めざめてソラウ 作:デミ作者
目覚めてロリソラウ
――目が覚めたらソラウだった。
「……なんでさ」
ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。
かの名作Fate/stay nightの前日譚……のうちの一つという立場のスピンオフ、Fate/zeroに登場するキャラクターの一人。その性格は冷たく苛烈、貴婦人あるいは女王様を想起させる人物であり――その上、昼ドラもかくやという三角関係のドロ沼を築いた発端。
そのソラウに、俺はなっていた。
しかも何故かロリッ子状態で。
「いや、本当に――」
部屋を見回す。
豪奢な天蓋付きのベッド、一目見ただけで高価さが窺える調度品の数々、壁に掛けられた金縁の装飾付き大鏡。
男だった俺のものより大幅に小さくなった足と歩幅で、ぺたぺたとそれに歩み寄ってみれば。
そこに映るのはやはりどこにでもいるような冴えない男ではなく――赤髪赤目、眉目秀麗、容姿端麗、撫でてあやして抱きすくめたくなるような超絶美少女に他ならなかった。
「――なんでさ」
何が起こったのか――否、起こっているのか理解できない。混乱した頭が発するワードはかの心が硝子な主人公のもの、しかし口から出るのは
……状況を整理しようにも、起こっていることがあまりに突飛すぎてどうしようもない。そもそも俺は元々ロリッ子ではなかったし、そもそも女性でもなかった。何処にでもいる大学生の男で、ただ型月が好きなだけの
埒があかないとは思いながらも、この状況をどうにか整理しようとベッドに座る。溜息を吐けば、それと共に漏れる声も幼く可愛い。頭を振れば、視界に入る長く綺麗な髪は深紅。ちら、と見遣った鏡で見る限り、まだ胸は膨らんでいない。いやいやそんな事よりも大事なものなんて沢山あるだろうとベッドに身体を投げ出そうとし――
「……ソラウ、入るよ」
部屋に響くノックの音と、歳を経た男の声。思わずはい、と返事を返すと、品の良い木造のドアがゆっくりと開かれた。
「やあ、ソラウ。良い子にしていたようだね」
「……おとうさま?」
「おお! 私の言い付け通りに私の呼び方も矯正したようだね。流石は私の子、ソフィアリの娘だ」
果たして、その男は『ソラウ』の父だった。初老と言うには少し若く、中年と言うにはだいぶダンディー。品の良さと高貴さ――というか、貴族感? のようなものを纏ったその男は、整った顔に笑みを浮かべながら此方へ近付いてきた。俺――ソラウと同じ深紅の髪が揺れる。
「ふむ、部屋を散らかした様子もなし。教養の勉強も済んでいるようだ。……ブラムも手の掛からぬ子だったが、お前はそれと並ぶな」
「とうぜんです、おとうさま。ブラムおにいさまの妹、そしておとうさまの娘としてぶざまなことはできませんから」
取り敢えず相槌を返す。この頃のソラウの性格なんて分かるはずもない、故にモデルにするのは――幼い頃の遠坂凛。舌ったらずな身体のせいで、畏まった物言いも丁度よく中和されたように感じる。まずはこれで様子を見て――
「おお……ソラウ。お前はもう、そのように考えられるのだな。ブラムですらまだ五歳、六歳の頃はもう少し子供然としていたぞ。未だ未熟ではあるが、それでも見事なものだ」
「それは、おとうさまとおにいさまのお陰です。おふたりの魔術師たらんとしたありかたを学ばせてもらったから、こうしていたらぬながらも魔術師とあれるよう考えることができるのですから」
「うむ、うむ。そのまま歪まずに学び続けるのだ、ソラウ。未だお前の才は調べていないが、それだけの聡明さがあるのならば、たとえ家督を継げずとも良い家へと嫁ぐことも叶うだろう」
言葉を返せば、ソラウの父親――面倒だからもう父と呼んでしまうことにする――は満足そうに頷く。嫁ぐだの何だのと言っているのは、『原作』におけるソラウのことと照らし合わせれば意味は理解できる。
ソラウ――つまり俺――は、現在わりと激しい権力闘争の渦中にいるソフィアリの家として、嫡子であるブラムの予備として造られた。ブラムがその権力闘争の結果『どうにかなってしまった』時は俺を使い、そうでないのなら詰め込んだ知識教養と顔と性能で商品として売り出す。全く無駄のないプラン。
しかし、意外なのはそのプランに嫌悪感や拒否感を覚えていない自分だ。いや、流石に心は硝子、もとい男なんだから男と結婚するのなんてさらさら御免ではあるが。そうではなく、娘を予備だの政略結婚の材料だのとして見ることについてだ。
「頑張りなさい、ソラウ。お前の頑張り次第ではあるが、望むのならば家を興すことも出来よう。優秀であればあるほど、ソフィアリの血族が根源に到達することが近付くのだから」
こうして見、そして声を聞くと理解できる。俺が彼に嫌悪も拒否も示さなかったのは、偏にその言動全てから愛が感じられるからだろう。その形こそ
「――はい、わかっています。おとうさまは、このソラウをあいしてくれているのですね」
「勿論だとも。子を愛さない親など居るものか」
彼は柔らかく微笑む。つられて、俺も別物と成り果てた顔に笑みを浮かべた。そこにあるのは、確かな愛のカタチ。
だからこそ、言えない。形こそ一般的なものからは掛け離れているが、確かに我が子へと愛を注ぐ父親に、眼前の子が自身の愛するそれとは異なるなんて。だって、俺は、俺は――、?
「ソラウ?」
――俺は、俺の名は何だった?
俺は大学生の男だった。型月と、Fateという作品群と、その世界とキャラを愛していた。勿論このソラウのことも、ソラウの辿る人生も、あるいは別の世界のことも知っている。
なのに、肝心の俺のことだけが出てこない。いや、良く良く考えれば色んなところが穴だらけだ。名前も顔も身長も体重も家族構成も友達も――かつての自分に纏わることがすべて。
残っているのは、『俺』というパーソナリティと……この世界に対する知識と愛だけ。それ以外は空っぽの
「すみません、おとうさま。愛している、なんて言われて嬉しくなってしまって」
「なんだ、そんなことか。……いや、そう言えばブラムにばかり構っているのは私だったな。だがそれは仕方のないことなのだ、ブラムは次期当主なのだからね」
「はい、理解しています。だからおとうさま、一つだけわがままを言っていいですか?」
「構わないよソラウ。滅多なものでなければ叶えてあげよう」
――だから、俺は。
「もう一度、
「そんなことか……いや、寂しがらせたのは私だな。構わないとも。お前はソラウ。ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリだよ」
――俺は、ソラウになることにした。
「……はい、おとうさま。私はソラウです」
その言葉を肯定し、同時に魂に刻み込む。今この瞬間から俺はソラウであり、ソラウとして生きて行くということを。嫌にすんなりと納得しそうになるのは、他者の人生を否定するべき『俺』の人生が空っぽだからか、それともどこかへ追いやったであろう本来のソラウに対する贖罪からか。
そのどちらもなのだろうな、などと頭の片隅で考えつつ、俺は口を開いた。勿論、
「……それで、おとうさま。わたしの記憶違いでなければ、おとうさまはおにいさまの訓練に忙しいはずでは。うれしいですが、なぜ来られたのです?」
「ああそうだ、此処へ来た用を伝えねばならなかったな。他でもない、ソラウ、お前にも魔術を修めて貰おうと思ったからだ。お前の準備次第だが、今週中にでも魔術の基礎に触れて貰おうと思っている」
――魔術。その言葉を聞いて、俺の心は沸騰する。型月と言えば魔術と言って良いほど、この世界に於いてその重要度は高い。ましてや、このソフィアリの家は時計塔でも有数のロードの家。ならば、それに期待しない訳にも行かないだろう。
「……魔術」
「そう、魔術だ。その中でもソラウ、お前には我がソフィアリがロードとして司る魔術分野を中心として学んでもらう。さあ、ソラウ。その魔術分野とは何か、知っているな?」
じっ、と此方を覗き込む父。口元や表情こそ笑ってはいるが、その瞳は真剣そのものに此方を射抜く。間違えることは許されない、とでも言うようなその視線。その視線に応えるべき回答は――
「……
「ああ、良くできた、ソラウ。そうだ、降霊科こそお前が、そして我々が極めるべき分野だ。――さて」
こほん、と父が咳払いをする。
「極めるべきとは言ったがな。基本的に、お前の訓練には私は殆ど携わらぬだろう。あったとしても、ブラムの教育を終えた後になる。その代わり、お前には基礎的魔術教育と将来を見据えての貴人としての振る舞いを会得して貰う」
「はい、それも、分かっておりました」
頷く。頷くが、しかしそれをただ了承してしまってはいけないのも事実だ。何故なら、俺がこれからソラウとして生きてゆくにあたって『碌な魔術も使えない』なんてことはマイナスにしかならないからだ。
「しかし、おとうさま。それを踏まえた上で、一つおねがいがございます」
「ん、ソラウの我儘か。ついこの前会った時までは自己主張の無いものだと思ったが、どうやら我慢していただけのようだな――おっと、話が逸れたな。さあ、言いなさい」
「ありがとうございます、おとうさま。……それで、お願いと言うのは他でもありません。魔術の訓練をするに当たって、私の魔術回路の質、そして量が余人よりも優れていた場合のみ、おとうさまの望むことを全て行った上でさらなる魔術の研鑽を積む許可を頂きたいのです」
一息で言い切る。
ここで父の許可を得られるかどうかが、まず第一の分岐点だ。許可を得られれば、少なくとも原作――本物のソラウ――のように、ただ生まれ持った素質が優秀なだけの座する貴婦人にはなりはしないだろう。得られなければ……まあ、それはその時。出来ることならば父から手解きを受けたいところだが……
「ふむ、魔術に興味があるのだな。それは良い事だが、ただそれだけで首を縦に振る訳にもいかない。しかし、このやり取りで分かるようにお前が同年代の子供から隔絶した考え方をしているのも事実」
ふむ、と父が唸る。あまり風向きは宜しくないようだ。だが、ここで諦める訳にはいかない。ならは、取るべき行動はたった一つ――!
「っ、おねがいします、おとうさまっ」
座っていた状態から立ち上がり、父のズボンにしがみ付く。声は悲壮感を醸し出し、身体は膝あたりに密着させる。小さな手でくいっと布地を握り込み、
先程鏡で確認したソラウの姿は十人いれば十人が振り返るような美幼女。しかも俺がソラウとなる以前は原作通りに感情の振れ幅が極めて小さかったはず。ならば、この行動の組み合わせで陥せぬオトコなど居るはずがない――!
「む、むう、分かった。分かったともソラウ、だからそんな顔をするのは止めておくれ」
「ほんとうですかっ。ありがとうございます、おとうさま!」
「いや、構わんよソラウ。但し、条件は言った通りだ、お前の才能次第だぞ」
「はい、わかっています!」
無論、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリという身体の素質を知っている俺からすればその条件は既にクリアしたも同然。故に、約束された勝利は手中にあるのだ。
「それではおとうさま、早速魔術の訓練に参りましょう!」
「はっはっは、学びに積極的なのは歓迎するが、直ぐに訓練とは行くまいよ。まずは魔術に関する勉強をして、後に魔術回路を開くところからだ。そこからで良いなら、今日はまだ都合が付くがな」
「かまいません、いきましょうっ!」
策は成った。取り敢えずのところは。
嬉しくて堪まらない様子の童女を演じながら、内心で一人ガッツポーズをする。そう、ソラウになって早々ではあるが第一の壁は越えただろう。
だが、『ソラウ』に待ち受ける壁はそんなものではない。なにせ相方の某天才魔術師がどの平行世界でも基本的に死んでいたりするのだ。『ソラウ』の末路も推して知るべしといった所だろう。
だが、簡単に死んでやる訳にはいかない。右も左も分からないままこんな幼女の身になったとはいえ、本来その人生を歩むべき人間の居場所を掠め取ったようなものだからだ。故に俺は決意する。
――俺が、あらゆる『ソラウ』の死亡パターンを回避してやるぜ!
型月暦はそれなりに長いですが、ソフィアリ家のことなんてあまり突っ込んで調べたことが無いので知識はあやふやです。間違いや勘違いのご意見やご指摘等ございましたら是非に宜しくお願いします。