トリックスターの友たる雷   作:kokohm

45 / 77
北の地を訪れた理由

「……流石に、福岡よりは過ごしやすいな」

 

 空港を出て早々、北海道の青空を仰ぎ見ながら、秋雅は小さく呟いた。福岡であればまだまだ暑さにうだるような時期であるが、この北海道では比較的涼しく感じられる。もっとも、それも今の時期だけで、あといくらかもすれば、雪で大変になる地域でもあるのだが。

 

 なんとなしに辺りを見渡してみると、便こそは違うが秋雅達と同じように飛行機を降りたばかりであろう人たちがそれぞれの方向へと散らばるようにして歩いている。秋雅から少し離れた所では携帯電話で誰かと連絡を取っている五月雨の姿が見える。おそらくは迎えに関する連絡を受けているのだろう。

 

 次に別の方向に視線を向けてみると、飛行機から解放されたことに伸びをするヴェルナとスクラ、そしてやや懐かしそうに辺りを見渡す紅葉の姿がある。

 

「稲穂様、こちらに」

「分かった。お前たち、行くぞ」

 

 五月雨の先導の下、秋雅たちは空港内を歩き始める。

 

 何故、秋雅一行が北海道の地にいるのか。それは数日前の、とある会議が原因であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――では、報告会を始めましょうか」

 

 そう口火を切ったのは、少しだけ疲れたようにしている三津橋であった。その言葉を聞いたのは、秋雅、ウル、ヴェルナ、スクラ、紅葉、五月雨の六人。場所は正史編纂委員会福岡分室にある、三津橋の仕事部屋だ。目的は三津橋が今しがた口に出したとおり、草壁家周りに関する調査結果の報告である。

 

 何故、その報告をあえて三津橋の部屋で行うのか。面子を考えれば五月雨の部屋、つまりは室長室のほうが適切のようでもあるが、当然これには理由がある。些かおかしなことであるのだが、実は五月雨の部屋よりも三津橋の部屋の方が、部屋に施されている隠匿性が優れているからだ。

 

 このようなおかしな事態になっているのは、やはりと言うべきか、秋雅が原因だ。情報の隠匿に力を入れている秋雅がもっとも出入りする委員会の施設ということで、秋雅の意を汲んだ三津橋が、少々無理を通してその手の整備を進めたのである。福岡分室としても――実際の所属はともかく――事実上は秋雅の直轄に等しい三津橋の要請を無下には出来ず、何よりこれまで秋雅から受けてきた恩に比べれば、その程度の要請など何でもないと判断したからだ。その結果、三津橋の仕事部屋は分室室長室を差し置いて、委員会内でもトップクラスの防御力を得ることになったのだ。

 

「まずは、今回の件の黒幕であろう人物、紅葉さんの父親である草壁康太について分かっている事をざっと説明します」

 

 そう言って、三津橋は手元にあった一枚の写真を前に出す。公的な写真なのだろうか、写っているのは無表情な、どちらかと言えば普通な面持ちをした中年の男性だ。道端ですれ違っても特に興味を引くことはないだろう、そんな印象を受ける容姿をしている。状況と、加えてそれを見た紅葉の表情から、この男こそが紅葉の父親の草壁康太であると秋雅達は察する事が出来た。

 

「草壁康太は今から二十年ほど前に魔術師として正史編纂委員会に雇われ、以来今から二年前まで、ここ福岡分室を拠点に仕事を続けてきました。実力はあり、仕事も正確でしたが、人間関係においてはやや距離をとっていて、私を含めた当時の彼の同僚の中で彼の私生活を知る者は一人もいません。結婚していることすら知りませんでした」

「秘密主義だった、というよりは、興味がなかったということなのだろうな」

 

 紅葉が話した彼女の両親の性質を考えれば、おそらくはそういうことなのだろうと秋雅は思う。血を分けた娘にすら仮面を被っていたような夫婦だ、仕事の同僚程度と親しくしようと思う気はなかったのだろう。

 

「そして二年前、彼は突如異動願いを出しました。異動先は東京分室で、四年前のごたごたでまだ人手不足だったこともあり、彼は希望通りあちらへと異動することになったようです」

「では、現在は向こうにいるのか?」

「いえ、それが問い合わせてみたところ、ここ数日ほど無断欠勤、音信不通の状態だそうです。一応、稲穂さんの名前は出さずに福岡分室名義で捜索依頼を出しておきました」

「こちらの動きを察したのか、あるいはあちらも目的が最終段階へと至ったからなのか。どちらかと言えば後者、と考えるべきでしょうね」

 

 ええ、とウルの推測に三津橋が頷く。

 

「こちらとあちらでは半年――いえ、きっかけが四年前だとすれば、四年のタイムラグがありますからね。何をしようとしているのかにもよりますが、準備が整うには十分な時間でしょう」

「あの、すみません。今聞くべきことじゃないのかもしれませんが……」

 

 恐る恐る、と手を上げる紅葉に、分かっていると三津橋が頷く。

 

「妹さん、草壁椿さんの現状ですね? 残念ながら、こちらも現在は所在が掴めません」

「父に連れられて隠れている、ということですか?」

「分かりません。彼と一緒にいるのか、はたまたどこかに監禁なりされているのか。あるいは……」

 

 そこで、三津橋が言葉を切る。ありえる最悪の可能性を、しかしここで今、姉である紅葉に言うべきではないと判断したからであろう。

 

「……そう、ですか」

 

 五月雨の言葉を聞いて、紅葉は心配そうな表情を浮かべながら俯く。唯一家族と認めている妹の消息。それが分からないという事に、確かに胸を痛めているのであろう。三津橋たちの手前、彼女に対して優しい声をかけづらい秋雅は、紅葉の隣に座るスクラに視線を向ける。すると、その視線の意図を汲み取ったスクラは、ポンと紅葉の肩を優しく叩く。

 

「大丈夫よ。心配なのは分かるけれど、今は信じておきなさい。ただ見つからないというだけで、ひどい目にあっているとも限らないわ」

「……はい」

 

 弱々しく、しかしはっきりと、スクラの励ましの言葉に対して紅葉は頷いてみせた。実のところ、一日で心労を重ねさせすぎていないか、と秋雅は思っていたのだが、この調子ならば一先ずは大丈夫であるらしい。何だかんだといって、紅葉という女は、芯の強い人物であるようだ。

 

 紅葉の態度に一先ずは安堵しつつ、しかしそれを表には出すことなく、秋雅は口を開く。

 

「三津橋、悪いが一度ここで説明を切ってくれ。この状況なら先に、草壁康太が行おうとしていることに直結しているであろうことについて考えたい」

 

 紅葉の精神が安定するまで少しだけ時間をおきたい。そんな思いも含んだ秋雅の提案に三津橋が頷く。彼自身、秋雅に言われる前から同じ進行を考えていたようで、特に迷う素振りも見せることなく五月雨へと視線を向ける。

 

「五月雨室長、例の魔法陣について分かったことはありますか?」

「はい、いくつか判明している事があります。私一人では荷が重かったでしょうが、クローゼ博士のおかげでこの時点でもある程度の解析が終わっています」

「クローゼ?」

 

 聞き覚えのない名前にヴェルナが首を傾げる。他の面子も似たり寄ったりな状況で、秋雅が口を開く。

 

「ドレル・クローゼ。私の知人で、魔法陣の専門家だ。母数が少ないとはいえ、世界でも五指に入る知識を持っている実力者、ということになるか」

「以前から名前は知っていたのですが、稲穂様のご紹介で今回は協力を仰ぐことが可能となりました。流石の知識量と解析力、としか言えません」

「その代わり、性格にやや難があるがな。あのテンションに付き合うのは面倒だっただろう?」

「いえ、そのようなことは……」

 

 否定こそしたものの、非常に歯切れの悪い五月雨の態度に、秋雅以外の面々はその『博士』とやらに対し興味を深めたそぶりを見せる。しかし、その事を誰かが口に出すよりも早く、五月雨が咳払いをする。

 

「んん……ともかく、解析の結果を報告いたします。件の魔法陣ですが、どうやら二つの目的を果たす為のもののようです」

「二つね。何と何?」

「一つは対象の呪力の『器』を広げること。そしてもう一つは対象に呪力を注ぎ込むことです」

「器ってのは、その人が持つ呪力の限界容量ってことかしら?」

「はい、そういうことです」

「で、そこに呪力を注ぎ込む、と。何処から持ってきた呪力なのかは分かっているのかしら?」

「大気中のそれや、地脈から持ってくる仕様だったようです。ただ、こちらは一部未完成だったようで、実際にはあの魔法陣では出来ないらしいのですが。それと、もしかしたらこれは、既存の魔法陣を一部改造したものである可能性がある、らしいです」

「あまり魔法陣には詳しくないのだけれど、その既存の魔法陣とやらに思い当たるものはあるのかしら?」

「いえ、クローゼ博士も特には思い至るものはないと。あるとすれば、表には出ていない、何処かの結社や家の秘法ではないかと思います。現状で報告できる内容としては以上になります」

 

 ふうむ、と五月雨の報告を聞いた面々はそれぞれに思案顔を浮かべる。

 

「その魔法陣だけど、どのくらい器を広げるつもりだったのかとかは分かるの?」

「いえ、それが詳細には設定されていなかったようです。私見なのですが、限界を決めずに器を広げようとしたために、紅葉さんは命を落としてしまったのではないかと」

「身体に負荷をかけすぎた結果、というわけか。現在幽体である紅葉に呪力許容量的な限界が見受けられないのは、その魔法陣が妙な作用をしたからということでいいのか?」

「おそらくは、そういうことなのかと。偶然に偶然が重なり、紅葉さんの魂とでも呼べる部分に、何らかの改変が起こった可能性が高いです」

「一種の奇跡ってやつですか」

 

 それにしても、とウルがその唇に指を当てながら呟く。

 

「結局のところ、紅葉の父親はその魔法陣を使って何をしたかった――いえ、何をしたいのかしら。魔法陣の働きを考えると、自身の呪力を増やしたいのかとも思うのだけれど……」

「安直に考えると呪力を増やして強くなろうとしているのか、って思うよねえ。ただそうなると、次は強くなってどうするのかという疑問も出てくると」

「倒したい相手がいるとかかしら?」

「倒したい相手、ねえ。誰か恨みを持っている相手がいるというの?」

「そのことなんですが……」

 

 ここで、三津橋が険しい表情を浮かべながら口を開いた。いや、険しい、というのはやや不適切かもしれない。確かにそういった色があるのは確かだが、それ以上に困惑の色が強い。その表情から、彼自身いまいち信用しきれない情報なのかとその場の面々が察する中、三津橋は軽くため息をついた後、意を決したように口を開く。

 

「単刀直入に言います。草壁康太の復讐相手ですが――稲穂さんかもしれません」

「……はぁ?」

 

 三津橋の発言に、思わずとばかりにヴェルナが怪訝な声を上げた。その表情にあるのは、三津橋の発言に対して信じられないという疑問と、同時にそれが事実であった場合の呆れだ。また、声こそは出していないが、ウル、スクラ、五月雨も同じような表情、反応を見せている。例外は突然の発言に意識が追いついていない紅葉と、むっつりとした表情のまま眉間のしわを深くした秋雅の二人だ。

 

 そんな六人の反応に、三津橋はため息をつき、肩をすくめる。

 

「いえ、これが中々、意外とある(・・)可能性のようでして」

「そんな馬鹿な。真っ当な魔術師なら秋雅を相手にしようなんて思うわけがないわ」

「大体、何で秋雅が復讐の対象になるのさ。カンピオーネの中じゃ秋雅はそういうのを抱かれ難いほうでしょ」

「そこはまあ、私も同意見なんですがね。ただまあ、残念ながら復讐の動機となりえるものが見つかってしまいまして」

「気になるな。恨まれること自体はおかしいとは思わないが、流石に見知らぬ魔術師からとなると思い至るものがない」

「でしょうね。何しろ秋雅さんからしたらまるで心当たりのない動機なのですから」

 

 どういう意味だ、と秋雅は視線で問いかける。それに、三津橋は一度目頭を強く揉んだ後、真剣な面持ちを浮かべて、

 

「草壁に残された資料から、彼の復讐の動機は、彼の妻である草壁楓の死にあると推測できました」

「母の……?」

「はい。そして、彼女が死んだのは四年前の――――あの、“雷の裁き”の時なのです」

「……何だと?」

 

 三津橋の言葉に、秋雅の目が大きく開かれた。“王”として在る場合には滅多に見せない驚愕に、三津橋は目を伏せながら頷く。

 

「信じがたいことですが、書類上ではそう(・・)なっていました」

「だが、あの場で死んだのは……」

「はい、老人たちだけのはずです。それは秋雅さん以外の証言からも分かっていましたし、当時の私の調査でもそのはずでした」

「あの場に女性の魔術師は数名いたが、しかし誰も…………写真はあるか?」

「こちらに」

 

 秋雅の問いかけに、三津橋はもう一枚写真を取り出す。もう一枚に写っている男性と同じぐらいの年代の、同じく無表情でさして印象に残らない顔立ちをしている一人の女性だ。その写真をじっと見る秋雅であったが、少しして小さく首を横に振る。

 

「覚えのない顔だ。本当にあの場に居たのか?」

「少なくとも東京には居たはずです。ただ、当時の調査中に彼女の名前を聞いた記憶はありません」

「ならば…………」

「ちょっと、流石にそろそろ口を挟むよ」

 

 ここで、ヴェルナが苛立ちの混じった声を上げる。

 

「二人で話し合っていないでこっちにも情報を回してほしいんだけど。私達、特に紅葉をほったらかしにするのは良くないでしょ。結局、四年前に一体何があったのよ?」

「おや? 紅葉さんはともかく、ヴェルナさん達はご存知ないのですか?」

「彼女らと会ったのは三年前だ。それより前に起こったこの事件に関して、私のほうから教えたことはない。委員会にとっても私にとっても、これは最上位秘匿案件だったしな」

「ああ、そういうことですか。では、この場で?」

「頼む……私はもう少し記憶を探る」

 

 そう言って、秋雅は手で口元を隠しながら、自身の記憶の中に埋没を始めた。それを見て、三津橋は小さくため息をついた後、開き直ったような表情を浮かべてヴェルナ達を見る。

 

「分かりました。ヴェルナさん達もそれでよろしいですか?」

「詳しい説明が聞けるなら何でも良いよ。で、四年前に何があったの?」

「そうですね、一言で纏めるのであれば――」

 

 一息を挟み、

 

「――委員会による、稲穂秋雅様への脅迫未遂、と言ったところでしょうか」

 

 と、三津橋は心底不愉快そうに、顔を思い切り顰めながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どういう意味かしら?」

 

 三津橋の言葉の後、最初に口を開いたのはウルであった。いつも浮かべている柔和な笑みを消し去り、まったくもって笑っていない目を三津橋へと向ける。両脇にいたスクラとヴェルナが、自身が抱いていた怒りすらも一旦忘れた、というように呆けて見られるほどに、その怒気は強烈で苛烈だ。

 

 しかし、そんな怒気を受けてなお、三津橋は平然としたままであった。むしろ、なるほど、まず彼女が怒るのだなと、秋雅が囲う女性達に対してそんな感想を抱く余裕すらあった。そしてそのまま、三津橋はさして動揺するでもなく、あえて常と変わらぬであろう口調で言う。

 

「そのままの意味ですよ。四年前、正史編纂委員会のトップの老人が、稲穂さんに対して脅迫をしようとしたってことです。稲穂さんのご家族を人質にとってね。言っておきますけど、これはあくまでその老人たちと、当時の委員会の東京分室の人間が主導でやろうと画策していたことで、福岡分室(うち)は加担していませんよ。むしろそれに逆らってご家族に秘密裏に護衛をつけたぐらいです」

「……まあ、そうでもなければとっくにシュウはここを見限っているわよね。詳しい事情、教えてもらえる?」

「簡単な話ですよ。当時、というか現在もですが、稲穂さんのカンピオーネとしての行動はかなり特殊です。非常に人格的で、真っ当に話が通じる。要求がある時はそのほとんどが納得の出来るもので、尚且つ容認可能。戦闘の被害を極力押さえ、民衆への被害をほとんど出さない。正直、他の王の方々と比べて極めて人間的(・・・)な王と言えるでしょう」

 

 だから、と三津橋は、当時も覚えた嫌悪感を思い出しながら続ける。

 

「だから、老人たちは勘違いしてしまったのですよ。稲穂秋雅は制御できる(・・・・・・・・・・)とね。秋雅さんが金銭を受け取っていたことも、飼いならせるなどという思い上がりを抱かせる一因だったのかもしれません」

「……前にも思いましたが、何と不遜なことでしょうか」

 

 福岡分室室長として、この事件について知っていた五月雨が吐き捨てる。カンピオーネという存在を多少なりとも知り、そして触れた者として、過去に老人たちが思ったことがとても許容できるものではなかったのだろう。これは何も彼女に限ったことではなく、特に欧州にいる魔術師にでも話せば、彼女と同じような反応を示すか、老人たちの正気を疑ったことだろう。それほどまでに、真っ当な魔術師達にとって、カンピオーネを制御するなどという発想は、愚かしさ極まった戯言なのだ。

 

「そんなことを思った老人達はまず、稲穂さんを『女』で御そうとしました。当時活躍していた、見目麗しい媛巫女達を貢物にしようとしたわけです。当然、そんなものを稲穂さんが受け取る訳がありません。すると、飴と鞭のつもりか、あるいはただ面子を潰された怒りか、次の手段を取ろうとしました」

「それが、秋雅さんのご家族を人質に取ること、ですか?」

「そういうことです。しかし、実際にそれを命じられたのがここだったのが幸いしました。その命令を受けた前室長が、私と稲穂さんに事の次第を伝えてくれたのです。おかげで、事が起こるよりも先に動く事が出来ました。とは言っても、私は何もしていませんがね」

「話の始まりから察してはいたけれど、秋雅がその老人達を始末(・・)しに行った、ってこと?」

「そういうことです。稲穂さんは私を連れ立ってすぐさま東京に飛び、事を企てていた老人達と当時の東京分室室長を裁き(・・)、老人たちの邸宅をその雷で焼き払いました。これをきっかけとして秋雅さんは関東にある委員会分室と絶縁、同時に自身の正しい認識を委員会全体に植え付けることとなったのです」

 

 稲穂秋雅は決して人間に制御できるものではない。あくまで彼が自ら歩み寄ってやっている(・・・・・)というだけであり、その本質は暴君であるのだということを、当時の委員会はトップの消失と秋雅との関係悪化をもって思い知らされた。それが、当時の事件による結果であった。

 

「――と、まあそういうことがあったわけなのですが、どうにも今回の一件にこれが関わっている可能性があるようなのです」

「秋雅が紅葉の母親を殺したかもしれない、って奴かしら?」

「あの、そもそもなんですけど、もしかして母も……?」

「はい、魔術師だったようです。草壁康太と同時期に委員会に入っています。その後結婚していたようですが、旧姓の『源』で仕事を続けていたようです。夫と同じで、かなりの秘密主義だったようですね」

「まあ、その辺りは母も父も同じようなタイプでしたから……」

 

 何とも言えない表情で、紅葉が小さく呟く。それが皆に対する説明だったのか、あるいは両親から秘密を教えられなかったことに対する言い訳であるのか。その独白からはどちらとも判断できない。

 

「……まあ、とにかくそういう人物だったそうです。彼女もまた人付き合いの問題を除けば全体的に優秀な人材だったようですね」

 

 そんな彼女の態度を若干気にしつつも、三津橋は話を続ける。まったく気にならないわけでもないが、自分がどうこうする問題ではない――その役割にあるのは、未だに考え込んでいる秋雅であるはずだと、そう割り切っていた。

 

「そして、ここからが重要なのですが、書類上(・・・)彼女は四年前の夏、例の老人たちの一人の護衛の任務中、秋雅さんの裁きの余波を受けた結果死亡した、ということになっています」

 

 ですが、と三津橋は表情を険しくさせながら続ける。

 

「当時、あの事件において死亡したのは老人たちのみで、それ以外に人的な被害は出ていません。確かにあの場には委員会の魔術師達もいましたが、その全員が秋雅さんの襲来と共に降伏しています」

 

 さもありなん、とばかりにウル達が頷く。真っ当な精神構造をしている魔術師であれば、怒りに満ちているカンピオーネに逆らうという愚を冒そうとは思わないだろう。やるとすればそれはもう後がない者か、それこそ底抜けなしの大馬鹿者かぐらいだろう。

 

「その後、秋雅さんの雷によって屋敷は焼かれましたが、それも中に人がいない事を確認してのこと。既に死亡していた老人たち以外には誰もいなかったはずです。その後の調査においても、私自身参加していましたから断言できますが、あの場には老人たちの死体以外確実に存在していませんでした」

「…………ああ、それは確かなはずだ」

 

 ここで、この話題が始まってからずっと黙り込んでいた秋雅が、ゆっくりと口を開いた。

 

「可能な限り記憶を探ってみたが、当時こんな顔をした女性はいなかった。そもそもあの日、私は老人共以外誰一人として殺していないはず。私に気付かれない秘密の地下室にいた、などということでもない限り、あの場で老人共以外の遺体が出てくることは不可解というより他にない」

「秋雅さんの言うとおりです。あの場で源楓が死亡した可能性は零だと断言できます」

「では、誰かが委員会の正式な書類を改ざんしたということですか?」

 

 まさか、と五月雨が眉をひそめる。不正行為であるということもあるが、それ以上にカンピオーネに対し罪を被せるような事を委員会の人間が、しかも秋雅の恐ろしさを再認識した後でやるのか、とあまりにも無謀で不遜なことであるからだろう。

 

「まず間違いないでしょうね。少なくとも当時出された調査書の類にはこのようなことは載せられていなかったはずですから」

「ちょっと聞きたいんだけどさ、紅葉。貴女は母親の死因とかはどう聞いていたの?」

「東京への出張中に火事に遭って、運悪く死亡してしまったと聞きました。まあ、遺体の状況がひどかったとかで、遺体の確認自体は父が単独で東京に確認に行ったので、私は詳しく知らないんですけど」

「とはいえ、この改ざんそのものも当然問題なのですが、今回は改ざんされた内容の方が問題です。正確には、この改ざんから生じる誤解といったところでしょうか」

「纏めると、妻の死の原因が秋雅にあると誤解した草壁康太が秋雅に復讐するために魔法陣の開発を行っている、という風に三津橋さんは思っているわけ?」

 

 ヴェルナの質問に、三津橋は小さく頷く。

 

「現状手元にある情報を踏まえると、その可能性が一番分かりやすい(・・・・・・)のではないかと。仮定に仮定を重ねた、確定的な証拠のない推理ですがね。確認しておかないといけないのであえて尋ねますが、紅葉さん、貴女の父親は妻の復讐を考えると思いますか?」

「……三津橋さんの推測通りの誤解をしているのだとしたら、たぶん復讐を考えると思います。父にとって母は全てであった筈ですし、当時の引越しの際の態度なんかを考えると、確証はないですが、そんな気はします」

「そう……」

 

 中々に信じがたいが、しかしありえないとも言えなくなってきた。三津橋の語った推理に対し、皆がそんな意見を認め始めた頃、

 

「……でも、少し引っかかるわね」

 

 顎に手を当てながら、ウルが口を開く。

 

「引っかかる、というと?」

「草壁康太の復讐、という点に関してはそれなりに納得がいっているけれど、わざわざ東京にいく理由がピンと来ないのよ。復讐の対象であるシュウに勘付かれない様に距離をとる、というのは分かるのだけれど、だからといって東京まで行くものかしら? 妻が死んだ場所で復讐心を滾らせる、というのも分からなくはないのだけれど……」

「……そうだな、些かそれは引っかかる。確かにあれ以降私は関東に足を踏み入れることはなくなったが、首都ということもあって東京分室には実力者が揃っているはずだ。下手にリスクを上げるような真似をするというのは、少々疑問に思わなくもないな」

「そこまで考えていない、と考えるのは楽観的過ぎるわよね。何か、東京でなければならなかった理由があるのかしら……?」

「とにもかくにも、当人をとっ捕まえるしかないんじゃない? そうすれば目的も分かるでしょ」

 

 そうだな、とヴェルナの言葉に秋雅は頷く。

 

「結局のところ、それが一番早いのは確かだ。五月雨室長、現状で無理を言うが、東京まで人員を割く余裕はあるか?」

「不可能ではありませんが、東京分室には任せ――いえ、それもそうですね」

 

 途中まで言いかけたところで、五月雨は秋雅の言葉に同意する。今までの話を聞いた上で、東京分室に期待をするというのは流石に難しいということだろう。

 

「では、悪いが調査と戦闘のどちらにも対処できるように人材を選んで送り出して欲しい。三津橋、お前に指揮を頼みたいが可能か?」

「畏まりました。私としても看過できない案件ですし、改ざんのほうについても折を見てつっついてみます」

「頼む。それと、向こうに行く前に一旦私の家に来てくれ。ついでにあちらの王にメッセージなどを頼みたい」

「草薙護堂様に、ですか?」

「ああ。場合によっては私も東京に足を踏み入れることになるかもしれないからな」

「……稲穂さんが、直々にあちらに向かう、と?」

 

 秋雅の言葉に、三津橋が大きく目を見開く。四年前の事件に直接かかわった者として、稲穂秋雅という王をよく知る者として、あれほどに怒りを見せた秋雅が再び東京に向かうかもしれないと言い出すことは、彼にとって些か信じがたいことであった。

 

「危険度によっては四の五の言っていられなくなるかもしれないからな。そもそも、私が公言したのは関東の分室に協力しないということであって、私があちらで動かないこととは直接的なイコールではない」

「……それもそうですね。分かりました、万一を考えて行動を致します」

「頼むぞ。こうなると、いざという時のために私もある程度近場に逗留したほうがいいか……?」

 

 どうするか、と秋雅は考え込む。すると、おずおずと紅葉が手を上げる。

 

「あの、すみません。秋雅さん、ちょっとお願いしたい事があるんですが……」

「何だ?」

「ああ、そう言えばそうでしたね。紅葉さん、その話はこちらから」

「あ、お願いします」

「三津橋も関わっているのか。一体何だ?」

「率直に申し上げまして――稲穂さん、ちょっと北海道にまで足を運んでみる気はないでしょうか?」

「北海道?」

 

 三津橋の突然の提案に、秋雅は少し首を傾げた。話の流れからして出てくるには少しばかり不自然な地名であるし、それがどう紅葉にもかかわっているのかがいまいちピンと来なかったからだろう。

 

「実は、草壁康太の両親、つまりは紅葉さんにとって祖父母に当たる方たちが北海道に住んでいるらしいのですが、その方々に草壁康太に関する情報を聞いてみたほうがいいのでは、という話を紅葉さんとしましてね」

「必要なのか?」

「ええ。委員会内の情報から草壁康太、そして源楓は委員会に入る前から魔術を取得していたようなのです。普通に考えればそれは、身近に魔術を教えられる魔術師がいたということ。そして、これはあくまで可能性ですが、その師から今回の魔法陣の原型に関する情報を得た、あるいは得ていたのではないか、と私と室長は考えています」

「……なくはない可能性だな。魔法陣の情報があるにせよないにせよ、草壁康太のルーツを探れればそれで行動原理を探ることもできる、か」

「そういうことです。それで、紅葉さんに訪ねて貰おうかという話になったのですが、如何せん紅葉さんが数年近く祖父母と会っていない上に、彼女が説明をするには些か話がややこしくなってしまっている」

「北海道分室に話を通させるにせよ、私が紅葉について行ったほうがスムーズに進むか。特に、紅葉の祖父母が当の魔術師であった場合は私が直接問いただせば良いと」

「纏めればそういうことになります。ご足労をかけて恐縮なのですが、お願いできますか?」

 

 申し訳なさそうに三津橋が告げる。すると、秋雅は特に悩む素振りも渋る素振りも見せることなく、すぐさまに肯定の頷きを返した。

 

「分かった。状況が状況だ、私が行って情報を得て来よう。幸い北海道分室の室長とは知己であるし、話は速やかに進むだろうしな」

「助かります」

「すみません、私の為に」

「かまわん。事はもう紅葉だけの問題にはなっていない。ともずれば私も当事者の可能性がある以上、ふんぞり返ってもいられん」

「だったらシュウ、ヴェルナとスクラも連れて行ってくれないかしら?」

「姉さん?」

 

 ここで、ウルが口を挟んだ。彼女の提案にヴェルナとスクラは訝しげな視線を姉へと向ける。

 

「私は構わないが、何故だ?」

「不測の事態に備えた護衛よ。どうにも話がややこしくなってきているようだし、万一の可能性を考えれば二人を連れて行ったほうが良いわ。私は貴方からの依頼で動けないけれど、まあ二人がいれば大丈夫でしょう。それに、元々私達がこっちに来た理由の一つでもあるのだしね」

「……そうだな、念のためは重要だ。ヴェルナ、スクラ、問題はないか?」

「交渉とかをさせられるとかじゃなければいいよ」

「同じく。戦闘以外は出来ないわ」

「十分だ」

「あ、だったら稲穂さん、恐縮ですが五月雨室長も同行させて欲しいのですが」

「三津橋さん?」

 

 突然何を、と五月雨が不審な目を三津橋に向ける。

 

「まあまあ、そんな目を向けないでくださいよ。もし例の魔法陣に関連する情報を得た場合、それをすぐさま解読できる人がいたほうが良いでしょう? だったら五月雨室長がついて行ったほうが良いと思うのですが」

「ふむ、一理あるな。だが、君と五月雨室長の二人がいなくて福岡分室は大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。ね、五月雨室長?」

「…………そうですね。副室長もいますし、私が直接対処しなければならない案件も今はありません。力になれるかどうかはともかくとして、ご同行することは可能です」

「ヴェルナ、スクラ」

「まあ、室長さんならまだいいかな」

「他の知らない相手よりはまだマシよ」

 

 決まりだな、と秋雅が最終決定を口に出す。

 

「私、紅葉、ヴェルナ、スクラ、五月雨室長で北海道に赴く。北海道分室への連絡等の各手配は頼む。三津橋は東京に行って草壁康太の確保の指揮を執れ。ウル、こちらで何かあれば連絡を寄越すように。各員、それでいいな?」

 

 秋雅の確認に、それぞれが確かに頷く。こうして、秋雅達の次なる行動は決まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 思っていたよりも長くなりました、いつものことですが想定よりも話が進まないものですね。今回はこういう事情があるので秋雅は東京分室とは仲良くありません、という話でもあります。これが当作品において東京分室が秋雅ではなく護堂を仰ぎ見ることになる理由ですね。




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。