トリックスターの友たる雷   作:kokohm

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彼女の目に映るのは

「……ようやく、一息つけたな」

 

 呼吸を整え、秋雅は膝をつくほどに消耗していた身体を、どうにか起こす。

 

「ざっと五割……ちょいとキツイな、これは」

 

 自分の内にある呪力の量に、秋雅は渋面を浮かべる。少しの間とはいえ不毛な消耗戦に付き合わされたこと、そして何よりも弁慶の拘束を免れる為に呪力を使いすぎたのが不味かった。状況が状況であったので半ば無意識で権能を使用してしまったので、はっきりと言って無駄の多い使い方をしてしまったのだ。これがもう少し冷静な時であれば、幾らか効率的なやりかたをしていただろう。

 

 しかもこれが、義経からコントロールを奪った雷雲から、その呪力を絞りつくすまで雷を受け続け、最大まで回復しきった結果なのだから笑えない。普段の戦いと比べて、どれだけ呪力を無駄遣いしていたのかが容易に知れる話である。

 

「精進が足りないってことだろうな。まだまだ、学ぶべきことは多いか」

 

 一時、己が未熟を恥じるものの、しかしそんな暇もないと、秋雅はすぐさまに思考を切り替える。

 

「さて、どうやって義経を倒すか……」

 

 まず、正面からというのはない。馬鹿正直に正面から戦いを挑んだ所で消耗戦に引きずり込まれるのがオチだ。そもそもこの状況では、あちらの方がそんな状況に持ち込もうとしないだろう。

 

 では、奇襲をかけるのはどうか。実の所秋雅の中での一番はこれだ。真っ向から力押しでは勝てない以上、電撃的に接近し、義経に致命の一撃を与えるより他にない。そこに至るには『我は留まらず』を用いればいいし、必殺の攻撃に関しては秋雅の最大火力であり、最後の切札でもある『終焉の雷霆』を用いればいい。

 

 普段であれば、まつろわぬ神という、人知を超えた相手に対し、単なるゴリ押しという選択は取らないのだが、相手が策士となるとまた面倒になる。自分以上の策士を相手にしているときに、下手な小細工で挑むなど読みきられるのがオチだろう。だったら、稚拙とはいえ、無理やりな力押しでどうにかした方がまだマシな可能性が高い。

 

「となると、やるべきは……」

 

 口の中で転がすように呟きつつ、秋雅は目を閉じる。秋雅によって作り出されたこの『冥府』は、秋雅にとって半身も同じ空間である。意識を集中し、リンクさせれば、『冥府』内の存在を、呪力を元とした感知を行う事が秋雅には可能であった。

 

 だが、

 

「…………ちっ、やってくれる」

 

 目を開け、秋雅は舌打ちをする。というのも、今の感知で、義経の反応が優に十を超えていた(・・・・・・・・・・・・・・・)からだ。

 

「さっきの囮同様、自分の呪力を土人形たちに移したか。どれが本体かさっぱり分からんな」

 

 諦めきれず再度感知を試してみるものの、見つかる義経の反応は十以上で、突出しているものがない。ある程度均等に、どれが本体か分からぬようにしたのだろう。秋雅の感知能力に関して義経が知っているはずがないのだが、その可能性を考慮して囮としているのだろうか。

 

 ちなみに、この感知に一般の土人形達は引っかからない。あまりに向こうの呪力が少なすぎて見つける事が出来ないからだ。逆にある程度呪力があり、それが誰の呪力であるのかを秋雅が知っていれば感知は可能であるので、ヴェルナたちの居場所などはしっかりと把握している。先ほどの戦いの中心点からかなり遠く、今の秋雅がいる場所からも離れたある一点に全員で待機しているようである。

 

「一体一体潰すか……? いや、その場合奇襲にならない……そもそもこいつらの中にすらいない可能性も…………」

 

 どうするべきか。思考の断片を口から漏らしながら、次の手を秋雅は考える。幾つかの策を思い浮かべ、それを否定するという事を繰り返していく。すると最終的には、やはり、一つしか残らなかったので、秋雅は渋面を浮かべ、呟く。

 

「駄目だな。結局の所、義経の居場所が分からんとどうにもならん」

 

 何をするにせよ、相手の場所が分からなければどうともしようがない。どんな手を選ぶにしても、この問題を解決出来ないことには何も始まらないのだ。

 

「……ちっ、おちおち考えてもいられんか」

 

 突如、秋雅は舌打ちをしながら周囲を見渡す。数秒ほど辺りを見渡し、四方のうちの一つに歩み寄り、下界を見下ろす。そこに見えたのは、こちらへ向かって行進をする、土人形たちの軍団だ。おそらくは、回復のために使った落雷を目印としてここまで来たのだろう。

 

 また、よくよくと見てみると、他とは意匠の異なる一体の土人形が、軍勢を率いているようだ。明らかに、周りにいる土人形たちの上位種であると察せられる。その姿を視界に収めた秋雅は、数秒の沈黙の後、忌々しげに吐き捨てる。

 

「やはり、か。厄介だな」

 

 その特別な土人形であるが、どうにも、先に感知した義経の呪力を持っているうちの一体であるらしいと、秋雅の感覚は告げていた。これで、今の秋雅では、義経とそれ以外の存在を、明確に区別して感知する事が出来ないと証明されてしまったということになる。

 

「思惑に乗せられている気しかしないが、放置も出来ん……」

 

 義経の手のひらの上なのだろうが、かといってあれを放置するという選択も取れないのは事実。本丸のみを討ちたいというのに、囮の各個撃破をしなければならない。まったくもって、秋雅からしてみれば苛立たしいことこの上ないと言えるが、文句を言い続けても状況は好転しない。

 

 故に、

 

「なんであろうが、今はただ討つのみ!」

 

 結論を口に出し、トリックスターを構えながら秋雅は屋上より飛び出す。呪力の消耗を抑えるために『我は留まらず』は使わず、強化された身体能力でもって軍勢の中心部へと飛び込み、相手が反応するよりも早く剣を振り、直近の土人形達を切り捨てる。

 

「さあ、来い!」

 

 そうして、秋雅にとって、望まぬ第二回戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここまで来れば、十分かな」

 

 そう呟いたのは、秋雅の命令に従い、ここまで疾走を続けていたヴェルナだ。ちらりと後ろを見て、これならば戦闘の余波に巻き込まれることはないだろうと判断し、彼女は徐々に走る速度を落とす。

 

 それを見て、他の三人もまた――止まる理由に勘付いているかどうかはともかくとして――同じように速度を落とし、ヴェルナが立ち止まったのに合わせて足を止める。

 

「どうしたんですか?」

「これ以上離れなくても大丈夫だと思ってね。流石に、この距離なら余波も来ないでしょ」

 

 既に戦場の中心から数キロは離れている。ここまで離れればそうそう巻き込まれることはないだろうと、ヴェルナは皆に説明をすると、スクラが眉をひそめながら口を開く。

 

「このぐらいで大丈夫だと思う? 秋雅の――ええっと、切札、切札ね。あれ、結構な効果範囲があるはずだけど」

 

 何のことだ、とヴェルナは一瞬だけ思ったが、すぐにスクラの意図を察する。秋雅の持つ権能、『終焉の雷霆』のことを言っているのだ。わざわざ切り札という言い方に変えているのは、情報の秘匿を考えてのことなのだろう。

 

 紅葉だけならばともかく、五月雨もいる現状では、あまり迂闊に秋雅の権能に関する情報を露に出来ないからだ。これは相手を人間的な意味で信用している、していないという話ではなく、単に彼女が正史編纂委員会という、あくまで秋雅の協力組織の一員であるからだ。別組織の所属である以上、必ずしも秋雅を裏切らないとは言えない

 

 そういうわけであるので、紅葉のように秋雅の直轄であるか、あるいは三津橋のように特別に秋雅からの許可を得ている者のみが、秋雅の権能の情報を知ることができる。やや過剰かもしれないが、秋雅はそれほどまでに、情報アドバンテージを重視しているということである。本来であればカンピオーネの危険性を知らしめるために、その情報を収集、発信する賢人議会にまで、秋雅は自身の要求を徹底させるのだから、彼の直轄であるノルニル姉妹がそれに倣い、情報隠匿を徹底するのは当然のことであった。

 

「多分だけど、大丈夫じゃない? その気になればある程度は余波を押さえ込めるらしいし、よほどギリギリの状況でもない限り、この状況で秋雅が制御せずにぶっ放すことはないんじゃないと思う」

「ふむ……そうね、一応納得しておくわ」

「それで、これからどうします? このまま待機としますか?」

「まあ、それが無難かな。他にやることないし、まさか加勢に行くわけにもいかないしね」

 

 五月雨の質問に、ヴェルナは肩をすくめて答える。秋雅からの命令はあくまで退避であるし、そもそも彼女たちがまつろわぬ義経に戦いを挑んだ所で、幾らか耐え切るのが限界だろう。周りの土人形の掃除、くらいならば出来るかもしれないが、致死の一撃を受ける可能性は十二分にある。秋雅が戦闘に集中できなくなる可能性も高く、とてもではないが参戦しようなどという気が、彼女たちに湧くわけがない。

 

「戦況は、どうなっているのかしらね」

「さあて、どうだろ。さっきまでドッカンドッカン言っていたわりに、今はえらく静かだし」

「嵐の前の静けさ、は違いますね。小休止のほうが近いでしょうか」

 

 ほんの十分ほど前まで、背中越しでも分かるほどの、強力な落雷の音が響いていたが、今は随分と静かなものだ。今頃秋雅はどうしているのだろうかと、ヴェルナたちはそれぞれに自分達が走ってきた方を見る。

 

 そんな中だ。ヴェルナはふと、紅葉のみが自分達と異なる方向を見ていることに気がついた。何やら自分達の視線の先を中心として、その左右を交互に、何故か不思議そうな表情を浮かべながら視線を動かしている。

 

「あれ? 紅葉、何処を見ているの?」

「いえ、何で秋雅さんと、ええと、まつろわぬ義経は互いに離れた場所に居るんだろうと、ちょっと不思議だったので」

『……は?』

 

 ヴェルナとスクラ、二人の声が被る。何故そんなことが分かるのだろうか、という疑問の声だ。それに対し、同じく不思議そうに小首を傾げる彼女達の横で、五月雨が意外そうに口を開く。

 

「もしかして、紅葉さん。まつろわぬ義経もそうですが、稲穂様の気配も探れるのですか?」

「どういうこと?」

「いえ、そもそも私達がまつろわぬ義経を発見したのも、紅葉さんがその気配を感じ取ったからでして」

「……まつろわぬ神の気配を感じ取れるの?」

 

 心の底から驚いたヴェルナ達は、紅葉と五月雨はそもそも自分達がどうしてまつろわぬ義経と遭遇したのか、という説明を聞き、更にその驚愕を深める。だが、不可思議なことではあるものの、彼女の祖母の件があり、そうでもないと今の事態には陥っていないだろうというのは分かる話だ。吃驚仰天ではあるが、虚言を疑うほどではないか、とそのように結論付ける。

 

「しかしまあ……つくづく面白い体質だね」

「色々な要素が妙に噛み合った結果、ということなのかしら。これだけで一つの研究ができそうだわ」

「真面目にそうした方がいいかもね。それで、まつろわぬ神の気配を感じ取れるのは分かったけれど、秋雅の気配も感じ取れるの?」

「たぶん、ですけど。理由は分かんないですけど、この『冥府』に来てから、何故か秋雅さんの居場所も何となく分かるようになりまして」

 

 改めてヴェルナが尋ねると、紅葉は困ったように眉を下げつつ説明をする。自信なさげではあるが、しかし分かるのは事実だという彼女の説明を聞いて、三人は思案の表情を浮かべる。

 

「まつろわぬ神と神殺し、ある意味では近しいから、ということでしょうか?」

「そうなのかなあ? ちょっと分かんない事のほうが多いけど」

「人外レーダーとでも評すればいいのかしらね、これは。ただ、きっかけがいまいち不明瞭なのが疑問と言えば疑問化」

「まつろわぬ義経の方は単純に、紅葉さんの索敵範囲内に入ったから、ということではないでしょうか。稲穂様の方は……」

「まあ、ここに入ったからでしょうね。この『冥府』が幽体である紅葉に対し何らかの作用をもたらしたか、はたまた単純にここが秋雅の権能で出来た空間だから、秋雅のことがより分かるようになったのか」

 

 そうして、しばしの間、三人はああだこうだと話をするものの、不明瞭な部分が多すぎる以上、とりあえずの結論を出したところで議論を止める。

 

「――とりあえず、理屈はともかくとして、分かるものは分かるってことで」

 

 今はこれで十分だ、とヴェルナが代表して纏め、二人と、小首を傾げっぱなしだった紅葉も頷く。投げっぱなしの結論だが、ここでいくら話したところで理屈が分かるものでもないし、そもそもいくらやる事がないとはいえ今議論する話でもない。そうである、と理解しておけば今のところはいいだろうと、まあそういうことだ。

 

「でまあ、話をようやく戻すとして。紅葉、秋雅と義経が接敵していないっていうのは本当?」

「ええ。今義経があの辺りで、秋雅さんはあの辺りにいるみたいです」

 

 紅葉が指差したのは、最初の戦場であった交差点を中心に、左右に大きく離れた二地点だ。この距離で接敵中と言うのは無理がある、というくらいには離れていることに首を傾げる紅葉とは対称的に、ヴェルナたちは真剣な面持ちで、それぞれに思案のポーズを取る。

 

「一時撤退、ということでしょうか」

「どちらかが手痛いのを喰らって撤退。両者共に態勢を立て直している、というのが本命かしら」

「でも下手に離れると数的不利が祟りそうだし、撤退したのは秋雅の方の可能性が高い、かな。紅葉、どのくらい前から離れているってのは分かる?」

「ええっと……あの何度か聞こえてきた落雷の前後から、だと思います。その後はどちらも、今の位置を中心にちょこちょこ動いているって感じですかね」

「落雷の前後で致命傷を受けて後退。離れて怪我を治すなりをしていた時に、義経が放った兵と邂逅、戦闘を行った、という流れかしら」

 

 荒事の経験が少なく、どうにも把握が出来ない紅葉に代わり、彼女の情報から三人は秋雅の現状について推測する。ふうむ、と口元を指でなぞりながら、ヴェルナが口を開く。

 

「紅葉。秋雅のことだけど、義経の方に向かう素振りはある?」

「……ない、かと。今、ちょうど秋雅さんが動き出したようなんですけど、明らかにまつろわぬ義経がいる方向じゃないです」

「となると…………これ、秋雅に連絡したほうがいいんじゃない? 勘だけど、なんか秋雅はまつろわぬ義経の現在位置を把握していない気がするんだけど」

「同感ね。私達の知る秋雅の戦闘スタイル、及び所持権能を加味すると、今秋雅が義経の所に向かわない理由が思いつかない。義経の術中に嵌っているような気がしてならないわ」

「だね。待機はするけれど、サポートできることはしておこう」

 

 結論を出し、ヴェルナは懐から携帯電話を取り出すと、五月雨は軽く眉を上げる。

 

「この空間で電話が通じるのですか?」

「電波はないけど、これは魔術を用いた通話も出来るようにしてあるから。こういう普通の電話が使えない場所でも問題なく使えるよ。紅葉みたいにその魔術を知らない人でも送受信できるから、結構便利。普通に電波を使っての通信もできるしね」

「もしや、あの時に通信が出来たのも?」

「うん、これのおかげ。電波が通じないって分かったから、秋雅が速攻で切り替えて使った」

「……その電話、委員会の備品として作成を依頼することは出来ますか?」

「そういうのは秋雅にやって。私達はあくまで秋雅の直轄だから」

 

 五月雨の依頼を素気無く断り、ヴェルナは秋雅に対し電話をかける。数秒のコールの後、聞こえてきたのは訝しげな秋雅の声だ。

 

『……何かあったのか? まさかそちらに義経が向かったということもないと思うんだが』

「こっちは何も。ただ、秋雅に伝えておかないといけないことがあるんだよね」

『何だ?』

「まつろわぬ義経の居場所」

『――聞かせろ』

 

 ヴェルナに対し、端的に下された秋雅の命令。何処から説明したものか、と頭の中で組み立てながら、ヴェルナは今しがた知った事実に対し、話し始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……」

 

 とあるビルの屋上に、義経は土人形達を出すことなく、一人立っていた。義経の目の前に浮かんでいるのは、まるで将棋の盤を模したような、立体映像らしき図だ。盤の所々には駒のようなものが映されており、それらを時折操作しながら、義経は考え込む素振りを見せる。

 

「神殺しは見つからず、か。随分と網を広げているのだが、先の接触以来影も形も無いとは、奇襲をかける算段であろうか」

 

 しかし、と義経は自身の言葉に否定の言葉を投げる。

 

「かの神殺しに、この義経の所在を知る術はなし。あるのであれば先の囮に引っかかるはずもなく、そしてすぐさまにこの義経を討たんとするはず。未だここに来ていないこと、それはそのまま奴がこの義経を見失っている証左に違いなし」

 

 やはりおかしい、と義経は盤を見ながら唸る。

 

「あの神殺しは決して愚かな相手ではない。猪武者や臆病者ならともかく、消耗戦を犯す愚をあの男は選ぶまい。それは先の一戦でも知れること。しかし、ならば何故表に出ぬ? 大きく動き、兵達を誘い、ひいてはこの義経の所在を知り、強襲する。それがあの神殺しが選ぶ最良手であるはず。何故表に出ぬ…………」

 

 僅かな戦闘経験から、秋雅が取るであろう行動を見抜いた義経は、しかしその通りに秋雅が動いていないことを疑問に思う。そこに自分が読み違えたかもという不安は微塵も存在しない。それだけ、彼が自分の『目』に自信を持っていると共に、稲穂秋雅という男を買っているということでもある。

 

「……もしや、奴は既に、この義経の所在を知っているのか? そうであるならば、表に出ず、潜みながら迫っているとも分かるが……」

 

 義経は秋雅がこの『冥府』内に存在するものの所在を知れることも、そして義経の策により義経の居場所だけは感知できない、ということを知らない。しかし、先の一戦において、秋雅が攻撃の瞬間まで囮の存在に気付けなかったことと、義経の移動に気付けなかった事を義経は既に知っている。それを踏まえれば、秋雅が義経の居場所を感知できない、ということを推測するのは簡単な話だ。

 

 もしその後、戦闘中は使えなかった手で義経の居場所を知ったとしても、それでわざわざ先遣隊と一戦交えているのはおかしい。そんなことをせずとも、直接に、すぐさま義経を強襲すればいいからである。やはり、秋雅が義経の居場所を知る術はないはずだ、と義経は再び結論を出す。

 

「しかし、不可解なのは事実。何かあるとすれば、それは何だ……?」

 

 自身の推測と、実際の秋雅の行動。その齟齬を生み出している要因は、果たして何か。目の前の盤を睨みつつ、義経は自身の記憶を探る。これまで思考の端を漏らしてきた独り言もなく、ただただ無言で義経は考え込む。

 

 そのままどれほどが経ったのか。静かに考え込んでいた義経が突如、弾かれたかのように顔を上げる。

 

「――まさか、あの者か!?」

 

 義経の脳裏に浮かんだのは、自身が記憶を取り戻す前に、義経を『見た』一人の女の姿だ。決して偶然ではなく、確かに義経を知覚したあの、秋雅の配下らしき死人。確かではないが、しかし唯一残る、秋雅が義経を知覚できる可能性。その存在を、義経は今ここに至って思い出した。

 

 これを、『遅い』と罵るのは流石に無理があるだろう。記憶が定かではない時に、しかもまつろわぬ神からしてみれば個人の区別をつけにくい『人間』のことなど、常に気にかけておけというのはどうにも難しい。むしろ、時間がかかったとはいえ、思い出せたことを賞賛するべき、と言っても良いかもしれない。

 

「抜かった……! ええい!!」

 

 焦りと共に、義経は盤面にある駒をすべて取り除く。それは今冥府中に散らせている、義経の呪力を元にして作られている土人形達を、義経の下に再び呪力として還元させる行動だ。今更秋雅を発見する利など無く、むしろ戦力を散らせていることで自身を討たれる可能性が出てくる以上、居場所を知られてでも――そもそも義経の推測通りなら秋雅はとうに義経の居場所を知っている――手元に戻すより他にない。

 

「改めて立て、兵たちよ!」

 

 そして、改めて義経は自身の周りに土人形達を再召喚する。義経一人から一気に数十体もの土人形が増えたことで、ビルの屋上は一気に周囲への存在感を増す。それはつまり、敵からも発見されやすくなるということだが、何度も言うように義経の推測通りなら既に居場所は知られている。そんな事を気にするよりも、一気に増えた()で全範囲を見渡し、秋雅を早期発見するほうが万倍も良い。

 

「何処から来る……?」

 

 自身の目と、そしてリンクする土人形たちの視界で周囲を見渡しながら、義経は僅かに焦りを覗かせる。これまで策で秋雅を凌駕し、この後もそうするつもりであった義経が、初めて受身を取らされているからだろう。

 

 そのまま、焦りと共に義経は周囲を警戒する。そこかしこに延びるコンクリートの道、同じような高さで並ぶビルの屋上、そして赤黒く広がる大空。見渡せる全てを視界に収めながら、義経は秋雅の来襲を警戒する。

 

「――そこかっ!」

 

 義経が叫んだのは、彼が警戒を始めてから数分が経った頃だった。彼が見つめるのは何処までも広がる赤黒い空の一点。そこにあり、そしてすぐさま次の一点に転移する一つの黒い影。それは間違いなく、義経の下に迫ろうとする秋雅の姿だ。

 

「放て!!」

 

 義経の号令に、周囲に立つ土人形達が一斉に矢を放つ。放たれた無数の矢に対し秋雅は、時に手に持った剣で切り払い、時に炎を出して焼き払い、そして時に転移し、その全てを見事に躱しきる。

 

「ええい、やる!」

 

 とはいえ、義経からすれば見事などと暢気に言っていられる状況ではない。元々として、源義経というまつろわぬ神は、誇れるほどの火力を持つ神ではない。彼の強みは、いっそ無尽蔵とも言える土人形達、それを手足のように操る巧みな用兵術、そして戦闘を主導する千変万化な策を実現させることにある。圧倒的な物量と、相手の裏をかく策により、敵を自分のペースに嵌めることで落とす、というのが彼の基本的な戦法だ。

 

 それらは一度嵌れば抜け出せぬ蟻地獄であり、並の知恵者程度では逆転の策を紡ごうにも、むしろその全てを読みきられ、逆用されてしまうだろう。かといって軍神であり策士でもある彼を上回る知恵者など存在するはずもなく、仮に義経に匹敵するだけの者がいたとしても、おそらくは読み合いの末にこう着状態へと陥り、そしてやはり地力の高い義経の勝利を譲ることになるだろう。

 

 そんな策士に対し、どうやれば勝利を収める事が出来るのか。単純な話だ。策を練らず、相手の思惑に乗らず、ただ単純なまでの力押しで突破すればいい。何故ならば、義経の戦力のほとんどは所詮有象無象でしかない土人形ばかりであり、他の神や神殺し達に対抗できるほどの能力はないからだからだ。それを義経の策によって底上げしているのだが、どうやったところで、根本的な火力はたいしたものではない。

 

 蟻の群れに対し力強く鉄球を投げ込んだ場合、決して蟻たちに止められる事が無いように、いかに圧倒的な数であれ、同じく圧倒的なまでの力押しの前には屈服してしまう可能性はある。同じく、どれ程強固な策で雁字搦めにしようとしても、単純なまでの力の前には食い破られる時もあるのだ。無論、少しばかりの力ではどうしても突破できるほどのものではないのだが、そもそもカンピオーネというものは絶対的な力を持つまつろわぬ神を討ち、その権能を奪った者達だ。それはつまり、彼らもまた、神の領域に迫るほどの力を持っている場合があり、それは義経の策を物ともせぬほどの代物であるという可能性が存在するということだ。

 

 そしてそれは、稲穂秋雅もまた、例外ではない。むしろ、今こうして、決して止まることなく真っ直ぐに、義経に向かって進撃をする秋雅には、それだけの力を持っている可能性が十分に高いと言える。

 

「――あれは!?」

 

 それを証明するかのように、秋雅の右手に強大な力が集まりだしたことに義経は気付く。おそらくは雷に属する力の類であり、しかしこれまでの秋雅のそれや、義経が放ったものとは比べ物にならぬほどの、圧倒的で絶対的なまでの力だ。義経の慧眼は、秋雅の手の内のそれが一度放たれてしまえば、たとえ全力で迎撃をしたところで、どうやっても止められないほどのものであることを看破する。

 

「兵たちよ!」

 

 義経の号令に、土人形達はさらに激しく矢を天に向かって放つ。義経の周囲だけではなく、その下の地面にも無数の土人形達は生まれ、そして秋雅を撃ち落そうと全力で矢を射掛ける。放たれば敗北するというのならば、放たれる前に討てば良いと言わんばかりの射撃に、しかしそれでも秋雅は止まることなく、確実に距離を詰めていく。一度に矢を放つのではなく、連続して放つことで空間の隙間と視界を奪うことですぐさまに義経の下まで転移されてはいないものの、確実に秋雅は義経への距離を縮め、必殺の距離まで着実に進み続けている。

 

「止まらぬか……っ!」

 

 それを見て義経は、もはや秋雅を撃墜させることは叶わぬと覚悟する。やはり、肝心な部分で後手に回ってしまったのが痛かったのだろう。もう少し、せめて後十分でも早く秋雅の行動に気付けていれば、周囲のビルに土人形達を潜ませ、背後から撃つことで彼を落とすことも不可能ではなかったはずだった。

 

「――すまぬ、弁慶!!」

 

 苦渋の表情と共に、義経は弁慶を呼び出す。地面より生まれでた弁慶であるが、その身体には未だ多くの皹や傷が残り、先の戦闘でのダメージがまったく回復していないことがよく分かる。

 

 そんな状態の弁慶を世室縁が苦悩と共に呼び出したのは、秋雅に対しての迎撃と、そして最終的な()とするためだ。もはや止められぬであろう秋雅の一撃を、弁慶の巨躯と、周囲にいる土人形たちをもってして受け止め、自身への被害を可能な限り抑えるつもりなのだ。

 

「弁慶よ! 我が命に従い、最後の時まで役目を果たせ!」

 

 義経の命に、弁慶はただ薙刀を掲げることを返答とする。未だ止まぬ矢の弾幕と共に、秋雅を撃墜せんと弁慶は速く、そして力強くその薙刀を突き上げる。

 

「我が命運を託すぞ、弁慶――!」

 

 そう叫ぶ義経の眼前で、弁慶の向こうから光が漏れる。ただの一瞬の閃光かと思われたそれは、しかしその力を失うどころかより強く増していき、最後には弁慶を、そして義経の視界を飲み込んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――えっ!?」

 

 最初に紅葉が気付いたのは、空の変化だ。先ほどまでの赤黒く、明らかに不気味な空ではなく、見慣れた透き通るほどの青い空となっている。

 

 続いて気づいたのは、自分の居場所。半壊し、凄惨たる状況となったその交差点は、最初に義経を見た交差点だ。『冥府』の一箇所にいたはずの彼女は、一緒にいたヴェルナたち三人とも共に、いつの間にか現世の交差点に立っていた。

 

「え……きゃっ!?」

 

 呆然とする中、紅葉を襲ったのは強烈な衝撃波だ。彼女独自の特異な、自身の質量が増す存在強化を施していなければ、紙か何かのように吹き飛ばされていたであろう。

 

「な、何が……?」

 

 状況が掴めぬまま、紅葉は周囲を見渡す。そうすると、膝をついていたりはするものの、無事に先の衝撃波に耐えたらしいヴェルナたちの姿があった。そのことに、ホッと紅葉は安堵の息を吐いたものの、そのまま視線をずらした先の光景を見て、その笑みが硬直する。

 

「っ……耐えた、か」

 

 紅葉の視線の先、膝をつき、言葉を漏らしていたのは、まつろわぬ義経であった。その鎧は所々融解しており、紅葉の目から見ても明らかに消耗している。

 

 しかし、それを見て紅葉が感じたのは、安堵の感情などではない。

 

「…………秋雅さんは?」

 

 義経に対峙しているべき、一人の人物の姿が何処にも見当たらない。前を、右を、左を、後ろを、何処を見ても彼の姿はない。

 

「秋雅、さん……?」

 

 彼女の主であり、彼女が今一番信用する人物。稲穂秋雅という名のカンピオーネの姿は、彼女の視界の、何処にも存在していなかった。

 

 




 これでも削っているという事実。次回は決着となりますが、そのまま秋雅視点が終了するまで行けるかどうかは微妙な所。何となく長くなりそう……




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