鬼子   作:なんばノア

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祓魔来客―――1日目⑥

「あなたは・・・」

この女はさっきブラハムを追っていた内の1人だ。私の足止めに戻って来たことは明白だった。手にはアレ、柄が赤く長細い剣のような物。後に知るが、これは黒鍵と呼ばれる死徒殲滅用の武器らしい。

そんなものを携えてこちらを向いている。どうも、私を先に行かせる気は無いらしい。

「それはこちらの台詞です。貴女は何ですか?」

彼女の問はシンプル。私が何者か。

「何って、そんなの―――」

そんなのは簡単。コチラの答えは決まっている。私は、

「私はブラハムの主人(マスター)だ!」

力強く、目いっぱいに、威厳を示すかの如く声を上げた。しかし、そんなものは女には通じない。彼女は全く動じず、自分の質問に移る。

「主人ですか。なるほど。それではたしかに、あの男が我々に殺されるのを見過ごすことは出来ないわけだ。そこは、理解出来ます」

フウヤのその発言に、香桜は少しだけ安堵できた。

それは、「理解出来る」と言う一言にだ。事実、フウヤはこの事に関しては、香桜の行動に何の疑念も疑問もなかった。当たり前だ、下僕は主人を守り、主人もまた下僕を守る。先ほどの空中戦、彼女の上司がそうしたように。

しかし、それ以前に、香桜の絶対的な“間違い”について、フウヤは理解出来ずにいた。

「しかし、理解出来ませんね。何故人である貴女が、死徒を匿い、行動を共にするなど。正気の沙汰ではありませんね。」

聖堂教会における死徒とは、絶対的な殲滅対象。コレが覆ることはなく、死徒狩りは彼らの生業であり、彼らにとっての最大の敵に変わりないのだ。

特に、彼ら代行者。つまり、異端審問員と呼ばれる武装集団。彼らは、力づくでの異端たる存在の排除を課せられている。―――場合によっては、死徒では無い邪魔者の排除も容認される。

「我々には、異端殲滅の邪魔者の殺害を許されている。貴女がそれでも、彼を追うなどと言うのであれば、私も容赦はしない」

香桜はここで、自分が選択を強いられている事に気づく。

それは、紛れもなく二択。このまま大人しく手を引くか、死ぬか。それ以外の道は存在しなかった。

しかし、ソレを迫られても尚、香桜の意思は揺るがなかった。

「―――私は、彼のマスターだ」

当然だ。彼はさっき、私に誓った。私を守ると。私を信じて。そして、私も彼を信じて。

「先ほど聞きました」

「私が彼を信じなくてどうするの。彼は私に約束したんだ。私を守ると。―――ここで、私が彼を追いかけずに、彼が殺されるような事になったら、私は、彼を“嘘つき”にしてしまう!そんなのは嫌だ!私は―――」

この瞬間を、多分一生忘れない。

「私は、ブラハムが好きだから!」

香桜の激昴に、フウヤは不意をつかれたかのように驚きを隠せないでいる。

だが、それで彼女達の意思は固まった。

「―――わかりました。では、あくまで邪魔をするつもりなのですね?」

「当然。そこを退けて貰うわ!」

方法はない。彼女に太刀打ちできる術などは無い。香桜は、この状況において、打開策など持ち合わせていない。だが、彼女の感情の昂りは、ソレを忘れさせるかのように激しく燃えていた。彼女の中に流れる感情は、先程と同じく、しかして先程より強く。

「ブラハムを追うわ!」

香桜の宣言を聞き、フウヤは得物を構える。その眼差しは、まさに獲物を狩る際の目つきだ。猛獣が小動物を追い込み、捕食する際のソレと、全くの同一であった。

「では、ここで死んでもらいます―――」

その時だ

突如、空を翔る稲妻。いや、高速のあまり、ソレは目で捉えきれずあまりにも輝かしかったため、(いかずち)を彷彿とさせただけ。

代行者目掛けて飛ばされたのは石ころ(、、、)。咄嗟の判断により、右手の黒鍵でソレを防御。切り刻まれた破片はフウヤを掠めて公園の中央を切りながら背後のフェンスを酷い有様へと変える。

音は遅れてやってくる。衝撃の後のズシンと言う衝突音。どうやら、その投擲物は音よりも早かったようだ(、、、、、、、、、、、)

「―――何者だ!?」

ありえない速度とありえない攻撃。無論代行者はこの現象を理解出来ていない。自身が砕いたのは紛れもないただの石ころ。それが、あんな速度で飛んで来たのだ。それも、あのような何処にでも居そうなランニングシャツを来た、茶髪の少女が。

「―――麗華、先輩・・・」

見間違えるはずが無い。疑いようが無い。目の前に現れたのは紛れもなく彼女、私の先輩、“柴月麗華(しばつきれいか)”だ。

私の驚いた表情を見てか、麗華先輩は少し気まずそうに応える。

「よう。ランニング中に通りかかってよ。なんか、危なそうな雰囲気だったんで、乱入しちまったが・・・まずかったか?」

「いいえ、ただちょっと以外で―――」

というか、私は今とんでもない状況になっている。あろう事か、恩人であるこの人を。麗華先輩を巻き込み、危険な目に会わせてしまっている。

「先輩。すみません。先輩を巻き込むわけにはいきません。先輩を危険な目に会わすわけには―――」

最後まで言うことなく。私の言葉は先輩のデコピンにより弾き飛ばされた。

「痛っ!」

バチンと大きな音を立て、私の額を赤く染めた。

「何するんですか!?」

先輩はあろう事か敵に背を向け、私と正面から向き合った。そして、

「あのな。私はお前を危険な目に会わせるわけにいかないんだ。香桜、お前を守るために、私は力を貰った」

先輩は、私を助けるのだと、その為の力なのだと言った。

「それは、どういう―――」

「その話はまた今度な。ごめんな。私馬鹿だから、事情はわからないがアイツが邪魔なんだろ?私が面倒見てやるから、香桜は先に行け」

ダメだ。先輩を見殺しにするつもりか。絶対にダメだ。だけど、先に行きたいのも事実。

「でも―――」

迷っている私にくれた一言。

「心配すんな。香桜も知ってんだろ?私は強いから」

目いっぱいの笑顔を私にくれた。その顔で、私の中の不安という不安がすべて消えた。もう、迷うことは無いのだと。そんな事を言われた気がした。

「―――先輩。」

「ん?」

これだけは言わなきゃ。

「―――ありがとうございます」

そう言うと先輩はまた笑顔をくれた。ダメだ、泣きそうになる。―――振り返り、ブラハムの居る場所を目指す。

「行かせませ―――」

「邪魔はさせねぇよ」

再び、閃光の如き石ころが一閃。フウヤの足元を穿つ。土煙が上がり、すぐさまソレを薙ぎ払う。だが、目標の少女の姿は無し。これほど、代行者は怒りを覚えたことが他にあろうか。感情は、怒りの一色に包まれていた。

「よほどの死にたがりでしたか。いいでしょう、貴女を始末した後、彼女を始末しますので」

「行かせねぇよ。テメェはここでくたばって貰うんだからな、」

少女は懐から持ち出した手袋を装着する。ソレが、柴月麗華の魔術礼装。

Il mio braccio è un figlio Imperiale del tuono.(我が腕は雷の御子)

Cerco al cielo e scuoto la terra.(天を仰ぎ、地を揺るがす)

空気が乾く。時間が軽く、全てが(から)く。粒子のダンスパーティ。電子のコンサート。電荷のワンマンライブ。これら全てが命を持つ。意思を持ったそれらは、一つの意思の下に従う。

Accetto quelli l'abilità a sé.(それ等の業、我が身に受け入れよう。)

さぁ、見ててくれ、先生。私の、使命を果たすよ――――


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