公園内に爆発音が響く。いや、正確に表現するならそれは爆発ではなく“衝突”だ。
女の放つ黒鍵が、地面を抉り軽いクレーターを作り上げてしまったのだ。
「げっ・・・!んだよこれ、この馬鹿力・・・!」
女は更に剣を補充。右手に3本、左手に3本。指と指の間に挟み勢いよくソレを放つ。
計6つの刃は少女めがけて一直線に突き進む。無論、喰らってしまえば必死。地面を抉る程の威力、生身で止められる筈もない。ならば―――
その投擲を躱す他に術はない。間一髪で剣を避ける。時速300キロ近いの速度で繰り出されるソレは、さながら銃弾。通常の人間なら躱すどころか目で捉えることすら叶うまい。
だが、柴月麗華は違った。並外れた身体能力と瞬発力、それに加えて超人的な感の良さ、更には動体視力。そして、ルーンによる肉体強化での運動能力向上。それら全てが重なり、ぎりぎりでの回避を可能としている。
「ちょこまかとすばしっこい・・・!大人しくして下さい!」
「ハッ!大人しく殺されるバカがどこにいるんだ!?」
柴月麗華は頭が悪い。戦闘において、己が相手より劣る物で優位に立たれるとする。ならば、その状態を長引かせる事は得策でない。故に己が優れる物でその状況を切り崩す必要があった。それに気づいたのはフウヤが24本、計4回の投擲を終えた後だった。
「―――はっ、」
麗華が走る。相手との距離はおよそ1メートル弱。時間1秒に満たず、とっさの出来事に反応が遅れる。そして、無防備になっていたフウヤのみぞおちにキツめのボディブローを一閃。
「ふん!」
防御は間に合わず、ピンポイントでねじ込まれた右腕。打ち込まれたその威力は凄まじく、流石現役空手6段の実力は流石だと言える。
だが、フウヤの実力はそれの上を行った。極真空手6段とは言え、相手は代行者。人ならざる魔、死徒と対峙して来た彼女が、この程度でダウンするはずが無い。ソレは、麗華にも判っている。ならば、―――それ以上を行かねば。
「
魔力が収束。―――瞬間、少女の腕は、
「―――っ!?」
強力なスタンガンとなる。
「ぐ、あぁっ!!」
バチン、と響く鈍い音。高圧電流が走り服を焦がす。少女の鉄拳から放たれたのは電撃。その威力は通常のスタンガンの十数倍。並の人間ならショック死するであろう程の威力。無論、その反動は麗華にも伴われる。麗華のルーンによる肉体強化の本質はコレだ。
ルーンの刻まれた手袋を纏い、魔力を介し肉体への強化を施す。それは一見、単なる肉弾戦での一撃強化にも思えよう。だが、あくまでそれは麗華の場合、強化による副産物に過ぎない。
麗華が魔術師の弟子として、最初に会得し、最も得意だった魔術特性が“電気”。体内に流れる“微弱電気”、外界に流れる“大気電気”。これらを媒介とし、魔力をソレに変換。ルーンと共に、“電気支配”の術式を仕組んだ手袋で、ソレを放出すると言った簡単な物だ。
しかし。変換したソレをすぐさま放出、軌道を固定、対象に命中させる。となると、軌道固定、命中には空間把握処理と、電子や粒子等の微粒子運動の計算。といった、かなり高度な技術と知識が求められる。
以前から述べている通り、柴月麗華の頭脳は絶望的だ。そんな技術をマスターする事は不可能に近い。故に麗華は、ソレを肉弾戦に応用させる事に決めた。
無論、その方法では身体への負担が大きすぎる。人をショック死させるほどの高電圧だ。生身で纏う事など自殺行為。その為の、ルーンによる肉体強化。これにより、一撃の重さと人間スタンガンの両立を成功させた。
「ぐっ・・・!電気、ショックなんて・・・!」
殴られた場所から手を離し、容態を確認する。患部は軽い火傷状態。
いや、問題は外的な物より内的なダメージだろう。
殴られた衝撃と共に送り込まれる電流。それは一瞬で身体全体に駆け巡り、身体の感覚を鈍らせ、脳の判断を遅らす。それは、対人戦闘において致命的と言えるであろう。
一瞬の判断ミスで命を落とす殺し合いだ、その為、フウヤは2度とあの一撃を受けてはならない。
少しだけ距離を取るが警戒を怠らない。先ほどの石ころはコレだろう。物体を電磁誘導で超加速して撃ち出す、
代行者フウヤ=ミズカゼは、この闘いにおける油断を完全に消し去った。目の前の敵は、間違いなく抑止力なのだと。
「―――貴方、名前は?」
名前を問うのは記憶するため。己が記憶に、このような仇敵が居たのだと、忘れぬよう記録するのだ。
下手な魔術も、このような空手等との組み合わせ次第で、私に一矢報いることすら可能なのだと。その手法に、素直な感心がある。
フウヤは、この場での苦戦を全く予想していなかった。それは自分の奢りで、慢心から生まれた油断その物。だから、この相手から新たに学んだ事を、名前と共に忘れない。
「柴月麗華」
察して、麗華もまた自身の名を口にする。
「そうですか。―――レイカ、貴女を我が
黒鍵を両手で構える。今までの交差した×印の構えではない。一転してそれは右手を正面に差し出し肘を曲げ、その内側にクロスさせる。まるで、逆十字。悪魔を象徴する形だ。
フウヤのそれには特に意味は無い。ただ、教会の信徒として、それは如何なものか。
「
短い詠唱。それは魔術を起動するためのものだと瞬時に理解出来た。麗華は警戒を深め、どのような事にも対応できるよう構えをとる。しかし、存外にそれは何も起きず、思わず不発ともすら感じれた。だが、その認識は甘く、すぐさま現実を思い知らされる。
「動くと痛いですよ」
「馬鹿か、動くなってむざむざ串刺しになれってことか?お断りだね」
その身軽さで、またもや
「!?」
ズシャリと肉を抉る音。左手からは流れ出す血潮の滝。避けた姿勢のまま、患部を確認。
あ、私避けれていないじゃん。いや、これはおかしいぞ。
先程の避けた工程を思い出す。
―――やはりおかしい。私は完全に避けきった。
そう。真実、柴月麗華はフウヤの
―――どうなってやがる。
「ありえない。と言った顔ですね?」
当然だ。だってありえないだろ?避けたはずの剣で傷を付けるなんて。
麗華の考えは正しい。避けた事象が確定した後に、当たった事実が確定されるなど、因果律でも捻じ曲げない限りは不可能。
無論、フウヤにそんな力は無いし、剣はたしかに命中していないのだから。
「何故だ?何故避けたはずの剣が当たったんだ・・・!?」
「避けたはずの剣が当たる・・・。この表現は適切ではありませんね。貴女は私の黒鍵をたしかに躱している。当たってなどいませんよ」
いや、それならこの傷の説明がつかない。
「
「あ?う、まぁ、なんとなくは、―――こう、風の妖怪みたいなモンだろ?」
鎌鼬―――とは、古くから日本に伝えられている妖怪の名前であり、それが引き起こす現象をそうとも呼ぶ。
旋風と共に現れ、人を斬りつける妖怪。
何も無い。何も起きようのない場所で、気づいたら切り傷が出来ていた。等の奇怪な現象がそう呼ばれるようになった。
フウヤのソレは鎌鼬などでは無い。ただ、似た現象を引き起こす故に、イメージとして用いるとわかりやすいだけ。
教会の代行者が用いる式典ではなく、それは紛れもなく魔術。
原理としては、空気に伝わる微細な振動に魔力を介して一定範囲で鎌鼬のような現象を発生させる魔術。
黒鍵を投げる際に生じる空気抵抗による摩擦、または気体分子との衝突で起きるエネルギーを黒鍵に仕込んだ術式を通じて、魔力を注ぎ込み空気中に風の刃を作り出す。と言ったものだ。
これにより、黒鍵が外れようとも対象を刻むことを可能とし、また、威力の底上げにもなる。
「つまり、貴女は私の刃から逃れられない。大人しく退いてください。貴女には興味があります。ここで殺すには惜しい」
戦闘能力の差は歴然。経験の差もそう。武装、相手を仕留める手段の質の差も然り。まさに圧倒的な実力差であった。
フウヤ=ミズカゼは優れた代行者と言えるであろう。黒鍵の使い手として、それは教会の中でもトップクラス。ブラハムに通用しなかったのは、彼がそれを遥かに越える使い手であった為。
フウヤの役職はテオルバス・レムドールの補佐。つまり、“埋葬機関補佐”という特殊な役回りだ。そして、蔓延る死徒達の間で最も厄介と恐れられている教会のコンビの内の1つが、テオとフウヤの事である。
そして、彼女は若くして、ヒラソール埋葬騎士団の副官すらも務めている。
ヒラソール埋葬騎士団とは、
創設者の1人、埋葬機関第4位テオルバス・レムドールを始めとした総団員数80名の小規模な騎士団である。だが、小規模ながら甘く見ることなかれ。彼らの代行手段は教会で最も狂的とされ、死徒達の殲滅例数は聖堂教会一とされている。その副官を務める彼女がメイガス1人を相手に出来ないわけが無い。
その絶望的な事実を、麗華はわかっていない。その為か、不意に、奇妙な笑みをこぼす。
「ふふふ・・・」
「何がおかしいのですか?」
微笑みは高笑いに。腹を抱えて代行者を笑う。
「私が興味深い?殺したくないから退けろ?ハハハ・・・―――なに寝言言ってんだこのタコ?私を殺したくないってのはお前の勝手だ。私はお前を殺しても構わないし、殺されても構わない。この闘いはそういうモンだろ?お互いに、守りたいモンがあるから闘ってんだ。寝言抜かすなら大人しく寝てろ」
麗華の答えは至ってシンプル。NOだ。
「それに、避けれねえなら我慢するまでよ。人間、気合いでなんとか出来ないことはねえんだよ!」
「―――驚きました。貴女、私の上司以上の単細胞なのですね」