トリックスターの友たる雷   作:kokohm

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秋雅が語る古き王たち

「……何と言うか、凄いですね」

「ん?」

 

 紅葉の感心したような一言に、秋雅はパソコンの画面に向けていた視線を彼女の方へと向ける。すると、訓練とやらで実体化を解いて空中にぷかぷかと浮いている紅葉が、辺りをざっと見渡しながら、

 

「いや、だってこの飛行機って秋雅さんが命令したから貸切になっているんですよね? そう思うと稲穂さんって凄いんだなって」

「ああ、そういうことか」

 

 紅葉の言葉に苦笑しながら、同じく秋雅もまた辺りを見渡す。

 

 広い空間にたった数席の椅子。そこかしこに装飾が施され、まるで高級ホテルのようにも見える室内であるが、しかしここはれっきとした飛行機の中だ。秋雅が命じたことによって手配された、ただ彼と、彼の同行者のみを運ぶ為に準備された移動手段であった。

 

「普段だったらこんな無駄なことはそうやらないんだがな。アメリカ発、英国、インド経由、日本行きとなると、一々チケットを準備するのが面倒だったし、何より彼女らが、な」

「人嫌いなんですよね? 秋雅のスタッフさんたちって。確か、ノルニルさんたち、でしたっけ?」

「ああ。まあ、多少は取り繕うことは出来るはずだから、君が不快に思わないようにはさせるさ」

「あんまり気にしなくても良いんですけどねー。私、所謂新参者ですし」

「まあ、それはそうなんだが……」

 

 ところで、と紅葉は秋雅の顔を覗き込みながら言う。

 

「凄いついでに聞きたいんですけど、いいですかね?」

「質問にもよるが、何だ?」

「結局、神殺し――カンピオーネってどういう人たちなんですか?」

「うん?」

「いえ、神様を殺して力を得た人たちって事は聞いたんですけど、具体的にはどういうことなのかは聞きそびれちゃって。秋雅さんに直接聞くってのも変な話ですけど、知らないままよりは良いかなと思いまして」

「ああ、そういうことか」

 

 そうだな、と秋雅は腕を組む。

 

「確かに、知っておいたほうがいいか。ざっとだが話しておこう」

「お願いします」

「とりあえず、神殺しの定義はさっき君が言った通りだ。人の身でまつろわぬ神を殺すという所業を成し遂げた者が、まあとある神の思惑の元、神殺しという存在になる」

「とある神?」

「その辺りはそのうちな」

 

 勿論それはパンドラのことであるのだが、そこを掘り下げるのは面倒だと秋雅は説明を端折る。紅葉も、秋雅がそう言うなら、と頷いて終わる。

 

「神殺し、まあここからカンピオーネで統一するが、カンピオーネとなると身体の構造すら常人と異なった物になる。人間離れした生命力と回復力に、下手な金属よりも硬い骨格、並みの魔術師の数百人分にも匹敵する呪力と、さらには獣じみた直観力といったものを得る。ついで言えば暗視能力や高い言語習得能力なんかも特徴の一つだな」

「分かりやすく人間超えていますね、それ」

「これにそれぞれが倒した神より簒奪した権能が加わるからな。人間では歯が立たんといっていい」

「権能というのは、確か神様が持つ力のことですよね?」

「ああ。カンピオーネが神を討伐した時、神が持っていた力の一部をカンピオーネは得る。まあ、人の身に押し込む都合か、大抵は元のそれと比べて威力が低かったり、限定的だったりするが」

「具体的にどういったものがあるんですか?」

「これ、と決まった物があるわけじゃない。雷神を滅ぼせば雷に関係した、風神を滅ぼせば風に関係した権能を、といったのが基本だな。まあ、ちょっと変化球じみた権能になることもあるが」

 

 秋雅で例えれば『万砕の雷鎚』は結構分かりやすく権能化しているが、『冥府への扉』などはやや捻っていると言えるだろうか。

 

「そういうものですか」

「そういうものだ。で、そんな力を持っているカンピオーネには一つの義務がある。それは、まつろわぬ神が現れた場合、人類代表として戦うこと、だ。それを成すのであれば何をしても許される」

「何をしても、というと?」

「例えば、気まぐれに人を殺しても罪に問われない」

「あー……成る程」

 

 正確に言えばカンピオーネを罰する力を持つものがいない、というが正しいだろうか。法であれ暴力であれ、カンピオーネを止めるだけの力を人類は持っていないということだ。

 

「……聞きにくい事を聞いてもいいですか?」

「何だ?」

「…………あー、やっぱりいいです。後で聞きます」

「そうか?」

 

 一体何を聞きたいのか。そして、何故今ではないのか。そんな事を思いつつ、秋雅は視線を正面に戻し、ついと目の前のパソコンを操作する。

 

「話を戻すが、現在地上にいるカンピオーネは俺を含めて八人いる。これを多いと見るか少ないと見るかは中々難しいが、一世紀以上に渡ってカンピオーネが存在しなかった時代もあると考えると、まあ多いほうなんだろう」

「どうなんでしょうね。秋雅さんはその人たち全員に会ったことはあるんですか?」

「一応な。まあ関係性はそれぞれだが」

「どんな人たちなんですか?」

「そうだな……」

 

 言いながら、秋雅はパソコンの画面に情報を表示させる。映されるのはアリスから受け取った他の神殺しに関する情報だ。先ほどまで見ていた草薙護堂の項目から変え、

 

「まずは、ヴォバン侯爵。三百年の時を生きた老カンピオーネだ」

「……三百年?」

「ああ」

「…………そっちでも人間離れしているんですね、カンピオーネって」

 

 もはや呆れたといった風に紅葉が呟く。それに対し、そうだなと秋雅も苦笑を返す。

 

「ただまあ、呪力が多いと老化を遅くしたり若返ったりという事が出来るんだ、普通の魔術師でもな。現に知り合いにも老人のはずなのにえらく若々しい外見を保っている者はちらほらといる」

「はー、それは世の女性が聞いたら暴動が起きそうな事実ですねー」

「……どうでもいいが、紅葉よ。君、性格が変わっていないか?」

 

 どうにも先ほどから時折言動が軽い彼女を見て、秋雅はそんな事を言う。確かに前から、どちらかといえば前向きなタイプであったようだが、今はそれに輪をかけて軽さが感じられる。

 

 すると紅葉はぐるりと身体を空中で回して、

 

「まあ、割と元はこんな感じでしたから。記憶を失っていたから、ちょっと余所行きの性格だったんですよ」

 

 にかっと、紅葉は笑う。

 

「それに、秋雅さんと同じですよ。自分を見せていいと気を許している、ってね」

 

 そんな彼女の言葉に、秋雅は眉を下げて、同じく楽しげに笑う。

 

「それはまた、光栄な話だな。一応言っておくが、表ではそういう態度を取るなよ」

「分は弁えていますって。それよりも、そのヴォバン侯爵って人の話を続けてくださいよ。侯爵ってことは、貴族の末裔とかなんですか?」

「いや。こういう言い方はあれだが、彼自身はそんな上等な生まれじゃない。仔細は知らんが、若い頃に戯れでどこぞの侯爵家から爵位を簒奪したんだそうだ」

「へえ、自分勝手な感じの人なんですか?」

「カンピオーネは基本的に全員自分勝手だから、別に彼に限った話じゃないな。彼の自身の性格を語るのであれば、古き時代の魔王、といったところだろう」

「古いというと、力で支配するとか、そんな感じですか?」

「そうだな。戯れに民を塩の柱に変えてしまったり、狼へと転じさせたり、あるいは己が望みのためにその死を厭わぬほど酷使したりと、まあ今の時代に付き合いたいとは思わぬ御仁だ。アリス殿が所属している賢人議会も、その始まりはこの王がきっかけとなっていたりする」

「まさしく暴君、ですか」

「そういうことだ。特にあの老人は死者を縛る権能を持っているから、君は近寄らない方がいいだろうな。俺がいれば多少は抵抗も出来るだろうが、あまり試したくはない」

「分かりました、絶対に近寄りません」

「そうしてくれ。さて、次の王の事を話そう」

 

 そう言って、秋雅はパソコンを操作する。次なる王の項目へと画面が切り替わるが、それを見た紅葉は、

 

「あれ? ほとんどの項目が空白になっていますね。名前はありますけど、えーっと?」

 

 読めない、と紅葉は首を傾げる。生憎と、日本の義務教育を受けた程度でしかない紅葉は簡単な英語を読むのが精一杯であった。それでよくアリス邸での生活が務まったという話だが、あの屋敷にはアリスを始めとして何故か日本語が出来る者が多かったので、その者たちに手助けをしてもらっていたのである。

 

「羅濠教主、と読む。中国に住む、二百年余りを生きるカンピオーネだ。直接人前に出る事が少ない上に、配下に情報を漏らす事を禁じているせいでかの賢人議会もろくに情報を得られていないらし」

「何で人前に出ないんですか?」

「自分のような武を極め、強大なる権能を持つ者は何者をも凌ぐほどに尊く、みだりに下々の者と接触はしない、というような感じの事を思っているからだ。自分の姿を見た者はその両目を抉り、声を聞いた者はその耳を切り落とすべし、とまで言うそうだし」

「……ヴォバン侯爵さんとはまた違った意味で会いたくない人ですねえ」

「個人的に認められればまた話は別だが、彼女がそうそう他人を認めるようなことはしないだろうしな」

 

 ふうん、と秋雅の言葉に頷く紅葉であったが、一拍を置いた後、首を傾げる。

 

「……ん? 羅濠教主さんって女性なんですか?」

「ああ。別にカンピオーネは男ばかりってわけじゃない」

「そうなんですか。まあ、言われれば納得しますけど」

「それに、女性とはいえその才覚は確かだ。武の頂点を名乗るだけあって、彼女ほど武術に精通している者はいないだろう。近接戦闘においてはカンピオーネの中でも間違いなく最上位だろうな。剣術だけ、とかならば彼女に迫る者もいるが、彼女のように様々な武術を極めている者はまずいないだろう」

 

 んー、と紅葉は秋雅の言葉を聞いて考え込んだ後、

 

「ちょっとした疑問なんですけど、遠距離戦闘と近接戦闘、どっちに強い方が戦いに有利なんですかね?」

「一般論は無視して答えるが、まつろわぬ神やカンピオーネと戦うときは近接戦闘に強い方が有利だと俺は思っているな。どちらもふざけた生命力を持っている所為か、遠距離からの大味な攻撃だと中々くたばらん。リスクを承知の上で懐に飛び込んで戦う方が殺せる可能性は高いだろうな」

 

 とはいえ、それはあくまで有利であるというだけだ。遠距離戦だけで相手をしとめる事が絶対に出来ないというわけではない。事実、秋雅もまつろわぬ神相手に遠距離主体の戦いで勝利を収めたことがある。

 

「成る程。ということは、羅濠教主さんはカンピオーネの中でも特に強い部類に入るってことですかね」

「そうなるだろうな。さらに言えば彼女は魔術戦においても一級品の腕前を持っている。単騎で彼女以上に『暴れられる』者はそういないだろう」

「何と言うか……言うだけのことはある、という感想しか浮かびませんね」

「同感だ。さて、共通理解を得られた所で次に行こうか」

 

 トン、と指で操作し、画面を切り替える。

 

「アイーシャ夫人。これまた一世紀以上を生きるカンピオーネだ。カンピオーネの中でもここまでの三名を旧世代、残りを新世代と分けられる事が多い」

「夫人ってことはまた女性ですか。旦那さんがいるんですか?」

「いや、敬称だ。経緯は知らんがどこかでそれを奉げられたとかで、以降はその名で呼ばれている。まあ、彼女に近い者は大抵、彼女の事を『聖女様』と呼んでいるが」

「聖女様……そう呼ばれるって事は、いい人なんですか?」

「まあ『いい人』であることは事実なんだろうが、なあ……」

 

 紅葉の質問に対し、秋雅は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。いい人であること自体は否定しないが、しかしそれだけではないと知っているからこその表情だ。

 

「含みがある言い方ですね」

「どうにも、天然かつ自己陶酔的な性格を持つという、中々に厄介な人でな。変な思い込みが激しい上に、こっちの都合をまるで考えないことばかりやってくれる。話が通じるようで通じていないというか、何と言うか。とにかく厄介な人なんだ、彼女は。ある種、前述した二人以上に人格が破綻しているといえるかもしれん。俺の知り合いなんかは半日以上一緒に居たくないとすら言っていたし、俺もその意見には概ね賛同せざるを得ない」

「……秋雅さん、私、もしかしたらその人にだけは会いたくないかもしれません」

 

 全くもって同感だ、と彼女の感想に対し秋雅は首肯する。敵対しているから会いたくない、と思う相手はそれなりにいるが、敵対もしていないのに会いたくない、と思えるのはおそらく彼女ぐらいだろう。

 

「あれですね。もうカンピオーネにまともな人がいるなんて期待はしません……秋雅さんを除いてですけど」

「俺も同じ穴の狢なんだが、まあそうしておけ。カンピオーネなんてどいつもこいつも、世界にも人にも優しくない人間の集まりなんだから」

「話だけで理解しちゃいましたよ……それにしても、どうしてそんな人が『聖女』なんですか?」

「彼女の権能だよ。彼女は周囲の人間に好かれる権能を持っているんだ、マイルドに言えばな」

「マイルドに言わないとどうなるんですか」

「狂信者の集団を大量生産できる。たぶん、身体強化のおまけつきで」

 

 無言のまま、うわあ、という表情を紅葉が浮かべる。それに対し、秋雅も無言のまま頷く。言葉にならない、というのはまさしく今の状況なのだろう。

 

「……次の人に行きましょうか」

「ああ、そうだな。ここからは新世代、ここ十年ほどのうちにカンピオーネとなった者達の話――」

 

 と、続きを話そうとしたところで、機内にアナウンスが入る。たった二人の乗客相手に律儀な話だが、どうやらもうすぐ空港に到着するらしい。

 

「あら、時間みたいですね」

「そのようだな。続きは彼女らが来てからに――も出来んか」

 

 画面に表示された顔を見て、秋雅は顔をしかめながら訂正する。それに対し、紅葉は不思議そうに首を傾げる。

 

「どうしました?」

「彼女たちの前ではあまり話したくない王がいることを思い出しただけだ。だからこの王まではここで説明しておく」

「はあ。どんな人なんですか?」

「アレクサンドル・ガスコインという男だ。『黒王子』の二つ名を持つ、神速で世界中を廻るカンピオーネだな。もっとも、王子という名には全く相応しくない男だが」

「……なんか棘々していますね。お嫌いなんですか?」

「この男と仲良くするぐらいなら俺はヴォバン侯爵に協力するか、羅濠教主と一騎打ちをするか、あるいはアイーシャ夫人と一年以上行動を共にする事を選ぶ」

「…………滅茶苦茶嫌いなんですね」

 

 やや引きつった表情を浮かべながら紅葉が呟く。先ほどまでの話を踏まえた上で、そのような事を秋雅が言ったからこその感想だろう。

 

「何か秋雅さんがそこまで人を嫌うってのは不思議な感じがしますけど、何か因縁でも?」

「別に。ただ、自分勝手に計画を立てておきながらイレギュラーが起きればしっちゃかめっちゃかに改悪、放棄し、その上事後処理などをまるで考えない奴の生き様が嫌いなだけだ。ウル達が人間不信になったのもアイツがきちんと後始末をしなかったからだし。ついでに言えば、同じ穴の狢であるくせに自分だけは違うと思っている馬鹿さ加減が気に入らん。何が理性的だ。お前も結局は直線的な獣だろうに」

 

 不愉快だ、と表情を歪める秋雅を、まあまあと紅葉がなだめる。

 

「秋雅さんがその人の事を嫌いなのはよく分かりました。極力話題に出さないようにしますから、とりあえずここでは落ち着いてくださいよ。その調子だと恋人さんたちが引いちゃいますよ?」

「……すまん、少し熱くなりすぎた」

 

 紅葉の言葉に、秋雅は罰の悪そうな表情を浮かべた後謝罪する。

 

「どうにも、奴が相手となると冷静になりきれん。悪い癖だとは思っているんだが、中々制御も出来ん」

「まあ、そういうものでしょう。誰にだって嫌いな人の一人や二人はいますからね」

「いっそ殺してしまいたいんだがな。あの男、逃げ足だけは速い」

 

 呟くように、そんな言葉を秋雅が口に出す。すると、

 

「……秋雅さん。一つ、聞いてもいいですか。さっき、聞こうとして止めた質問です」

 

 ふと、紅葉が神妙な面持ちを浮かべ、秋雅を見つめる。

 

「何だ?」

 

 先ほどまでの千変万化な表情と違った真剣な表情に、秋雅もまた同じような表情で見つめ返す。

 

 一息の後、

 

「――秋雅さんは、人を殺した経験がありますか?」

 突然の質問。それに対し、秋雅は何事かを考えるように目を閉じた後、

 

「ある」

「……そうですか」

 

 静かな問いかけと、同じく静かな返答。それ以上に何を言うでもなく、二人はただ無言で互いを見つめている。

 

 そんな中、再び機内アナウンスが入った。シートベルトの着用を促す、よく聞くアナウンスだ。

 

 それを聞き、ふっと二人の間にあった空気が霧散する。白けた、というわけではないが、外部からの何でもない介入に、場の雰囲気が完全に崩された形だった。

 

「座りますね」

「ああ」

 

 苦笑しながら、紅葉は用意された席に座る。それを横目で見やりながら、彼女はどう感じたのだろうか、と秋雅は疑問に思うのであった。

 

 




 あんまり必要な話でもなかったかも。予想以上に長くなったので秋雅から見た新世代の王たちの話はまた今度書くかもしれないし、書かないかもしれません。



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