―――もしも、 貴方 が消えちゃいそうになったら、
その時は―――――私が傍に、貴方の傍に、
寄り添うから。だから―――どうか、
『約束よ―――どうか、生きて。』
◆
「――は、っ」
夢を見ていた。夢を見るのは珍しい訳ではない。ただ、久しぶりに
今朝見た物はうまく覚えていないが、断片的に―――
「女の人が、―――あれ、どうして。」
―――思い出せない。先程までは覚えていた。覚えていたはずの景色。そんな仮初めの浅い一時の記憶が、淡く、容易く、簡単に崩れ落ちて行く。
「あれ―――」
消えた記憶はさほど悲しさを私には与えなかった。別に、覚えていようがいまいが、私には到底関係の無い所詮は夢の話。だと言うのに、この頬を伝う光は何だ。
「涙が」
零れた涙は布団に滴る。あぁ、自分は今泣いているのだと自覚したのは3滴程落とした後。濡れた瞳を手で拭う。涙と共に、夢の記憶が完全に拭い去られるのだと、そんな錯覚まで抱いた。おかしいな、忘れても別に困りはしない筈なのに、私には何ら関係の無い夢だった筈なのに、―――胸が、こんなにも苦しい。それに、
「泣き顔は見られたく無い」
コレは私の悪癖なのだが。うん、やっぱり泣き顔は見られたく無い。部屋を出るのは、もう少し。
◇ ◆
7月も今日で終わり。気象庁の予報によれば今年の夏も相変わらずの猛暑らしい。いや、去年のもそうだったが、今年のコレも極め付けだろう。
暑さと気だるさ、それに加え昨日の雨のせいで蒸し蒸しとしたこの湿度。気温を高さを示すさその数値はもはや不快指数。流れる汗は収まる所を知らず、控えめに言っても胸糞が悪い。
暑さに
「さて、そろそろカオを起こしに行こうかな」
と思い、ソファから腰を上げようとした瞬間。ドアが開かれパジャマ姿のカオが現れた。
「おはよー」
「おはよう」
と、挨拶を一言だけ交わすとカオは、一目散に冷蔵庫へと歩み寄った。
冷蔵庫から取り出したのは紙袋。それで中身はだいたい察しがついた。僕の読み通り、中身はプリンであった。昨日も同じの食べてたな、幸せそうな表情でプリンの蓋を開けるその姿を見ると、なかなかに微笑ましい。
「それ、昨日も食べてたやつ?飽きないの?」
僕の問が不服だったのか、えも言えぬ微妙な表情で睨んできた。
「飽きません。だってプリンだもの」
フン、とそっぽを向きプリンにスプーンを一刺し。
「それに、このプリンはとても高いヤツなの。滅多に食べないし、友達が連れて行ってくれたお店の美味しいヤツなの。」
そしてそのまま口へと運ぶ。すると、先程の表情からは一変。その顔は幸福に満ち満ちた満面の至福に染まっていた。
「カオってさ、プリン好きなの?」
その質問で突如我に帰るカオ。いや、あの顔はなかなかで。叶うならもう少し拝んでいたかったけど、失敗した。恥ずかしそうに耳を赤らめながら質問に答える。
「ま、まぁ・・・多少は、ね。」
「そっか。そんなに好きなら今度作ったげるよ」
またまた表情が一変。今度は驚愕の
「え、アンタプリンも作れるの!?」
「うん、割と簡単だしね」
なんてこった。と言わんばかりの驚きの反応。プリンを作るぐらいなんてことないけど、そんなに意外かな?
「作って」
「はいはい、わかってるよ。なんなら、今日の晩ににでも―――」
作ってあげるよ。と最後まで言わさず、カオは僕の意見を押し退けた。
「今から」
「・・・・・・」
「今から作って」
先程まで食べていたプリンの容器を覗くと既に完食。次のプリンを要求し始めたのだ。
「今から 作って 早く」
ハリーハリーとプリンを催促。その姿はさながら、パジャマ姿の暴君と言えよう。
「いや、僕は晩に作ってあげるから、今は冷蔵庫の中のもう一つを食べたら・・・?」
「やだ。コレは明日の朝食べる。最後の1個だもん。だから今はブラハムのを食べる。夜もブラハムのを食べる。」
なんと。この女王様は美味しいプリンは明日食べたいから今から作れと仰せのようだ。しかも、夜にももう一つ。
「さすがにそれは―――」
最後までは言わなかった。いや、今度は自分から口を閉じた。だって、こんなに期待に満ち溢れた顔をされたら誰だって断れない。
「―――わかったよ。」
と、言うしかないのであった。
◇
「お帰り下さい。」
福山市南陽台町。ここは福山市の中でも、一際高級住宅街として市民の中では割と知られている団地の一つ。理由はわからない。高台に設置されたそこはコンビニもなしスーパーもなしと、立地はとてもじゃないが良いとは言えない。陽の当たりがいいのと、津波の心配がいらない。利点と言えば、せいぜいこのくらいであろう。だが、何故かここの団地には富者が集まる。地価が高い故富者しか集まれないのか、それとも何か別の理由か。
そして、その中でも一際目立つ洋館。歴史を思わせる古い造りではあるが、整備はしっかりとされている。魔術師が工房を作るのには持ってこいの洋館だ。
「そうは言われましてもねぇ、死徒狩りは我々の仕事なのですよ。貴女方がでしゃばる道理は無いし、我々が邪魔をされる理由も無い。こうして福山の管理者殿にわざわざ挨拶に伺ったのも、全ては貴女への義理立てのつもりなんですがねぇ。」
「必要ありません。そもそも、教会が日本へ何のようですか。神の加護もないこんな僻地へ。異端殲滅とは笑わせる。異端は、貴方達ではありませんか?」
そう。教会の騎士団は、神無き地への遠征は決して許されぬ。況してや、日本のような極東の僻地。神の加護などありようもない。そんな彼らがわざわざ日本に赴いたのには特に理由はない。
「いや。日本へは教会の命を受けて派遣された訳ではありませんよ。」
代行者にして、聖堂教会における一大戦力「ヒラソール埋葬騎士団」の団長。テオルバス・レムドール。余談ではあるが、彼は無類の日本好きとして、教会の中でも物好き扱いをされている。そんな彼は、お気に入りの地で長年追っていた標的を偶然見つけてしまっただけ。
「たまたま見つけてしまった訳ですよ。我々が長年追っている、『太陽の死徒』と呼ばれるアレを。」
その単語を聞いた途端、魔術師の表情は憎悪に包まれた。だが、数秒の後我を取り戻したかのように正気に戻った。
「ソレは、私の獲物です。教会の教義がどうこうなど知ったことじゃありません。あの死徒だけは私の手で滅ぼすと決めています。話は以上です。さあ、お帰り下さい。」
今度は代行者の表情が変わる。怒り、嫌悪、憎悪、それら全てを含んだような歪な感情。魔術師の意見にはとても賛成出来ない様子。
「へぇ、ヤツに何か因縁でもおありで?誰か、親しい人間でも殺されましたかな?」
代行者の煽り。挑発に怒りを覚えたのか魔術師は歯止めが効かなくなった。
―――部屋の、空気が揺れる。
「―――ち、」
代行者2名はソレを感じとりすぐさま窓を蹴り破った。3階から飛び降り外へと避難、実にその2秒後、2人が先程まで交渉に来ていた部屋は外からでも見て取れるほどの大爆発を起こしていた。否、火炎は破られた窓から吹き出し、熱が2人に感じ取れる程までに空気を伝わる。
「は、ブチギレしやがったぜ。逃げるぞ、工房内じゃ勝ち目はない。」
「御意。」