トリックスターの友たる雷   作:kokohm

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手紙、情報、そして邂逅

「……ところで、護堂さん。エリカさんのお姿が見受けられないようですけど、どうかされたのですか?」

 

 昼休みの学校の屋上。いつものように昼食をとろうとしたところで、ふと祐理が首を傾げた。今ここにいるのは、祐理、護堂、そしてリリアナの三人。今回は友人と食べるということでこの場にいない静花を除いても、一人足りない。普段であれば、護堂と共に現れるはずであるエリカの姿が何処にもいないのだ。

 

 そんな彼女の疑問に対し、ああ、と護堂は何の気なしに頷いて、

 

「よく知らないけど、何か用事があるらしくて、今日は休むってさ」

 

 今朝の話だ。いつものように――と、表現するのは些か思うところがあるものの――護堂がエリカを起こしに行ったところ、眠そうに目をこすりながら、今しがた護堂が述べたような事を言ったのである。そんな彼女の言動に、まあそれなりに思うところもあった護堂であったが、言っても聞くような相手でもないと、ため息混じりに了承し、そのまま学校へ一人で向かったのである。

 

「……あ、そうそう。そういや、その時にこれを渡されたんだった」

 

 思い出した、という素振りをして、護堂は鞄から封筒を取り出す。表と裏、そのどちらも宛名の類はなく、ただただ素のままの封筒だ。これは、今朝方の会話において、その終わりの方で、はいとエリカから、たいした説明もなく渡されたものである。

 

「手紙、ですか? エリカが書いた……にしては奇妙ですね」

 

 同じクラスということで、エリカの不在自体はとうに知っていたリリアナも、護堂が出した封筒に対しては小首を傾げた。というのも、リリアナの知る限り、エリカに筆まめの性分はさして見受けられなかったはず。封筒そのものもやや素っ気無い外見をしており、ますます彼女が書いたとは思えないと、そう判断したのだろう。

 

「預かりものだって聞いた。誰からの手紙かまでは聞いてないけど」

 

 読めば分かるはず、としかエリカは護堂に対し言わなかった。多分、という言葉もついていたことから、おそらくは彼女も確定で把握しているわけではないのだろう、と護堂は考えていた。まあ、何にせよ、今この場で読んでみればいい話である。

 

「とにかく読んでみるか」

 

 無造作に封を開け、護堂は封筒から手紙を取り出す。折りたたまれたそれを開くと、そこに書かれていたのはさして長くもない文面。よほど注意深く読んだとしても、精々が十分程度で読み終わるであろう、そんな長さだ。しかし、その気になればすぐにでも読み終わるだろうその文章よりも、まず護堂の目に入ったのは文末にある書き手の名前であった。

 

「――稲穂秋雅?」

 

 思わず、護堂の出した名に、祐理とリリアナはぎょっとした視線を向ける。何故その名前が、という表情だ。

 

「草薙護堂、その名前を口に出したということは、その手紙は稲穂秋雅様からの手紙なのですか?」

「少なくとも、手紙に書いている名前はそうみたいだけど」

「カンピオーネの名前を騙る者など、まずいません。十中八九、稲穂様からの手紙ということでよろしいかと」

 

 やや穿ち気味な護堂の言葉を、祐理はすぐさまに否定する。加えて、リリアナもそれに同意するように頷いたので、それもそうかと護堂も納得した。もっとも、護堂にしたって別に本気で疑っていたというわけでもなく、何となくそういう物言いをしただけなのだが。

 

「それで、一体何と?」

「えーっと……」

 

 リリアナに急かされるように、護堂は手紙に目を落とす。先述のとおり、さして長くもない文章量だ。あっという間に護堂は読み終わり、そして怪訝そうに眉根を寄せる。

 

「……なんか、こっちに来るみたいだな、稲穂さん」

「え? 稲穂様がこちらにいらっしゃるのですか?」

「らしい。あと、こっちにちょっかいはかけないから、自分にも喧嘩を売らないでくれって書いてある」

 

 正確にはもう少し装飾の施された文章であったのだが、その意味としてはまま護堂の解釈と相違ない。

 

「その目的などは書かれていないのですか?」

「詮索無用だとさ。ほら」

 

 と、護堂はリリアナに手紙を渡す。受け取り、祐理と共に読むリリアナであったが、護堂の言葉通りであると理解し、同じように眉根を寄せた。

 

「……稲穂秋雅様にしては、やや珍しい文面ですね。あの方は基本、敵対している相手以外には、もう少し凝った文面を付け加える方なのですが」

「そうなのか?」

「ええ。筆まめというのもあるのでしょうが、基本的にあの方は敵対者を積極的に作らないように動かれている節がありますから。特にこういう文書の類では、案外柔らかい文章を書かれる事が多いと聞いています。実際、私が以前見た文面もそうでした」

「……まさか、俺と敵対するからってわけじゃないよな?」

 

 脳裏に浮かぶ最悪の可能性。それをそのまま口にした護堂に対し、リリアナは一瞬だけ悩むような素振りを見せた後、首を横に振る。

 

「流石にそこまでは行かないかと……おそらく、この文のまま取ればいいかと思います」

「護堂さんと積極的には関わる気がない、ということですか」

「おそらくは」

 

 ふうむ、と護堂は顎に手を当てながら思案の表情を浮かべる。

 

「ということは、あっちの要求としては、俺に動かれたくないってのが主になるのか?」

「それが自然だと思いますが……」

「何かあるのですか?」

「いや……推測なのだが、もしかすると稲穂秋雅様は草薙護堂の縁者に用があるのではないか、と」

「俺の縁者?」

 

 リリアナの言葉に、護堂の表情が引き締まる。縁者、と言ってまず思い浮かぶのは、妹と祖父、より範囲を広げるのであれば、今この場にいる二人とエリカもそれに含んでいいだろう。このうちの誰かに稲穂秋雅が手を出すつもりならば……と、そういうことを考え始めた護堂に、リリアナはもう一度、首を横に振る。

 

「縁者、は少し言い過ぎましたか。この場合は貴方のクラスメイトや友人といった程度の相手になります。例えばの話ですが、貴方の友人知人のうちに魔術師が潜んでいたとして、その人物が稲穂秋雅の怒りを買ってしまった場合、彼がその人物を消しに来た、とします。その場合、貴方はどう行動しますか?」

「どうって…………まあ、相手によるだろうけど、事情を聞いて判断する、と思う。少なくとも、殺す、殺さないって話になるんだったら、待ったはかけるかもしれない」

「……つまり、護堂さんのご友人に稲穂様はご用事があり、その用事の邪魔をするなと護堂さんに手紙を出した。そう仰りたいのですか?」

「あくまで可能性だが、私の中ではしっくり来る」

 

 むう、と護堂は唸り声を上げる。あくまで推測の話であるが、しかし実際にそうであった場合、下手に身内を狙われるよりも面倒なことになりそうだと判断できる。特に、こういう中途半端な問題というのは、往々にして悪い方向に行ってしまいそうでもある。

 

「とはいえ、だからといって今はどうにも出来ないようなあ。こんな手紙を送ってきた以上、こっちから事情を聞こうとしたところで無視されそうだし。そもそも連絡を取る手段も無い」

「正史編纂委員会の方に協力を願ってみてはどうでしょう? 彼らなら稲穂様の動向も知っているかもしれません」

「そうですね。彼らも草薙護堂に対し友好的なようですし、稲穂秋雅が口止めを命じている場合でもある程度の情報を得られる可能性は十分にあるかと」

「じゃあ、放課後にでも甘粕さんに連絡を取ってみるか。二人も来るんだよな?」

「勿論です」

「あ……すみません、私はちょっと、難しいかもしれません」

 

 護堂の確認にリリアナは快諾を示したのだが、祐理は何かを思い出したようにした後、申し訳なさそうに顔を伏せる。

 

「何か用事があるのか?」

「ええ、ちょっと先生に呼び出されていまして」

「呼び出し? 万里谷にしては珍しいな」

 

 学生にとって、呼び出しという単語は何となく、素行の悪い生徒に使うものという印象を感じることもあるだろう。まさしくそういう風に受け取った護堂からしてみれば、品行方正で優秀な祐理が呼び出しを受けるとは、という驚きのような感情があった。

 

「呼び出し、と言っても学業上のことではなく、どうやら私の知人のことについて話を伺いたいそうなのです」

「知人についての話?」

「ええ……護堂さんは、静花さんから草壁椿さんについて何かお話を聞いたことはありますか?」

「草壁椿?」

 

 はて、と護堂はその名前を脳内で検索してみる。苗字は自分のそれと似ているが、しかし幾らか考えてみても、それ以上のことはどういう方向でもあっても思い浮かばない。

 

「いや、知らない名前だ。その人は静花の友人なのか?」

「はい、私と同じ茶道部に所属する、中等部の三年生の方です。静香さんとは友人関係だと聞いています」

「その草壁椿とやらがどうかしたのか?」

 

 リリアナの問いかけに、祐理は表情を曇らせる。良いことは起こっていないと、容易に察する事が出来る表情だ。

 

「実は……新学期が始まって以降、椿さんと学校に来ておらず、連絡も取れないんです。より正確に言えば、どうやら夏休みの途中からそうであったらしく、お父上もそうであるのだそうで」

「何か事件に巻き込まれたってことか?」

「そこまでは……ただ、それを聞いて余所にお住まいであったご家族の方が話を聞きに来たらしく、捜索の為にも最近の彼女のことについて私から説明をして欲しいと、そう先生から頼まれたんです」

「なるほど」

 

 それなら仕方ないな、と護堂は頷く。

 

「じゃあ……そうだな、話が終わるまで俺らは待つことにしよう。俺らだけで聞きに行っても二度手間になりそうだし、もしかしたらその間にエリカから連絡が来る可能性もある。二人とも、それで問題ないよな?」

 

 護堂の確認に対し、今後こそ二人とも頷きを返す。

 

「じゃあ、そういうことで」

 

 そう話を纏めて、三人はようやく、昼休みの存在意義の一つでもある昼食をとり始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 護堂達がそんな昼時間を過ごし、そして午後の授業を受けていた、その頃。エリカは一人、とあるカフェで紅茶を味わっていた。平日とはいえ人通りもそれなりにある屋外のカフェであるが、やはり外国人であるからか、はたまたあまりに堂々としているからか、店員を含め、学生である彼女に対し声をかけてくる者はいない。

 

「……リリィには劣るかしら?」

 

 一口飲んだ紅茶に対し、エリカはそんな事を言いながら小首を傾げる。もっとも、元より味に期待して注文したわけではなく、単に場所代兼まだ僅かに残る眠気を追い払う為の注文であったので、特段文句はなかった。

 

「それにしても、ここまで情報がないとはね」

 

 とはいえ、紅茶の味にやや不満を覚えた所為か、エリカは思わず愚痴じみた言葉を紡ぐ。昨夜の一件の後、エリカは家に帰る予定を変更し、朝方まで諸所に連絡を取ったり、実際に足を運んだりして、情報収集を行っていたのだが、結局彼女が望んだ情報を得る事が出来なかったからだ。

 

 護堂と会った時も、睡眠の途中で起きたのではなく、彼が帰った後にようやくベッドに体を埋めたのである。夜型であっても徹夜主義者ではないエリカは、そのまま昼過ぎまでゆっくりと眠って、つい先ほど起きてきたばかりであった。

 

 そんな彼女がこうして昼下がりのカフェにいるのは、ひとえに待ち合わせの約束をしたからである。学校を完全にさぼったのも、半分は睡眠の為であるが、もう半分はこの約束の為である。

 

 

 

 

 さて、とエリカがカップの半分ほどを飲み干した頃、彼女の対面の席に男性が座った。

 

「……どうも、エリカさん。お待たせしてしまいましたかね」

「あら、日本人は時間に律儀だって聞いていたのだけれど、遅刻かしら?」

「日本特有の社交辞令って奴ですよ。時間には間にあっていますし、単にエリカさんが来るのは早かっただけです」

 

 そう言ってエリカに時計を示したのは、正史編纂委員会所属の魔術師で、同組織においてもっともエリカたちと交流のあるエージェントである甘粕冬馬であった。彼は近くに来た店員にコーヒーを注文した後、いつものように真意を感じさせぬ笑みをエリカへと向ける。

 

「それで、稲穂秋雅様に関して情報が欲しいとのことですが」

「ええ。ちょっと調べてみたのだけれど、どうにも外部からだと情報が集まらなかったから、いっそ内部から探ってみた方が早いと思ったの」

 

 稲穂秋雅が正史編纂委員会を実質的に傘下に収めている、というのは海外の魔術結社からは半ば事実として認識されていることである。やはり、一人のカンピオーネが住む国にある唯一の魔術結社である以上、そういう認識になるのは自然な流れであろう。特に三津橋という、稲穂秋雅の窓口とまで称される者が委員会に所属しているというのが、その認識を加速させる大きな要因であるだろう。

 

 故にエリカは、昨夜の一件について調べるのであれば、委員会に直接尋ねた方が早いと考えた。無論、稲穂秋雅から緘口令が敷かれている可能性はあるものの、こちらにも草薙護堂というカンピオーネがいる以上、無下には扱われまいと判断していた。

 

「と、言われましてもねえ……」

 

 しかし、エリカの問いかけに対しての甘粕の反応は芳しいものではなかった。彼が浮かべている苦笑は、どうしたものか、という雰囲気をひしひしと感じさせる。

 

「何か問題があるのかしら?」

「問題というか……うーん、まあ、後から草薙さんが来たら意味がないので言ってしまいますが、私達東京分室は、稲穂様の目的に関して全く存じておりません」

「知らない?」

 

 それはおかしい、と甘粕の返答に対し、エリカは反射的に思う。何故ならば、昨夜の魔術師達はまず間違いなく正史編纂委員会に所属する者達のはずであり、そうである以上全く事情を知らないというのは明らかにおかしいからだ。仮に稲穂秋雅から目的を知らされずに動いているにせよ、それでも全く知らないというのはおかしい。

 

 それで何故、知らぬと答えるのか。疑惑に満ちた視線をエリカが向けると、甘粕は些か見慣れてきた苦笑を浮かべる。

 

「エリカさんの疑問はもっともだと思います。ですが実際に、私達東京分室は彼ら福岡分室の動きに関しては、あまり把握できていないんです」

「福岡分室? 確か、あの三津橋拓馬が所属している分室、よね?」

「ええ、まあ三津橋さんも含め、実質的な稲穂様の信奉者たちという感じですが」

「個人的に従っているから、組織として情報共有が出来ていない、ということ?」

「そんな馬鹿な、と思われるでしょうが、これがまた事実なものでして。稲穂様関連の情報をこちらから尋ねようとも、基本的に応じてくれないことが多いんですよね」

「今回もそういうことだと言いたいわけね。でも流石に、同じ組織に所属して、しかも舞台がこの東京であるというのに、貴方達にまったく情報が回ってこないというのはおかしいと思うのだけれど」

 

 どう? とエリカが目で問うと、ちょうどコーヒーが運ばれてきたことに託け、甘粕はそれに口をつけることで沈黙する。そのまま、しばしコーヒーを味わうことで誤魔化す甘粕であったが、その間もずっと緩む事がなかったエリカの視線に、ついに降参と言う様な仕草をとる。

 

「はいはい、分かりましたよ。私達の恥も恥みたいなことですから、出来れば話したくなかったんですけどね」

 

 はあ、ととびきり大きなため息をついて、不承不承という風に甘粕は口を開く。

 

「……実の所、私達東京分室、及び関東の各分室は、稲穂秋雅様と良好な関係を築けていません。というか、事実上断絶状態にあります」

「断絶? ――なるほど、だから護堂に」

 

 そうか、とエリカは納得したように頷く。確かに、以前から疑問はあった。何故、正史編纂委員会――より正確に言えば東京分室は、草薙護堂に対しこれほど下手に出ているのか、と。勿論、カンピオーネという存在への対応としてはおかしくないのだが、既に稲穂秋雅という――他の王と比べて特に良心的な――王が国内に存在しているにもかかわらず、ここまで護堂に対し協力的というか、他に頼れるものがいないとでも言いたげな対応をとっていたのは、エリカからすれば疑問であったのだ。まるで、彼らの選択肢の中には稲穂秋雅という札がないようだ、と思っていたのだが、なるほど、協力が得られていないのであれば――更なる疑問は出てくるものの――これに関しての疑問は解決されようというものだ。

 

「……それで、どうして稲穂様と関係がよろしくないのかしら?」

「端的に言ってしまえば、過去に稲穂様への対応を盛大にミスったんですよ。その所為で稲穂様の逆鱗に触れてしまい、結果稲穂様は私達からの要請には一切応えないとの宣言を出されました。仮に東京にまつろわぬ神が現れたとしても、基本的に助ける気はない、とね」

「それはまた……」

 

 甘粕の説明に、さしものエリカも思わず言葉を失う。あの稲穂秋雅に対しそこまで言わせるとは、という驚きや呆れがその理由だ。

 

「一体何をやったの、と聞いてみたいところだけれど……」

「流石にそれは勘弁してください。委員会の恥も恥な一件を、他国の結社所属の人には教えられませんよ。こればっかりは草薙さんの要請でもあまり答えたくない所です」

「でしょうね」

 

 駄目元の質問であったので、特に落胆することもなくエリカは頷く。そもそも東京分室が稲穂秋雅と不仲であるということだけでも、彼らからすれば話し難いことであっただろう。これが他の結社の間で周知となった場合、下手をすれば稲穂秋雅どころか草薙護堂すら日本から離れかねない情報だ。少なくとも稲穂秋雅からの助けを望めない彼らにとって、せめて草薙護堂の確保だけは、多少のリスクは負ってでも成し遂げないといけないミッションなのだろう。

 

 とはいえ、エリカからすれば、少しばかり無茶な頼みをしてもおそらくは応じてくれるだろう、という強みになる情報だ。むやみやたらに言いふらさず、このまま自分の胸のうちに留めておくべきだろうとエリカは判断する。まあ、おそらくはそれを見越しての暴露なのだろうということも、同時に察せたのだが、どうでもいいことではある。

 

「まあそういうわけでして、福岡分室の人間がどう動こうとも、こっちに情報は回ってきません。加えて、稲穂様が立たれてからの彼らの技能の上達は凄まじく、隠匿や調査に関しては私達よりも上。おかげで彼ら自身を調べようにしても、核心に迫る前に撒かれてしまうという」

「仮にも組織なのだから、命令なりなんなりというのは出来ないの?」

「事実上はともかく、名目上はどの分室も同列みたいなものですから、ちょっと難しいですね。福岡分室の室長が代わったのでもしや、とは思ったのですが、想像以上に稲穂様への忠義に篤かったようで、端的に言うと無理っぽいです。下手にごり押しして、稲穂様と草薙さんとの国内大決戦とかになったら困りますし」

「逆に、あちらはそれも構わないという態度を取っていたりするかしら? 護堂と稲穂様、客観的に見れば、あちらが有利と思うのは当然の話だし」

「まあ、そういう考えもあるかもしれませんね。流石にそんな直接的な話が出てきた事はないので、断言は出来ませんが」

「大変ねえ」

 

 と、心の篭らぬ声でエリカは言う。そんな彼女の言葉に、甘粕はますます苦笑を深めるばかりだ。

 

「とりあえず、事情は分かったわ。この一件に関しては、貴方達はあまり頼りにならないというわけね」

「そういうことになります。まあ、一つだけ情報があるといえばありますが」

「どんな?」

「数日前に福岡分室から、うちに所属するとある魔術師の所在の開示を要請されていましてね。エリカさんが知りたい事と関係があるかどうかはともかく、私達が握っている情報はそれくらいしかありません」

「なんて名前の魔術師なのかしら」

「草壁康太、という名前の魔術師です。先んじて言っておきますが、草薙さんの苗字とは似ているだけで全くの関係はありません。元は福岡分室に所属していたんですが、数年ほど前にこっちに移動してきました」

「その所在を彼らは知りたがったと。それで?」

「連絡が来る少し前から失踪中で、現在に至るまで所在不明。彼は娘の一人と同居していたようですが、そちらも失踪しています。隠すようなこともないですし、あちらにはそのまま伝えました。その後はこっちに来るという連絡だけで、まるで何も分かりませんけどね」

「ふうん……」

 

 ひょっとしたら、あの逃走者こそその草壁康太ではないのか。そんな考えがエリカの脳裏に浮かぶ。とはいえ、どうして彼らが草壁康太を捕らえようとしていたのかに関しては、まるで情報が足りていない。推理をするにしても、その取っ掛かりもない状況ではいかんともしがたいものがある。

 

「……っと、ちょっと失礼」

 

 と、浅く思考の海に沈みかけたエリカに断りを入れ、甘粕はかかってきたらしい電話に出た。そして、短い会話の後、甘粕は困ったような表情で電話を切ってしまう。

 

「どうかしたの?」

「ええ、まあ。分室の方から連絡が来たのですが――稲穂秋雅様が東京にいらした、と」

「え?」

 

 思わず、エリカは驚きの声を上げた。先ほどまでの会話を踏まえると、稲穂秋雅が直接こちらに来るというのは、些か予想から外れかけていたことであったからだ。

 

「こっちも驚いていますよ。まさかあの方がいらっしゃるなんて予想もしていませんでした。これは、私達の予想以上に面倒なことが起こっているのかもしれません」

「どうやら、そのようね」

 

 これから何が起こるのか。そして、そこに護堂達はどのように巻き込まれる――護堂の性質を踏まえると、これで何もないというのはエリカの思考にはないことであった――のか。それはエリカにもまるで予想の出来ぬ未来であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして、その日の放課後。

 

「初めまして、草壁紅葉と言います。妹のことについて、お話を伺いたいと思い、今回は訪ねさせて頂きました」

 

 学園の応接室。隣に同じ用件で呼び出された静花がいる中で、祐理は思わず言葉を失っていた。その理由は、今しがた挨拶をした、草壁椿の姉を名乗る何処か人間らしさの感じられぬ女性ではなく、

 

「――稲穂秋雅と申します。紅葉さんの付き添いとして、今回は同席をさせていただきました」

 

 彼女の隣に座り、薄く笑みを浮かべている、一人のカンピオーネの存在にあった。

 

 

 

 


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