トリックスターの友たる雷   作:kokohm

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剣と銃を携えて、次なる目的地を得る

 そもそも、として、正史編纂委員会は政府直属の魔術結社である。そのため、他の魔術結社と比べて公的な部分での力というものが大きく、転じて、国内にいくつも委員会の為に作られた設備というものが存在する。それぞれに用途は様々であるが、特に扱いが難しいものとしては、戦闘訓練用の施設が上げられるだろう。こと日本という国において、荒事の気配がする場所というものは悪目立ちし、その存在意義も知らずに声高に否定されるというのは、それなりにありえる話だ。

 

 小規模、少人数であればどうとでも誤魔化すことは可能であるし、実際にそうしているのだが、如何せん、時には大規模な、あるいはどうしても派手になる訓練というものもしなければならない。そのようなことを野外で、人目を気にすることなくやろうものならば、委員会の情報隠匿を担当する者たちが過労死するのが目に見えている。同じ政府直轄の結社であるSSIなどは米軍の施設を利用するなどといった事をしているのに対し、日本では中々、一部の人間の存在などにより、そういったことを行うのも難しい。

 

 他の結社と比べれば戦闘能力が低いと判断されている正史編纂委員会であるが、しかしまったくの戦闘訓練をしないというわけではないし、それなりに派手な訓練も行う必要がある。では、実際にはどのような対処を取っているのかといえば、大まかに分けて二つの方法を取っている。

 

 一つは、絶対に一般人は来ないような山中などで行うという方法。これが一番分かりやすい対処法であり、実際にこれまでもこの方法が主流となっていた。だが、これが最近になって中々に困難となってきているのだ。理由としては、現代日本において至る所に目を向ける技術が発展し、それを利用したいという欲求を抱えた者が増えたことにある。特に、最近話題のドローンなどが上げられるだろう。こういったものの普及により、委員会も情報操作や隠匿に苦労する様になった。こういったものを利用するものの多くが個人で、インターネットを利用しているというのが労力を増やす原因と言えるだろう。まあ、逆に今の社会において、多少不可思議な映像や情報を流す程度では、その大体が偽装、偽りだと思われてしまうのもまた常であるのだが。

 

 そういうわけであるので、ここ数年はこれ以外の手段として、地下に戦闘用の施設を建設するという方法がとられるようになっている。これもこれで、広さを確保するのが難しいだとか、万一の場合などの対処が大変だとか、まあそれなりに問題があるのだが、少なくとも隠匿という一点においては先のものよりもはるかに上だ。そして、正史編纂委員会の主目的は、魔術的事象の隠匿にある。となれば、この選択を取ることになるのはある程度予定調和な動きだと言えるかもしれない。

 

 

 

 

 ――とまあ、そういう事情であるので、正史編纂委員会福岡分室は、別名義で登録されているとあるビルの地下に、大規模な戦闘訓練用の施設を所有していた。そして、その施設の一部、地下の二層が、秋雅の要請により、ノルニル姉妹の研究等を行う為の空間として借り出されることになった。奇しくも、インドの邸宅に続き、三姉妹はまたもや、地下で研究を行うこととなったということになる。

 

 そして、その三姉妹のために割り当てられたフロア、そのうちの開発品のデータを取ることを使用用途とした部屋に、秋雅は一人訪れていた。その理由はわざわざ説明をするまでもないだろう。なお、ウルはいい加減秋雅からの頼まれごとを済ませるということで、この部屋に来る前に別れている。

 

「ヴェルナ、スクラ、いるな?」

 

 戸を開けて早々、秋雅が呼びかける。その声に、部屋の奥で佇んでいた二人が振り向いた。

 

「……あ、来たね」

「待ちわびたわよ」

 

 やっと来たか、と言いたげな表情で言う二人に、秋雅は歩きながら軽く肩をすくめて、

 

「悪いな、ちょっと寄り道をしていた」

「寄り道?」

「俺の家の方に、な。まあ、その辺りはまた後で話す」

 

 それよりも、と秋雅はやや視線を鋭くさせながら、ヴェルナたちの背後にあるテーブルへと目を向ける。

 

「最終調整が終わったと聞いたが、どうだ?」

「その辺りは見てもらったほうが早いかな。これが、最終的な秋雅専用武器って奴になるね」

 

 そう言って、ヴェルナは一歩横に動き、秋雅に台の上に置かれたものを手で示してみせる。そこに置いてあったのは、秋雅にとって見覚えのある、しかし以前見たときとはまた違った姿となっている、二種類の武器の姿だ。そのうち、一目見て大きく変わっていると気付く事が出来る方に、秋雅はまず意識を向ける。

 

「ヴェルナ、これがVW-01の改良版、ということでいいのか?」

「そうだよ。武器を入れ替えたことと重量バランスの観点から、初期案とは分割数を変えることになったんだ。まあ、多分こっちの方が使いやすいと思うよ」

 

 ヴェルナの言葉通り、以前に秋雅が手に取った時は十センチほどであった銀色の棒が、今ここにあるものは一つ辺り三センチほどしかない。その代わり、数に関しては同じものが全部で六本置かれており、全てを合わせると二十センチ弱ほどの長さとなるようであった。

 

「二本を四本に、ではなく、二本を六本にしたわけか」

 

 秋雅が適当に一本を取ってみると、おそらくは三キロほどであろうと感じられた。前回から密度という点ではそれほど差異はないようである。

 

「まあ、確かに最小単位とするならこれぐらいがちょうどいいのかもな」

 

 そうは言うものの、三キロでも短剣としては重過ぎるのかもしれないが――まあ、柄まで金属で出来ているというのもあるのだが――その辺りは慣れということなのだろう。秋雅の立場からしてみれば、身体強化などをしているとはいえ普段からこれ以上の武器などを振り回しているのだから、むしろこれぐらいであれば、相対的に軽いと感じられるのかもしれない。

 

「変更点は数の調整だけか?」

「多少離れていても思考すれば手元に来るようにとか、それぞれの接続と融合の速度の上昇、秋雅が扱う事を念頭にバランスと握りとかの細かい調整もしたけれど、一番はあれだね」

「あれ?」

「スクラの呪力保持の奴を導入してみたんだ。秋雅の雷を刀身に纏わせる事が出来ないかなと思ってさ」

「……出来たのか?」

「それを今から確かめてもらうんじゃない」

 

 それもそうか、と秋雅はもう一本を手に取り、二つを合わせて一本の長剣に変化させる。そして、その状態で、以前にスクラの作った銃に対して行ったのと同じ感覚で、自身の力を剣に宿せないかと試してみる。

 

 すると、

 

「……ほう」

 

 思わず、秋雅は感心の声を漏らした。

 

「これはまた、流石と言うより他にないな」

 

 バチバチと、刀身を周りで火花が踊っている。まるで蛇が巻き付いているかのように、その銀色の刀身に雷電が纏わりついている。成功だ、と秋雅は実験の結果をそう判断する。

 

「俺の雷にこんな使い方があったとはな。いや、ここは雷に耐えられるだけのものを作ったヴェルナを褒めるべきだな」

「お褒めに預かり光栄だよ。まあ、多分その状態なら色んな物が斬れるんじゃない? 振ってみれば刃の形状をした雷を放てるかもしれないね」

「ふむ、成る程な。権能は案外柔軟な所もあるし、確かにありえる話だ。こっち(・・・)だけでなく、あちら(・・・)を纏わせることも出来そうだな…………」

 

 ふと考え込むようにした後、ふっと秋雅は口元を歪める。

 

「やれやれ、こういった使い方はもっと早くに思いついてしかるべきだったな。俺もまだまだか」

 

 二、三度ほど素振りをしながら、秋雅はそんな事を口に出す。本音を言えばこのまま本気で振って、実際に雷が飛ぶかどうかも試したいところであったが、いくら頑丈に作ってあるとはいえここで権能の力を使えばまず間違いなくそれなりの被害が出る。余計な事をして施設を壊さない為にも、それは次の機会に回すことにして、秋雅は纏わせていた雷を消し去った。

 

「ありがとう、ヴェルナ。これからの戦いにおいてコイツの力は存分に使わせてもらうよ」

「そうしてくれると嬉しいな。そのために作ったものだからね」

 

 それと、とヴェルナはふと満面の笑みを浮かべて言う。

 

「名前もちゃんと考えたんだよ、それの。型番だけじゃ素っ気無かったから」

「どんな名前にしたんだ?」

「型番はVW-01s、名称は“トリックスター”だよ」

「……トリックスター、か」

 

 口の中で転がすように、秋雅はその名前を口に出す。彼の脳裏に思い浮かんだのは、その名を冠する一柱の、かつて自分が討った神の姿だ。銀色の長剣をじっと見つめる秋雅に対し、ヴェルナはイタズラげな笑みを浮かべて言う。

 

「秋雅らしい名前でしょ? 色々な意味で、さ」

「……確かに、な」

 

 ヴェルナの言葉を聞きつつも、しばしじっとそれを見つめ続けていた秋雅であったが、ふっとその口元に笑みを浮かべて頷く。

 

「……そうだな。確かに、俺が扱う武器としては、悪くない名前だ。ありがとう、ヴェルナ。トリックスター、確かに受け取った」

「その名前の如く、変幻自在に振るってちょうだい」

 

 ああ、ともう一つ頷いて、秋雅はトリックスターを一先ず台の上に戻す。続けて視線をやったのは、スクラが作ったのであろう一丁の拳銃だ。

 

「こっちは、まあ前に見た時とあまり差は無いな」

 

 言いながら手に取ってみると、記憶のそれよりも随分と重い。どうやら同じなのは外見だけで、中身に関しては随分と様変わりをしているようである。そんな秋雅の予想に同意するように、スクラは自慢げな笑みを浮かべて頷く。

 

「確かに、外見は特に弄っていないわ。でも、気付いている通り中身はかなり別物になっているのよ。具体的には、ヴェルナのVW-01の余りをフレームとして使っているわ」

「あれをフレームにしたのか?」

「さっきやってもらったとおり、VW-01に使った合金は呪力の操作と保持に関しては他の金属より上だからね。私のほうも代わりに秋雅の権能の保持の話とその技術を貰ったから、互いに益のある取引だったんだよ」

「別に競っているわけでもないし、益も何もないのだけれどね。まあとにかく、そのおかげで前回よりも呪力の保持限界はだいぶ上がっているはずよ。それと、通常の雷でも打撃力は十分だろうから、収束性を増してより貫通能力が上がるようにも調整してあるわ」

 

 雷で打撃、というのはおかしな話に聞こえるかもしれないが、まつろわぬ神というのは大体防御能力が高いもので、一般人であれば消し炭必至な雷であっても、それをただ衝撃として受け止めてしまうということが度々ある。特に、《鋼》に類する神々がそれに当たるだろう。であるので、ことカンピオーネとその関係者たちにとっては、雷で敵を打撃するという表現は、さして珍しいものではなかったりするのだ。

 

「ふむ、何か注意点はあるか?」

「一番大事なこととして、基本的にチャージしたらすぐに撃ってちょうだい。少なくともチャージしたまま放置とかは絶対にやらないで。暴発に巻き込まれるのは御免よ」

「一発分チャージしておいて次回以降に使う、は駄目と」

「貴方ならそういう事を考えるでしょうと思ったからこその忠告なんだから、肝に銘じておいてちょうだい。それと、念のために連射は出来るだけ避けて欲しいわ。少なくとも二秒は間隔をおいてから次弾を撃つようにして。あまりに連続で収束と解放を繰り返すと本体そのものが損傷する可能性があるから」

「分かった、気をつける」

「ああ、それと式を仕込む余裕があったから、おまけで空気砲としての機能もつけてあるけど、あんまり役に立つほどの威力じゃないから」

「どの程度の物だ?」

「二十メートル先の人間の頭を粉砕できるくらいかしら」

「成る程、お察しだな」

 

 普通の人間からしてみれば十分だと言えるのだが、こと秋雅が戦う舞台においてはまず役に立たないだろうと思ってしまう、そんな威力である。

 

「そういえば反動はどうなんだ?」

「呪力式射撃の方はないわ。空気砲の方はあるけど」

「いざって時の緊急回避には使えるかもしれないな、覚えておく」

「作成者の台詞じゃないけれど、役に立つのかしらね……っと」

 

 忘れる所だった、とスクラがポンと手を叩く。

 

「ヴェルナがうるさかったから、私もそれに名前をつけたのよ」

「へえ、なんて名前だ?」

「“神鳴り”よ。どうせだから秋雅に合わせて和風な名前をつけてみたわ。ヴェルナとも対照的になるしね」

「神鳴りか、悪くないな。良い贈り物をありがとう、スクラ」

「そう言ってもらえるのならば何よりだわ」

「私はミョルニルにしようって言ったんだけどねー」

「秋雅にはもう雷鎚があるんだから、むしろそっちの名前だろうということで却下したわ」

「まあ、それはスクラの言い分のほうに同意だな」

「ちぇー。ねえスクラ、今度は二丁拳銃をつくろうよ。で、名前をタングリスニとタングニョーストにするの」

「作っても使わないと思うのだけれど、秋雅が」

「流石に、二丁は使わん気もするな」

「つまんないなあ」

 

 ミョルニルとは北欧神話に出てくる雷神トールが持つ圧倒的な破壊力を持つ鎚であり、タングリスニとタングニョーストというのはトールが所持するヤギの名前だ。トールの戦車を引くほか、トールによって食べられることもあるのだが、トールが雷鎚、つまりはミョルニルを振るうことで骨と皮より復活したのだという。この伝承などから、ミョルニルには破壊だけでなく再生や祝福といった能力を持っているとされていたりする。もっとも、秋雅の雷鎚にはそういう能力はない――少なくとも発見はされていない――のだが。

 

「まあ、とにかくだ。二人とも、俺のために武器を作ってくれてありがとう。ここ数日負担もかけてしまったし、何か褒美をやらないといけないな。何か希望はあるか? 何でも良いぞ」

「あら、そんな事を言っても良いの?」

「俺が困るようなことをお前達が言うとは思っていないからな」

「まあ、それもそうだねえ。一番のお願い事はあるけれど、ご褒美として要求するようなものでもないし。というか、私のほうがやだ」

 

 と、秋雅への想いの成就に関して、直接的には口に出さないがそのようなことをヴェルナは言う。それに対し、スクラと、さらに秋雅もまた頷いた。

 

「それに関しては同感よ。そういうのは真っ向から当たるのが女だと思うもの」

「俺も、打算や褒賞で愛を囁く趣味はない。立場上俺からどうとは言い難いから、現状はお前達に任せるが」

「その辺りはまあ、もう少し時間を頂戴ということで」

「まだその時期じゃない、ということにしておいてくれると助かるわ」

「楽しみにしている、と言って良いものなのかねえ」

 

 ヴェルナとスクラの言葉に、何とも言いがたい苦笑を秋雅は浮かべる。それを見て、ヴェルナたちもまた、同じような表情を浮かべて、三人で笑いあうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そんな一幕から、数時間後のこと。

 

「稲穂さん、ちょっと北海道にまで足を運んでみる気はないでしょうか?」

 

 正史編纂委員会の一室にて、秋雅はそんな提案を受けたのであった。

 

 




 文中に出てくる寄り道に関してはそのうち閑話として投稿する予定です。本当は本文で書くつもりだったのですが、書いているとただでさえ進まない話がもっと進まなくなるので。とりあえず、次話は北海道に行く理由と、行ってからの動きになる予定です。二話か三話後くらいにまつろわぬ神が出てくる、といいなあ。



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