さて、と切り替えるようにしてスクラが口を開く。
「まあ、どうにも色々あったけれど、これが現状発表できる私の成果よ。どうにも、貴方に全部食われたきらいもあるけれどね」
「言うなよ、こっちだって予想外なんだから」
「分かっているわよ。わざとだったらもっと怒っているわ」
「だろうな。まあ、それはそれとして、だ」
ちらりと、秋雅は奥にある小部屋、地下一階のそれと同じく実験開発室となっているそこを見る。その視線に、スクラは頷いて言う。
「分かっているわ。必要経費等の資料は準備済み」
「じゃあ、見せてもらおう」
「了解」
そんな会話を経て、二人は小部屋へと入った。基本のレイアウトはヴェルナの方のものと変わらないが、こちらに置いてあるのは銃や弾丸、火薬といったものばかりだ。
「はい、書類」
「ああ」
受け取った書類、開発に使用した物資等の一覧に秋雅は目を通してく。基本が通常の銃であり、素材よりも使用する魔術の方に重点を置いたスクラの開発方針もあって、ヴェルナのそれを比べると目を見開くほどの大金が消耗されているというわけではない。そのため、秋雅もさして大きなリアクションを見せることなく、さっと目を通してく。
「……特殊弾頭?」
そんな中、秋雅の視線は失敗、廃棄の部分に記されていた、特殊弾頭という文字で止まる。他と比べると数は少ないのに特別金のかかっているそれを見て、秋雅は顔を上げて尋ねた。
「スクラ、この特殊弾頭というのは?」
「ああ、それ。文字通りよ、一般的ではない方法で作った弾頭のこと」
「失敗扱いになっている理由は何だ?」
「単純に、量産に向かないという結果が出たからよ。まあ、最初から分かっていたんだけど」
「生産度外視で作成はしなかったのか?」
「量産前提で研究しているのに、ラインに乗りようがないものを試作する意味がないわ」
「一度作ってみることも必要だと思うんだがな。物によっては俺が作って欲しいと思う場合だってある。大体、ヴェルナと組んでパイルバンカーを作っておいてそれは変だろ」
「あれはヴェルナがうるさかったからやっただけよ。私主導ならまずやらないわ。量産不可能なロマン武器の製作なんてね」
この辺りは考え方の違いという奴だろう。データの取得等が目的であれば、目的と反した試作品を作成しても構わないという秋雅と、量産という当初の目的外の方向にずれてしまうことになるものは最初から造らないというスクラの考え方の違いだ。あるいは、パトロンと研究者というそれぞれの立場故の違いかもしれない。もっとも、その場合だと逆になりそうな気がしないでもないのだが。
「……とはいえ、一応作ってはいるのよね。あんまり見せる気はなかったんだけど、この状況なら見せないわけにもいかないか」
嘆息を挟みつつ、スクラは小箱を取り出した。彼女がその小箱を開けると、中には三つの弾丸が収められているのが見える。
「はい、これ。試作型魔術式炸裂弾」
「炸裂弾? ちょっと待て、炸裂弾って確か戦車砲とかに使われる、爆風や金属片でダメージを与える奴だろ? 拳銃サイズものはないはずだ」
「だから作ったのよ。拳銃で戦車砲並みの威力が出るなら神獣にも使えるかもしれないと思ってね」
「それはそうだなんだが……どういう原理で作られているんだ?」
「普通の弾頭は型に金属を流し込んで固めて作るんだけど、これは極めて薄く延ばした金属板を丸めた後、それをまた金属で覆い固めることで造ったわ。当然、金属板にはびっしりと、可能な限り爆発、爆砕系の魔術式を書き込んで、ね。一般的な弾丸表面に式を書くタイプより多量、かつ複雑なものを記せるから、威力等は桁違いになる、と思うわ」
「断定していないってことは、テストもしていない、と」
「当然。壁が壊れる程度で済むかも怪しいもの」
「分類としては戦車砲だからな」
しかし、と秋雅は弾丸を見つめながら言う。
「そんなに量産には向かないのか?」
「材料が使い捨ての弾丸にしては高くなりすぎ、各種加工で時間がかかりすぎ、だから。これ一発を作るのに一日じゃ足りないのよ」
三発作った所で諦めたわ、とスクラは肩をすくめて言った。
「でも、威力は保証できるんだろ? だったら」
「もう一つあるのよ。これ、爆発力はあるんだけど、貫通力がほとんどないの。さしもの爆発力も、流石に神獣の皮膚を抜けるほどはないだろうし」
「それはそうだな。つまり、使うなら内部に撃てばいいと」
「は? ……まあ、そうなるのかしら」
「ということは……」
何事かを小さく呟いた後、秋雅は考え込むように虚空を見上げる。そのまま数秒ほどして、秋雅は軽く頷いた。
「まあ、やってやれないことはない、な。スクラ、その弾丸を俺に預けてみてくれ。機会があれば試したい」
「……秋雅の望みなら、聞かない道理はないわね。いいわ、あげる。多少は貫通力をプラスできるように、加速魔術を刻んだ拳銃もセットでね」
「助かる」
「私としても、死蔵するよりはまだまし、だもの。ああ、でももっと作ってとは言わないでよ。面倒だから」
「それが本音か」
彼女がこの弾丸を失敗作扱いした本当の理由を知って、秋雅は苦笑をこぼす。割合きちっとしているにもかかわらず、変に素直な所があるのがスクラという女性の特徴でもあった。
「……まあ、とにかくスクラの研究成果に関しては把握した。現状だとさして表に出せる物はないか」
「ヴェルナと違って手を広げすぎたかしらね」
「別にいいさ。広げてこそ分かることもあるだろうからな。まあ、とりあえず以降は火力を重視して研究してもらえると助かる。神獣を最終目標としている以上、どうしても火力は必要だ」
「分かっているわ。古来より、遠距離攻撃は近接攻撃に勝るって所を証明して見せる」
「その意気で頼む」
頷いて、秋雅は書類をスクラに差し出す。当然スクラはその書類を受け取るのだが、そのまま秋雅の手が差し出された状態のままであることに、やや困惑したように眉を上げる。
「何?」
「……珍しく鈍いな。購入希望リスト、作っているんだろ? 研究を進めてもらわないといけないんだ、必要な物は買い揃えないとな」
そう、秋雅は当然のように言うとスクラは納得したように頷きは見せたのだが、しかし彼の言葉に従ってリストを出すでもなく、何故か考え込み始めた。
「どうした?」
「ちょっと、ね。色々考えていたことがあって、とりあえず補充品リストの作成は見送っていたのよ」
「考えていたこと?」
秋雅の問いかけに対し、スクラはあえてか答えることなく、数度ほど納得したように頷く。
「ちょうどいいし、今話しておいたほうがいいんでしょうね。というか、今が一番の話し時か」
「何かあるのか?」
「何かあるというか、そうしようかという考えがあるというか」
「じれったいな。何をしようかと悩んでいるんだ?」
「じゃあ、言うのだけれど」
一呼吸。
「――日本に移り住まないか、と考えているのよ」
決心した表情でスクラは秋雅に言った。
「日本に……?」
スクラの言葉に対し、秋雅は驚きからか目を丸くして、彼女の言葉を繰り返した。しかし、すぐに真剣な表情を浮かべて聞き返す。
「何か、あったのか?」
「何かあった、というよりも、前から時々考えてはいたのよ。研究にあたって、ここじゃ秋雅との連携が取り難いとね。こっちで秋雅が現地の魔術結社に協力を要請するよりは、日本の正史編纂委員会に直接の協力を要請した方が私達も色々と動きやすい、と。入手や実験だけじゃなく、訓練やデータ取りなんかでも」
「それはそうだが」
確かに、その考え自体は正しい。実際、秋雅も前からその事に関しては考えていたのだ。インドという日本から離れた土地で研究をさせるよりは、自分がいる日本で行動させたほうがより緊密な連携がとれる上に、委員会の協力があればデータ取り等に関しても人員や場所の確保が容易くなる。それに何よりも、彼女らに万一の事態が起こった場合にも、秋雅の手で守りやすくなる。
しかし、だ。
「だが、そうなるとお前達は他人と少なからず関わる必要性が出てくるぞ。それは、お前達にとって好ましいことじゃないだろ」
それが、秋雅が未だに彼女達をこの地に置いている理由だった。もし彼女らを日本で正式に研究させるようにすればどうしても正史編纂委員会を初めとした他者の介入が必要となってくる。それは、他人というものを毛嫌いしている彼女たちにとっては心理的な負担となってしまう。
多少研究開発や成果の反映が遅延しようとも彼女たちの方が大事であると、そのように秋雅が判断したからこそ彼女らは今ここでひっそりと研究を続けているのだ。それをまさか、特に自分達以外の人間を信用していないスクラが言い出すとは、秋雅からすれば少々信じがたいことであった。
「分かっているわ、十二分に」
それはスクラ自身も承知していることなのだろう。秋雅の指摘に対し、スクラは嘆息して答える。
「ここだって、全く人と関わらないってわけじゃないわ。勇気だとか愛だとかで、無作法に声をかけてくる奴らには事欠かない。その点、日本人は案外、他人に関わらないって聞いたわ。日本なら人に会わずに生活をすることも不可能じゃないみたいだしね。結局の所、何処だって一緒なのよ。究極的に、私達にとってみれば、秋雅が居るところと居ない所、この世界にはその二つしかないわ」
「ウルとヴェルナはどう言っているんだ?」
「私の独断だからちゃんと話したわけじゃないけれど、ヴェルナは積極的賛成、姉さんは消極的賛成と言ったところね。ヴェルナは秋雅と居られる時間が増えるほうが好ましいわけだし、姉さんもここの設備を無駄にするのを懸念しているだけで、日本に行くこと自体は否定していなかったわ。私達は三人とも秋雅と一緒に居たいと思っているのだから、当然といえば当然だけど」
「そうか……」
目を閉じ、腕を組んで秋雅はしばし考え込む。スクラが見守る中その姿勢を数分ほど保ち続けた後、秋雅はようやく目を開ける。
「分かった。ウルには、俺から話しておく。スクラはヴェルナに話を通しておいてくれ」
「そういう言い方をするということは、そういうことでいいのね?」
「あくまで、他二人も同意した場合だがな」
自分達の関係を見つめ直すには、ちょうどいい機会だろう。口の端に乗せることもなく、秋雅はそんな言葉を心の内で呟くのであった。