トリックスターの友たる雷   作:kokohm

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銃と雷光

 ヴェルナとの会話を済ませ、研究室から去った後、秋雅はまた階段を降り始めた。一つ降り、階層を一つ飛ばし、また降りる。そうして訪れた最下層には、先と同じように一つのドアがあった。

 

「入るぞ」

 

 言いながら、秋雅はドアを開け、中に入る。すぐに目に入るのは、入り口近くでぼうっと立っていたスクラの姿だ。

 

「……ああ、秋雅。ヴェルナの用事は終わった?」

「ああ、中々いい成果だったよ」

「そう。それは良かったわ。じゃあ次は私の番ね」

 

 頷き、スクラは部屋――自身の研究室の奥を示す。彼女が示した先にあったのは、等間隔で仕切られた長い台と、その上に置かれた何丁もの銃。そして、そのさらに奥に並べられている的の数々。誰が見ても、これは射撃場であると理解できるだろう。

 

 意外、あるいは当然なことだが、銃に関連した魔術とうのは、そこまで発展していない。正確に言うと、研究開発をしている者が少ないというのが正しいか。魔術における武器は刀剣類であるという、そのような考えが魔術の世界における常識であるからだ。使い手に左右されるところの大きな刀剣類と違い、誰が使おうともある程度の事は出来る銃というものが、実力主義でもある魔術の世界において受け入れがたいというのもあるのか知れない。

 

 勿論、まったく研究されていないというわけはないが、少なくとも、魔術的に歴史の深い国ではそれほど研究されていない。他国と比べれば魔術や国自体の歴史も浅い方で、銃社会でもあるアメリカでは積極的に研究されているものの、その魔術の歴史の浅さが相まって、いまいちその研究は進んでいない。少なくとも、銃を基本とした魔術師の中に、神獣クラスと対峙出来るものが居ないのは確かだ。

 

 であるからこそ、スクラはそれを自身の課題とした。実際武器としては、銃というものは刀剣類に対して強いと言える。しばしば槍に勝る近接武器はないと言われるのと同じく、間合いの差というものは戦闘において大きなアドバンテージであるからだ。さらに言えば、彼女自身に元々適正があったというのもあるが、こと量産性という意味において、銃は刀剣類に勝るというのもある。故に、秋雅の目的を鑑みて、彼女は銃と魔術のよりいっそうの融合を研究のテーマと定めたのであった。

 

「まあ、まずは見てもらうのが早いわね」

 

 スクラがまず台に置かれた一丁の拳銃を手に取る。見た目は特に変わったところのない、普通のオートマチックタイプの拳銃だ。

 

「耳当てはいらないわよね?」

「ああ」

 

 本来であれば耳当てなりをして発砲音から鼓膜を守るべきなのだが、どちらも当然のようにそれをつけようとしない。スクラはもう慣れてしまっているし、秋雅にしても轟音には事足りた生活をしている。そうでなくとも、どちらも発砲音程度で支障が出るような身体ではないのだ。むしろつけるほうがおかしいといえるだろう。

 

「とりあえず、これが普通の拳銃の発砲」

 

 数十メートルほど先の的に対し、スクラは拳銃を構え、そして撃つ。数は三つ。絶え間なく連続で放たれたその弾丸が的の中心を見事に打ち抜いた事を、秋雅の恵まれた視力はしかと見る事が出来た。

 

「見事、だな」

「自慢にもならないわ。それに、見てもらいたいのはこっちだから」

 

 持っていた拳銃をスクラは台に置き、代わりに同じタイプの拳銃を手に取る。秋雅の目で見た限りは、二丁の拳銃における差異は特に見受けられない。

 

「見ていて」

 

 再度、スクラは引き金を引く。先ほどを同じ三連射は、またもや真っ直ぐに的の中央を打ち抜く。その光景に、ふと秋雅は違和感を覚える。

 

「うん?」

 

 何だ、と秋雅は軽く首を傾げる。それを受け、スクラが驚いたように片眉を上げる。

 

「あら、気付いたの? まさか気付くとは思っていなかったのだけど」

「いや、違和感があっただけだ。どこがどう、とは分からん」

「違和感を覚えるだけ凄いけれどね……ひょっとすると、こうしたら分かったりするのかしら」

 

 興味本位、といった表情を浮かべてスクラは空いていた左手に先ほどの拳銃を握る。所謂ところの、二丁拳銃というやつだ。

 

 続いて、スクラはまたもや引き金を引く。右、左と交互に、秋雅に見せ付けるようにゆっくりと撃つ。アニメ等と違い、本来であれば二丁拳銃などというものは、片手で持つことによる固定の難しさと反動の増加によりまともに扱えるものではないのだが、スクラの二丁拳銃はまさしく空想の世界の住人のように、的の中心をしっかりと打ち抜いていく。

 

 その様を見ていた秋雅であったが、四度目の発砲音の後、ああと頷いた。

 

「成る程、右の方が速いな。倍ぐらい違うか?」

「……まさか本当に見破るなんて。まったく、カンピオーネって非常識よね」

 

 拳銃や弾にもよるが、弾丸の初速は秒速で換算して三百メートル前後ほどあり、とてもではないが視認出来る速度ではない。仮に秒速三百メートルの弾丸と六百メートルで弾丸を見比べてみたところで、どちらも速いとしか認識できないだろう。にもかかわらず、あっさりと見破って見せた秋雅の視力――ここでは動体視力だろうか――というものは、まさしく人間離れしているとしか言えないだろう。

 

 故に、呆れたような、感心したような声を漏らしたスクラに対し、秋雅としても苦笑いを浮かべるしか出来ない。

 

「まあ、それはいいとして、だ。どういうからくりだ?」

「ライフリングの所に加速の魔術を刻んでいるのよ。色々とやってみた結果、現状だと大体二倍ちょっとまで加速できるわ。それ以上に出来ないこともないんだけど、弾丸によっては強度が怪しくなってきたから、とりあえずそこまでで止めているわ」

 

 さらりと言ったが、速度が二倍になるということはイコールで威力が二倍になるわけではない。単純な物理の話において、運動エネルギーは速度の二乗に比例する。つまり、速度が二倍になればエネルギーは四倍になるということだ。あくまでこれは理論値であり、現実でもそう都合よくいくというわけではないが、しかし弾丸のことも考えるとそれに迫るだけの威力を保持しているのは事実だろう。

 

「拳銃でそれか。ライフルだとどうだ?」

「まだ試していないわ。流石にここではライフル以上の計測は難しいのよ。もう少し距離がないとね。かといって外に出るというわけにも行かないし」

 

 これに関しては、研究の秘匿性というのもあるが、どちらかというとスクラの人間嫌いの要素が表に出ているからだろう。何処かの結社と協力してもらうにしても、少なからずコミュニケーションを取る必要があるということを忌避しているのだ。何かあれば秋雅の評判に傷がつく可能性があるというのも、それに一役買っているのかもしれない。

 

「そこはおいおい、か……弾丸の方は分かったが、銃身の耐久度はどうだ?」

「そっちも微妙ね。一マガジン分連射するだけならともかく、リロードして連射となると銃身が劣化する可能性があるわ。加速魔術にしたって、あんまり書き込みすぎると冷却機まで必要になりそうだし」

「そのラインは分からないか?」

「さあ? 試してないから分からないわ」

 

 あっけらかんと、スクラは肩をすくめる。見た目のクールさに騙されやすいが、彼女は案外と大雑把な性格をしている。今回のそれを含め、実験の観測にしても大体で済ませてしまうことはそう珍しいことではない。戦闘においても訓練を最低限で済ませているくせに、実戦はそつなくこなしてしまうのでので、もしかすると天才肌なのかもしれない。

 

 ちなみに、双子の姉であるヴェルナの方はあれできっちりとデータの観測と記録を行うのだがら、人は見かけによらないというものである。戦闘面においても、実戦は当然重視しているが、訓練も欠かさず行っているので、何かと対照的な双子であった。

 

「……どっちにしろ、性能限界を調べるのは余所に回したほうが効率的だな。お前達には理論優先で作ることだけを任せたほうが良さそうだ。伸び代はあると思っていいんだよな?」

「銃身、弾丸の強化をすればね。まあ、どこまでやったところでこの方式だと単純な物理攻撃以上まではいかないけれどね」

「物理だろうが魔術だろうが、目標に届くなら何でもいいさ。限界ギリギリまで見極めてみてくれ。対物ライフル辺りを強化すればいいところまでいったりするかもな」

「だといいわね。じゃあ、次に行きましょうか」

「まだあるのか?」

「別系統で一つ、ね。現物がこれ」

 

 そう言ってスクラが手に持ったのは、やはり先ほどまでのものと同じオートマチックタイプの拳銃だ。ただし、グリップ下部の、通常であればマガジンを入れる部分に何やらつまみのような物がついている。

 

 その銃を構え、スクラは別の的に向かって引き金を引く。同時、銃口から白く鋭い光弾が飛び出し、的の中心部を抉るようにして打ち抜いた。

 

「……通常の銃の魔術攻撃と同じように見えたが、違うのか?」

「基本は一緒よ。ただし、あっちが弾丸に魔術的な処理をして、それを核にして魔術を行使しているのと違って、こっちは銃内部で発動した魔術を弾丸状にして放っているわ」

「利点は?」

「一つは継戦能力。これなら弾丸を使わないから術者の呪力が続く限り戦闘は可能よ。もう一つは対処能力ね。こんな感じ」

 

 言いながらグリップ下部のつまみを弄った後、スクラは引き金を引いた。今回銃口から放たれたのは白い光弾ではなく、真っ赤な炎弾だ。その炎の弾丸は的に命中し、木製の的を炎上させる。

 

「この通り、銃本体で複数の魔術を選択できるようにしてあるから、わざわざ弾丸を変えることなく別の魔術を行使できるわ。戦闘中にリロードも楽じゃないでしょう?」

「そこは専門じゃないから何とも言えんが、まあ分からんでもないな」

 

 しかし、と秋雅は顎を撫でながら言う。

 

「便利ではあると思うが、火力としては微妙だな。結局の所現状のものの域を超えていないように見える」

「……一応、火力増加も考えてはみたのだけどね」

「そうなのか?」

「まあ、ね」

 

 ため息混じりに、スクラは言う。芳しい成果は出なかったのかと推察しながら秋雅が見る中で、スクラは台の上にある拳銃の中から、一際大きなものを手に取った。銃口も他の物と比べると、一回りは大きく見える。また、グリップ下部に継ぎ目がなく、マガジンを入れる事が出来ないようになっていることも見て取れた。

 

「一応、形にはしてみたのだけど、どうにも失敗作の域を出ないのよ」

「というと?」

「呪力保持能力と圧縮能力を高め、呪力を込めれば込めるだけ威力を増す攻撃が出来る、というコンセプトで作ったのだけど、最終的な威力がどうにも……秋雅、ちょっと撃ってみる?」

「俺が?」

「ええ」

 

 差し出された拳銃を、秋雅は受け取る。手に取ったそれをしげしげと眺めた後、両手で構える。一応何度か撃った経験はあるので、その姿勢に迷いは感じられない。

 

「その状態で、呪力を込めてから撃ってみて頂戴」

 

 指示に従って呪力を込めた後、無言で秋雅が引き金を引く。すると、銃口から光弾が放たれ、的を穿った。しかし、先ほどスクラが見せた銃撃と比べるとどうしても迫力というものがない。

 

「……成る程、しょっぱいな」

「それでも、私の試射と比べると十二分に高いわ。私が撃ったときは焦げ跡を作るのが精一杯だったもの」

「そうなのか?」

「呪力の絶対量が違うもの。私が一射に込めた量は、今貴方が込めたものの十分の一もなかったんじゃないかしら。大概出鱈目よね、カンピオーネの呪力って」

「一般的な魔術師数百人分、らしいからな」

 

 秋雅からしてみればちょっと込めた程度だったのだが、そこは絶対量の違いという物だ。たった一パーセント程度でも並みの魔術師数人分なのだから、スクラが込めたという呪力の量と比べれば雲泥の差だろう。

 

「とはいえ、その俺が呪力を込めてこの程度ってわけか。何でこんなに威力が低いんだ?」

「結局の所単純な呪力を撃ち出しただけだからよ。魔術になっていない呪力の塊なんて、威力も高が知れるわ」

「だったら、さっきの銃のようにすればいいだけじゃないのか?」

「それを加工するだけの余りがないのよ、銃本体にね。圧縮と保持の魔術が結構容量を食ったから」

「術者自身が魔術に加工するというのは?」

「そうできればよかったんだけど、そうすると魔術が暴走するのよ。原因は不明。どうにも、銃に刻んだ魔術との食い合わせが悪いみたい」

「そう単純な物でもない、ってわけか……どうにも惜しいな」

 

 結果としてはいまいちな状態だが、惜しい物があるのは事実だ。何か活用法はないだろうかと、秋雅はもう二発ほど撃ってみる。が、やはり威力はさして変わらない。

 

「……もっと呪力を込めてみるか?」

「流石に銃が持たないと思うけど。保持可能量は多くしてあるけど、限界はあるのよ」

 

 そもそも、呪術師数人分に匹敵する呪力を込められるだけたいしたものなのだろうが、かといってそれが役に立たなければ何にもならない。

 

「どうにかならんもんかな」

「ならないってば」

 

 幾つもの思考を重ねた結果の判断なのだろう。秋雅の足掻きに対し、スクラは面倒くさそうにため息をつく。そして、ひどく適当な口調で言う。

 

「いっそ、秋雅の雷でも込めてみればいいんじゃない? 案外圧縮できるかもよ」

「……成る程、一理ある」

「え?」

 

 

 キョトンとするスクラを余所に、秋雅は再び銃を構える。バチリと、その手に火花が散り、銃の各所、そして銃口から雷光が漏れ出す。

 

「ちょっと、秋雅!?」

 

 

 焦るスクラの声を聞きながら、秋雅は引き金を引く。

 

 放たれたのは、白く、強く輝く雷光。轟音と共に放たれたそれは、文字通り光速で空間を駆け抜け、的の中心を飲み込むようにして通過し、その奥にある壁に大きな皹を生み出した。それを見てスクラは目を丸くし、撃った本人である秋雅は気まずそうに頭をかいた。

 

「すまん、やりすぎた」

「…………いえ、それはいいんだけど。どうせ、修理費を払うのは貴方なんだし。……ねえ、秋雅」

「感覚的には、普通に雷を放ったときよりも威力は上な気がする。貫通力は確実に上じゃないかな」

「話が早くて助かるわ」

「どういう理屈か分かるか?」

「さあ……呪力の量が一定値を超えると効率が増す、とかかしら……?」

 

 分からない、とスクラは頭を振る。無理からぬ、と彼女の反応に秋雅は苦笑する。秋雅自身が言うことでもないが、元々、カンピオーネという存在は人の理解の範疇にない存在だ。その結果の一々を理解しようというほうが無理である、というのは当然の理だろう。

 

「……まあ、威力は上がるんだし、それでいいんじゃないかしら」

 

 結局、スクラもまた同じように考えたらしい。理論的な事を考えるのを止め、結果を優先することにしたようだった。こういったところも、感覚的なものを優先する彼女らしい割り切りだと言えるだおる。

 

「まあとにかく、それは秋雅にあげるわ。私が持っているより有用だろうし」

「ん、じゃあありがたく」

「ああ、でも少し弄ってみようかしら。ヴェルナも抱き込んで色々とやってみれば、もっと面白くなるかもしれないし」

「ヴェルナもヴェルナで忙しいんだから、程々にな」

「程々で済ませられないものを見せたのは貴方よ、秋雅」

「そう言われるとな」

 

 どうにも言い返せないな、と手に持った銃を弄びながら呟く秋雅であった。

 






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