「あなたは・・・」
この女はさっきブラハムを追っていた内の1人だ。私の足止めに戻って来たことは明白だった。手にはアレ、柄が赤く長細い剣のような物。後に知るが、これは黒鍵と呼ばれる死徒殲滅用の武器らしい。
そんなものを携えてこちらを向いている。どうも、私を先に行かせる気は無いらしい。
「それはこちらの台詞です。貴女は何ですか?」
彼女の問はシンプル。私が何者か。
「何って、そんなの―――」
そんなのは簡単。コチラの答えは決まっている。私は、
「私はブラハムの
力強く、目いっぱいに、威厳を示すかの如く声を上げた。しかし、そんなものは女には通じない。彼女は全く動じず、自分の質問に移る。
「主人ですか。なるほど。それではたしかに、あの男が我々に殺されるのを見過ごすことは出来ないわけだ。そこは、理解出来ます」
フウヤのその発言に、香桜は少しだけ安堵できた。
それは、「理解出来る」と言う一言にだ。事実、フウヤはこの事に関しては、香桜の行動に何の疑念も疑問もなかった。当たり前だ、下僕は主人を守り、主人もまた下僕を守る。先ほどの空中戦、彼女の上司がそうしたように。
しかし、それ以前に、香桜の絶対的な“間違い”について、フウヤは理解出来ずにいた。
「しかし、理解出来ませんね。何故人である貴女が、死徒を匿い、行動を共にするなど。正気の沙汰ではありませんね。」
聖堂教会における死徒とは、絶対的な殲滅対象。コレが覆ることはなく、死徒狩りは彼らの生業であり、彼らにとっての最大の敵に変わりないのだ。
特に、彼ら代行者。つまり、異端審問員と呼ばれる武装集団。彼らは、力づくでの異端たる存在の排除を課せられている。―――場合によっては、死徒では無い邪魔者の排除も容認される。
「我々には、異端殲滅の邪魔者の殺害を許されている。貴女がそれでも、彼を追うなどと言うのであれば、私も容赦はしない」
香桜はここで、自分が選択を強いられている事に気づく。
それは、紛れもなく二択。このまま大人しく手を引くか、死ぬか。それ以外の道は存在しなかった。
しかし、ソレを迫られても尚、香桜の意思は揺るがなかった。
「―――私は、彼のマスターだ」
当然だ。彼はさっき、私に誓った。私を守ると。私を信じて。そして、私も彼を信じて。
「先ほど聞きました」
「私が彼を信じなくてどうするの。彼は私に約束したんだ。私を守ると。―――ここで、私が彼を追いかけずに、彼が殺されるような事になったら、私は、彼を“嘘つき”にしてしまう!そんなのは嫌だ!私は―――」
この瞬間を、多分一生忘れない。
「私は、ブラハムが好きだから!」
香桜の激昴に、フウヤは不意をつかれたかのように驚きを隠せないでいる。
だが、それで彼女達の意思は固まった。
「―――わかりました。では、あくまで邪魔をするつもりなのですね?」
「当然。そこを退けて貰うわ!」
方法はない。彼女に太刀打ちできる術などは無い。香桜は、この状況において、打開策など持ち合わせていない。だが、彼女の感情の昂りは、ソレを忘れさせるかのように激しく燃えていた。彼女の中に流れる感情は、先程と同じく、しかして先程より強く。
「ブラハムを追うわ!」
香桜の宣言を聞き、フウヤは得物を構える。その眼差しは、まさに獲物を狩る際の目つきだ。猛獣が小動物を追い込み、捕食する際のソレと、全くの同一であった。
「では、ここで死んでもらいます―――」
その時だ
突如、空を翔る稲妻。いや、高速のあまり、ソレは目で捉えきれずあまりにも輝かしかったため、
代行者目掛けて飛ばされたのは
音は遅れてやってくる。衝撃の後のズシンと言う衝突音。どうやら、その投擲物は
「―――何者だ!?」
ありえない速度とありえない攻撃。無論代行者はこの現象を理解出来ていない。自身が砕いたのは紛れもないただの石ころ。それが、あんな速度で飛んで来たのだ。それも、あのような何処にでも居そうなランニングシャツを来た、茶髪の少女が。
「―――麗華、先輩・・・」
見間違えるはずが無い。疑いようが無い。目の前に現れたのは紛れもなく彼女、私の先輩、“
私の驚いた表情を見てか、麗華先輩は少し気まずそうに応える。
「よう。ランニング中に通りかかってよ。なんか、危なそうな雰囲気だったんで、乱入しちまったが・・・まずかったか?」
「いいえ、ただちょっと以外で―――」
というか、私は今とんでもない状況になっている。あろう事か、恩人であるこの人を。麗華先輩を巻き込み、危険な目に会わせてしまっている。
「先輩。すみません。先輩を巻き込むわけにはいきません。先輩を危険な目に会わすわけには―――」
最後まで言うことなく。私の言葉は先輩のデコピンにより弾き飛ばされた。
「痛っ!」
バチンと大きな音を立て、私の額を赤く染めた。
「何するんですか!?」
先輩はあろう事か敵に背を向け、私と正面から向き合った。そして、
「あのな。私はお前を危険な目に会わせるわけにいかないんだ。香桜、お前を守るために、私は力を貰った」
先輩は、私を助けるのだと、その為の力なのだと言った。
「それは、どういう―――」
「その話はまた今度な。ごめんな。私馬鹿だから、事情はわからないがアイツが邪魔なんだろ?私が面倒見てやるから、香桜は先に行け」
ダメだ。先輩を見殺しにするつもりか。絶対にダメだ。だけど、先に行きたいのも事実。
「でも―――」
迷っている私にくれた一言。
「心配すんな。香桜も知ってんだろ?私は強いから」
目いっぱいの笑顔を私にくれた。その顔で、私の中の不安という不安がすべて消えた。もう、迷うことは無いのだと。そんな事を言われた気がした。
「―――先輩。」
「ん?」
これだけは言わなきゃ。
「―――ありがとうございます」
そう言うと先輩はまた笑顔をくれた。ダメだ、泣きそうになる。―――振り返り、ブラハムの居る場所を目指す。
「行かせませ―――」
「邪魔はさせねぇよ」
再び、閃光の如き石ころが一閃。フウヤの足元を穿つ。土煙が上がり、すぐさまソレを薙ぎ払う。だが、目標の少女の姿は無し。これほど、代行者は怒りを覚えたことが他にあろうか。感情は、怒りの一色に包まれていた。
「よほどの死にたがりでしたか。いいでしょう、貴女を始末した後、彼女を始末しますので」
「行かせねぇよ。テメェはここでくたばって貰うんだからな、」
少女は懐から持ち出した手袋を装着する。ソレが、柴月麗華の魔術礼装。
「
空気が乾く。時間が軽く、全てが
「
さぁ、見ててくれ、先生。私の、使命を果たすよ――――