「
時刻22:45分。今朝、爆発を起こした洋館の地下室。そこは、ある魔術師の工房の心臓部であった。
「
少女が短く唱えた瞬間、部屋の鏡に光が灯る。
その総数は100を優に超える。その全てに静かな光が灯り、そして、中央の魔法陣に設置された大きな鏡にも然り。中央の鏡の縁には太陽を模した模様が描かれており、それを中心とし三方に貼付された三つの鳥足。鳥の足はそれぞれ小さな鏡を掴むように付けられている。
その出で立ちはとてもではないがいい物ではない。むしろ、気味が悪いとすらも思えてくる。
「あの代行者でもヤツを仕留めるのは無理だと思いたい」
祈るように、縋るように呟いた一言は紛れもない本心。
「しかし、テオルバス・レムドール・・・アレはただの代行者では無い」
少女の予感は正しいと言える。事実、あの男は既に人知を凌駕しているのだから。
「フギン」
少女の呼びかけと共に突如姿を現した男。黒い紳士服を身にまとい、黒い髪をオールバックにセットした青年。歳は見た目20過ぎといった所だろう。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「ええ。今朝の代行者を探し出し、追いなさい」
「御意」
ほどなくして闇へと消え、少女は再び鏡に視線を向ける。
「聖堂教会の代行者には、忌み数と不動の称を冠する不吉な代行者が居るという。厄災を身に纏い、神判を己が身に体現する特異にして異端なる者。それが、埋葬機関。まさか、彼が―――」
少女は最悪の事態を予想した。同時に、
「彼らの行いは全てが事後承諾として容認される。それが、教会の教義に反していたとしても、彼らの行いは是として容認されてしまう。―――もしもの時は、私が行きましょう」
呼応するかの如く、少女の中の
◇
「次、あっちね!」
「はいはい―――」
何故だ。何故こうなった。
僕の誕生日を祝おうと外食したところまでは良かった。何故、僕は今カオに連れ回されているような状況になっているんだ。
駅前の人通りは上々。やはりこの周辺は、この程度の時間帯では眠りに付きすらしない。腕を引っ張られながら歩く。その際、偶然目に入った時計、その針を確認する。
「カオ。もう11時だよ?」
「うん?知ってるわよ?」
「―――って、え?深夜の徘徊はマズイんじゃ無かった?」
すると、絶えず動いていたその足取りが止まり、思いっきりの欠伸をする。
「うーん。なんて言うか、夜の徘徊はたしかにバレたら怒られちゃうし、いけないんだけど。―――それ以上に」
言葉を選ぶかのように黙り込む。実に二秒。それに耐えきれず、つい問をかける。
「それ以上に?」
「うん―――なんて言うか、今は楽しく思えるの。なんでかな?客観的に考えてみるとそう悪くは無かったり、ブラハムの能力があるし。貴方が居るなら、絶対安心だから」
「・・・・・。」
その言葉は単純に嬉しかった。
僕はあの夜の1件以来、彼女との間に隔たりが生じたものだとばかり思っていた。だから、彼女の偽りのない笑顔が本当に嬉しかった。なんだ、彼女は僕のことをとっくに信頼してくれていたじゃないか。こんなにまで頼りにされて、誰が彼女の期待を裏切れよう。
「さぁ、ほらほら。あっち行こ!」
また足早に歩き出す。僕の右手を引っ張るカオの腕が、いつもよりも逞しく思えるほどに、今の彼女はそれほどまでに耀かしかった。
だけど、―――だからこそ、思い出してしまう。戒めのように、脳裏から離れない。離れてはいけない、あの光景が―――。
「―――」
また、カオの足が止まる。俯いていた顔を上げると、神妙な顔でコチラを見ていた。
「何か、悩みでもあるの?」
彼女は、全てを見透かしたかのように、僕の心情を読み取る。いや、悩みと言えばそうかも知れない。ただ、僕の場合、ソレは自虐に他ならない。僕には、悩む資格すらない。そう思った―――途端
「ひとりで抱え込むから苦しいの。吐き出してみれば楽になれるよ?」
これと全く同じ言葉を僕は聞いたことある。
彼女と同じだ。僕を最後まで信じてくれた。僕を最後まで守ってくれた。僕が、最後には殺してしまった、彼女と―――
「悩みと苦しみは
初めて彼女を見た時から薄々感じていた。彼女と同じ、彼女と似た感覚を。カオに、彼女を重ねていた。
無意識にだが、今やっと気づけた。コレは―――僕にとっての贖罪なのだ。
ならば、僕は2度と彼女を裏切れない。裏切るわけにはいかない。彼女を生涯守り抜くと誓わねば。僕は、――――今度こそ、貴女を守ろう。
「―――ありがとう。おかげでふっ切れたよ」
この誓は決して破らない。破ってはならない。だから―――
「だから、カオは僕が絶対に守るよ。絶対に」
「あ、」
歯切れが悪くなったかのようにカオは声を漏らした。何か、良くないことに気づいてしまった。そんな
「ん?どうしたの?」
「いや、あの―――」
気まずそうに、はぐらかすように視線を逸らす。何か、僕には言えない何か?
「いや、ちょっとした疑問なんだけど。ちょっと、思い出しちゃって・・・」
「疑問?いいよ。なんでも聞いて」
息を、ゴクリと唾を呑む。神妙な顔つきは、今度は不安そうな表情に。
「ブラハムは、あの――――。」
「よう。吸血鬼」