それではどうぞ。
【士郎視点】
あの日の事は、今でも鮮明に覚えている。本当の両親を事故で亡くし、施設に預けられて育った俺の目の前にやって来た人達の事を。誰かに必要とされたくて、ただ必死に正義の味方を目指した。
どうしようもなく寂しくて、お前は存在していていいんだと言って貰いたかった。あの時の俺は、それを自覚できずに生き残った自分の義務だと言い聞かせた。それでも俺には何もできなくて……
そんな風に絶望に打ちひしがれる俺の前に、あの人達がやって来た。そして、俺の本当の願いを気付かせてくれて、俺に居場所をくれた。それがどんなに嬉しかったか。今でもまだ覚えている。
そして、俺は新たな居場所と家族を得た。かけがえのない大切な物をくれた人達。ぶっきらぼうだが優しくて、俺の願いを気付かせてくれた切嗣。そして、俺に新しい居場所をくれたアイリさん。
俺はこの二人に本当に感謝している。それは、イリヤやセラ、リズともまた違う、大切な人達だ。そんな二人に、俺の知らない秘密が隠されていたなんて、今まで微塵も思った事はなかった……
この感情は何と言えばいいのだろう。ショックだった? いや、違う。失望した? これも違う。俺は何を感じてるのか、言葉にする事が難しい。ただ、大切な妹であるイリヤを助けたい……
何があってもこれだけは、俺の中で絶対に揺らぐ事のない、真実だったんだ―――
…………………………………………………
「……う……」
「あ、気が付きましたか士郎さん。良かった」
「……美遊?」
あれ、俺どうしたんだっけ? 訳が分からない。いつの間にか眠っていたようで、目を開けるとそこには、イリヤの友達である美遊がいた。もう見慣れてしまったエーデルフェルトのメイド服で。
状況が全然掴めない俺は、周囲を見回してみた。すると、そこはかなり広くて豪奢な部屋だった。恐らくルヴィアの屋敷のどこかだろう。部屋の中には俺と美遊だけでなく、イリヤとクロもいた。
俺が寝ていたのは、立派なソファだった。そしてイリヤとクロも俺と同じくソファに寝かされているようだった。えっと、何があったんだっけ? 確かクロが逃げ出して……説得したんだっけ。
それで……そこまで思った時、俺は視界の隅に、イリヤとクロが揃っている今、いてはいけない人がいるのを発見した。その人は目を覚ました俺に気が付いたようで、ふんわりと柔らかく笑った。
「あら、ようやく目を覚ましたわね、シロウ」
「ア、アイリさん!? 何で日本に……あ!」
場違いなほど柔らかく微笑むアイリさんに驚愕すると同時に、俺は何があったのかを思い出した。そうだ! クロを説得してる最中にアイリさんが現れて、妙な力を使って俺達を気絶させたんだ!
道理で、さっきから後頭部が痛むと思った。あのでかいゲンコツに殴られたからだ。あの力は一体何だったのかと聞こうとした時、アイリさんの手にルビーがいる事に気が付いた。おい、ルビー!
「シロウ達が起きるまで暇だったから、大体の事情を美遊ちゃんとステッキちゃんから聞いたわ」
『すみません。ゲロっちゃいました』
当たり前のようにルビーを両手で弄びながらそう告げるアイリさんに、俺は目を見開く。絶句する俺を、いつもと変わらない笑顔で見てくるアイリさん……事態の把握ができない。どういう事だ?
「えっとですね。つまり、あの人は……」
『魔術の事を知っているんですよ』
「なっ!?」
事態を把握できないでいる俺に、美遊とサファイアがそう告げた。つまり、アイリさんのあの謎の力は魔術だったって事か!? 俺がようやく事態を把握した時、イリヤとクロが目を覚ました。
「あれ……?」
「くっ……」
イリヤはさっきの俺と同じように、今の状況を把握できていないような反応をし、対してクロは、悔しげに息をついて、アイリさんを睨み付けた。この反応。クロはアイリさんの力を知っていた?
とりあえずイリヤにさっきの俺と同じ説明をして、俺達はアイリさんを見つめた。こうなったら、この人に全ての事情を聞くしかないだろう。そう思ったのは、イリヤも同じだったらしく……
「ねえママ、教えて。私は……ううん。私達は何なの? あの時も聞いたけどママは誤魔化した。でも今度こそちゃんと答えて。ここまできたら、それを知らないと私達はなにもできないの……」
「そうね。それじゃあ、説明を始めましょうか。ちょっとだけ長い話になるわよ?」
イリヤの問いにそう前置きをして、アイリさんはホワイトボードに何かを書き始めた。その様子はどこか楽しげで、シリアスな話でもまったくブレないこの人に俺は妙な安心感を覚えてしまった。
それから語られた話は、あまりにも壮大で、荒唐無稽なものだった。アイリさんの実家である家は魔術師の家系で、その家が掲げていた理念によって開催されていた魔術儀式。その名は聖杯戦争。
万能の願望器である聖杯を顕現させる為、7人の魔術師と7騎の英霊による、血で血を洗う戦いが行われていたという。その儀式を取り仕切っていた家系は3つあり、アインツベルンはその一つ。
「アインツベルンはね、その聖杯の器を用意するという役目を持っていたのよ」
「聖杯の器?」
「そう。聖杯戦争で手に入る聖杯は、特別な人間の肉体を器にして、作られていたのよ……」
「なっ!?」
アイリさんの語る言葉に、クロ以外の人間が絶句する。ただ一人、クロだけは静かに目を瞑りながら聞いていた。聖杯の器になる特別な人間。その人間は、『小聖杯』と呼称されていたそうだ。
「『小聖杯』には、ある程度の範囲で、願望を叶える力が備わっているの」
その言葉を聞いた俺達の脳裏に、過去のイリヤの不可思議な力が浮かんだ。ちょっと待ってくれ。つまりその特別な人間って、もしかして……誰もがそう思っただろう。すると、クロが口を開く。
「そう、私よ。私はその為に生まれた」
クロはただ静かに、そう語る。何の感情も宿していないかのような、冷たい声。イリヤと同じ容姿にはあまりにも不釣合いな、しかし妙にマッチしているような声だった。まるで機械みたいだ。
「生まれる前から調整され続けて、生後数ヶ月で言葉を解し、あらゆる知識を埋えつけられたわ」
クロが語るアインツベルンの所業。それはあまりにも非人道的なものだった。まだ生まれてもいない子供に手を加えて、儀式の道具にするなんて。それが、魔術師という存在なのだろうか……?
「でも、それならおかしいじゃないか。どうしてイリヤは、こんなに普通に暮らせてるんだ?」
クロの話を聞いて、俺は疑問を抱いた。だって、おかしいだろ。アイリさんとクロの話が本当なら今のイリヤは一体どういう事なんだよ? まるで普通の小学生として暮らしているじゃないか。
それに、この話を聞く限り、最初にいたのはクロの方のイリヤだった筈だ。つまり、クロこそが、『真のイリヤ』と言える存在なのではないか? だとしたら、俺達が知っているイリヤは一体……
「……それは……」
「私とキリツグが、アインツベルンから離反したからよ。イリヤちゃんの為にね……」
「!?」
俺の疑問に、アイリさんはそう答えた。アインツベルンは、千年も聖杯を作り出す為に研鑽を積んできたという。しかし、実の娘であるイリヤに情が湧いたアイリさんは、それを潰したそうだ。
「そう。貴女は私を封印した。機能を封じ、知識を封じ、記憶を封じた……普通の女の子としての人生を私に与えたいと言って。でも……でも……どうして、私のままじゃいけなかったの!?」
アイリさんが語ってくれた事で今のイリヤがいる理由が分かったその時、クロがそう叫んだ。確かにクロからしたら、存在を消されたのと同じだ。さっき聞いた話でクロの異常性は分かったが……
それでも、クロの気持ちを考えるとどうだろう。『お前では普通に暮らせないから消えろ』と……そう言われたようなものではないか? イリヤはその叫びを聞いて表情を暗くし、俯いてしまう。
ここで俺は、ようやく分かった。気を失う前にクロが言っていたのは、この事だったんだ。クロは確か、こう言っていた。『私は無かった事にされたイリヤだから』、と。確かに、そんな感じだ。
俺は、アイリさんを見た。クロの言葉を聞いて、アイリさんはどう答えるのか……しかし、アイリさんは何も言わずにクロを真っ直ぐに見据えているだけだ。その顔は、まるで人形のようで……
表情をなくしている。俺は、いつでもニコニコと笑ってるアイリさんしか知らなかったから、かなり驚いた。こんな表情をしているアイリさんは、初めて見る。一体、何を考えているのだろうか。
「全てをリセットして、1からやり直し、なんて都合が良すぎるわ。でも誤算だったわね、ママ。封じられた記憶はいつしかイリヤの中で育って、私になったわ。そして、ついに肉体を得た……」
「……」
どこか怒りを込めたようなクロの独白。ついに、イリヤとクロの秘密が全て語られた。クロがどんな存在で、どうしてイリヤを恨むのか。自分はその存在を消され、代わりに生まれたイリヤは……
全てを手に入れた。幸福な生活。優しい家族。そして、当たり前の日常……そんな様子を、クロはずっとイリヤの中で眺めていたんだ。一体、どれほど辛かったのだろうか。想像すらできない。
「ママ……普通の女の子としての人生をイリヤに歩ませたいというならそれでもいいわ。でもそれならせめて、私には魔術師としての人生を頂戴。お願い……私を、アインツベルンに帰して!」
クロは、魂の底からの叫びを上げた。日常はいらない。母の愛情もいらない。でも、せめて居場所だけは欲しい。クロはアイリさんに、そう願ったのだ。その気持ちは、俺には痛いほど分かった。
自分の居場所が、世界のどこにも存在しない。それだけは、絶対に耐えられない。それが人間だ。クロのその悲鳴にも似た叫びに、俺もイリヤも美遊も何も言えなかった。対してアイリさんは……
「……アインツベルンは、もうないわ」
「……え?」
クロに絶望を与えた。相変わらず表情をなくしたアイリさんは、冷たい声でそう言った。それは、クロにとっては死刑宣告にも等しかった。呆然とした声で聞き返すクロに、更に追い打ちが……
「アインツベルンはもうないの。だからもう……聖杯戦争は起こらないわ。二度とね」
それはつまり、クロに残されていた最後の望みも費えたという事を意味していた。聖杯戦争はもう起こらない。つまり、聖杯の器であるクロの存在も、もう二度と必要とされる事はないのだ……
「……なに、それ……それじゃあ……」
「クロッ!?」
絶望に打ちひしがれたような声を出すクロの様子を見て、美遊が叫ぶ。次の瞬間……
「私の居場所はどこにあるのよ!」
クロが感情を爆発させた。それと同時に吹き荒れる衝撃波。クロを中心に発せられるその衝撃波は部屋の中の物を破壊し、俺達も吹き飛ばされそうになる。これは、とてつもない魔力の暴走!
「全部奪われた! 全部失った! 何も……何も残ってない!」
「クロ、落ち着け!」
感情を爆発させるクロ。俺の制止も聞こえていないようだ。まずい、このままでは……クロの体は魔力によって維持されてるとルビーから聞いた。そして、その魔力を使い果たしてしまえば……
クロは消えてしまう。それを思い出した俺は、必死にクロを宥める。しかし、そんな俺の願いも空しく、クロはますます興奮していく。魔力の嵐は更に激しさを増し、部屋の中を吹き荒れていく。
「何て惨めで、無意味なの!?」
そんなクロを、イリヤがじっと見つめている事に気が付く余裕は、俺にはなかった。クロの叫びは俺の心を激しく揺さぶっていたからだ。クロの気持ちが、俺には痛いほど理解できた。これは……
「もう誰からも必要とされないなんて! こんな事なら、最初から……!」
「クロッ!」
その先は口にしてはいけない。そう思った俺は、アーチャーのカードを
何事かと息を飲む俺達の前で、クロの体が消え始めた。その形を失って、崩れていく……
「あ……そっか……使いすぎちゃったか……呆気ないな……これで終わり、か……」
呆然と、そう呟くクロ。そう、クロは、魔力を使い果たしてしまったのだ。その先に待つ運命は、消滅あるのみ。消えていく自分の手を見つめて、クロは諦めたような声を出す。クロが消える?
そんなの……そんなの、させてたまるか! 俺は消えていくクロの元に走った。そして……
…………………………………………………
【イリヤ視点】
ママから語られた私の秘密。そしてクロの正体。それを聞いた私は、それほどのショックを受けてなかった。どうしてかな、と思っていると、私の代わりに泣いて、叫んで、傷付いてる人がいた。
そこには、もう一人の私がいた。それを見て、私は納得した。そっか。今までずっと、クロが辛い部分を引き受けてくれていたんだと。今もそう。自分が、魔術の道具として作られたなんて……
人生観が変わってしまうほどの重大事実だったのに。それでも、私はそれを知らずに生きてきた。その事をずっと抱えてきてくれたのはクロだ。だからクロは、今こうして傷付いているんだろう。
クロは、もう一人の私。だから、クロが私の代わりに泣いてくれているんだ。全てを知った今、私は初めてクロの事を心の底から受け入れて、認める事ができた。泣きながら消えていくクロ……
助けたいと思った。私の代わりに傷付いているクロを。だから走った。けれど、私よりも早く動いた人がいた。目の前を走っていく大きな背中に、私は知らずに泣きそうになる。ああ、この人は。
「なっ!? 士郎さん!?」
「お兄ちゃん!?」
「シロウ!」
涙をこぼしそうになったその時、お兄ちゃんがとんでもない事をした。クロの前まで行き、いつもの双剣を一つだけ作り出して右手で持った。そして、なんと自分の左手首を切り裂いた。ええ!?
お兄ちゃんの左手首から、大量の血が噴き出す。それをどうするのかと思えば、お兄ちゃんはその血をクロに飲ませたのだった。どうしてそんな事を、と思っていると、クロの崩壊が止まった。
『まさか本当にその方法を実行するとは……』
『姉さん、士郎様に教えたんですね? 血液による魔力供給の方法を』
『知りたいと仰ったので。クロさんのキスは魔力供給です。しかし、士郎さんはその方法はさすがにできないと仰って。他に方法はないかと聞いてきたので、あの方法を教えました。しかし……』
まさか実行するとは思いませんでした、と続けるルビー。お兄ちゃんは、大量の血を失って顔色が真っ青になり膝を付いてしまった。ちょっ!? お兄ちゃん大丈夫!? 早く血を止めなきゃ!
「士郎さん、何て無茶を!」
「お兄ちゃん、しっかりして!」
「お……お兄ちゃん……私の為に……」
「これは……少しまずいわね」
今にも倒れそうな様子のお兄ちゃんに、私と美遊が駆け寄る。クロは、血を流すお兄ちゃんを青ざめた表情で見つめている。そして、ママはお兄ちゃんの傷を見て顔をしかめた。お兄ちゃん……
「……俺の傷の事はどうでもいい……」
「どうでもいい訳ないでしょ!? このままじゃ本当に死んじゃうよ!」
「……いいんだ……それよりも、クロ……」
「え、あ……な、何……?」
お兄ちゃんは辛そうに顔を歪めながら、クロを見上げた。心配する私達を振り払って、泣いているクロの頭を撫でた。とても優しく。いつも私にやるように、微笑みながら。クロは目を見開く。
「……お前は無意味なんかじゃない……誰からも必要とされてないなんて、そんな事ない……」
「!?」
「少なくとも、俺はクロを必要としてるから……きっと俺だけじゃない……だろ? イリヤ」
そう言って、お兄ちゃんは私を見つめてきた。それに、私は泣きながら頷いた。そう、私はクロを必要としている。今まで辛い部分を引き受けてくれていたクロに、ありがとうって言いたいんだ。
「クロがいてくれて良かった。お陰で私は今まで幸せに生きてこられた……本当にありがとう」
「あ……イリヤ貴女、初めて私の名前を……」
そう、私はこの時、初めてクロの名前を呼んだ。今までは、心の中でその名前を名称として使う事はあったけど、それを口にした事はなかった。クロの存在を認めたくなかったから。でも今は……
「……それに美遊だって、クロの事を友達だって思ってくれてるんだろ……?」
「は、はい……私は、クロともっともっと、沢山話したいですっ……」
「っ!?」
立つ事もできないのに、クロの為に必死に頑張るお兄ちゃん。その姿に、私と美遊はクロに言いたい事を言えた。クロは両目を見開いて、涙をこぼし始めた。言葉にならない嗚咽を漏らして……
「だからクロ……生きるんだ……クロの居場所は必ずある……俺達の……側に……っ……」
「お兄ちゃんっ……!」
「……願うんだ、クロ……」
「え?」
「……クロには望みを叶える力があるんだろ? ……だったら、願うんだ……自分の為に……」
「クロ、願って!」
「お願い、クロっ……」
「わ、私っ……!」
意識が途切れながらも、そう訴えかけるお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんの姿に、私と美遊もクロに願う事を望む。そんな私達を見たクロは、次々と涙をこぼしながら、静かに願いを口にし始めた。
「私は、家族が欲しいっ……友達が欲しいっ……何の変哲もない普通の暮らしが欲しいっ!」
初めて、クロが心の底からの願いを口にした。再び崩れ始めた体を抱きしめながら、ささやかな、けれど切実で純粋な願いを口にするクロ。そんなクロを、お兄ちゃんは優しい目で見つめていた。
「……なによりも……消えたくないっ! ただ、生きていたいっ!」
私達が聞きたかったその言葉を願いながら、クロは叫んだ。その瞬間、クロの全身から眩い閃光が放たれ、私達の視界が白く染まっていった。純粋な願いを口にしたクロの姿が、光の中に消えた。
そして……
血液による魔力供給。できなくはないけど、誰もやりたがらない方法。
士郎なら、躊躇わずにそれを実行するでしょうね。この士郎も同じです。
ただ、原作とは違って狂っている訳でもない。お兄ちゃんだから。
これが全てです。
それでは、感想を待ってます。
さて、遅れて申し訳ありませんでした。実は今、引越しをしたばかりで。
ゆっくりする時間が取れないんです。さらに、今まで使っていた図書館は使えない。
今、ネカフェで執筆しています。これからはあまり更新できないと思います。
しかし、必ず完結させますので気長にお待ちください。できるだけ更新頑張りますから。