺響する。

「ゴホン。そろそろ五分前ですが、よろしいのですか?」

「あっ、」

そうだった。テオさんとの会話ですっかり時間を忘れていた。

「先輩!起きてください!」

 

 

フウヤさんに催促され、なんとか遅刻せずに教室へと着くことが出来た私と先輩。先輩は3階なので、私より1階分多く階段を降りる必要があった。

教室へ入ると、美香子ちゃんが自分の席から手を振ってきた。軽く手を振り返し、私も自身の席に着席する。そこで、一つの違和感が芽生えた。その違和感を生んですぐに、その原因と理由にも気づくが、こればっかりはどうにもならなかった。

普段なら予鈴の三分前には教室に入室している我が担任であった、勝又先生の姿が見当たら無いのだ。

―――だが、この事実や違和感を覚えているのは、今や私だけなのだろう。彼は死徒であった。夏休み、ブラハムの死徒狩りを手伝っていたある夜、彼と対峙し、討ち倒したのだから。そして彼は死亡したようで、私達生徒に掛けられていた暗示も解かれ、彼が上塗りした記憶は隔てなく消失したのだろう。

私は、あの先生が嫌いでは無かった。死徒だとわかった瞬間にも、恐怖はしたが憎しみや嫌悪感は湧かなかった。きっと、あの人にもあの人なりの意思や使命があって、それに忠実に生きていただけなのだろう。今となっては、全てが遅く。ブラハムと私がした事も、間違いだとは思っていない。だけど、ほんの少しでも、分かり合う可能性は存在しなかったのか。こんな風に思えてしまう私は、きっとおかしな人間なのだろう。

 

―――ガラガラガラ、と教室のドアが開く。すると、入ってきたのは教頭先生。何故?何で教頭先生がうちのクラスに?

「えぇと、本学期から君たちの担任は変更となります。新しい担任については始業式にて紹介を設けるので、そのように」

その発言から、教室中が一気にザワついた。新しい担任と言う一言に惹かれてか、その新担任の事で話題沸騰となる。

「では、1限目のLHRを始めます。日直、号令を」

 

 

1限目が終了し、私達は廊下に並んで、2限目の始業式が執り行われる体育館へと向かう。

始業式自体には何も感じはしないのだが、そこで紹介される新担任については話が別だ。気にならないわけがない。担任と言うのは言わば、学校生活において重要な要素の一つだ。それが全く面識のない、新しい人間に入れ替わる。なればこそ、その人物との相性というものも重要になってくる。私の中で渦巻いている感情とすれば、それくらいだ。

 

「ね、新しい先生って、どんな人かな?」

「んー、そうだなぁ。俺は夏休み前に見た美人のお姉さんが良いかなぁ」

美香子ちゃんの何気ない問に、西谷が何気なく受け答える。あぁ、そう言えば見慣れない女性を、一学期の最終日に職員室内で見かけたと言っていたな。そう考えると、その女性と考えるのが最もらしい気がする。

「ねーねー、雛乃ちゃんはどう思う?」

「そうね。どんな人物かと言うのはどうでもいいけど、人間性的な相性は重要だと思うわ。私達、来年の進路に向けて重要な時期だから」

そう、私も全く同じ見解だ。この時期に急な担任の変更は、これまでの環境を崩すことと同じだから、とても怖い。

「まぁ、人間は順応性に長けた生き物だから、どんな人間だろうとすぐに慣れるわ。きっと」

鴉夜さんは大人だなぁ、と思った。私はそんな考え方は出来なかったな。だって、人間なんて大きな一つの枠組みと、我々という小さな括りを結びつける事が出来るのは、とても視野が広い証拠だ。

 

 

始業式が始まって、恒例の流れが全て終了した。そして、肝心の新担任紹介が始まる。体育館は生徒のザワつきで満ちてしまった。クラスの人間以外には告げられていなかったことから、このザワつきは納得できる。

生徒のそれを黙らせるように、生徒指導の教師が一喝する。

空気が入れ替わるかのように静まり返った館内に、1人の足音だけが響く。スタスタスタ、と軽やかで静かながら強さを感じさせる足取り。そして、ソレを発する女性もまた、様々な魅力を持ち備えていた。

 

「おはようございます、皆さん。本日よりここ、福山明陽館高校でお世話になることになります、蒼崎橙子(アオザキトウコ)です。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。