トリックスターの友たる雷   作:kokohm

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死者の眠りは妨げられて

 プリンセス・アリスとの会談を行った翌日、秋雅は一人、朝のロンドンにいた。まるで朝の散歩か何かのような足どりで、時折すれ違う地元の人と軽い挨拶を交わすなどして、ゆったりと歩いている。

 

 しかし、その向かう先がいささか奇妙だ。彼と同じく外国人も多い中心部ではなく、地元の人間ぐらいしかいない住宅地、しかもその中でも人気のない、静かな地域へと歩いていっている。

 

 だが、それも当然の話だ。何故なら、彼が行っているのは散歩ではなくアリス、すなわち賢人議会より依頼された、とある事件の犯人を確保する為に、その事件現場へと向かっている最中だった。

 

 そんな依頼をカンピオーネに出すのかと思われるかもしれない――小鳥を打ち落とす為にロケット砲を持ち出すようなものだ――が、こと秋雅に対しては非常にあった依頼とも言えるだろう。何せ、まず魔術師相手に敗北する事がない実力を持ち、被害を抑えると同時に相手の逃走を封じる権能を持っているのだ。犯人と対峙することさえ出来れば必ず相手を捕縛、あるいは抹殺が可能。対魔術師戦に切るには十分なカードであると言えよう。

 

 

 

 そういう事情があり、秋雅は目的地である事件現場に向かう為に、地元の住宅地を通っていた。そのようなところを、明らかに地元に住んでいるようには見えない外国人が歩いているとなると、やはり多少は地元の人間から奇異の視線で見られることになるのは当然の流れと言えるかもしれない。しかしそんな視線を意に介すこともなく、秋雅は悠然と歩みを止めることはない。そんな秋雅の態度に、最初は彼に対し怪訝そうな表情を浮かべていた人たちも、次第に気にすることなく自分の日常へと戻っていく。

 

 

 そうして、結局誰に邪魔をされるでもなく、秋雅は目的の場所へと辿り着く。

 

「……ここだな」

 

 そこにあった看板を見て、秋雅はこここそが目的地であったという風に頷く。そして、ではと秋雅がそこに入ろうとしたときに、少し遠くから声をかけられた。

 

「あー、そこの人!」

 

 慌てたように放たれた英語に、秋雅はそちらに身体を向ける。すると、そこにはいかにも急いで来ましたという風に、小走りでこちらへと駆けて来る男性の姿がある。よくよくと見てみれば、その男性はこの国の警官の制服を着ていた。

 

「どうしましたか?」

 

 男性がこちらに来たところで、秋雅がそう問いかける。男性――警官は少しだけ息を整えた後、秋雅に対して口を開く。

 

「すみませんが、この墓地(・・)は現在立ち入り禁止となっています。どんな理由があるにしても、一般人の方を入れてはいけないことになっているので、どうかおき引取りを」

「ええ、存じていますよ。ですが、生憎と私は一般人ではないもので」

「はい?」

 

 何を言っているんだ、と言いたげな怪訝な表情を浮かべる警官に、秋雅は続ける。

 

「聞いていませんか? 稲穂という日本人が来た場合は、無条件でここを通せと」

「ええ? 確かに、そんな指示は出ていましたが……貴方がそうだと?」

「疑うのであれば、中にいるであろう誰かに訊いてみるといいかと。心配せずとも、貴方がいない間に勝手に入るような真似はしませんよ」

 

 秋雅の言葉に、警官はしばし考え込んだ後、

 

「……分かりました。しばしお待ちください」

 

 秋雅をおいて、墓地の中へと入っていく。その様子を何となしに見つめた後、秋雅はぼんやりと彼が帰ってくるのを待つ。

 

 大体五分ほどが経ったであろうか。先ほど秋雅と話していた警官が、またもや急いだ様子でこちらへと戻ってくる。中にいた上司なりの指示を仰いできたのだろう。彼は秋雅の元につくなり急いで敬礼をして言う。

 

「お待たせしました。どうぞ、中へお入りください!」

 

 どういう風に説明を受けたのだろうか。そのような疑問を僅かに抱きつつも、しかしそんな内心などおくびにも出すことなく、秋雅は墓地への中へと足を踏み入れた。

 

「……ふむ」

 

 墓地に足を踏み入れて一分と経たずに、秋雅は不愉快そうに眉をひそめる。入り口からでは良く見えなかったそれ(・・)が、はっきりと目に入って来たが故の反応だ。

 

「何とも言い難いな、これは」

 

 足を止めることなく、秋雅はそのまま墓地の中心部へと向かう。均等に掘られている()と、そこかしこに転がっているそれら(・・・)で足も踏み場も無い中を、秋雅は真っ直ぐと歩く。

 

 そうすること数分、墓地の中心部に秋雅は辿り着く。そこには数人の男性が何某かの調査を行っていたのだが、秋雅の姿に気付きすぐさま礼の姿勢をとる。彼らに対し、秋雅が片手を上げて礼を止めていいと示すと、彼らはすぐさまに調査へと戻っていく。しかし、そのうちの一人だけは調査の再開をせずに、秋雅の方へと近寄ってきた。

 

「お待ちしておりました。稲穂秋雅様ですね?」

「ああ。君達は賢人議会の?」

「はい、調査に参った者です」

「うむ、今日はよろしく頼もう」

「はっ」

 

 それで済ませ、秋雅は特に相手の名を尋ねたりなどはしない。上の人間ならともかく、下の人間の名前を聞いてもあまり意味がないからだ。現状、特に現場の人間との信頼関係の構築が必要な状況でもないというのもあるだろう。まあ、一々名前を聞いた結果、変に期待を抱かせたり、逆に無駄に怯えさせたりということが起きないようにというのが一番大きいのだが。

 

「……警察とは協力体制にあるのか?」

「上はそうです。下は何も知らずに、通常の捜査だと思わせています」

「日本とは違って、賢人議会は政府とのつながりは強くないと思っていたのだがな」

「政府とは別に、警察内にも協力者はいます。今回のような事件の場合、そう行った者を頼るようになっています」

「成る程、な……」

 

 ちらりと、秋雅は男性の表情を伺うと、予想通りかなり硬い表情を浮かべている。先の、秋雅の質問に答えた際の男性の声にも、僅かに怯えの色が感じられていた。稲穂秋雅という王の、自分の生殺与奪を握っているにも等しい存在の前に立つことに対する恐怖だと、秋雅のこの六年で手に入れた観察眼は告げている。

 

 無理もないだろうな、と秋雅は自分と対峙することになってしまったこの男性に対し同情を覚える――秋雅が彼に対して思うのも変な話ではあるのだが――ものの、それを考慮できるというわけでもないので、話を進めるために口を開く。

 

「それにしても、随分とひどい有様だな」

「ええ。まったくです」

 

 そう答えた男性の声には、先に感じた怯えよりも、強い怒りが感じられた。無理もないな、と再びと思いつつ、秋雅はそれ(・・)に目を向ける。

 

「――墓荒し、か」

 

 そこには、墓標の前に空いた穴と、開かれた棺。そして、変色し、一部が腐り落ちている人間の遺体が転がっていた。土葬され、静かに安置されていたはずのものである。

 

 日本では少ない土葬だが、海外ではむしろ、キリスト教徒の多い欧米諸国などでは、その割合は意外にも高い。例えばフランスなどは未だに五割ほどが土葬であり、同じくアメリカも、合衆国全体としてみればどっこいな数値だ。他のキリスト教が主となっている国も、程度の差はあるが、少なくとも火葬が九割を超えているという国はない。

 

 そんな中、英国はと言えば、現在は大体三割ほどが土葬という風になっている。これは、保守的でない合理的思考を彼らが持っているというのもあるが、やはり島国ゆえ土地が狭いというものがあるのだろう。ついでに言えば、火葬と比べて土葬は費用がかかるというのも上げられるだろうか。

 

 そういうわけがあり、今秋雅が訪れているこの墓地には、遺体がそのままの形で――エンバーミングぐらいはされているだろうが――土葬をされていた。いかに近年になって土葬の割合が少なくなっていようと、以前から埋葬されている遺体を掘り出して火葬するなどということはまずないのは当然の話であるので、古くに埋葬された遺体はどれだけ周りが変わろうとも土葬のままだ。だからそれらの遺体は、これからもずっと、棺の中で眠り続けるはずであった。

 

 しかし、その、永い眠りについていたはずの遺体が、悉く掘り出されている。棺は開けられ、その蓋は無造作に転がり、そして中に入っていたのだろう遺体が墓穴の傍に転がっている。それもそのほとんどが、近くに四肢のいずれかを落としていたり、身体のどこかが変色していたりと、正視に耐えぬ惨状である。

 

 そのような、眠りを妨げられた死者たちに対し、秋雅は僅かに憐憫の感情を抱くものの、すぐに頭を切り替えて男性に問いかける。

 

「……それで、これは魔術によるものということでいいんだな?」

 

 魔術師としてはまだまだ半人前な秋雅であるが――現状、中の上ぐらいの実力だろうか――呪力を感じ取ることぐらいは簡単に出来る。故に、墓地のそこかしこから何かしらの魔術に用いたのであろう呪力の残滓を感じ取る事が出来た。

 

「はい、その通りかと」

「どういった内容か、分かるか?」

「おそらくは、死体を操る類の物かと。掘り出した遺体にそれを使い、その遺体にさらに掘り出しを行わせる。この手順でこの墓地に埋葬されていた遺体を全て掘り返したのではないかと考えています」

「そうか……」

 

 はっきりとした嫌悪感と、それを行った者に対する怒り。それが心の中に湧いてきた事を自覚して、秋雅は一度目を閉じる。今はまだ、その怒りを解放するべき時ではない。

 

「……被害規模は?」

 

 目を閉じたまま、秋雅は問いかけを続ける。それに対し男性も、タブレット端末を取り出しつつ答える。

 

「この墓地には四十体ほどの遺体が埋葬されていたのですが、それらがすべて暴かれおり、うち十体少々の姿が確認できません。おそらくは犯人が連れ去ったものかと思います。元の棺の近くに居ない遺体が多いことから見て、犯人は全ての遺体を動かし、途中で脱落したもののそのまま放置して行ったのではないかと」

「腐敗が進み、まともに動けなかった遺体はいらない、と言ったところか」

「おそらくは」

「……ふむ」

 

 しばしの沈黙。その後、秋雅は目を開けて遠くの空を見て言う。

 

「これで四つ目(・・・)だと聞いたが、確かだろうか?」

「はい。既に三つ、同じような事件がロンドン周辺の都市で発生しています。ロンドン内ではこれが初ですね」

「それらも、今回と同じような有様だったと?」

「ええ。どれも深夜に発生したようで、朝になって発覚した時にはもう墓が荒らされ、全体としては数十規模で遺体が所在不明となっています」

「……そんな事をして、何が出来るというんだ?」

 

 秋雅からの当然の疑問に対し、男性は首を横に振る。

 

「分かりません。遺体を利用するような儀式などそうあるものでもありませんから」

「その、数少ない利用法はなんだろうか」

「分かりやすいのは、ゾンビのように使役する方法でしょうか。ですが、当然ながら遺体というものは強度のあるものではありませんから、そういう使い方には普通向きません」

「岩なりでゴーレムでも作った方が有用だろうからな」

「はい、そういうことです」

 

 ふむ、と秋雅は顎に手を当ててしばし考え込む。しかし、いくら考えてもそれらしい答えは思い浮かばない。どうにも情報が足りないか、と秋雅は思考を一時打ち切る。

 

「犯人を捕まえれば分かる、でいくしかないな」

 

 そも、秋雅への依頼はあくまで犯人の確保であって、真相の究明ではない。思考を止める等、場合によっては後手に回ってしまうだろうが、今回はあちらの当面の目的もはっきりしているのだから、さほど問題も無いはずであった。

 

「このロンドンにある墓地で、土葬方式で遺体が埋葬されている箇所は何処だ?」

「ここ以外に二箇所あります。現在、その二箇所に人員をやって警戒を強めているところです」

「場所は?」

 

 秋雅がそう質問をすると、男性はタブレット端末を操作して地図を見せてくる。

 

「ここと、ここです」

「成る程な……ロンドン以外は?」

「近隣都市にある同様の墓地にも同様に警戒を強めるつもりです」

「では、犯人が現れ次第連絡を」

 

 そう言って、秋雅は携帯の番号を男性に伝える。ちなみのこの番号は秋雅の持つものではなく、今回の為に賢人議会から借り受けたものの番号である。一応秋雅の携帯は海外でも使用可能な特注品なのだが、だからと言ってこのためだけにこちらの人間に番号を教える気がなかったというのがある。

 

「私はこれで失礼しよう。状況に変化が生じ次第、私に連絡する事を忘れないでもらいたい」

「はっ、了解しました」

 

 そう最後に締めくくって、秋雅はこの墓地から去り、事件解決の為に動き始めるのであった。

 










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