トリックスターの友たる雷   作:kokohm

28 / 77





研究は電子の世界

「ウル、いいか?」

 

 言いながら、秋雅はウルの私室のドアをノックする。私的な用件というわけではない。これも他二人と同じく研究成果を見るためだ。二人の研究と異なり、ウルの研究にあたっては、とある理由から個人の部屋こそは必要になるのだが、しかし実働においてはさして特別な部屋を必要とはしない。そのため、ウルは基本的に、その作業を私室で行うことが多い。

 

「ええ、いいわよ」

 

 部屋の中から返ってきた声に、秋雅はドアを開ける。そこには、秋雅に視線を向けることなく、コンピュータの前でキーボードを叩いているウルの姿がある。

 

「悪いけれど、もうちょっと待ってくれるかしら。切りのいい所までやっておきたいの」

 

 淀みなくタイピングを続けながら、ウルは視線を外すことなく秋雅に言う。それに対し、特に文句を言うでもなく、秋雅は適当に近場にあった椅子に腰掛ける。だが、すぐさま腰を上げ、ウルが作業をしている後ろからその画面を覗き込む。

 

「待てない?」

「ちょっと見たくなっただけさ……まあ、相変わらず、俺にはよく分からんが」

 

 画面上で増え続けていく文字列を眺めながら、秋雅は苦笑するように言う。

 

 電子関係、特にパソコン、プログラミング関係に対して、魔術的な意味での発展は極めて遅い。辛うじて一部先進国が研究を始めているといった程度で、世界全体としてみればほとんど研究は行われていないと言ってもいい。そもそも、魔術の世界というものはどこか閉鎖的な一面があり、新しいものへの探求には動きが遅い。電子機器という、魔術とは間逆な存在に対して手が延びぬのもある種当然であろう。個人として見ていっても、現代に生きる魔術師として人並みには扱えるという者は多いが、所詮はそこまでだ。

 

 それゆえに、今こうしてキーボードを叩くウルのように、電子と魔術の融合を図っている魔術師というのは、極めて稀な存在だ。既存の魔術とは一線を画すであろうということによる難易度もそうだが、それ以上に、特に歴史ある結社等において、そういった研究を認めない雰囲気のような物があるからだ。もっとも、それでいて実際はそういう場所であるほど、新しい風を招く必要があるのかもしれないというのが皮肉と言えば皮肉だろう。

 

 ともかくとして、そういうわけであるので、もし彼女が今表舞台に出る事があれば、表向きこそは異端と思われるであろうが、しかし裏では熾烈な勧誘が行われるであろうことは自明だろう。まあ、秋雅という王の庇護下にある以上、それが実現することはないのだろうが。

 

 

「……ふう」

 

 秋雅が覗く中、最後の一文字を打ち込み終わったウルは疲れたようにイスに身体を預ける。その様子を見て、秋雅は奥の小さな冷蔵庫からミネラルウォーターとコップを持ってくる。

 

「お疲れ」

「ありがとう、シュウ」

 

 美味しそうに、秋雅から受け取った水を一口ほど口に運んだ後、ウルは椅子を回転させ、近くに動かした椅子に座った秋雅と目線を合わせる。

 

「研究の発表、でいいのよね?」

「ああ、ヴェルナとスクラの分は済ませてきたから、最後がウルだ」

「そう。じゃあ発表だけど、最初に謝らせてもらうわ」

「なにかあったか?」

「あったというか、今回作成したものはどっちも電子上でのみ役立つ代物で、シュウの望む物理攻撃力のあるものは作れていないの。ちょっと、個人的な趣味を先行させてしまったから」

 

 前提として、秋雅が彼女たちに望んでいるのは神獣に対抗できる魔術等の研究である。それはつまり、差はあれども基本的にはある程度の攻撃力を発揮できる何かの開発である。しかし、今回はそういったものは出来ていないと頭を下げるウルに対して、気にしなくていいと秋雅は軽く手を横に振る。

 

「ああ、それは別にいい。ヴェルナ達と違って基礎すらろくに出来ていない研究なんだから、研究が順調に進んでいるのであれば厳しいことは言わないさ。元々実体のないものに攻撃力を持たせるのも簡単じゃないことは分かっているよ」

「ありがとう、シュウ」

 

 謝罪と共に、柔らかな微笑を彼女は浮かべた。それは一見するといつものそれと同じだが、秋雅はその中にほんの僅かな異物を感じ取った。おそらくそれは、期待に沿えなかったことに対する罪悪感のようだった。たまに、彼女はこういうところを見せることがある。不安、それも無意識の更に奥底から生まれたものなのだろう。あえて自覚させる意味はない、と秋雅は咳払いをするだけに留め、先を促す。

 

「まあ、それはとにかくとして、現状で完成したものを見せてくれるか?」

「そうね。とりあえず成果として渡せるのはこの二つ」

 

 そう言ってウルが取り出したのは、二枚のディスクだ。それぞれのケースの表には、『W』と『P』の一文字がそれぞれに記されている。

 

「魔術を組み合わせた特殊なソフトを二つ、書いてみたわ。一つはハッキング、クラッキングの補助プログラムである『ウィザード』というプログラム。逆にそういった被害から守る為に作ったセキュリティソフトの『プリースト』よ。どちらも既存のソフトとは一線を画したものだと自負しているわ。後で秋雅のパソコンにもインストールしておくといいかもしれないわね」

「ああ、そうしておこう……質問だが、一線を画すとはどういう風にだ?」

「説明が難しいのだけど、簡単に言って、既存のソフトと比べると狼煙と携帯電話ぐらいの違いがあると思って頂戴」

「……文字通り次元が違うな」

 

 凄いものだ、と秋雅は感心して頷く。過分な物言いである、とは全く思っていない。ことこの手の話に関して、ウルの場合は自分の成果を誇張するどころか、むしろ過小評価することのほうが多いと秋雅は知っているからだ。

 

「質問だが、その二つを既存の方法で撃退、もしくは突破は可能なのか?」

「難しいと思うわ。私でもどちらかなしでもう片方を突破するのはちょっと厳しかったから」

「実験済みか。開発者がそう言うんだったら、そう易々とは出来ないと見ていいか」

 

 ふむ、と数度秋雅は頷く。

 

「もう一つ、その二つは魔術適性のない人間でも使えるということでいいんだな?」

「ええ、当然よ。私の研究は妹たちのものと違って、基本的にそういうものだから」

 

 作成において魔術こそ混ぜているが、しかし所詮はプログラムだ。実行において呪力を練るなどということはなく、ただエンターキーを押すだけで実行可能となっている。それはつまり、プログラムの知識のない人間がスマホのアプリを十分に使えるように、魔術のまの字も知らない素人ですら、問題なく扱えるということだ。実際、以前この研究についてウルと秋雅が話したとき、例としてあげたのは『押せば火球の一つでも出るアプリ』であった。そういう意味合いで言えば、このウルの研究というものは確かに、他二人の研究とは毛色が違うものなのである。

 

「となると、扱いには注意が必要だな。使い方によっては簡単に世界を混乱に貶められる。そう易々とは表に出せないな」

「でしょうね。そこは私も理解しているわ。まだまだ玩具のようなものとはいえ、特に『ウィザード』の方は十分な影響力を持ってしまっている」

 

 おかしなものね、とウルは自嘲するように呟く。

 

「神獣に対抗できる武器を開発した所で、結局それは人間に対して振るわれるわよ、なんて貴方に忠告した私が、妹たちよりも先にそういう『武器』を作ってしまうなんて」

「どうせ、ウルが作らなくてもいずれは誰かが作ったさ。だったらまだ、俺達が作り上げた方がコントロールの大義名分は出来る。そう納得しただろ、俺達は」

「勿論、納得はしているわ。ただ、少しばかり笑ってしまったというだけよ。思わず、ね」

 

 良くない傾向、なのだろうか。先の微笑のことも含め、秋雅はわずかな沈黙の後、気にするなと首を横に振る。

 

「……その二枚の扱いはヴェルナたちの作品よりも厳重に、とするさ。現状じゃ、俺が信用を置いている二、三人に見せる程度で済ます。全く表に出さないのも、それはそれで後が面倒になるかもしれないからな」

「ええ、分かっているわ。私はただ研究を、その使い方は貴方が。そういう決まり、そうよね?」

「ああ、そうだな……ったく、難しいもんだ。新しいものを作る、ってのは」

「全く、その通りね」

 

 どちらともなく、二人はため息をつく。そうして、やや暗い雰囲気になった室内であったが、そうせずして秋雅がパンと軽く手を叩き、空気を入れ替える。

 

「いつまでも暗くなっているわけにも行かん、前向きに行こう」

「それもそうね。じゃあ、そうね、少し面白いかもしれないものを見せてあげるわ」

「面白いもの?」

 

 首を傾げる秋雅に対し、ウルはパソコンに向かい何がかしらの操作をする。そして、くるりとまた椅子を回し、秋雅にパソコンの画面を示す。

 

「これ、何か分かる?」

 

 パソコンの中に映っているのは、白い三次元の空間とその中に立っているこれまた白いデフォルメされた人間のような何かの姿だ。

 

「何だ、これは?」

「AI」

「AI? 人工知能のことか?」

「そうよ。さっきの二枚と同じく、使い魔を作る魔術の中の、使い魔に擬似的な意思を持たせる部分を応用した自己学習型の人工知能、その雛形よ。たいしてデータを入力していないから、今はまださっさらだけどね。だけど将来的には、自律思考可能な人工知能が出来上がる……かもしれない。もっとも、どうなったところで、学会には出せないでしょうけど」

「……それはまた、実現できたらえらいことだな」

 

 感心した、というよりはやや呆然とした風にも聞こえる口調で秋雅は呟いた。彼の言うとおり、この研究が完成すれば、表の世界では無理であっても裏の世界では確実に歴史に名を残す偉業となるだろう。

 

「まあ、実現できるかは難しい所だけれどね。本当にそこまでいくかは怪しいし、維持にもかなりお金がかかるわ。これ一つでスパコンの半分近い容量を占領しているから」

「大層な話だ。増設の必要はあるか?」

「現状は、特にないわ」

 

 さらりと言ったが、この屋敷にはウルの研究に用いるためにスーパーコンピューターも設置されている。地下にある三層のうちの中央、スクラとヴェルナの研究室を挟む形で、ウルの所持領域としてその中に置かれている。ついでに、この屋敷全体用でもある非常時用の発電機なども設置されていたりする。

 

「どう? 結構面白そうだとは思わないかしら」

「思うさ、正真正銘心から。他の研究が遅れてもいいからこれを優先させてくれとすら言いたくなる。まあ、流石に冗談だがな」

「お言葉に甘えて、これに関してはゆっくりとやることにするわ。気長に、のんびりとね」

「ああ、任せるさ」

 

 先ほどまでの暗い雰囲気を完全に払拭して、秋雅とウルは楽しげに笑いながら、しばしの間、パソコンの画面を見つめていた。

 

 




 こういった話が長々と続いていますが、もう少しお待ちください。後数話もすればまつろわぬ神との戦いを出せると思いますので。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。