ツーー、ツーー、ツーー―――
受話器から流れてくるのはただただ不快な音色。聞き慣れてはいるのだが、毎度毎度この機会じみた音にはどこか頭にくる。なによりさっきの電話の主。誰だぁ?あいつ。あんな声のやつ、香桜の身内に居たかな?
考えても仕方ない。そう捨て置き、柴月麗華は再び自室に戻ることにした。
◇ □
「あ、先輩~。香桜ちゃんどうでした?」
「ダメだった」
ありゃ~と情けない声をあげる後輩と参考書にひたすら目を通す先輩。やれ、ほとほと思う事なのだが、このメンツはすこぶる
この集まりの趣旨はつまり、「勉強の苦手な私が受験勉強を乗り切るために、2人が私に勉強を教えてくれる。」と言った物であった。―――にも関わらずこの
「宇陀ねぇ先輩~~、ここわかりませ~~ん。教えてくださいよぉ~!私も来年に受験を控えてるんですから~」
「ダメよぉ~。今日の勉強会の趣旨はレイカちゃんの勉強を見てあげる事だもの。ミカコちゃんのは後回し。また今度ね?」
「えぇ~」
うだねーの言い分はもっともだ。なにせ、今日の勉強会の趣旨は’’私の受験勉強,,なのだ。
と言うか、そろそろ本気でやらないと間に合わない。なのでお願いします。冗談抜きで勉強教えてください。
「と言うかですね、先輩。香桜ちゃんはなんで来れないんですか?電話ではなんて言ってたんです?」
「んぁ?何でかはわからない」
「わからないってどういうことだってばよ?来れない理由聞かなかったんですか?」
「ちげえよ。香桜留守なんだってよ。てか、電話に出たの香桜じゃなかったし。男だった」
その発言に場の2人が同時に驚く。まぁ、当然の反応だとは思う。香桜の家には彼女1人しか住んでいない。両親は香桜が幼い頃に他界しており、唯一の親族である祖父はアメリカに身を置いており日本には帰ってこない。
「男―――まさか!彼氏!?!」
「いや、香桜が男を作るとは思えない」
ですよねー、と安堵する後輩。当然だ。そんなやつ、居たら絶対殺してるな。うん。
「ほらほら、参考書に一通り目を通したから。次はレイカちゃんの苦手なところを教えてちょうだい。」
「あ、うっす。」
なんだか少しだけモヤッとしたあの声が気になる所もあるのだが、何ふり構ってられない状況なので勉強に戻ることにした。
◇
数時間前、とても珍しい電話が掛かってきた。
『おはよう、南さん。今朝はいい天気ね。今日は暇かしら?予定がないようならちょっと付き合ってもらいたいのだけど。いいかしら?』
との事だ。もちろん予定などは無かった。あったが先輩の勉強会には宇陀姉さんも来るのだ、私が行かなくても大丈夫だろう。そもそも、予定が出来たら行けないとも伝えてあった。断る理由がない。
集合場所は複合大型ショッピングセンター「ポートプラザ」。一昨年完成開業したばかりの真新しい施設だ。南向かいには芸術文化ホール、北向かいには警察署がありどちらともと提携をしている。腕時計を確認すると時刻は11:15分を指していた。
「10分前集合は当たり前だからね、もうちょっと急ごう―――おっと、信号だ。」
今日の服装は白いTシャツとブラックパンツ。特にこのコーディネートに理由はないが、まぁ妙に着飾るよりは地味な方が私には合っている気がする。
それにしても暑い。白い服を選んだのは正解だったな。下手に黒い服なんて来てたら熱中症で倒れてたかもしれない。私の体感気温ではゆうに30℃を超えている。汗が頬から滝のように流れる。暑い。
「あ、青だ。」
そうこうしているうちに信号が切り替わったので、道路を挟んで向かいにある集合場所に向かった。
◇
予定時刻12分前に待ち合わせ場所に来ることができた。だが、
「こんにちは。南さん」
待ち合わせ場所に彼女、鴉夜雛乃が立っていた。
「ごめん鴉夜さん、待った?」
「いいえ、私も今来た所だから。」
そんなごく当たり前の会話を少々。しかし、こうマジマジと見てみると、やはりお嬢様なんだなぁとよくわかる。
服装はシャツワンピースとちょっと大人びた格好なのだが、腰周りに巻いた黒いリボンが少女らしい1面をもカバーする。そしてなにより、その手に持った黒い日傘。その風貌は実に大人しく大人らしい。女性の私でさへその姿に思わず息を呑んでしまうのだ、一体今日何人の男にナンパされるのであろうか・・・いや、考えても無駄な事なのでやめよう。
「それじゃあ行こっか」
「ええ。そうね」