トリックスターの友たる雷   作:kokohm

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彼は死なず、ただ決着をつける

「秋雅さんがいない……?」

 

 呆然と紅葉が呟くと、その言葉に反応して、ヴェルナたちも周囲を見渡す。紅葉と同じ光景を見て、同じ結論に至ったのか、五月雨は見る見るうちにその表情を強張らせる。

 

「まさか、そんなはずが!?」

 

 言葉にこそ出さないものの、二人がおそらく、同じ『最悪』を思い浮かべているのだろう。力なく、二人の肩が大きく落ちそうになった、その時だ。

 

「何を心配しているのよ、二人とも」

 

 ポンと、二人の肩がそれぞれに叩かれる。振り返れば、そこに立っているのは、ヴェルナとスクラの姉妹だ。そのどちらもが、やれやれと言いたげな表情を浮かべ、不適に笑う。

 

「さっき私が言ったこと、もう忘れた?」

「稲穂秋雅は決して死なない。それは、貴女達も一度見た真理のはず」

「というか、その証拠が、今そこにあるもの」

「え……?」

 

 すらりと伸びたヴェルナの指、その示す先を紅葉たちは見る。そこに見えるのは、未だ膝をつき、息を荒げる義経のみ――では、ない。

 

「アレは……!」

 

 初めてに見えたものは、渦巻く小さな風だった。何故、風という無形の物を見る事が出来たのか。それはその風が、不思議なことに、黒くその身を染めていたからだ。

 

 その黒い風は、最初は確かに小さく、頼りないものだった。しかし、その風は徐々に勢いを、大きさを増していき、ついには等身大にまで至り、強く、激しく渦を巻く。

 

「……は、ははっ!」

 

 正面から、その風を見ていた義経が、不意に笑い声を上げたのを、紅葉は僅かに聞く。風の向こうということで、紅葉からはよく見えないものの、その笑みは何故か、裏のないもののように紅葉には見えた。

 

 何故、そんな表情を浮かべているのか。それを紅葉が考えるよりも先、ふと、風の中に影が生まれた。人間大のそれを見て、紅葉は目を見開く。

 

「あれは……!」

 

 驚愕と、歓喜。その二つを言葉の端から漏らす紅葉の前で、影は色を取り戻していく。徐々に人の姿となっていくそれは、紛れもなく、紅葉がよく知る男の背だ。

 

 ゆっくりと男が、右の手で風を払う。風が止み、男の姿がはっきりと映される。

 

 そして、

 

「――待たせたな、諸君」

 

 王者の風格と共に、稲穂秋雅は己が健在を周囲に知らしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋雅さん!」

「ご無事でしたか!」

 

 背後から、紅葉と五月雨の安堵に満ちた声を秋雅は聞く。それに対し、軽く手を上げることで返事をしつつ、しかし秋雅の視線は、立ち上がる義経の方へと向けられている。

 

「兵ごと滅せるかとも思ったが、中々どうしてしぶとい奴だ」

「貴様こそ、自らが放った裁きの光に飲み込まれたものかと思ったのだがな」

 

 痛ましい姿をさらす義経に秋雅が不敵な笑みを浮かべれば、義経もまた呪力の残量が少ない秋雅に対し口角を上げる。舌戦、というには弱いが、これもまた戦闘の延長のようなものだろう。

 

 ふん、と立ち上がった義経が鼻を鳴らす。

 

「流石は、と言っておこうか。先の死に連なる空間、貴様の命そのものでもあったとは、この義経の目を持ってしても見抜けなかったわ。なるほど、ならばあのような特攻も選べようというものだ」

「ハッ、死の領域である冥府の、その主であるこの私が、あの程度の『死』に頭を垂れるものか。我が札を見切る軍神の慧眼も、そんな単純な道理には気付けぬとはな」

「ふん、抜かしおるわ」

 

 義経の指摘を、秋雅は余裕の態度で笑い飛ばす。常であれば多少の動揺も見せただろうが、疲労の所為なのか、それは実に自然な演技であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――あの時、秋雅は弁慶の妨害により、自分が放った『終焉の雷霆』に巻き込まれていた。いや、むしろ確実に弁慶を潰し、そして義経を討たんと、自らその懐に入り込み、近距離でその力を解放している。

 

 では何故、今こうして秋雅は生きているのか? 『古き衣を脱ぎ捨てよ』の再生能力をもってしても、全身が消滅してしまえば復活などできない。秋雅が死を脱した要因、その答えはずばり、義経の指摘そのままと言っていい。『冥府への扉』という権能によって作られた空間、あの『冥府』こそが、秋雅の死を消し去った最大の功労者なのだ。

 

 秋雅の権能によって生まれた『冥府』の利用価値は、何も現実に影響を及ぼさない空間の提供だけではない。むしろ、その本質は、秋雅の命のバックアップにあると言っていい。秋雅の半身である事を考えると、むしろ残機と表現すべきだろうか。あの『冥府』には、主にして半身である秋雅が死に瀕した時、自身を代わりに消滅させることで、秋雅の死を完全になかったことにする。そんな性質を持っているのである。

 

 義経たちが『冥府』から弾き飛ばされたのは秋雅の死が原因であるが、それは秋雅が完全に死んでしまったからではない。秋雅が死に瀕し、それをなかったこと(・・・・・・)にするために、『冥府』が自らその身をささげた。だからこそ、こうして今、秋雅達は現実の空間に立っているということだ。

 

 諸々の理由から、能動的に使うことは滅多にないが、いざという時には欠かすことのできない最後の手。秋雅にとって、『冥府への扉』という権能は、常の戦闘において使う不可欠な札であると同時に、いざという時にその効力を発揮する、『終焉の雷霆』と並ぶ絶対の『切り札』でもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「和やかな世間話もそろそろいいだろう」

 

 頃合だ、と秋雅はトリックスターと雷鎚を呼び出しながら言う。

 

「決着、つけようじゃないか」

 

 これ以上、敵と長々と話す理由はない。時間をかければ自分も多少回復するが、それは相手も同じこと。いい加減戦闘を再開するべきだと、秋雅が行動を起こそうとする。

 

「否――まだ話すべき事がある」

「なに?」

 

 しかし、何の思惑か、義経が秋雅の言葉を否定し、その行動を制した。軍神らしからぬ彼の言葉に、秋雅が怪訝な表情を浮かべる中、義経は秋雅を真っ直ぐに指差し、

 

「神殺しよ。貴様、名を何と言う?」

「……私の名前だと?」

 

 然り、と義経は続ける。

 

「仮にもこの義経、軍神としてこの場に立っている。その義経に、貴様は見事拮抗し、ここまでの深手を与えてみせた。それほどの戦士と相対しておきながら、その名を知らぬなど武人の名折れ。それに、何よりも――」

 

 口元に笑みを浮かべながら、義経は言う。

 

「――貴様はこちらの名を知っているというのに、こちらは貴様の名を知らぬなど、不公平ではないか」

 

 そんな義経の言葉に、一瞬、きょとんとする秋雅であったが、すぐさまに愉快そうな表情を浮かべる。

 

「ふっ、神が公平を語るとはな」

 

 ――面白い。そう呟いた後、秋雅は改めて神妙な面持ちを浮かべ、そして名乗る。

 

「秋雅――稲穂秋雅だ。覚えておけ、源義経」

 

 今更ながらの、端的な名乗り。それに義経は、満足そうな笑みを浮かべ、何度か頷く。

 

「稲穂秋雅、か。うむ、その名、しかとこの義経の胸に刻んだ」

 

 そして義経は、秋雅を真っ直ぐに見つめ、その名前を口に出して、言う。

 

「秋雅よ。我ら、今や共に満身創痍と言って否定できぬ身であることは、紛れもない事実。故に、一つ提案がある」

「提案?」

「なに、難しい提案ではない。一度ではあるが、この義経は貴様の策を見受けなかった。策を見抜けぬ策士に、再び策を練る資格などあるはずもなし」

 

 だからこそ、と義経は言う。

 

「策を用いる将ではなく、ただ一人の武人として、稲穂秋雅と戦う事を、この義経は望む。智をめぐらすような戦ではなく、古来よりの、武人としての誉れの如き戦をする。それが、この義経の提案よ」

「つまり、一騎打ちをやりたい、と」

 

 察し、ゆっくりと言葉を口にした秋雅に、義経は鷹揚に頷いてみせる。

 

「どのような手段を用いたにせよ、貴様はこの義経を一度、打ち破って見せた。だからこそ、この義経、我が策も、兵達も、一切使わん。互いに身一つ、武のみにての決着を、この義経は所望する」

 

 どうだ、と義経は秋雅に問う。

 

「秋雅にとっても、それは望むことではないか?」

「…………そうだな」

 

 義経の提案に、しばしの沈黙を挟んだ後、秋雅は頷く。

 

「一度目は策を読まれ、敗れた。二度目は、彼女がいなければ勝てなかった」

 

 既にここは現実世界だ。先ほどまでと同じように戦えば、周囲への被害は必須。それを踏まえれば、義経の提案を飲むことは、秋雅にとってメリットの大きいことだと、客観的にはそう判断できるだろう。

 

 

 

 だが、

 

「だからこそ――」

 

 そんな理屈など、もはや一切関係がなかった。今やもう理屈ではなく、秋雅はただ、感情でのみ、動く。

 

「――最後の決着だけは、自分一人の手でつける」

 

 何故ならば、

 

「それが、()の矜持だからだ」

 

 真っ直ぐに、義経と視線を交わしながら、秋雅は宣言した。利があるから、などではない。王であると同時に、戦士でもある身として、ただ、自身の誇りと、納得のいく決着をつけるために。

 

 それが、稲穂秋雅の矜持であった。

 

 

 

「うむ」

 

 秋雅の宣言に、義経は満足そうな笑みを浮かべ、頷く。

 

「ならばこそ――立て、勇猛にして疾き馬よ!」

 

 突如、義経が叫ぶ。同時、秋雅は自分のすぐ真横において、何かが生じようとしているのを感じる。しかし、それに対し、あえて反応しない事を秋雅は選んだ。何故ならば、今ここで義経が、不意打ちの類をするとは思えなかったからだ。神としてのプライドからか、こういう場面におけるまつろわぬ神というものは、ともすれば人間以上に高潔であることが多いという事を、秋雅はこれまでの経験から知っていた。

 

 そして、その推測は、そういった点においては確かであったようだ。

 

「馬、か」

 

 数秒と経たず、秋雅の、そして義経の傍らに生じたものは、秋雅の、そして先の義経の言葉通りの、がっしりとした、しかし土人形達と同じ材質でできた、物言わぬ馬であった。その二頭の馬は嘶きを上げるでも、身体を動かすでもなく、ただじっと、その場に佇んでいる。

 

「秋雅よ、これらを用いて決着をつけたい。なに、戦闘中に貴様の馬に命を下すなどはせぬゆえ、安心して騎乗するがいい……乗れぬ、というのであれば話は別だがな」

「安い挑発だな。だが、乗ってやろう」

 

 口の端に笑みを浮かべて、秋雅は傍らの馬に飛び乗る。流石の秋雅も馬上戦闘の経験はないが、乗馬経験そのものは何度かある。まつろわぬ神の馬であるのだからある程度は融通も利くだろうし、そもそも秋雅の神殺しの肉体はこういう初見の事態にも案外と適応してみせる。どうにかなるだろうと、決して慢心や適当ではない考えが、秋雅にはあった。

 

「その意気や、良し」

 

 秋雅と同じような笑みを浮かべて、義経もまた傍らの馬に飛び乗る。そして虚空から一振りの大太刀を取り出し、構える。

 

「カンナカムイの宝剣ではないのか」

「あれはこの義経自身の力とは言えぬ。最後の一駆けに用いるにはつまらぬであろう」

「そういうものか」

 

 義経の言葉を軽く流しながら、秋雅はトリックスターを召喚する。雷鎚でないのは別に義経の主義に合わせたわけではなく、単にリーチの問題だ。通常戦闘ならばともかく、馬上戦闘において雷槌は中々に扱い難いだろうと、そう思っただけである。

 

 だから、呼び出したトリックスターの姿も、馬上戦闘、特に突撃において役立つであろう、ランス(馬上槍)の形状ととっていた。しかも、一つにして六つであるトリックスターの全てを用いた、最大重量、最高密度のそれである。これならば、カンナカムイの宝剣ならばともかく、今義経が持つ大太刀には十分に対抗できるだろう。

 

 とはいえ、いくら強い武具であっても、使いこなせなければ意味がなく、現時点の秋雅の身体能力では些か扱いが難しい。

 

「――汝は確かに破壊の力なり。されどまた育みの力でもあり。故に我は願う。汝、我にその力の一端を授け給え……!」

 

 バチバチと、秋雅の全身に紫電が走る。復活から解除されていた、『実り、育み、食し、そして力となれ』を再び発動させたのだ。人の身体を操るその雷によって、秋雅の全身は強化され、その身体能力は魔術によるそれよりも格段に上昇する――はず、であった。

 

「これは……?」

 

 権能の発動により、自身の身体能力が上昇したと自覚した直後、秋雅の表情が困惑に変わる。秋雅が跨る馬、先ほどまでは確かに土のようであったその体表が、姿が、明らかに違っていた。その皮膚は滑らかで、手触りの良いものに変わり、そのたてがみは豊かで美しい。その足は太く、力強さを増しており、如何な悪路であれ走破出来そうである。

 

 驚く秋雅を乗せたまま、馬が大きく嘶く。その鳴き声はまるで生きた馬のようであり、先ほどまでの人形じみた気配はまるでない。生命に溢れている、とまさしく表現できるその姿は、体格など変わっていないにもかかわらず、まるで一回りほど大きく、雄大になったようにも感じさせる。

 

「……は、ははっ! 面白い、面白いな、秋雅よ!!」

 

 秋雅と同じく、困惑の表情を浮かべていた義経が、愉快でたまらぬという風に笑い声を上げる。

 

「この義経より生まれた馬に、貴様は生命を与えてみせたか! もはやその馬はこの義経の手を離れ、貴様にのみ忠実な存在! やはり、貴様は面白い!!」

「勝手に面白がるな。まったく、何がなんだか分からんが……」

 

 まあいい、と後半は半ば素の口調で秋雅は呟く。おそらくは馬上した状態で使った『実り、育み、食し、力となれ』が伝播し、何か作用したのだろうが、今はそれを検証する場合ではない。とりあえず頼れそうではあるのだから、それでいいではないか。そう、秋雅は割り切ることにした。何せ、今は義経との一騎打ちの準備を整えないといけないのだ。細かいことは後でいい、と秋雅は思考を切り替え、トリックスターを構える。

 

「万物を焼き尽くす絶対なる炎よ。我が武具に纏い、全てを滅する力とならん……!」

 

 構えたトリックスターに対し、秋雅は『義憤の炎』を発動させた。全てを破壊する炎がトリックスターに巻きつき、その破壊力を付与させる。形状は違えども、槍に分類される武器に使ったからであろうか。その勢い、ひいてはその破壊力は、秋雅の予想よりも大きく、強いようである。それもまた、検証は後でいい、と秋雅は考えつつ、炎纏う槍で義経を指す。

 

「準備は、整ったようだな」

 

 秋雅が炎の槍を構えたのを見て、義経は笑い声を上げるのを止め、自らも大太刀を構える。馬に乗り、互いに武器を構えた二人は、しばしの間機を探るように睨みあいを続け――

 

 

 

 

『ハァッ――!!』

 

 まったく同じタイミングで、二人は馬を走らせた。片や大太刀、片やランスを構え、二人は馬に乗り、駆ける。

 

 馬の速度は、どちらも大差ない。僅かに、秋雅の乗る馬の方が速いだろうか、という程度だ。初期での彼我距離は、おおよそ五メートルほど。それが瞬く間に縮まっていき、ついにはその中心点で激突――しない。

 

『ッ――!』

 

 すれ違う瞬間、二人はその口の端を歪める。どちらもが攻撃せず、ただ相手の横を駆け抜けていく。二人とも、この距離ではとても突撃の勢いが足りぬこと、そして相手もまたそうするだろうと判断したからこその行動であった。

 

 そして、二人はそのまま、さらに五メートルほどを駆け抜けたところで、まるで示し合わせたかのように、同時に馬を反転させる。見事なまでのUターンによって、その勢いは殺されぬまま、むしろさらに加速させて、二人は駆ける。

 

 残り八メートル――――六メートル――――四メートル――――二メートル――――

 

 

 

「ぬうん――!!」

「でえいっ――!」

 

 

 ――激突。義経が振るう大太刀と、秋雅が突き出す馬上槍が激突し、一瞬の金属音を立てた。ともすれば、あっけないとも表現できたかもしれない。それほどまでに、二人の交差は一瞬で、鍔迫り合いの均衡もなく、意外なほどにあっさりと終わる。

 

 

 

 

 交差の後、二頭の馬は徐々に速度を落としていく。段々と、『走る』が『歩く』に代わっていき、ついに二頭は、偶然にも、自分達が最初に出現した場所に、しかしその時とは逆向きの位置で止まり、そして消えた。今の突撃に、自身が存在する為の力すら使い切ったのであろう。明確な、確固とした意思があったのかは不明だが、どちらの馬も主の為に全てを奉げ、その忠を示しきったのだ。

 

 

「ぐっ、うう……」

 

 突如の馬の消失にも慌てず、見事に着地を決めた秋雅であったが、次の瞬間には、膝をつき、右腹部を押さえながら苦悶の声を漏らす。見れば、そこには内臓にすら達しているのではないかというほどに大きな傷が刻まれている。それは、余人であれば間違いなく致命傷と判断されるであろうほどの深手だが、カンピオーネにしてみれば、すぐさまに死ぬような傷ではない。常の秋雅であれば『古き衣を脱ぐ捨てよ』の効果により、たちどころに治してしまうだろう。

 

 しかし、常ならばもう回復しただろう時間が経ってなお、秋雅の傷は回復の兆しを見せない。かろうじて傷の周囲に紫電が走っているものの、これも先ほどまでとは比べ物にならぬほど弱い。それはもはや、傷の回復すらも満足に行えないほどに、秋雅の呪力がつきかけているという証左だ。もし、このまま連戦ともなろうものならば、紛れもなく敗北するであろう。

 

 だが、

 

「――秋雅!」

 

 背後から声と共に、何かが投げられる気配を秋雅は感じた。膝をついた体勢のまま身体を回し、振り向きざまに秋雅はそれを手で掴む。

 

「これは……」

 

 受け取ったものを見て、秋雅は素直に驚く。これまでに何度も見たそれは、鞘にこそ収まっているものの、義経が幾度も振るっていた、カンナカムイの宝剣だ。何故、という思いを得た秋雅に、再び声がかけられる。

 

「持っていけ……神殺しとして、この義経の力を奪う貴様であれば、振るうことも叶おう。勝者には……褒賞が必要故に、な……」

「……義経」

 

 秋雅に声をかけた義経の胸には、深々と一本の槍が突き立てられていた。胸を貫き、背にまで達するそれは、例えまつろわぬ神であろうとも死を避けられぬほどの、明らかにして絶対的な、致命の一撃であった。

 

 あの激突の瞬間、胸を狙い振るわれた大太刀は、馬上槍に弾かれて腹を切り裂くに留まり、腹を狙い突き出された馬上槍は、大太刀に流されてその胸を貫いていた。このような結果となったのは、武器の性質の違いもさることながら、呪力は空に近くとも肉体的なダメージのなかった秋雅と、呪力に余裕はあっても身体の芯にダメージが残っていた義経の差だったのかもしれない。

 

「……ふっ、面白い……ものだ」

 

 秋雅が見つめる中、先ほどまでとは打って変って、穏やかな表情を浮かべながら義経は呟く。

 

「顕現して早々、彼奴めに不覚を取り、名と自由を封じられたときは怒ったというのに……今は、少しばかりの感謝すら感じてしまう。おかげで、稲穂秋雅という……強き武人と戦えた……」

「……お前は、誰かに封じられていたのか」

「然り。あの、善と悪を流離う悪戯なる神に……な」

 

 ピクリと、秋雅の眉が動く。今の義経の言葉、それは秋雅にとって、どうしても聞き流せぬ言葉であったからだ。

 

「その表現、もしや、お前が戦った相手というのは――」

「――ロキ、そう、彼奴は名乗っていた」

 

 秋雅の目が、大きく開かれる。これまでと違い、あからさまなまでの秋雅の反応に、義経は不思議そうな表情を浮かべた後、フッと笑う。

 

「何やら、縁がある相手であったようだな……ならば、彼奴めの企みとやらは、成功したのかも知れぬな」

「企み? 何のことだ? お前はロキに関して、何を知っている?」

「何も知らぬさ、秋雅よ。この義経が知っているのは、彼奴めが何かの企みの元、この義経を封じたということのみよ」

 

 ふう、と疲れたように義経は息を吐く。気付けばその身体は、端から徐々に崩れ始めている。もはや限界、ということなのだろう。

 

「秋雅よ……この義経の剣と、その力を受け継いていく者よ。汝が生に、満足ある死があらんことを…………」

 

 その言葉を最後に、義経の身体は風化し、消滅する。その場に残ったのは、その胸に刺さっていたトリックスターのみだ。

 

 

 

 

「……満足ある死、か」

 

 手に持ったカンナカムイの宝剣を杖にし、ようやくと立ち上がりながら、秋雅は呟く。

 

「お前の死こそ、そうであったというとなのか…………」

 

 どうなんだろうか、とさらに呟いて、秋雅は力を抜くように笑う。

 

「いや……今はどうでもいい話、か」

 

 適当に、しかし真剣な調子でそう言って、秋雅は背後へと向き直る。その視界に映るのは、嬉しそうに笑みを浮かべながら走ってくるヴェルナとスクラ、そして安心したような表情を浮かべながら二人に続く紅葉に、感謝を示すように深々と頭を下げる五月雨の姿。

 

「生憎と、死を考えるには、まだまだ忙しいみたいだからな……」

 

 走ってくる彼女たちに片手を上げて見せながら、何処か嬉しそうに秋雅はそう言うのであった。

 

 




 ようやく決着がつきましたが、その後の話までは入れませんでした。若干予定は変わりますが、次回の前半で秋雅視点を終わらせ、後半からこの章の最後手前ぐらいまで護堂達の視点で話を進めていこうと思います。



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