鬼子   作:なんばノア

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file3.留守

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「―――。」

福山市。そこは日本有数の霊脈地として、その筋の人間からは多少知られた有名な土地である。これほどの霊脈地は日本に五つとなく、数えれば四つと非常に少数だ。ソレは、手段次第では根源に届きうる程の歪み。無論、そんな土地は他の魔術師から見れば美味しい餌場でしかない。しかし、ここ数百年でのこの土地を狙ってやってくる者達(やから)の数はごく僅か。その理由は一つしかないだろう。霊脈とは、野放しにする程粗野な代物ではない。それもこのレベルの物となると協会がきちんと管理すべき場所であるに他ならない。しかし、福山(ここ)の管理、守護は協会の手によるものではない。時を遡ること200年程度。江戸時代後半辺りからこの土地を統べる一大魔術一家が存在していた。

そして、土地を狙ってくる者達が少ないのもこの一家が理由となる。

「―――なんで、この街に帰ってきてるの・・・。いや、元々この街に潜伏していたとも考え取れる。10年間、」

少女が今眺めているのはただの黒い鳥(からす)。いや、眺めているという表現は適切とは言えまい。少女は右手にソレを乗せ、ただ目を瞑っているだけなのだから。だから、視界にソレを収めるのは不可能である。しかし、少女は視覚としてちゃんと風景を視認している。ソレは妄想でもなく烏でも無い。少女が見据えるのは記憶。烏が視覚として捉え、脳に記録した記憶。その情景は街の様子。過去数日間の街の変化と様子を監視しているのであった。それはこの土地を統べる家の当主として当然の義務であり役割でもあった。齢今年(よわいこんとし)17と、若くして当主という席に着いた彼女ではあるが、その覚悟と才能は逸脱したものだった。

「ブラハム・レコッツ―――。」

少女が現在眺めている映像(きおく)は三日前の物。城内の庭園にて斬り抉られた一羽の巨大な烏。ソレを放ったのが彼女であり、その残骸を再形成、記憶媒体を再機能させたのも彼女だ。

「Pare. ―――E caso a proliferação.」

少女の腕から烏はズルりと流動的に落下した。黒い液体となり再び形作る。その数はまさに異様といえよう。先ほどまでこの黒い物質(えきたい)は、ただの一羽の烏であった。だが、今度のは勝手が違う。その黒いモノから生まれい出てくる数は最早指では数え切れないものとなり、尚未だ増え続ける。やっと、増殖も終わりを迎えたが、その数は数えて数十羽。正確な数字として表記するなら44羽。部屋いっぱいに埋め尽くされた黒い飛行体は各々、勝手を理解しているかの如く窓から順に飛び去ってゆく。

「―――フ、」

(くら)い部屋の中、一人になった少女は、即興ではあるがつい数分前に計画した次の段階に移る。その口元に静かな笑みを浮かべて―――。

 

 

 

 

 

◇ □

 

 

 

 

 

7月28日

 

 

「あーーーー。」

と、情けない声を漏らす吸血鬼。その姿勢は完全にだらけきったものとなっていた。

ソファにもたれ掛かり全身を(さら)け出すように両足を広げる。席の座りは大変浅く、背を伸ばしきりソファの張り地の首からようやく頭の半寸が飛び出す程度。その表情はまさに上の空、テレビを見る気などさらさらないのに画面に火を灯したまま。まさに留守番の最悪の手本と言えよう。

「あーー、暇だぁ~。やる事もなければ話し相手もいない。今世紀最大で暇な一時だね。まぁ、僕の場合一人で喋ってても充分尺は取れるし、問題無いって言ったら問題ないんだけど。こうも一人で待ち続けるだけって言うのはどこか神経を剃り切らす物があるよね。」

そんな独り言を淡々と呟く。信じられない事にこの男は今、この家の主人が外出中であるため留守番の仕事を承っている最中なのだ。

大きな欠伸(あくび)と共に、体の芯を伸ばす。気持ちよさそうな伸び顔を清々しく多いに晒す。

「暇だ。」

本日何回目かと、思わず言いたくなるの発言。飽きを通り越して呆れる他ない。と、その時―――

 

プルルルルルルルルルルル

 

「ふぁっ?!」

固定電話から流れ出る着信音に驚き、ふんぞり返っていたソファから文字通り飛び上がった。

「電話・・・?―――誰だよ!びっくりしたじゃないか!」

理不尽な逆上。ズシズシと歩みを重くして電話の設置されてある棚台に向かおうとしたが方向転換。よく見ると食卓の上に子機が投げてあった。

手に取り、応答のボタンを強く押す。

「もしもし、ミナミです。ただいま留守にしております!」

そう吐き捨て電話を切ってしまった。

 

 

 

 

 

 


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