トリックスターの友たる雷   作:kokohm

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死兵、そして冥府の王

 男が一人、深夜のロンドンを歩いている。一見すると何の変哲もないような男性なのだが、よくよくと見ると何処か異様な気配がある。しかし、その男に注目する人物はいない。男の周りを確かに人が歩いているのに、その誰もがまるでそこには誰もいないかのように歩き去っていく。

 

「……ふん」

 

 その、誰からも無視されているかのような状況に何故か男は満足そうに鼻を鳴らす。どうやら、何かしらの手段で他者から認識されないようにしているらしい。

 

 

 

 そのまま男は、誰に邪魔をされるでもなく目的の場所を目指す。途中、自分と同じ魔術師から邪魔をされるのではないかと警戒をしていたのだが、しかしそれもなくあっさりと目的地――ロンドンのとある墓地へと辿り着いた。

 

「……どういうことだ?」

 

 あまりにも妨害がなさ過ぎる。予想外のことに男はいぶかしむ。いくら何でもこれは、といった様子だ。

 

 しかし、考え込んでも仕方がないと男は墓地へと足を踏み入れる。いざというときの為に逃走手段を用意しているからこその、強気な行動であった。

 

 

 だからであろうか。墓地の薄らぼんやりとした明かりの中、一つの人影が見えた際にも特にどうと思うことなく男はそちらへと歩いていく。精々、たった一人かと侮ったくらいだ。

 

 自分が捕まるはずがない。そんな思いがあったからこそ、男はその人影に向かって声をかけた。

 

「俺を捕まえに来たのがたった一人なんてな、舐められたものだ」

 

 嘲りを多分に混ぜた挑発。それに対し目の前の人影は鼻で笑った。

 

「調子に乗るな、三流魔術師。貴様如き、私一人ですら過多であるというのに」

「何だと?」

 

 思ったよりも若い男の声。若造に挑発を返されたことに、男はピクリと眉を動かす。自分がするのはともかく、他人に挑発されるのは好ましく思わない性質であった。

 

「言ってくれるじゃないか、賢人議会の犬程度が」

「はて。私は別に、賢人議会の下についた覚えなどないのだが、な」

 

 そう言って、人影は一歩前に足を踏み出す。そうすると、ようやく周囲にある、薄らぼんやりとした灯りの影響下に入ったようで、その姿が男の目にも映るようになった。

 

「……アジア人?」

 

 明らかになったのはやや中性的な容姿をした、アジア系の青年の姿であった。その姿を見て、男は怪訝な声を漏らす。自分の邪魔をするのであれば賢人議会の息がかかった者、つまりは英国の魔術師だという先入観があったが為の困惑だ。青年の言葉が完璧な、所謂ブリティッシュ・イングリッシュであったことも、その勘違いを加速させていた要因であった。

 

「貴様、何者だ?」

 

 先の言葉と、明らかになった人種。その二つからようやく、男は目の前の人物が何者であるのかという疑問を得る。

 

「私が何者か、か」

 

 呟き、青年は右の手を差し出す。その手に乗っているのは、黒いザクロの実。それを握りしめながら、青年は――稲穂秋雅は叫ぶ。

 

「――我、冥府にある者なり。我、汝を冥府に招かんとする者なり。故に告げる――汝は既に、かの地に縛られし者なり!」

 

 

 

 

 

 

 秋雅が聖句を唱えたことで、彼の持つ権能、『冥府への扉』が発動する。次の瞬間には、彼らのいる墓地の空と血は赤黒く染まる。現実に影響を与えたわけではない。『冥府』と秋雅は呼ぶ空間に、目の前の男と共に転移した結果である。

 

「これは…………」

 

 呆然と、男は周囲を見渡している。明らかに隙だらけなその姿に、しかし秋雅は先制の機を得ようとは思わなかった。そのようなことをする必要が、彼の何処にもなかったからだ。どう考えたところで、ここから秋雅が負ける可能性はない。であれば、意識を保っている時間を長く持たせ、その真意をこの場で探ろうと考えていたのである。

 

 しかし、そこから見せた男の反応は、秋雅の予想からはやや外れたものであった。

 

「……くっ、くっくっく、はっはっはっは!!!」

 

 

 突如として、男は大きく、おかしく堪らぬというように笑う。その様子に、秋雅は僅かに眉を顰める。

 

「何故笑う?」

 

 そこらの魔術師ではとても出来ぬ芸当。まるで冥府が如き空間。賢人議会とつながりのあるアジア人。それなりに魔術の世界に明るい者であれば、これらの情報から稲穂秋雅の名を連想するのはそう難しいことではない。おそらくは、今秋雅の目の前で笑っている男も、自分がカンピオーネと相対していることに気付いているはず。

 

 カンピオーネを敵に回す。そのことに恐怖せぬ魔術師はまずいない。王と一対一で戦わなければならない、そんな状況に陥ったものがとる選択は大きく分けて二つ……いや、三つだ。

 

 恐怖に足をすくめ、死を受け入れるか。理不尽の権化との遭遇に対する怒りから自暴自棄になり、愚かにも戦闘を仕掛けるか。そして、数少ない例外として、冷静に切り抜ける方法を探るか。その三つしかなく、そして往々にしてその結末は決まりきっていると言っていい。

 

 それ故の疑問。何故、その状況で笑っていられるのか。とてもではないが戦闘で勝利などもぎ取れるはずも無い相手に、逃走も不可能な異空間。

 

 そんな状況下で笑うなど、それこそ恐怖から気でも触れたかと思うものだが、どうにもそうでも無いように見える。不遜か、狂気か、あるいは使命か。さてどれだろうかと、秋雅は内心で考える。

 

「……何故だと? 決まっているじゃないか」

 

 対し、男は笑いを止めて――しかし、顔に浮かべた笑みは収めずに――大きく後方に跳躍する。そして、

 

「カンピオーネを潰すという、我らが目的を達せられるからよ! 立て、死人よ! 我が命に従い、我が下僕となれ!」

 

 言霊、呪を交えて紡がれた男の言葉に、大地の数箇所が盛り上がる。次の瞬間に立っていたのは、人間大ののっぺりとした土人形だ。それが五体、鋭い爪が伸びた手をだらりと下げながら、主の命令を待つかのように佇んでいる。

 

「ははははは! やはりそうだ! この地こそ冥界! よくぞこの身をこの地に招いてくれたものだ!! 死体を操る程度の魔術が、ここであれば死に満ちた人形を生み出せるとは、やはり素晴らしい!」

 

 なるほど、と男の興奮に満ちた言葉に、秋雅は納得の頷きを示す。男が急に勝ち誇りだしたその意味、それがどういうわけであったのかが理解できたからである。

 

「さあ行け、死兵たちよ!! 自ら墓穴を掘った王を血祭りに上げてやれ!!」

 

 男の命と共に、死兵と呼ばれた土人形たちが秋雅に迫る。驚異的というほどには速くはないものの、しかし鈍足というわけでもない速度で死兵たちは秋雅へと走る。主の命の下、その爪でもって秋雅を切り裂かんとする。

 

 だが、

 

「――下らん」

 

 その秋雅の一言は、男には聞こえなかったであろう。何故なら、彼が呟くと同時、天より三つの光と、そして轟音が落ちてきたからだ。

 

 それは言うまでもなく、秋雅の操る雷であった。三つの雷が死兵たちの間に降り注ぎ、その余波だけでその身体を完全に砕ききった。

 

「人形遊びだな」

 

 大地の破壊によって生じた土埃が落ち着き、男の顔が見えるようになったところで、秋雅はそう言い切った。自分とお前の間には、圧倒的な力の差があるのだという事実(・・)を伝えるその言葉に、しかし男は笑って言う。

 

「そんなこと、分かっているに決まっているだろう? 単なる小手調べに過ぎないのさ、これは」

「私を前に小手調べとは、随分と余裕があるようだな」

「当然だ。何故なら既に、俺はお前を倒す手段を手に入れているのだからな」

「……手段、ねえ」

 

 男の自信満々な態度に、秋雅は口の中で言葉を転がす。手段というのも当然気になるが、しかし先に秋雅はそもそもの疑問を口に出す。

 

「何故、我ら(カンピオーネ)を潰すなどという大言壮語を口に出し、あまつさえ愚かにも実行に移そうとするのだ?」

 

 理解できぬ、というのが秋雅の紛れもない本心だ。ただの魔術師にカンピオーネは殺せない。それは真理とすら言ってもいいほどの事実だ。これにおいて魔術師の力量などは関係ない。そも、立っているステージが違う相手と、どうやって戦えるというのかという話だ。

 

 カンピオーネ(同胞)か、まつろわぬ神(仇敵)か。それだけが、カンピオーネに対峙出来る唯一の条件だ。そんなことは少しでもカンピオーネという存在に触れた者にとっては当然のことであり、相対しようなど愚かを通り越して本当に知的生命体なのかを疑うレベルだ。

 

 秋雅も自分の力量と、ついでに言えばその影響力というものは完全に理解している。故に、こうも真っ向から自分に戦いを挑み、あまつさえ勝利を確信しているような相手がいるとは、中々に信じがたいことである。

 

「答えろ。何故、私に勝てると思う?」

 

 当然の疑問。その秋雅からの問いかけに対し、男の返答は嘲笑であった。

 

「はっ! 何故だと? 決まっている。それこそが、我らの目的であり、その為に俺は行動してきたのだ!」

「答えになっていないな。何故、そのような目的を持つに至ったのか、と私は聞いているのだ」

「ここで死ぬ者に、我らの崇高な目的を語る必要はない!」

 

 秋雅の言葉に答えることなく、男はバッと右手を広げる。何時の間に持ったのか、その指の間には一つずつ、計四つの玉のようなものが握られている。この地と同じ、まるで血のように赤いその玉に、秋雅の眉がピクリと動く。

 

「……もしや、それは」

「その通り! これこそが暴いた死人たちより生み出した宝珠! 死体を元とし、一騎当千の死兵を生み出す根源! さあ、その力を思い知るが良い!!」

 

 四つの玉を目の前の地面に放り、男は叫ぶ。

 

「――立て! 死人より束ねられし王よ! 今こそ立ち上がり、我が無双なる僕となれ!」

 

 言霊と共に、玉から呪力があふれ出す。その呪力が大地を抉り、引き寄せ、繋ぎ、そして肉体を作っていく。

 

「ははははは!! これが私の力だ!!」

 

 まずは胸らしきものが作られ、そしてその下から段々と土が固まっていき、身体となっていく。まるで埋まっていた身体を地上に起こすかのように、その巨体は聳え立ち、最後にはその頂上に頭部らしき部位が生まれる。

 

「どうだ! どうだ!! どうだ!!! これこそが、貴様を屠る最強の死兵たちなのだ!!!」

 

 五メールは軽く超えているであろう巨躯。土で出来たのっぺりとした顔、そして肉体に、所々巻き込んだのであろう墓石が見受けられる。シルエットだけを見れば人間と同じような頭、胴体、腕、足のバランスとなっているのは、元となっているのが人間の遺体であるからだろう。

 

 それが四体、秋雅の前に聳え立っている。個体ごとに僅かに身長や腕の大きさなどが違うのは、元となった遺体の差異、あるいは用いた数の違いか。

 

 ともすれば、神獣にすら迫るのではないかと思われるほどの呪力と存在感を放つ四体を見上げながら、勝ち誇ったように男は嗤う。

 

「俺が最大に力を発揮できるであろう権能を持つ貴様が、自ら俺の前に来てくれたことはまさしく神の采配であったと言えよう。俺をこの冥府に招いた事を、後悔しながら死ぬがいい。さあ行け! そして我らが仇敵を屠るのだ!!」

 

 男の命に、巨大な死兵たちが踏み込む。大地が鳴動するほどの震動の中、秋雅は憶することもなく、ただ巨兵達を見上げる。

 

「死ね、稲穂秋雅――!!」

 

 男の命を受け、猛烈に風を切る音と共に、秋雅に対し巨大な拳が振り下ろされた。自分に迫る死に対し、秋雅は身体を動かすでもなく、ましてや権能を使う素振りも見せることは無い。やったことと言えば、唯一つ。

 

「――動くな」

 

 一言、目の前の巨躯に命じただけ。しかし、たったのそれだけで、ピタリと巨人の拳が止まった。

 

 

「は……?」

 

 ピクリとも動かぬ、四つの巨躯。気の抜けた声が、男の口の端から漏れる。

 

「な、何故……」

 

 呆然と、男は立ちつくす。よほど目の前の光景が信じられないのだろう。自身の切り札が完全に無力されたと思えば分からぬでもないが、それを汲み取ってやるほど秋雅は甘くない。

 

「どうした?」

 

 短く、しかし強烈に、秋雅は問いを投げる。落ち着き払った声と、見下しを混ぜた冷たい目。暴力でもなんでもないそれらで、秋雅は男に圧力をかけていく。

 

「……なっ、なな、何をしている!? 討て! 奴を討てええええ!!」

 

 予想通り、と言うべきか。男はすっかり冷静さを失った様子で、まるですがるかのように死兵たちに命令を飛ばす。喚くように出されつつも、しかし間違いなく呪力に満ちたその命令に、死兵たちは数秒の沈黙の後、再びその巨体を動かし、今度こそ秋雅を討たんとしてくる。

 

 しかし、

 

「――跪け!」

 

 再度秋雅の言葉が、鋭く世界を切り裂いた。自分こそが主なのだと主張しているかのような、力強い命令の言葉。その鋭い命令に、巨人は再び動きを止める。そして、数秒の沈黙の後、がくりと膝を折った。まるで、王に敬服する兵のようにも見える。

 

「何をしている?! 動け、動かんか!!!?」

 

 焦りに焦った声で、男はさら喚き散らす。命令に従わせんと、さらに強く呪力を込めて言っているようだが、しかし死兵たちはピクリとも動かない。それこそ初めから、秋雅こそが己が主であったかのように、彼らはまったく男の命を聞く素振りを見せない。

 

「何故、何故なんだ…………」

 

 どうしようもなく命令を聞く様子のない死兵たちに、男は呆然としたように立ち尽くす。先の傲岸不遜は何処に行ったのかと、そう思ってしまうほどに情けない姿であった。

 

「……愚かだな、貴様は」

 

 醜態をさらす男に、やはり冷たい視線を送りながら、秋雅は一歩足を踏み出す。一歩、また一歩と足を進めながら、まるで出来の悪い生徒に対応する教師のような口ぶりで秋雅は言う。

 

「そもそも、何故私が、ここ(・・)に貴様を連れていたと思っている?」

 

 敵は死者を操る魔術を使うであろう魔術師。その情報を得ていたい上で、何故秋雅はこの、冥府という死人と極めて近く、その力を増しかねない世界に、わざわざ敵を連れてきたのか。大きく分けて、それには三つの理由があった。

 

「一つは、被害を出さぬ為」

 

 一つ目は、戦闘による被害を出さぬといういつもの理由。ついでに言えば、敵の逃走手段を奪うというものも含まれている。

 

「一つは、これ以上の狼藉をさせぬ為」

 

 死者の眠りを妨げる。そのような不遜にして不快な真似を、これ以上させないというのが、二つ目の理由。

 

 では、三つ目は何か。

 

「――そして私が、冥府の王であるが為、だ」

 

 ぴくりと、男の肩が動く。

 

「どういう、ことだ……?」

 

 焦点が定まっているのか、些か疑問の残る目で、男は秋雅を見る。一歩一歩と近づいていく秋雅に、現状如何様な感情を抱いているのが、その目からはようとして読み取れない。

 

「私の権能、『冥府への扉(ルーラー・オブ・ザ・ハデス)』を知っていながら、まさか全く、気付かなかったのか? 私が、冥界を治める神から、この権能を簒奪したという事実に、本当に気付いていなかったのか?」

「……ま、まさか」

 

 煽るようにも、ただ事実を告げているだけのようにも聞こえる口調で、秋雅は男に問いかける。その、ゆっくりと、気付かせるように告げられた問いに、男の瞳に恐怖が浮かぶ。

 

「私が戦ったのは、ギリシャ神話の神、ハデス。冥府において、全ての死者を従わせる王だ――それを討ちし私が、その位を継いでいるのだよ」

 

 そう、それこそがこの地にて秋雅が戦った理由。この地の全ては秋雅の所有物であり、その意に従う定めを持った下僕。その地で、その場所にあるものから作られたものに、否、そもそもとして死者という存在に、秋雅が命ずることの出来ない道理など、どうしてあるだろうか。

 

「いかに強い人形(・・)であっても無駄だ。それが冥府の民(死人)である以上、私に従わぬ筈がない。初めから、貴様は詰んでいたのだよ……言っただろう?」

 

 人形遊びだ、と。

 

 そう、男のすぐ前で告げた秋雅の目が、男の顔を覗き込む。その目はまるで、氷のように冷たい光を放っている。

 

「……あ、あ……」

 

 どさりと、男が尻餅をつく。震える手で地をかこうとするが、しかし力の篭っていないその手では、男の身体は少しも動く様子も見せない。

 

「ひ、ひい……」

 

 男の顔から読み取れるのは、ただただ恐怖の感情のみ。それを覗き込みながら、ゆっくりと秋雅は尋ねる。

 

「どうした? これで、終わりなのか?」

「ひ、ひいいいっ!!!?」

 

 秋雅が問いかけると、尻餅をついた姿勢から秋雅に背を向けて、男は四足で無我夢中で走り出した。無様で、滑稽なその姿に、秋雅からはもはや嘲笑すら漏れてこない。

 

「……所詮、小者だな」

 

 直立と転倒を繰り返すようにして逃げようとする男に、秋雅はただそんな感想を呟いた。出来れば、先ほど主張していた男の目的、及びその背後関係などについて問い詰めたかったのだが、しかしこの感じではどうしようもない。そもそも、尋問なり拷問なりといったものに秋雅は詳しくない。

 

「後は賢人議会に任せるとするか」

 

 そう決めて、秋雅は四速歩行で逃げる男のすぐ背後に転移する。そしてそのまま、素早く男の首筋を掴み取る。

 

「眠っていろ」

 

 バチリ、という音がその手の中から発された。その音と共に、男は何の反応を見せる隙もなく、ビクンと大きく身体を跳ね、ばったりと倒れこむ。

 

 『実り、育み、食し、(ディストラクション・イズ・オンリー・)そして力となれ(ワンサイド・オブ・ザ・サンダー)』を用いた雷による肉体への干渉の結果だ。簡単に言ってしまえば、強力なスタンガンをぶち当てたようなものである。

 

「まあ、こんなものだろう」

 

 男の脈がまだある事を確認し、権能が上手く機能したことに秋雅は頷く。対人捕縛における札に十分になると、少しだけ満足そうにした後に、秋雅はゆっくりと振り返る。

 

 その視線の先、いまだ膝をついている四体の死兵を見て、

 

「――命ずる。己が源を抉り出せ」

 

 三度、秋雅は命を飛ばした。その言葉に、死兵たちは全く躊躇する素振りもなく、素早く己の胸を拳で貫き、そして引き抜いた。

 

 同時、ぼろぼろと巨体が崩れ去っていく。身体の各所から土を、岩を、大地に還していく。ついにその巨体を構成した物が全く動かなくなり、ともすれば小山ほどに積み重なったのを確認して、秋雅は再び転移する。

 

 

 

 

 

 

 

 転移したのは、最初に秋雅がいたのと同じ場所。死兵たちから拳を向けられたその場所に戻った秋雅は、ゆっくりと辺りを見渡し、そして見つける。

 

 四つの小山から少し離れた場所にそれぞれ転がった、四つの赤い玉。それらを一つずつ、口を閉ざしたままゆっくりと歩いて回収して言った後、秋雅はポツリと呟く。

 

「貴方達に、再びの眠りを」

 

 現実空間に戻り次第、賢人議会を通してこの玉を葬る。賢人議会が何を言おうとも、研究材料などには絶対にさせず、教会なり何なりといった神の身元へと送る者に委ねる。

 

 それこそが、無常にも、己が形を崩された死者たちへの救いであると信じつつ、秋雅は冥府の外へと消え去った。

 







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