トリックスターの友たる雷   作:kokohm

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閑話 王の会合・其の三
雷の王と仮面の王


 夕刻も過ぎ、夜もそろそろかという時間。ロサンゼルス、そのうちでも特に上位とされるとある高級ホテル。その最上階にある一室に、稲穂秋雅の姿はあった。

 

「ふむ、悪くないな……」

 

 ワイングラスを傾け、その中で輝いている白き美酒を味わいながら、秋雅は一人呟く。

 

 その前に並べられているのは選りすぐられたとびっきりの美酒と、技巧を尽くして作られた最上の料理。それはまたもや一柱のまつろわぬ神を屠り、その足でふらりと立ち寄った神殺しを歓待するべく用意されたものであった。

 

「……さて」

 

 ひとしきり美味を味わった所で、秋雅はちらりと備え付けられた時計に目を向ける。

 

「そろそろか……」

 

 そこに表示されていた時刻に、秋雅は小さく呟く。そして、その数秒後、

 

「歓迎しよう、我が盟友よ」

 

 背後の大窓に向かって、秋雅は視線を動かすこともなく、平然と言葉を投げる。それが度が過ぎた独り言でないということは、次の瞬間に判明したことだ。

 

「――感謝する、我が盟友」

 

 その言葉と共に、突如として気配が現れた。窓を開け、室内に足を踏み入れたのは、黒いケープに身を包み、その顔を仮面で隠した怪人。

 

「このジョン・プルートー・スミス。盟友たる稲穂秋雅の呼びかけに応じ、参上した」

 

 ジョン・プルートー・スミス。『彼』こそが秋雅と同じ、この世に八人しかいない神殺しの一人。『ロサンゼルスの守護聖人』の名で呼ばれることもある、アメリカのカンピオーネ(チャンピオン)である。

 

「……ふむ、どうやら時間には間にあったようだな」

「ほう。君が時間を気にするとは、中々珍しい事を聞いたものだな」

「なに、たまに会う盟友の為の呼びかけとあらば、この私も時には時間を守ろうという気にもなるのだよ」

 

 そんなことを嘯きながら、スミスは秋雅の正面にあるソファに腰掛ける。纏っているケープを翻し、足を組んで座るその行動の一々は、常人が行えば失笑を買いそうなほどに芝居がかったものだ。しかし、この仮面の怪人が行うに当たっては、不思議とよく似合っていた。

 

「しかし、君が来るとは些か想定していなかった。てっきりアニーがここに来ると思っていたのだが」

 

 そのつもりで料理と酒を準備していたのだが、と秋雅は言う。実際、秋雅が面と向かっての会話の約束を取り付けたのはあくまでアニーであり、そのもう一つの人格であるスミスではなかったはずである。

 

 それに対し、仮面を被っているためにそのままで食事を取ることのないスミスは、肩をすくめるようにして答える。

 

「うむ、最初は彼女もそのつもりだったのだがね。ちょうど、少し前に私が『出る』必要があったのだ。それで、そのまま私がここに来たというわけだよ」

「《蝿の王》とやらか。手は足りているのか?」

「問題ない、と言っておこう。我が盟友の手を煩わせるほどでもないとな」

「……ふむ、ならばこれ以上は言うまい」

 

 スミスの言葉に、秋雅はあっさりと助力の提案を下げる。必要も無い状況で無理やりに横槍を入れるほど、秋雅は無作法な男ではない。これは己の戦であるとスミスが言う以上は、それを尊重するのが友人としての努めであろう。互いに、王としてある時は振る舞いを変えているという共通項をもっているためか、スミスと秋雅の間には確かな友情があった。

 

「それに、君には既に力を貸してもらっている。これ以上借り受ける気はないということでもある」

「ワシントンの一件か」

「そうだ。君のおかげでさしたる被害もなく事件は収束したと聞いた。流石、と言わせてもらおう」

「上手く要素がかみ合ったに過ぎんさ。それに、一応民間への被害は抑えたが、SSIの者達には負担をかけてしまった」

「そこまで気にする必要もあるまいと思うがね。我らが神殺しを使命とするように、彼らが我らのサポートをするのも使命なのだから」

「それは、分かってはいるつもりだがな」

 

 呟くように言って、秋雅はグラスに入っていたワインを飲み干す。そんな彼の態度に何を言うでもなく、そういえばとスミスが口を開く。

 

「最近、妖精王たちが君のことを口に出す事がある。君は人だけでなく神をたらしこむのも上手いようだな」

「人聞きの悪い事を言う」

 

 スミスの言葉に、秋雅はやや眉をひそめた。滅多にないアストラル界での探索において、妖精王と呼ばれる者達の幾人かと交流を持った事は事実であるが、しかし誑し込んだと言われる覚えは秋雅にはなかった。

 

「そうかね? 神々はともかくとして、稲穂秋雅が人たらしであることは、君も承知の上であると私は考えていたのだが」

「…………まあ、そうかもしれないな」

 

 からかうようにして放たれたスミスの言葉に、秋雅は沈黙の後に肯定する。確かに、交流を持った人間を自分の側に立たせるということに関しては、秋雅も理解している部分である。別段、意識的に何をしたというわけでもないのだが、不思議と妙な縁は出来るし、自分の下に人は集まってくる自覚はある。実際、以前にも人たらしであると言われた経験もあるのだ。元々、さして否定するような性質でもない。自分を客観視することも出来ぬほど、秋雅は子供ではない。

 

 ただ、秋雅にとってこの話題が、何となく続けたくは無いものでもあるのもまた事実だ。どうにも、褒められたり、それに類する行動を取られたりするのが苦手であるというのが、ある種における秋雅の弱点でもあるのだ。その為、やや強引ではあるが、秋雅は話題を変えようと口を開く。

 

「たらし、で思い出したが、先日『八人目』に会ったぞ」

「八人目か。確か、君と同じ日本人の少年であると聞いたが」

「ああ。草薙護堂という学生だ」

「どのような人物だった?」

「紛れも無く、我らと同類であると言えるだろうな」

 

 嘆息交じりに、秋雅は草薙護堂という王を評した。

 

「あれは、生粋の『負けず嫌い』の目だったよ。多少の倫理観も備えているようだったが、しかし勝利の為とあらば何を犠牲にしてでもそれを勝ち取りにいくだろうな」

「ふむ」

「致し方ないが、どうにも未熟だと私は判断した。時を、戦いを経た後、どう定まる(・・・)かまでは、流石に分からんがね」

 

 肩をすくめ、秋雅は空のままであったグラスにワインを注ぐ。

 

「それと、ついでに言えば、かの少年は間違いなく女誑しのきらいがあるようだ。最低でも、三人の少女を囲っているようであったからな」

「ほう、それはまた面白い」

「君ならば、そう言うだろうがな」

 

 アニーとは違い、今秋雅の目の前に座る仮面の王は、男子が多くの愛を語らう事を粋と思う者である。故に、草薙護堂がそうであると聞いて、その行いを否定しないということは秋雅にも予測できていた。

 

 それを否定する気はないが、しかし気に食わないものも感じているために、秋雅の口調にはやや棘がにじみ出ている。それを察したのだろう。おや、とスミスがわざとらしく首を傾げた。

 

「不満そうだな?」

「しっかりと理解した上で口説くのであれば文句は言わんがね。どうにも、囲いながらも自分への好意を否定するというのは正直気に入らんよ」

「それは、それは」

 

 秋雅の不満に対し、スミスはくつくつと笑う。どうやらこの粋人は、そのような状況もまた面白いと感じているようである。そこだけは相容れんな、とその笑いを聞きながら秋雅は心の内で思う。

 

「……まあ、その八人目がどうであれ、これもまた運命かもしれないな」

「運命?」

「ああ」

 

 何故そんな言葉が出てくるのか。不思議に思う秋雅に対し、スミスは、

 

「我らが義母、パンドラが言っていただろう? 君の故郷、極東の地には最強の《鋼》とやらが眠っていると」

「ああ」

 

 スミスと秋雅は共に、生と不死の境界で会うパンドラの言葉を覚えていられる、数少ない神殺しである。従って、かの女神が時折口に出す、絶対に負けてはならないと言う《鋼》のこともまた、この二人の間で時折話題に上る名前であった。

 

「かのパンドラが勝てと厳命する最強の《鋼》の英雄。それが眠るという日本に二人目の神殺しが誕生したのだから、どうにも運命じみたものを感じるとは思わないかね?」

「……ふむ」

 

 確かに、と秋雅は顎に手を当てる。

 

「そもそも同じ時代、同じ地に二人の神殺しが誕生するというのが稀だ。そう考えると、運命という言葉も頷ける部分がある」

「案外、君か彼なのかもしれないな。その、最強の《鋼》とやらと戦うのは」

「勘弁して欲しいものだが、そうも言っていられないかもしれないのがな……」

 

 面倒な、と秋雅は嘆息する。確かに、自分はカンピオーネであるのだから、使命に従ってまつろわぬ神を討つこと自体はいい。ただし、だからと言ってわざわざ『最強』とまで呼ばれる存在と戦いたいとまでは思っていない。そういうことは他の、戦闘欲にまみれた王たちに丸投げしたいというのが本音だ。

 

 ただ、そうした場合、その後の被害がどうなるかという話だ。実際に討てるかどうかはおいておくとして、秋雅が対応した場合が一番被害を少なく出来る可能性が高い。となれば、自分が動かなければならないだろうと、それなりに思ってしまうのが秋雅の性分であだ。

 

 因果な性格だ、と中々投げ出せない自分自身の真面目さに、秋雅はそう思わずにはいられなかった。

 

「まあ、君にはアルテミスの一件で借りがある。このジョン・プルートー・スミス、君に請われればその時は力となることを約束しよう」

「助かる言葉だ、我が盟友」

 

 さて、と話が一区切りもついたところで、スミスは徐に立ち上がる。

 

「そろそろ、私は去らせてもらうとしよう。今回はお招き頂きありがとう」

「こちらこそ、たいした歓待も出来ず失礼した」

 

 言いながら秋雅は立ち上がり、右手を差し出す。同じようにスミスもまた手を出し、二人は固い握手を交わす。

 

「では、失礼する」

「ああ」

 

 最後にそう言って、スミスは再び窓辺へと向かう。窓を開き、その身を外に出したと同時、その姿は唐突に消えうせる。如何なる術を使ったのか、もはやその姿を確認するとことはできない。

 

「……また会おう、ジョン・プルートー・スミス」

 

 向こうもまた、同じように自分の名を口に出している。

 

 そんな予感を感じながら、秋雅は盟友との再会の誓いを立てるのであった。

 

 




 予定を変更して、スミスと秋雅の話としました。割とその場で書いたので、あんまり中身はないですね。元々予定していたドニと護堂の話は思案の結果次に回します。その方が多分やりやすいと考え直したので。

 四章は以前に出てきた幽霊の女性をメインとして、前半ではまつろわぬ神と、後半では草薙護堂と戦う予定です。それに関連して、後半は特に護堂視点の話が増えると思います。戦う理由とその勝敗に関してはまあ、賛否も出るかもしれませんがご了承を。時系列としては、恵那の一件が起こる直前か直後のどちらか、書きながら考えます。



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