トリックスターの友たる雷   作:kokohm

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『雷神』対『雷切』

「うぬっ!」

 

 迫り来る秋雅に、道真が唸る。彼の持つ刀、『雷切』の存在に気圧されているのだろう。雷に対し、絶対の力を持っている神剣。雷神として存在するものであれば、本能的に恐れずにはいられないだろう。

 

「――しかし!!」

 

 だが、その恐れを振り払うように、道真は雷を手繰る。いかに天敵の存在があろうとも、まつろわぬ神がそう易々と恐怖するものではないということか。気迫が衰えることもなく、彼は手にした破壊の光をただ秋雅にのみ収束させる。

 

 

「効くか、よっ!!」

 

 その迫る雷に対し、秋雅はその手の雷切を大きく振るう。その一閃は、やはり道真の雷を元から存在していなかったかのように解き、消失させる。

 

「ハアッ!!」

 

 気合と共に、地を強く蹴る。自身の魔術により強化された秋雅の肉体は、大地にひび割れすら作るほどの踏み込みで、道真へと一直線に迫る。『我は留まらず』を用いないのは加速により斬撃の威力を上げ、出来れば一撃で片をつけるためだ。

 

 真っ直ぐな、極めて単調な一撃だが、しかしこれを当てることは可能だ、と秋雅は判断していた。相対する藤原道真は元々文官――少なくとも武官ではない。まつろわぬ神というものは基本的に、己が伝承や来歴にその能力が決定される。戦場の英雄などであれば当然、その身体能力も高いものとなるだろうが、目の前の神は違う。これまでの、ともすれば単調とも言っていい攻撃から察するに、近接戦闘が出来るタイプではないだろう。既に二回見せた回避のための跳躍も、実のところそれほど距離を稼いではいたわけではない。

 

 これまでの戦闘から、たとえ回避されたとしても、そのまま追い縋ることは可能。そんな秋雅の判断を裏付けるように、秋雅の突進に対し道真の動きは鈍い。取った、と確信した秋雅だったが、

 

 

「ぬうん!!」

 

 道真の周囲に、バチバチと火花が散る。それは先程、秋雅も行ったことではあるが、しかし今回は違う物に秋雅には見えた。

 

 

「神速を使う気か!?」

 

 単なる直感だが、秋雅には道真が神速を使おうとしているように見えた。何処となく、彼の同胞である『黒王子』アレクサンドル・ガスコインが用いる、稲妻そのものへと変貌することによる神速。それと同じ物のように思えたのである。

 

「だが!」

 

 それを行うつもりなら、全くもって無謀としか言いようがない。今秋雅が握る『雷切』は、如何なる雷であろうとも切る。それは以前、秋雅がアレクサンドル・ガスコインと対峙した際に確認済みだ。その身を雷へと変じたその瞬間に秋雅がこれを振るえば、道真は回避に失敗し、その上体勢を崩した状態で雷切の一閃を受けることになる。故に、秋雅は叫ぶ。

 

 

「終わりだ、道真!」

 

 

 しかし、

 

「舐めるな、神殺し!!」

 

 道真の身体を、雷光が包む。雷への変化ではなく、雷を纏っているという風だ。何だ、と秋雅は疑問に思いつつ、しかしもはや目前となった道真の身体に対し、『雷切』を振るう。たとえこれを跳躍で回避されたとしても、道真が着地するより先にその落下ポイントに辿り着き、攻撃を置く(・・)ことができる。そう、秋雅は判断していた。

 

「――っ、馬鹿な!?」

 

 だが刃が切り裂いたのは、何もない空間であった。それはつまり、道真に攻撃を回避されたということ。いや、それはいいのだ。元より回避される事を織り込み済みなのだから、そこはどうでもいい。問題なのは、秋雅が驚いたのは、そこではない。

 

「その飛距離は!?」

 

 道真の回避は、秋雅の想像を超えていた。優に秋雅の予想の二倍の距離の大跳躍で、道真は後方へと大きく退避していた。一瞬前まで道真が立っていた地面は大きく抉れており、秋雅の踏み込みよりも強い力が加わったのだと推測できる。明らかに、道真の身体能力が大きく上がっていると判断せざるを得ない。

 

「随分と驚いているようだな、神殺しよ」

 

 道真の言葉に、秋雅は思わず唸り声を上げる。身体能力の増加が、今も道真が纏っている雷光による物だとは分かっているが、しかしそうなると何故『雷切』で斬ることが出来なかったのかが分からない。雷と同化することによる神速にせよ、纏った雷を動かして移動したにせよ、それが『雷』という属性である以上『雷切』に斬れぬはずはないのだ。

 

 

 試しに、その場で軽く『雷切』を振るってみるが、やはり道真が纏う雷光に変化はない。

 

 となれば、だ。

 

「つまり、あれは雷じゃない。雷を用いない移動だということだ」

 

 現状から判断すると、そういうことになる。であれば、一体どのようにしたのか。最終的な現象としてはおそらくは身体強化の類でいいはず、であればどうやってそこまで辿り着けるのか。それを考える為に、警戒を緩めぬまま、秋雅は菅原道真、そして天神様についての知識を思い出していく。

 

「確か……道真と同一視されるようになった火雷神は、農耕神としての一面も持っていたな」

 

 雷の事を『稲妻』と呼ぶ理由は、稲穂が実る時期によく雷が発生した事が理由だ。雷が稲に実をつけさせる、という考えから生まれた呼び名である。そうでなくとも、雷とは雨と共にあるものだ。雨が農作物を育むことからも、雷神が農耕神として信仰されるのは分かりやすい理屈だ。

 

「農耕とはつまり、食べ物を作るということだ。食べ物は人を生かし、成長させる……成長?」

 

 かちり、と頭の中で音がした気がした。そのままの勢いで、秋雅は思い浮かんだ考えを口に出す。

 

「成長とは、人をより強くするともとれる。子供が大人になることは、つまり肉体が強化されていくということ。食物がそれを成すというのなら、その食物を生み出す農耕もまた、それに繋がると言えるだろう――成る程、そういうことか」

 

 ようやく、納得のいった表情で秋雅は言う。

 

「雷神にして農耕神としての象徴である雷、それを用いた身体強化ということか」

 

 その手の創作物などで、電気を用いて人間の身体能力を上げるという話はそれなりにある。それの魔術版、神様版というべきものを道真は使ったのであろう。では、もう一つの疑問の答えは何なのか。

 

「おそらくは、身体の内側に対し作用しているということか。纏っている雷光は力が漏れているようなもので、実態は身体の中で力が働いているのか。いかに元の力が雷に起因する物でも、身体の内側にあるそれを雷とは言わんな」

 

 あくまで、それは単なる電気なんだなと、秋雅は最終的にそう判断する。その秋雅の推測に対し、道真は僅かに満足そうに頷いてみせる。

 

「その通りだ、神殺し。よくぞ見破った」

「学問の神様にそう言われるとは、何とも不思議な気分だな」

 

 まあ、もう信仰としての神など信じちゃいないが。秋雅は苦笑するように呟いて、しかしすぐに表情を引き締め、構える。

 

「お前の移動のタネは分かった――今度こそ、決めてやる」

「それはこちらも同じことよ――果てよ、神殺し!!」

 

 その言葉と共に、道真が加速する。先手必勝、と言わんばかりの直線と速度。雷による攻撃が効かないと知り、本来の戦い方ではない接近戦を挑んでくるつもりのようだ。不利な選択であるようだが、しかし不倶戴天の敵(カンピオーネ)に背を向けるなどということを、藤原道真(まつろわぬ神)が選ぶ方が不自然。故の選択だ、と秋雅は理解する。

 

「だが!」

 

 秋雅もまた地を蹴る。身体の右側を前に出して傾け、『雷切』をその後ろに隠すようにして構え、駆ける。対する道真は右手を前に突き出し、その抜き手を秋雅に向けている。攻撃するなら一度引いて打ち出せとか、そもそも抜き手など突き指をするぞとか、相手が普通の人間であればそのような事を思ったかもしれない。しかし、それを放つ相手が相手だ。今回の場合、その強化された抜き手であれば、いかにカンピオーネである秋雅の肉体といえど、十分に貫通することは可能であろう。

 

 だから、それを避けた上で一撃を見舞う。その思いで、秋雅は更に地を蹴り、身体の加速を重ねる。そしてそれに対抗するように、道真もまた一歩を重ねる。

 

 

 次の一歩、互いのそれを足した計二歩で、攻撃の間合いとなる。だから秋雅は、その一歩をやや右に向けて踏み込む。それと同時、構えていた『雷切』を振り出し始める。これで、道真の抜き手を避けつつ、『雷切』の横一文字を食らわせてやる事が出来るはずだ。

 

「――ッ!?」

 

 しかし、その秋雅の思惑はあっけなく崩れた。何と、道真はその右手を、今まさに振り始めようとする『雷切』の、その刃に向かって突き出したのだ。

 

 マズイ、と秋雅は咄嗟に思ったものの、しかしもう止めることは出来ない。そのまま、元の思惑とずれた状況のまま動くしかない。

 

 『雷切』の刃に、道真の抜き手が突き刺さる。無論両者が拮抗することなどなく、その刃は道真の手を切り裂いていくものの、しかしその勢いは明らかに弱まってしまった。

 

 いくら切れ味が鋭かろうと、速度が完全に乗り切っていない刃では、その真価を完全に発揮することは出来ない。どんな武器にせよ、振り始めや振り終わりでは、その威力は大きく落ちてしまう。

 

 今回もまたそうであったようで、『雷切』の刃は道真の腕を、精々が肘の辺りまで切り進めたところで止まってしまう。いかに雷神殺しの武器とはいえ、当たれば終わりという性質を持っているわけでもない以上、致命傷とは程遠い結果にしかならない。

 

 『雷切』が途中で止まってしまった事で、秋雅に明らかな隙が生まれた。勿論、それは腕を切られた道真も同じなのだが、この状態となることは想定外であった秋雅と、全て想定済みであった道真では、次の行動へと移るタイムラグは異なる。

 

「取ったぞ!」

「――舐めるなあ!!」

 

 秋雅に対し、道真が左手を突き出す。狙いは秋雅の心臓辺り、そこを貫く算段なのであろう。対し、秋雅は動きを止められた両の手ではなく、下半身での対応を選んだ。右足を軸に身体を捻り、左足を道真の身体に向かって放つ。

 

 

 一瞬の選択、それを後押ししたのは、やはり両者の近接戦闘での経験値の差であったのだろう。

 

「ぐぅっ!」

「ちいっ!」

 

 道真の抜き手は秋雅の脇腹を掠めるようにしてすり抜け、秋雅の左足は道真の腹部を強烈に捕らえた。秋雅のこれまでの鍛錬の結果が、何とか回避と攻撃を両立させた形だ。

 

 道真の身体が後方へと吹き飛ぶ。同時、その手に刺さっていた『雷切』が抜け、切り裂かれた箇所から血が噴出す。その痛みであろうか、道真は何とか体勢こそは建て直したものの、大きく顔をしかめて吐き捨てる。

 

「成る程、やはり貴様は武術の心得があったか! いかに身体を強化しようとも、私ではどうともならんとはな!」

「……いや、今のは効いた。まったく、不甲斐ないものだ」

 

 油断とはまた違うが、相手は武人――武神ではないと、何処か侮っていたのは事実だ。まさかあちらが、捨て身でこちらの武器を封じ、そして勝利を手にするというような策を取ってくるとは想像もしていなかった。しかし、相手が英雄神などであれば、おそらくはそれも想定することが出来たはず。やはり、激突前の秋雅は慢心していたとしか言いようがない。

 

「だが、もはや勝敗は決した」

 

 道真の右手は失われ、攻撃手段は大きく制限されている。対し秋雅は、呪力こそ危ないものの、身体はまだまだ動くし、何よりその手には『雷切』がある。ここから道真の勝利する道など、ほぼないと言っていいだろう。

 

「口惜しい。まさか出会った神殺しが、雷神殺しであったとはな」

 

 その事を自分でも理解しているのだろう、道真もまた無念そうに呟く。結局のところ、カンピオーネとまつろわぬ神との戦いにおいても、相性というものが非常に重要だ。秋雅にとっては幸運なことに、そして道真にとっては不幸なことに、菅原道真という神に対し、稲穂秋雅という神殺しは最悪の相手であったのだろう。

 

「しかし――」

 

 だが、だからといって。それで諦めてくれるほど、まつろわぬ神は潔くない。神殺しを相手に自ら頭を垂れるなど、そんな相手であろうはずがない。

 

「勝負だ、神殺し――否、稲穂秋雅!!」

 

 目の前の敵を、どこまででも討ち滅ぼす。その叫びには、そんな意思が込められているのが感じられる。

 

 

「――いいだろう、菅原道真」

 

 それが分かっているからこそ、秋雅もまた構える。元より、まつろわぬ神に自ら敗北を認めさせる気などない。最後の最後まで、カンピオーネとして、

 

「稲穂秋雅が、お前を倒す!!」

 

 真っ向から、全力で打ち倒すのみ。

 

 

 

 

 

 

 再び、二人の呪力が高まっていく。最後の一瞬の為、その闘志を限界まで練り上げる。じりじりと、互いに踏み込む体勢を整えていく。

 

 

 そして、

 

『――っ!!』

 

 ほぼ同時に、二人は地を蹴った。秋雅は『雷切』を、道真は残った左手を武器として相手に迫る。

 

「受けよ!」

 

 道真が、秋雅に向けて雷を放つ。直撃コース、避けなければ当たるが、避ければ隙を見せることになり、かといって『雷切』を振るえば、それもまた隙を作ることになる。ことここに来て、道真は効かぬはずの雷を攻撃として成してみせたのだ。

 

「だが!!」

 

 秋雅の姿が消える。転移だと、すぐさま道真は判断し、加速した身体を強引に後方へと跳ばす。

 

「っ!?」

 

 しかし、一瞬が過ぎたというのに、秋雅の姿は道真と同じ平面上に出現しない。その意味をすぐ様に理解したのだろう。道真は勢いよく視線を、自身の上空に向ける。

 

「――そこか!!」

 

 上空、道真を見下ろすようにして、秋雅の姿はそこにあった。自身に向けられる道真の視線に、秋雅は不敵な笑みを浮かべ、道真が雷を放つよりも速く、再びその姿を消す。転移先は、道真のすぐ背後。戦闘時、直接視界外に移動することは難しい『我は留まらず』であるが、三次元的に用いることで、相手の死角を取ることも可能になる。

 

 またもや、それをすぐさまに理解しのだろう。秋雅がその背を取るよりも早く、道真はその身体を前方へと跳ばし、着地と同時に振り返る。

 

「稲穂秋雅!!」

 

 何の思いによるものか。追い、走り来る秋雅に対し、道真が叫んだ。その手には雷が束ねられていくのが見える。先程と全く同じ手だが、しかし今の道真に打てる手などもう他にないのだろう。どうにかして隙を作ろう、そういう気配が道真から感じられた。

 

 だが、

 

「――させるか!」

 

 その瞬間、道真の背が大きくのけぞった。身体は大きく反り、その手の中にあった雷は散じていく。それは秋雅にとって、決定的な隙であった。

 

「ハアアァッ――!!」

 

 秋雅の振るった『雷切』が、道真の身体を袈裟切りにする。一拍の静寂の後、ばたりと道真の身体が地に倒れる。

 

 

 

 カンピオーネ、稲穂秋雅が勝利を得た瞬間だった。

 







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