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気が付けば、目の前に二人の男女がいた。その顔を、俺は知っている。
なぜ目の前にその二人が存在しているのかは分からない。一瞬、夢だと思ってしまったが、すぐにこれは現実だと自覚する。自覚するしかなかった。確かにここに自分がいると理解してしまっているからだ。
それに、分かったこともある。
ひどい頭痛の最中、今までの事を思い出したからだ。
俺の名前は東條創で、デュエルアカデミア中等部に通う一年生の生徒だという事。そして、かのプロデュエリスト、響紅葉に憧れてE・HEROのデッキを使っていること。今は夏休み中で家に帰っているということ。
その記憶は俺のものであって俺のものではない。自分が知っている東條創という男の人生とはまるで違う人生の記憶。
この世界は、自分の知っているものとは違う。まるで、漫画の遊戯王と同じではないか。
そういえば聞いたことがある。とあるゲームでこのネタを使っていたことがある。
――世界線。
西暦二〇〇〇年。インターネット上に現れた、二〇三六年からやって来たタイムトラベラーと自らを名乗る人物が提唱した理論。
世界線はパラレルワールドと同義であると発言している。
つまり、俺が今いるこの世界は、元々いた世界とは全く違う世界線にいるのではないか。
限られた知識を使って出した結論がコレだ。所詮はゲーム等で知っているだけの素人の知識。当てには出来ない。
「大丈夫だよ、明日香、吹雪さん。立ちくらみしただけだから」
俺は自然に二人の名前を呼んだ。
今の俺は俺であって俺ではない。まるで、まったく違う自分が二人、そこに存在しているような感覚。だけど、実体としてそこにいるのは一人だけ。
少しだけ気持ち悪い感覚に陥る。
「大丈夫って……叫び声が聞こえたよ。本当に大丈夫かい?」
吹雪さんは本当に心配していると、見て分かるほどに不安そうな表情をしている。昔から彼は感情を表情に表わす分かりやすい人だな、と思う。ただ、デュエル中に限ってはクールになるが。
やはり、気持ち悪い。初対面であるはずの天上院吹雪の過去を俺は知っている。そして、その横で泣いている吹雪さんの妹である明日香の事も。
「はい。もう大丈夫です。ほら、明日香も泣くなよ」
「だって、本当にビックリしたんだから!」
「ああ、悪かったよ。ほら、遊びに行こう。な?」
明日香は流れる涙を拭って首を縦に振る。
こうやって自然に会話できていることが本当に気持ち悪い。変な感覚だ。この感覚に馴れるときは来るのだろうか?
とりあえずデッキとデュエルディスク、財布を持って外へと出る。俺の知っている世界じゃありえない行為。デュエルディスクを持ち歩くだなんて、痛い子だと思われるだろう。
だけど、これが普通だと言わんばかりに行動に移した。
俺、吹雪さん、明日香が向かったのは行きつけのカードショップ。ここは前の世界の行きつけのショップにとても似ていた。
もしかしたら、優もここにいるのではないか。
そんな淡い期待を持ちながらそのドアを開けて店内に入るが、優の姿はなかった。街並みや、ショップの外見と内装はまったく同じでも、違う世界なんだなと理解した。
ここに――優はいない。
「さて、早速大会に参加しましょ?」
「ちょっと待った明日香」
「何よ?」
「俺は今回パスさせてもらうわ」
「なんでよ?」
「まぁ、その、なんだ。俺のデッキ、まだ大会に出られるようなデッキじゃないんだ」
「だって、創のデッキは――」
「ともかく! 俺の新しいHEROデッキが完成するまでちょっと無理かな」
そうだ。この世界の俺はゲートHEROを作っていない。デッキの内容が全く違うのだ。幸い、自分の持っているカードは何となくだが理解できている。したがって、必要なカードで持っていないカードも何となくだが分かる。
ここはカードショップだ。足りないカードは買えばいい。シングルで買えば大体のパーツは揃えることが出来るはずだ。
しかし、一つだけ問題点がある。この世界における《E・HERO ネオス》や《超融合》といったカードは一般流通されていない。そもそも、あのカードは遊城十代のワンオフに近い。手に入れるのは不可能だろう。
だが、ゲートHEROを組めないわけじゃない。幸い、俗に属性HEROと言われる響紅葉の使う《E・HERO アブソルートZero》のような融合HEROは一般に流通されており、俺はそのカードを持っている。
正直、こんなレアカードをよく持っていたな、と思うが、この世界の俺はパック等で必死こいて集めたのだ。その根気にこの俺は賞賛を送りたい気持ちだ。いったい何人の諭吉が犠牲になったのか。それはこの世界の俺ですら覚えていなかった。
「さて、まずは必要そうなカードをあらかた集めるか……」
必要そうなカードをとりあえず買う。どうせほとんどはノーマルカードの部類だ。ストレージに一枚一〇円で置いてある。
「えっと、必要なのはHERO関連以外のカードか……。思ったより少なく済みそうだな。さて、フリーチェーン系最強トラップの強制脱出装置と汎用水属性モンスターが欲しいところだな……」
フリーチェーン最強説は優が教えてくれた説である。特に強制脱出装置は最強の除去カードとして教えられた。
このカードはモンスターを破壊して墓地に送ったり除外することはない。ただ単に手札に戻すという効果なわけだが、それを舐めたら痛い目に合う。
召喚権は一ターンに一度というルールがあるこのゲームでは、バウンス効果は非常に強力だ。相手の動きを抑制することが出来る。
さらに、融合モンスターや、この世界にはないがシンクロモンスター、エクシーズモンスターに撃つことが出来れば完全除去となるこのカード。弱いわけがない。
案の定、このカードは一〇〇円コーナーにあったが、三枚買っても三〇〇円なので買うことにした。
あとは、《E・HERO アブソルートZero》の素材にもなってくれる汎用性の高い水属性モンスターが欲しいところだが……。
「はてさて、何が良いものか」
そんなことを呟きながらストレージのカードを次々と見ていく。膨大なカードからそんな都合のいいカードを見つけ出すのは骨が折れる作業だ。
だが、デッキの完成の為には探し出すしかない。
さて、大体ストレージ四個と半分くらい探し終えた頃だろうか。あるカードが目に留まった。
「ペンギン・ソルジャーか……。場のカードを二枚バウンスできる水属性のカード……これだ!!」
この《ペンギン・ソルジャー》はデュエルモンスターズの初期の頃から存在するカードである。
古く、低スペックの能力値のため、使う人は極端に少ない。
だが、ゲートHEROとの相性は抜群だ。汎用性もあり、リバース効果を使い終わった後は《E・HERO アブソルートZero》の素材となることで無駄のない活躍を成し遂げてくれるカード。
悪くない。
「これでよし。お会計っと」
三一〇円のお買いもの。良い買い物をしたと思う。
さて、大会の方はどうなっているかなっと。
「吹雪さん、明日香はどうですか?」
「ああ、アスリンは大丈夫だよ。この決勝戦もきっと勝てる。ただ、油断は禁物だけどね」
まぁ、明日香なら大丈夫だろう。
今回のショップ大会はそれほど大きな規模じゃない。もう決勝戦ということが、その大会の規模を物語っているだろう。
「そんなことより、なんで創君はこの大会に出なかったんだい?」
「えっと、新しくデッキを構築している最中なので、勝負どころじゃなかったんです」
「そういうことか。じゃあ、デッキが完成したらこの僕が調整役になってあげよう」
「ありがとうございます吹雪さん」
そんな話をしていると、明日香が賞品のデュエルモンスターズのパックを持ってこっちにやって来た。どうやら優勝したようだ。
「創、見てごらんなさい! 優勝してきたわよ」
ふふん、と胸を張りながらドヤ顔の明日香。
こんなショップの小さな大会でも全力全開の明日香さんマジで
「さすがは明日香だな。ま、俺の新しいHEROデッキには勝てるかな?」
そう、俺が愛用してきたゲートHEROに勝てるかな、明日香?
ペンソルは主人公の相棒枠。はっきりわかんだね。