トリックスターの友たる雷   作:kokohm

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初顔合わせと彼女の実力

 基本的に、稲穂秋雅という男は常に複数の可能性を考える男である。それもただ無闇矢鱈に可能性を広げるだけというわけではなく、しっかりとその対応までも考え付き、その通りに行動できる能力を持っている。それを彼が発揮するのはもっぱら戦闘時ではあるが、しかし日常生活においても必要な時が来ればその能力を遺憾なく発揮することがある。

 

 今回もまた、その必要があるだろうと秋雅は思っていた。何故ならばこれから起こるのは、新しく秋雅の配下となった、幽霊の特殊個体である草壁紅葉と、先輩であり、同時に極度の人間不信でもあるノルニル姉妹たちの初顔合わせ。面倒ごと、とまでは行かないにしても、あまりよい顔合わせにはならないだろうと考えていたからだ。

 

 それ故に、秋雅としては色々と、これから起こる展開を予測しつつ、その対応策などを考えていた…………の、だが、

 

「初めまして、草壁紅葉です! 幽霊ですけどよろしくお願いします」

「初めまして、ウル・ノルニルよ。コンピュータ関係には強いつもりだから、何かあれば聞いて頂戴。こっちは妹のスクラとヴェルナ、仲良くしてあげてね」

「ヴェルナだよ、よろしくね。一緒に秋雅のために頑張ろう!」

「ヴェルナの双子の妹のスクラよ。まあ、色々とよろしく」

「はい、お三方ともよろしくお願いしますね」

 

 自己紹介をしながら、紅葉と三姉妹はにこやかに握手を交わす。とてもではないが、このうちの三人が人間不信であると思うものはいないだろうという、そんな光景。

 

「……ふむ?」

 

 思ってもみなかった和気藹々とした顔合わせに、秋雅は何とも困惑した表情を浮かべずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? だって、その子幽霊なんでしょ?」

 

 秋雅にとって困惑すべき光景から数分後、邸内のダイニングにて紅茶を飲んでいたヴェルナは不思議そうな表情を浮かべて紅葉を指差した。先ほどの光景の意味に対し、秋雅から質問されての反応のであったのだが、それこそ秋雅からしてみれば不思議な反応だと言えよう。

 

「確かに紅葉は幽霊だが、それがどうしてお前達の人間不信の解消に繋がるんだ」

 

 よく分からぬ、という風に秋雅は首を傾げる。それに対し、ヴェルナはあっけらかんとした表情で言う。

 

「だって、幽霊ってことは人間じゃないってことじゃん。じゃあ問題ないかなって」

 

 軽く放たれたヴェルナの言葉に、秋雅は思わず困り顔を浮かべる。いやいや、それは、と言いたげな、彼にしては非常に珍しい表情。それを見て流石に言葉が悪いと思ったのか、ヴェルナは慌てたように口を開く。

 

「あ、いや、正確に言うと生きている人間じゃないって意味だからね? 生きている人間なら利益だとかで裏切ったりするかもしれないけれど、幽霊ならそんなことは思わないだろうって考えによるものだから、うん。断じて、初対面の相手を人外だと思っているとかじゃないから」

「……それを聞いて安心したよ」

 

 はあ、と呆れたように秋雅はため息をつく。自分にとっても大事な女性の一人が、外道のような事を考えていたわけではなかった。そんな安堵の感情も込められたものであった。

 

「そういうわけだそうだから、紅葉、あまり気を悪くしないでやって欲しい」

「ああ、いえ、お気になさらず。幽霊なのは事実ですし、自分でもちょっと生前とは感覚が違っている自覚があるので。少なくとも物欲とかは以前ほどないっぽいですからねえ」

 

 服とかも気にしなくてよくなりましたし、と言いながら紅葉は自身の格好を変化させる。それを見て、おお、と興味深そうに目を見開いているヴェルナに、秋雅はコツンとその頭を小突く。

 

「とりあえずヴェルナ、お前は少し対人を意識した物言いを覚えろ。その調子じゃ後々面倒ごとになりかねん」

「はーい……」

 

 考えてみれば、このノルニルという三姉妹はここ三年ほど、秋雅を含めた身内としか会話をしていない。元々ヴェルナは――おそらくはスクラも――気心知れた相手に対し、言葉を繕うということをわざわざするタイプではない。それ自体は特段良いも悪いもないのだが、どうにも彼女たちの場合は、やや不都合な誤解を生じさせかねない会話となってしまっているようであった。すべては例の一件と、それ以前からも他者とあまり好意的な交流を出来なかったことが原因か。

 

 別に、歯に衣着せぬ物言いが絶対に悪いと言うわけではないのだが、時と場合によっては確実に面倒事になる。今回だって紅葉が気にしていないようだから大丈夫だったが、相手によっては大きく気分を害していた可能性だってあったのだ。

 

「妙な所で課題が出てきたな、まったく」

 

 何にせよ、いくら人前に出る可能性が低いとは言え、そのままの状態を続けられてしまうと妙なトラブルを引き起こしかねない。その対策についても考える必要があるかもしれないなと、頭を押さえている――痛いと感じるほどの力は込めていないので、単に反射的なものだろう――ヴェルナと、ついでに我関せずと紅茶を飲んでいるスクラを見ながら、秋雅はまたため息をついた。

 

「……まあ、それはまたそのうちだな。ついでに聞いておくが、ウルとスクラもヴェルナと同意見なのか?」

「いえ、私は単にシュウが気を許している相手だから警戒していないだけよ。もっとも、二人と比べれば私はまだ取り繕う事が出来るほうだから、どこまで本心かは保証しないけれど」

「それを自分で言うかね。スクラもそうなのか?」

「おおよそは姉さんとヴェルナに同じく、といったところね。加えて言うなら、その子が女性だったというのも多少はあるかしら」

「うん? スクラたちの人嫌いは、性別限らずの話だと思っていたが、違うのか?」

「いえ、違わないのだけれどね。ただ、あの時私達を襲ってきた魔術師達は男ばっかりだったから、まだ女性のほうがマシってだけ」

「そうだったか……?」

 

 スクラの言葉に、秋雅ははてと当時の記憶を思い出してみる。流石にそんな些事を詳細に覚えてはいないが、確かに言われてみれば、あの時魔女や女魔術師はいなかったような気がしないでもない。

 

「まあそういうわけだから、まだ女性相手なら多少は気を緩められるのよ。後はヴェルナと姉さんの意見の統合みたいな感じ」

「横から口を挟みますが、とりあえず現状に不都合がないのであれば良いのではないですかね? 個人的にも疎まれていないのなら問題ないですし」

「まあ、紅葉がそういうのであればここまでにするが……」

 

 どうにもしっくり来ないな、と秋雅は内心で首を捻る。彼女たちの言葉を疑っているからではなく、単にいまいち実感が湧かないのが理由だ。この辺りは周りの人間に恵まれた結果なのだろうかと、そんな風にとりあえず結論を付けて、秋雅はこの話をここで終わらせることにする。

 

「じゃあこれで話は済んだということにして話題を変えるが、引越しの準備は終わっているか?」

 

 言いつつ、秋雅はぐるりと室内を見てみると、数日前と比べてやや物が少なくなっている。元々置いてあったものはあるようだが、姉妹が住みだしてから飾るようになったものなどは大体がなくなっているようだ。

 

「ざっとは、と言ったところね。とりあえず急ぎ必要な物などは先に日本に送っておいたわ。後々他の物も送ってもらえるように纏めと手配を行っておいたから。勝手にシュウの名前を借りたけれど、構わないわよね?」

「最終的に指示を出したのは俺だ。今更駄目だと言う訳がないな」

「ん、ありがとう」

「……あ、そうだ」

 

 ふと、ヴェルナが口を開いた。

 

「ねえ秋雅、私達の日本での拠点って、結局秋雅の家ってことでいいの?」

「ああ。部屋は余っているから適当に使ってもらうつもりだ」

「ワンフロア丸々ですもんねえ」

 

 秋雅の世話になっていた時を思い出してだろう、紅葉はそんな事を呟く。実際、所有はしているが物置にすら出来ていない部屋もあるので、そのうちのどれかを適当に使えば問題ないだろう。

 

「ただ、流石に研究開発が出来る環境じゃないから、そこだけは外部に場所を用意させる。ウルだけは家でも大丈夫だろうが、スクラとヴェルナに関しては、本格的な開発の際にはそっちに移動してもらう必要がある」

「まあ、そればっかりはしょうがないね」

「人は来ないわよね?」

「呼ばない限りは来させないように言っておく。ただ、最低でも責任者である福岡分室の室長には一度会ってもらう必要があるから、それも了承しておいてくれ」

「はーい」

「了解」

「私も、スパコンの都合もあるし、何だかんだそっちで働くことになるかしらね」

「どっちにしろ、ヴェルナとスクラの二人だけじゃちょっと不安も残るし、その方がいいかもな」

「そうかもしれないわね」

「姉さんも秋雅もひどいなあ……」

「明確に否定できないのが腹立たしいわね」

 

 むう、とふくれっつらをするヴェルナとスクラに笑いつつ、さて、と秋雅が立ち上がる。

 

「じゃあ、そろそろ行くか。いい加減俺も早く帰国したいからな」

「あ、ちょっと待って」

 

 しかし、ここでヴェルナが待ったの声を上げる。ウルとスクラの様子を見るに彼女達もヴェルナに対し視線を向けているので、どうやらヴェルナの個人的な用事があるらしい。

 

 はて、一体何なのであろうか。不思議に思いつつ、秋雅はヴェルナに対し向き直って言う。

 

「何だ?」

「うん、実は――紅葉とちょっと戦ってみたい」

「はあ?」

 

 ヴェルナの返答に、思わず秋雅は怪訝な声を上げる。しかし、そんな秋雅の反応を無視して、ヴェルナは紅葉に視線を向ける。

 

「秋雅のスタッフは他にもいるけれど、秋雅にとって弱点になりえるのは私達だけだった。秋雅直下の配下にして、秋雅が気を許した相手というのは、自惚れじゃなく私達だけ。それはつまり、私達は秋雅にとっての弱点になりえるってことなんだ」

「……だけど、私達は戦う力があった」

 

 ふと、スクラが小さな声で呟く。それに対し、うんと頷いて、ヴェルナはさらに話を続ける。

 

「そう、私達はそれぞれに戦闘能力がある。自慢じゃないけれど、そこらの相手には負けないと思う。だから、そういった意味での秋雅の弱点は存在しなかった。秋雅の家族、という弱点はあるけれど、まさかカンピオーネの身内に手を出す馬鹿はいないはずだし、これもまた問題にはならない」

 

 だけど、とスクラは紅葉を見て言う。

 

「そこに、紅葉が加わるとなれば話は別。紅葉の戦闘能力如何によっては、秋雅にとって明確な弱点が生まれることになってしまう」

「……だから紅葉と戦うと? 戦闘要員なのに弱いというならばともかく、彼女は最初から非戦闘要員だ、戦う必要性はないだろう。大体、攻撃はともかくとして、防御に関しては実体化を解いてしまえばそれで十分のはずだ。その状態の彼女に通じる物理攻撃はそうない」

 

 意図は理解できたが、と秋雅は渋面を浮かべる。言いたいことは分かるが、しかしそれでどうして紅葉と戦うということになってしまうのかがいまいち分からない。

 

「いや、ありありだよ。戦えないならそれはそれでいいけど、その場合どのレベルで戦えないのかを調べておく必要はあると思う。全く戦えないのか、護身ぐらいは出来るのかぐらいは、ね。それに物理無効に関しても絶対じゃない。何があるのか分からないのがこの世界だよ」

「しかし、だな」

 

 未だ渋る秋雅であったが、その彼の肩をウルが叩く。

 

「度合いに応じて護衛の必要性なんかも変わってくるもの。そういうことなら、私はヴェルナに同意するわ」

「ウル」

「死を目前として足を止めてしまうタイプなのかどうか、調べておかないと撤退も難しい。私も試しとはいえ戦いを経験しておく必要はあると思う」

「スクラまで」

 

 ううむ、と最終的に三姉妹全員が意見を一致させてしまったことに、秋雅は思わず唸る。実際、秋雅もヴェルナの理屈は確かに分かっている。ただ、だからと言って、戦闘職でない者を戦いに巻き込んで良いものか、というそんな思いもあった。

 

 そんな時であった。これまで沈黙を保っていた紅葉が、一歩前に出て、ヴェルナのすぐ目の前に立ったのは。

 

「その提案、お受けします」

「紅葉……」

 

 君もか、という声を漏らす秋雅に対し、大丈夫です、と紅葉は返す。

 

「ヴェルナさんの理屈は分かりましたし、必要性も理解しました。だったら、秋雅さんの従者としてお受けしないわけには行きません。幸い、私は戦闘経験こそないですが、戦う手段自体は一応持っています。私としても、ここで試しておきたい」

 

 そういう紅葉の顔は真剣で、無理強いされたという風の表情ではない。自ら選んだのだ、という雰囲気がひしひしと感じられる。

 

「…………致し方ない、か」

 

 そんな表情を見てしまえば、もはや止めることなど出来ないと、秋雅はそう思う。こうなった以上、一度やらせてみなければ、むしろ彼女にとって為にならないだろうと、そのように判断したのである。

 

「分かった。二人の決闘を認める。ただし、制限時間は十分、殺傷を目的とした攻撃は一切禁ずるということにする。異論は?」

「ないよ」

「ありません」

「なら、地下一階に移動するぞ。あそこならば多少暴れても問題ないからな」

 

 言いたいことはある、が仕方ない。やる気十分な二人を見ながら、秋雅は最後に一度だけ、小さなため息をつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、場所を移して地下一階。広い室内の中央で、ヴェルナは軽く身体をほぐし、紅葉は何をするでもなくその場に佇んでいる。

 

 そして二人から数メートル離れたあたりで、秋雅とウル、スクラが審判兼観戦者として二人を見守っている。

 

「ねえ、シュウ。実際の所、彼女はどれ位戦えるのかしら?」

「少なくとも俺の認識じゃ全く戦えないはずだ。プリンセス・アリスの元で多少の魔術は習ったそうだが、それでヴェルナに対抗できるとは思えん」

「でも、秋雅。彼女は何か戦う手段があるみたいな口ぶりじゃなかった?」

「ちょっとした切札がどうこうとは言っていたが、はたしてそれがヴェルナに通用する代物なのかどうか」

「結局、分からないってことね。まあ、すぐに分かるけれど」

「だな――二人とも、準備はいいか?」

「問題ありません」

「オッケーだよ」

 

 秋雅の確認に対し同意して、二人はそれぞれに構える。だが、それぞれの構え姿はまるで対称的だ。ヴェルナの方は隙なく、いつでも走り出せるようにしているのに対し、紅葉もファイティングポーズらしきものはとっているものの、あからさまに素人の構えだ。ここだけを見ても、どちらが勝つのかというのは自明の理だろう。

 

「最初に言っておくけれど、私の攻撃は痛いから頑張ってね」

「ではこちらも言っておきます。あまり油断していると、逆に怪我をするかもしれませんよ」

「言ってくれるね。じゃあ――ちょっと本気を出すよ」

 

 言った直後、ヴェルナが突然に駆け出した。まだ合図も出しておらず、さらには身体強化までかけていることに対し、秋雅はまたもや渋面を作る。しかし、それに付随する苦言を彼が発するよりも速く、ヴェルナの攻撃は紅葉へと向かう。

 

 攻撃手段は右足による蹴り、狙いは容赦のない頭部狙いだ。おそらくは咄嗟の事態に対し実体化を解けるかどうかを確かめる狙いなのだろうが、いくら何でもやりすぎだ。その結果起こる自体を想像し、秋雅が思わず声を荒げようとした。

 

 だが、

 

「……何だと!?」

 

 先ほどまでの感情を忘れ、思わず秋雅は驚きから目を見開く。彼だけではない。ウルとスクラもまた、同じように驚愕の表情を顔に貼り付けている。

 

 しかし、この場で最も驚いていたのは、おそらくはヴェルナであったのだろう。

 

「ちょっ、はあ!?」

 

 ヴェルナの放った鋭い蹴りを、紅葉は防いで――防げてすらいない。無防備に、その横っ面に思い切り喰らっている。未だに、その蹴りは彼女の頭部に当たっている。だというのに、その表情には一遍の曇りもない。

 

 いや、それだけではない。そもそも、ヴェルナの蹴りを喰らってそのまま立っていること自体がおかしいのだ。並みの格闘家を凌駕するその蹴りを受けて、全く吹き飛ばないなどありえない。

 

 それが小揺るぎもしていない。ただ、悠然と、その場に立ち尽くしているだけだ。

 

「……っ!」

 

 呆然としていたのも一瞬、すぐさま正気を取り戻し、ヴェルナは大きく後方へと跳躍する。そして、

 

「紅葉……今の、一体どうやったの?」

 

 ヴェルナの問いかけに、秋雅達も紅葉へと視線を移す。四人からいっせいに見つめられる形になった紅葉は、そうですねえと口を開く。

 

「教わった身体強化をやってみただけです――って言っても、まあ納得してくれませんよね」

「当然。身体強化の術ってのは文字通り身体能力を強化するための術であって、防御力を上げる術はまた別にあるんだから。手ごたえや吹き飛ばないことも踏まえると、まるで人間の形をした岩か何かを蹴ったと勘違いしそうになった」

「そう言われましても。私はただ、本当に教わった物をやってみただけなんですけどね。まあ、向こうの人たちも同じような反応でしたけど」

 

 とりあえず、と紅葉は改めて構え、そして言う。

 

「ヴェルナさんの攻撃は防げるということも分かりましたし、今度はこっちが行かせてもらいます!」

 

 言うと同時、紅葉は地面を強く蹴り、ヴェルナに向かって一直線に駆け出す。驚くべきはその速度で、先ほどのヴェルナのそれと比べて二倍近い速さだ。

 

「やあっ!」

 

 掛け声と共に、紅葉は拳を前に突き出す。極めて速いが、しかし素人の攻撃だ。その攻撃をヴェルナはひらりと避けてみせる。

 

「あぶなっ!」

 

 ただ、その攻撃が彼女にとって脅威足りえるというのは事実であったのだろう。避けきれた事を確認しつつも、その視線は紅葉から決して離そうとしない。

 

「やっぱり避けられますよね。でも、それなら何度でも攻撃するまでです!」

 

 振り向き、再びヴェルナに向かって紅葉は駆け出す。まるで砲弾の如き苛烈なそれを再び華麗に避けて見せ、さらには反撃の蹴りを与えたヴェルナであったのだが、

 

「――硬いし重い!! どういう身体の構造しているのさ!?」

「幽霊に身体なんてありません!」

「そういう意味じゃない!!」

 

 ぎゃあぎゃあと叫びあいながら、互いに突進と回避を繰り返す。その様子を見ながら、秋雅は横にいるウルとスクラに対し声をかける。

 

「ウル、スクラ、紅葉のあれだが、どう思う?」

「何とも言えないわ。あれほどの防御力、重量、そして筋力。どうやったらああなるのかしら。シュウこそ、何か推測はない?」

「分からん。結果だけを見ればドニの『鋼の加護』を思い出すが、しかしなあ」

「それって、権能に匹敵する術ってこと?」

「いや、たぶんあれには劣るはずだ。あくまで類似効果、といった程度だろう」

「ふむ」

「とりあえず、幽霊に身体強化をかけるとああなるってのことなのかしら?」

「そもそも実体化できる幽霊自体いないからな。何がどう噛み合っているのか、どうにも分からん」

 

 どうなっているのか、と三人は目の前の光景の解明に頭を悩ませる。そうしている中、ふとスクラが口を開いた。

 

「ねえ秋雅、紅葉の実体化って呪力を込めてやっているのよね」

「ああ」

「それってどういう風になっているの?」

「どういう風、というのは?」

「だから、単にオンオフを切り替えているのか、それともパーセンテージがあって実体化度合いを決めているのか、ってこと」

「あ、オンオフの方です!」

 

 スクラの言葉に、戦っていた紅葉が反応し、答える。どうやら聴力の方も強化されているようである。

 

「オンオフの方ね。じゃあ、実体化している状態で、さらに実体化しようと呪力を込めるとどうなるの?」

「え? えーっと……こうですかね?」

 

 スクラの疑問に、紅葉は思わず足を止めてその通りにやってみる。すると、

 

「……あれ? 身体強化をした時と同じ感じですね? でも、効率はこっちのほうがいい……のかな?」

 

 言いながら、再び紅葉はヴェルナに向かって駆け出す。その速度は先ほどまでのそれを何ら遜色ない。いや、むしろさらに速くなっている風にすら見える。ただの素人の突撃であるというのに、その勢いたるや玄人ですら脅威として見ざるを得ない物だ。

 

「ちょ、スクラ! 余計なこと言わない! さらに避け難くなったじゃないの!?」

「知らないわよ」

 

 思わず苦言を呈するヴェルナにどこ吹く風で答えて、スクラは視線を秋雅達に戻す。

 

「そういうわけみたいだけれど、姉さんと秋雅の意見は?」

「彼女の言葉を信じるなら、身体強化が結果として実体化強化になっていたということみたいね。そのあたりの変換の理屈は一先ず置いておいて、実体化強化で何故ああいう風になるのかしら」

「推測だが、実体化強化、というよりはむしろ存在強化、といったほうが正しいのかもしれないな」

「存在? ……成る程、それで防御力と重量が増したということね」

「ああ、そう考えれば一応の納得は出来る。中々面白い現象だな」

「でも、それだと身体能力の向上理由は?」

「強化しても動きが阻害されないようになっているんじゃないか? 重量が増せばそれだけ力は必要だろう」

「だけど、その場合だと動きの速さ自体は変わらないんじゃないかしら? 超過分が生じている理由が分からないわ」

「俺の雷鎚なんかと同じで自身には重量が適用されない、とか?」

「それだと最初から強化の理由がないわ」

「それもそうか。じゃあどういう理屈なのか……」

「二人で分かり合っていないで、私にも分かるように説明をお願いしたのだけど」

 

 熱が入ったかのように議論を続ける秋雅とウルに、置いてけぼりを食らっていたスクラが言う。それに、例えばの話だが、と秋雅が人差し指を立てて言う。

 

「ゴム風船があるだろう? あれを紅葉の実体化に例えるぞ。呪力を消費することで外側のゴム風船を生み出し、その中に彼女の幽体や呪力を詰め込み、実体化する。こういう流れを一先ず想像しろ」

「それで、彼女が呪力をさらに込めることで、外側のゴム風船がもう一つ重なると考えるの。その状態でまた膨らませると、さっきよりも頑丈で、さらに少しだけ重い風船が出来上がる」

「これを繰り返していけばどうなるか。とてつもなく頑丈で、とてつもない重量の風船が出来上がる。重なると言っても実際は多分厚さは変わらずに圧縮、融合しているんだろう。そうすれば密度も上がり、結果として硬度が増す」

「ただ、この推測だとむしろ身体能力が増す理屈が分からないのよ。さっきまではともかく、今は実体化強化だけのはずなのに」

「重量等はそのままに、身体機能は阻害されないように強化されるようになっているということで普段と同じ動きが出来る、ならまだ分かるんだが」

 

 どうなんだろうか、と再び秋雅とウルは議論を交わし始める。最初はそれに耳を傾けていたスクラであったのだが、途中から興味をヴェルナと紅葉の戦いへと向ける。元々、細かい理屈や理論にはそこまで熱心ではない方なのだ。原因と結果さえ分かっていればいい、というのが彼女の性分なのである。

 

「……というか、そろそろ十分経つんじゃないかしら?」

 

 ふと、その事を思い出したスクラはそう首を傾げるが、彼女以外の全員がそれぞれに熱が入ってしまっていて、その事に気付いていない様子である。

 

 どうしようか、と首を傾げているスクラであったが、そんな彼女に対しヴェルナが叫ぶ。

 

「スクラ! 暇ならこっちに来て手伝って! いい加減私も反撃に移りたい!」

「ちょっと!? 素人相手に二対一をやる気ですか! だったらこっちもさらに呪力を込めますよ!」

 

 叫び、紅葉は内にある呪力をさらに強く発現させる。その量にヴェルナは何度目かの驚きの声を上げる。

 

「んなっ?! 上限がまだあるの!?」

「何か知らないですけど、呪力を込めればそれだけ強くなるんです! もう秋雅さんから貰った、魔術師十人分だが二十人分だかの呪力を使い切る勢いで強化してやりますよ!」

「……強化したら重量も増えるんだから、下手したら床が抜けるんじゃないかしら」

「え?」

 

 スクラの呟きと同時、大きな音を立てて紅葉を中心として床が崩壊する。スクラの言葉通り、重量の増加に床のほうが耐えられなくなったのだろう。

 

「うわっ!?」

「おっとっと」

 

 咄嗟に、紅葉は実体化を解除し、ヴェルナもまた崩壊地点から距離をとったので、二人とも階下にそのまま落ちることは回避できた。元々距離をとっていた秋雅達も、そもそもとして床の崩壊に巻き込まれるようなことにはなっていない。ただ、床の穴の上でふよふよと浮かぶ紅葉に視線を向けるだけだ。

 

「あー……本当にすみません」

「……まあ、止めなかったこちらにも責任はある、か」

「スパコン、先んじて動かしておいて良かったわね」

「一応、強化素材で出来ていたはずなのだけれど、凄いわね」

「はあ、何か白けちゃった」

 

 

 そういうわけであって、紅葉の実力を測るという名目で開かれたこの模擬戦は、彼女は十二分に戦えるという結論を出しつつも、このような、何とも言えぬ結末を迎えたのであった。

 




 思ったよりも長くなったので、飛行機での会話とかはしません。次回はもう帰国した所から始める予定です。



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