2287年の荒野から   作:フランベルジェ

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Гарри様、larana様、ばれっち様、評価ありがとうございます!

更新が遅れて申し訳ないです。




Military exercise

「第一艦隊は指定された位置につき、開始時間まで待機してください」

 

 大淀の声を無線越しに聞き、指定された位置に向かう。今日は演習当日、横須賀鎮守府との演習の日だ。幸いにも天候には恵まれ、強烈な日光が空から照り付けている。七月の太陽は強烈だ。日焼け止めを塗ってきて良かった。今チャールズやプロテクトロン達に触れたら火傷しそうだ。彼らの装甲でベーコンが焼けるんじゃないかな。

 

 我々は指定位置に到着し、単縦陣で開始時間を待つ。クソ、それにしても熱いな。艦長帽があるだけマシだろうか、私はペットボトルの水を飲んだ。汗を拭っていると、無線が開き大淀の声が聞こえる。

 

「横須賀鎮守府第一艦隊が指定位置に到達しました。三分後に演習を開始します、準備をお願いします」

 

 私は無線を開いた。相手は陸奥だ。

 

「陸奥、作戦は?」

「プランAでよろしく。指示は追って出すわ、あくまで流動的にね」

「プランA……分かった」

「皆もいい? もう始まるわよ!」

 

 陸奥の発破に他の艦隊員も同意を返す。我らがロボット軍団もやる気に満ち溢れている様だ。久し振りの戦いを前に興奮しているのか、チャールズに至ってはまだ何もしていないのにフュージョン・コアが発熱し始めていた。ただでさえクソ暑い中セントリーボット特有の猛烈な発熱のお陰でとんでもなく熱い。飲みかけの水を掛けてやると一瞬で音を立てて蒸発した。

 そして大淀のカウントダウンが始まる。十秒から始まったそれは、あっという間に五秒になり、そして「三、二、一、演習開始! 作戦行動を許可します!」と言う声を境に、双方の艦隊が動き出した。

 

「加賀、索敵お願い」

「ここは譲れません」

 

 加賀の甲板から航空機が飛び立つ、あれは彩雲か、我々はMyrtと呼んでいたな。『我ニ追イツク敵機ナシ』で有名な彩雲らしく、高速で水平線へと飛んで行った。「敵艦隊見ゆ、発艦始め」彩雲が敵艦隊を発見したらしく、加賀から次々と航空機が発艦する。恐らく相手も此方の位置を捉えたであろう。航空戦が始まるはずだ。彩雲から送られたデータをターミナルの画面で確認する。敵艦隊は部隊を二つに分けたらしい、長門、飛龍、蒼龍、の部隊と北上、島風、U-511の部隊に分かれていた。

 

「アイアンサイズと不知火と川内は島風の方に向かって!」

「了解だ」

「分かりました」

「了解!」

 

 陸奥の指示で行動を開始する。「第一、第二ジェットエンジンに火を入れろ、面舵一杯!」叫んで操舵輪を右に回す。コンスティチューションは最高で80ノット近く出せるが、それでは不知火を置いて行ってしまう。単独行動は危険だ。海図で言えば右側――小島や岩礁が密集した海域に近づいた頃、遠くから大きな砲撃音が聞こえた。陸奥と長門が撃ち合っているのか。魚雷や艦影を見逃さぬようにレーダーに注視する。不知火も守る必要があった。不知火しか対潜装備を搭載していないので、彼女がやられれば潜水艦に手が出せなくなる。チャールズにレーダーを任せていると、彼が突然叫んだ。

 

「11時の方向8キロに魚雷複数検知!……ロング・ランスです!」

「不知火と川内に連絡だ!」

 

 私は素早くターミナルを確認した。魚雷を確認するためだ。魚雷は諸島の隙間を縫ってコンスティチューションに向かって波の様に向かって来ていた。こんな芸当が出来る艦は北上しかいないだろう。魚雷を効率的に避けるには魚雷に艦首を向ける事が最善だ。魚雷の隙間を通過するのである。レーダー上の魚雷速度とコンスティチューションの速度を脳内で計算し、指示を出す。

 

「速度落とせ! 取り舵を切るぞ!」

 

 操舵輪を左に切り、狙うは魚雷の隙間。木製の船体に無理矢理詰め込まれた重量兵器のお陰で重くなった船体をジェットエンジンのパワーで無理矢理左に切る。速度を落としドリフト気味に曲がったコンスティチューションの傍を魚雷が青白い雷跡を残し通過していった。あれはただの魚雷じゃない、ロング・ランス――酸素魚雷だ。その特徴はなんといっても航跡の視認し辛さだろう。一般的な艦船の積んでいる魚雷は酸素を放出する為、長大な泡の航跡が視認出来るが、酸素魚雷はそれを殆ど残さない。凄まじい威力と速さと長射程を誇る超兵器。それが酸素魚雷だ。不知火はコンスティチューションについて来ていたが、川内は停止して島を盾にしたようだ。

 

 誰も被害が無くて何よりだが、やられっぱなしという訳にはいかない。レーダーで北上と島風の位置は把握出来ている。北上は諸島の外側12km、島風は此方から見て北東に21kmを航行している。北上が砲撃してこないのは此方の姿が島で見えないからか、だが呂500の居場所は不明だ。これは不味い。戦闘中に例の魚雷を撃たれれば厄介だ。

 

「不知火、呂500の反応は?」

「捜索中ですが不明です」

「分かった、引き続き頼む」

「で、どうする? アイアンサイズ」

 

 で、どうする? とは川内の弁だが、どうすると言われてもな……この艦隊の旗艦は私ではないのだが、何も提案しないというのも悪い。

 

「……島風が私、北上が君、呂500に不知火という形で一対一に持ち込むのはどうだろうか」

「……ふーん、各自で戦うって事か、いいかもね。不知火はどう?」

「問題ありません。見つけ出して倒すまでです」

 

 どうやら川内も不知火もやる気らしい。ならそれでやろう、と発言しようとした所、無線が割り込んだ。「報告します、陸奥、第三砲塔大破! 横須賀鎮守府、蒼龍中破!」大淀の声だ。彼女は戦況が変われば逐一報告する事になっている。しかし、陸奥の第三砲塔か。どうやら彼女の第三砲塔はやたらと不運な目に会うらしいな。

 

「皆聞いたな? 急いで終わらせて援護に向かった方がよさそうだ」

「タイマンで倒せって事でしょ? 任せてよ!」

「不知火もやれます」

「よし、やるぞ! 検討を祈る!」

 

 ジェットエンジンを加速させ、島風に向かう。彼女らも各々の目標に向かっている様だ。さて、島風は駆逐艦。駆逐艦で最も警戒すべきは酸素魚雷だ。そこで我々が取るべき戦術は徹底したアウトレンジだ。島風が搭載している砲は12.7cm連装砲だ。射程は精々18km程度だろう。対するコンスティチューションのガウスキャノンの射程は最大チャージで200kmだ。実際には仰角が取れず、飛行して高度を上げる以外の方法では最大射程を発揮できないのだが、少なくとも島風に200km先から砲撃する必要はない。ただ18kmより外から撃てばいいのだ。ガウスキャノンの利点は圧倒的射程と圧倒的初速。欠点は遠くを狙うためにはチャージが必要な事と、砲身が激しく摩耗する事と、撃つたびに砲身の冷却が必要な事だ。一度撃てば砲身が冷えるまで撃てない、つまり撃ち損ねる事が出来ない。

 

「ジェットエンジンの出力を上げろ、島風を仕留めるぞ!」

「待ってました! やっとガウスキャノンが撃てますな!」

 

 島風は、小島が密集している海域のほぼ外側――殆ど遮る物が無い場所を航行している。コンスティチューションも島風を右舷で狙える位置に着き、単眼鏡を取り出して覗いた。視界の中央に映る艦は島風。レーダーによれば22km先だ。やるなら今しかない。恐らく島風は此方が砲撃すれば小島に隠れようとするはずだ。

 

「不知火です! 呂500を捉えました、仕掛けます!」

「此方は島風に仕掛ける、健闘を祈る!」

「こっちはもう始めてるから!」

 

 全員が目標との交戦を始めたようだ。私も負けられない。22km先の島風は米粒のような小ささで、私が砲撃しようものならかすりもしないだろうが、プロテクトロン達には優秀なFCSが搭載されている。彼らなら捕捉できるはずだ。

 

「敵は右舷だ! よく狙え!」

 

 私の射撃命令とほぼ同時に右舷のガウスキャノンが火を噴いた。独特な発射音を残して飛翔したプロジェクタイルは四発。三発は島風の力場を掠め、一発はほぼ直撃した。目に見えて力場が弱くなるが、島風は慌てた様に小島が密集している海域に引き返していく。密かに恐れていた事態だ。コンスティチューションに砲塔は無く、砲撃しようと思ったら横っ腹を見せるしかないのだ。逃げられたら追い付いて並走するか、二門の艦首砲で攻撃するしかない。

 

「報告します、古鷹、大破! 横須賀鎮守府、長門小破! 演習海域であと一時間弱で日が沈む事に留意下さい!」

 

 あちらも拮抗した戦闘が続いているようだが、海域ではもう日が沈むそうだ。此方の古鷹が大破してしまった。せめて夜戦までに駆逐艦と軽巡は沈めないと不味いだろう。夜の海は殆ど何も見えない暗さになる。そこは駆逐や軽巡の独壇場だ。作戦を練っていると、加賀から無線が通じた。「アイアンサイズ、蒼龍の着艦できなくなった艦載機がそっちに向かっているわ、追撃機を出しますが、念のため警戒願います」成る程、蒼龍が中破して着艦出来なくなった艦載機が燃料も切れかけた状態で捨て身の攻撃を仕掛けに来ている……空母は良い物だな、コンスティチューションも艦載機を飛ばせれば島を気にせず攻撃できるのだが。残念ながらコンスティチューションに艦載機を置くようなスペースは――艦載機? そうだ!

 

「加賀、追撃機は必要ない」

「……どういう事なの?」

「コンスティチューションを飛ばして島風を追いつつ防空する。君の艦載機も巻き込んでしまうかもしれない」

「そう、分かったわ」

 

 艦載機の無いコンスティチューションが艦載機の様に攻撃する方法、それは――私自身が空を飛ぶ事だ。私としたことが、今の今までコンスティチューションが飛べる事を忘れていた。空を飛ぶことでベルチバードの様に、戦争映画のAC130ガンシップの様に上空から撃ち下す事が出来る。

 

「第1から第4までの全ジェットエンジンに火を入れろ、飛ぶぞ!」

「アイアイサー! 航海士君、核融合炉を制御しろ!」

 

 空を飛ぶために必要な核融合炉の制御を行うのは我らが航海士君だ。ボストン警察使用のプロテクトロンである彼は、艦内に入った生物を何が何でも殺そうとするちょっと危ない奴だが、腕は確かだ。ターミナルに核融合炉から各ジェットエンジンにエネルギーが振り割られていく様子が映っている。

 

「ジェットエンジン、サイダイコウリツ、ヒコウカノウ」

「行け!」

「テンカシマス」

 

 航海士君の合図でコンスティチューションは大空へと漕ぎ出した。海面を遥か後方へ置き去りに、ぐんぐんと加速していく。猛烈な風に帽子が吹き飛ばされぬよう必死に手で押さえる。目標の高度に達した所で、加速が緩やかになり、風も落ち着きを見せていた。さて、狙うべき目標の島風はここからはっきり見える。

 

「島風が見えたぞ、右舷に傾斜を付けろ! 右回りで旋回する!」

「艦長、80㎞先から蒼龍航空隊が接近しています!」

「タレットに相手をさせろ、手の空いたプロテクトロンを装填手に回せ!」

 

 勝負は蒼龍の航空隊が攻撃を仕掛けてくるまでだ。それまでに島風を倒さなければならない。島風を中心に右旋回を行い、次々とガウスキャノンで砲撃を仕掛ける。島から島へと逃げ惑う島風だが、コンスティチューションの前には無力だ。ガウスキャノンによって放たれるプロジェクタイルは電撃の尾を引きながら飛翔するので、海からは島風に雷が降り注いでいる様に見えるだろう。プロジェクタイルは次々と島風の周囲ないし艦体に直撃し、ついに島風はもうもうと煙を上げながら停止した。あれで沈まないのだから不思議だ。

 

「報告します、横須賀鎮守府、島風大破!」

「Yes! Nice kill!」

「艦長、蒼龍航空隊が仕掛けてきます!」

「傾斜復元、高度落とせ!」

 

 左を向くと、空に無数の小さな黒い影のような物が浮いていた。あれが蒼龍の航空隊だろう。目視できるという事は、もうすぐ此処まで到達するという事だ。航空機と航空戦を行うには、コンスティチューションを航空機より下に付ける事がベストだ。コンスティチューションは当然だが喫水線下に対空兵装はついちゃいないからだ。

 

「報告します、川内中破! 横須賀鎮守府、呂500大破! 北上、中破!」

「流石だ、不知火、川内」

「そちらも見事でした」

「なんか皮肉に聞こえる!」

「とんでもない」

 

 不知火と呂500の戦いの決着は、不知火の勝利という形で終わったようだ。川内はほぼ相打ちという形でお互い中破だ。つまりお互いの魚雷発射管を潰したという事になる。最も北上はあれだけ魚雷発射管があるので生きている物もあるかもしれないが。

 

「艦長、艦載機が8kmまで接近してきました! プラズマキャノン発射可能です!」

「許可する、発射後艦載機に艦首を向け突入するぞ!」

 

 左舷側のプラズマキャノンがプラズマを打ち出し、8km先の空にプラズマの華を咲かせた。黒い影の幾つかはプラズマに飲まれ墜落し、生き残りは散開した。プラズマキャノンの有効射程は8kmだ。それ以上はプラズマが減衰してしまい有効なダメージを与えることが出来ないが、有効射程圏内であれば絶大な威力を発揮する。装甲に当たれば浸食する様に溶かし、空に撃てば三式弾の様に爆発する。

 

「取り舵一杯! チャールズ、プロテクトロン、対空攻撃準備!」

「アイアイサー!」

「ホアント ホウシニ ツトメマス」

 

 艦載機とコンスティチューションの距離が近づき、甲板上に配置された様々なタレットが独特のビープ音を鳴らし、艦載機群へ砲塔を向ける。装填手のプロテクトロンは予備弾倉を持ってタレットの後ろに待機し、他のプロテクトロン達は両手のレーザーガンを艦載機群に向けた。そのまま両者は近づき、遂に交戦距離に突入した。

 

「来るぞ!」

 

 コンスティチューションを包み込む様に編隊を展開した艦載機たちにタレットが一斉に射撃を始めた。マシンガンタレットMk.Ⅶから放たれた炸裂弾が編隊を散らし、ヘビーレーザータレットが正確に撃ちぬいていく。艦載機たちは見る見るうちにその数を減らしていくが、彼らも黙ってやられている訳では無かった。明らかに、動きが違う艦載機が居る。銀色のゼロで、後部に二本の白い帯が付いている。エース機か。彼が率いる部隊は巧みに弾幕を避け、機銃でコンスティチューションの力場を確実に削っていく。

 

「力場が約30%減衰!」

「ゼロだ! 弾幕薄いぞ! 砲撃手、何やってる!」

 

 クソ、流石はゼロだ。いやらしい動きをしてくれる。ゼロ戦。大戦で我々を震え上がらせた傑作戦闘機だ。当時考えられない程の長大な航続力と、常識はずれの格闘力を持った正に日本の象徴たる戦闘機だ。アメリカ国民でも名前くらい聞いたことがあるだろう。だが、弱点もある。ロール性能が低い事だ。リロードを済ませたタレットが再び一斉射を始め、コンスティチューションの周囲を飛び回る艦載機を残らず叩き落とした。

 

 当面の危機は去った。降下して、他の艦の援護に向かおうと考えた時、何かイヤな物を感じた。悪魔に背骨を舐められたような、危険をギリギリで回避した後に訪れる頬がチリつく感じを混ぜた感覚だった。その感覚に違和を覚えた直後――コンスティチューションを激しい振動が襲った。

 

「り、力場がダウン! 1番ジェットエンジン大破!」

「報告します! コンスティチューション、中破! 不知火、大破!」

 

 コンスティチューションは高度を下げ、否応なく海面に叩きつけられた。何体かのプロテクトロンが転倒し、甲板上を滑っていく。何をされたかは分かる、攻撃だ。分からないのは、誰がそれをしたかという事だ。

 

「ダメコン急げ! 誰がやった!?」

「分かりません!」

「――やられた! 長門の長距離砲撃よ、阻止できなかった!」

 

 答えは陸奥がくれた、長門だ。長門が空を飛ぶコンスティチューションと不知火を撃ち抜いたのだ。30km近い長距離から、しかも片方は飛んでいるというのに。私は、長門の、日本海軍を支え続けているエースの力は、私の想定を遥かに超えていた。自身の想定の甘さを恥じるも、戦場は待ってはくれない。地球は自転し、遂に太陽を水平線の下に隠した。

 

「こちら提督だ。夜戦に突入する。健闘を祈る」

 

 そして、夜がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




元ネタとか注釈

・ベーコン
 豚肉を塩漬けで燻製したもの。アメリカでよく出てくる。ほんとに毎日出てくる。ベーコン・マニアという言葉も生まれるぐらいよく出てくる。ベーコンの焼ける匂いがするタバコ巻紙なんかもある。ベーコンドーナツは許さない。ベーコン放火未遂事件もあった。ベーコンが好きならベーコン・オブ・ザ・マンス・クラブに今すぐ参加だ!
「迷ったらチーズとベーコンを乗せておけ」――デイビット・ケスラー博士

・セントリーボットの発熱
 文字通り、長時間行動すると凄まじい蒸気と共に煙を放出する。近くに居てもダメージはない。なぜだ。

・タレット
 自動で敵を探知して自動攻撃を仕掛けるロボット。高難易度になればなるほど恐ろしい相手になる。
 

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